7話
今はアズガルド学園の敷地内にいるが、校舎がここまでデカいとは思わなかった。
どこぞのデカい城のようだ。
「圧巻だな」
「あまりキョロキョロしてると田舎者だと思われるわよ」
「いいんだよ。実際田舎育ちだから」
「そうなの、どんな所に住んでたの?」
「右を見れば海で、それ以外は山だ」
「すごい所ね」
「それに学校とか行ったことがないから珍しくてな」
「そうなの?」
「あぁ、でも父親が必要なことを全部教えてくれたからな。必要ないと言えば必要なかったし」
「へぇー、それならあなたのお父様は頭がいいのね」
「天才だな。それも次元が違う」
「言い切るとはすごいわね」
「まあな」
まぁ、父さんの言ってることの1割も理解することは出来ないが、弟曰く「本当に本物の天才だ」と嬉々として語っていたが、それが理解できる弟も十分天才だと思う。
自分には難しすぎる。
そんな事を話しながら校舎の中へと入っていく。
「おお、すごいな」
学園外もすごかったが学園内もすごかった。
屋内でも廊下は広く全体的に煌びやかである。
建物は石造りのようだが壁がとても丁寧に磨かれている。非常に滑らかだ。
そして床は高価そうなカーペットが一面に敷いてあった。
まさに豪華絢爛。
行き交う生徒らしき人達はそれが当然なのか気に留めることもなく、皆が楽しげに会話しながら歩いている。
これが妹達が言っていた学校ってやつか........すごいな。
聞いた限りだと、もう少し質素なイメージだったんだがな。
「じゃあ私は協力者の申請の準備とか依頼の事後報告があるから大人しく待っていてね。すぐに呼びに戻ると思うからフラフラしたら駄目よ」
そういい駆け足で去っていく。
知らないところで置いてけぼりとかしないでほしいんだがな。
まぁ、別に慣れているからいいんだが
大人しくフレアが戻ってくるのを待つことにする。
通行の邪魔にならないように壁に背を付け、行き交う人たちを観察する。
改めて思うが、変わった奴がたくさんいるもんだ。
髪の色から瞳の色まで多種多様だ。カラフルすぎて目が痛くなりそうだ。
これが、俗にいう.......オシャレ........ってやつなのだろうか。
そういえば妹も一回だけ髪を金色に染めていたな。
弟が「お姉ちゃんがグレた」と心配して助けを求めてきたっけ。
弟に頼られるのは久々だったので、兄としての威厳を見せるため妹に「黒に戻しなさい」と言おうとしたが、思いのほか似合っていたので、「金髪、似合ってるじゃないか」と言ったら次の日に黒に戻していた。
弟からは「どうやったの?」と聞かれたがなんてことはない。
反抗期だろう
兄は少し傷ついた。
「おい、そこのお前」
だが今思い出してもやっぱり金髪似合ってたな。
「おい、そこの!!」
茶色や赤なんかも似合いそうだが、でも一番はやっぱり黒だな。母さん似だからな。
「聞いてるのか!! 劣人種!!」
髪といえば、弟は父さんの髪形をマネてオールバックにしてたな。
あまり似合ってなかったけど。
でも父さんのオールバックはカッコいいんだよな、今度してみようかな。
「貴様ぁ.........」
剣を抜く音がする。
ちらりと音がする方向を一瞥する。
子供が1人、護衛らしき若い男と年老いた男、そして黒橡色の髪をした女の3人がいた。
まったく、チラチラと【鑑定】使って見てる奴等がいるなと思っていたがこいつ等か。
「どうした。迷子か? ここに来るのは初めてだから聞かれてもわからないぞ」
「違う!! 劣人種の分際で無視しやがって......この俺がだれかわからないのか!!」
そういい剣をこちらに向ける。
口調からして貴族かな。
だとしたら同じ貴族でもフレアとは全く違うんだな。
「剣を向けながら話すなんて随分と教養が高いこと。あと、初めて会ったんだから知るわけないだろう」
「......劣人種ごときが舐めた口を......名を名乗れ! 覚悟は出来てるんだろうな!!」
「........覚悟? なんの覚悟だ? もしかしてあれか、殺すぞっていう意味か?」
「ふん、今更事の大きさに気付いて怖気づいたか。最初はからかう程度にしてやろうと思ったが、この俺に無礼を働いたんだ覚悟しろ!!」
はて、何の無礼を働いたんだと考えるがどうやら考える時間も聞き返す時間もなさそうだ。
剣を喉元を狙うように構えながら何やらブツブツ呟き始めた。
どうやら冗談にするつもりはないようだ。
こいつは剣を抜き、剣をこちらに向けて殺そうとしている。
これっぽちも殺される可能性を考慮していないのだろう。
こちらの手の届く距離にいて全く警戒していない。
それにしても奥の護衛は何をしてるんだ。自分が相手じゃ怪我をする事も無いだろうから動こうとしないのか。
舐められたものである。
さて、どうしようか........。
少し熟考する。
仮に妹達ならこの状況をどうするだろうか。
相手の立場が自分であった場合、こんな態度を取れば2人は、........妹なら半殺しで、弟なら新しい心傷が刻まれるだろうな。
うん、そうだな。骨の2~3本ぐらいが妥当だろうな。
やるべきことは決まった。
ゆらり、と壁から背を離す。
「私達の後ろに下がって!!」
女の護衛が前へ乗り出して、貴族の子供を後ろに退がらせる。
中々に勘が鋭いな。
「邪魔をするな! 退け!! あいつは俺が手を下す」
護衛の後ろで何やら騒いでいる。
「おい、お前。今何をしようとした」
若い男の護衛が睨みながら問い詰める。
「喉をつぶして、足を踏みつぶそうとしただけだが」
騒がれず、静かに戦意を折る事が出来る。
正直に話したのが悪かったのか、その言葉を聞くと護衛達は殺気立つ。
周りの生徒たちも何が起きたのかと立ち止まり注目を浴び少し騒がしくなる。
「本気か? お前。正気か?」
若い男の護衛が腰の剣に手をかけながら問いかけてくる。
「当然だろ? 殺されたくないから抵抗位はするさ。それに怪我をするだけで死なないんだ。優しいだろ?」
空気がピリピリし始める。
護衛共の纏う空気が変わる。
迅速に動けるよう重心の位置を変える。
「撤回する気はないんだな........」
護衛の男が再度、こちらに問いかける。
「何をだ? 殺したほうがいいのか?」
「もういい.......」
護衛がやる気満々だ。
そのやる気を最初に見せて欲しかったものだ。
そうすればお互いに諍いもなかっただろうに。
大きな溜息をつきたい気分だ。
妹達よ。学校というのはこんなにも殺伐としているのか。
恐い所だな。
よく平気で学園生活が送れているな。
兄ちゃんは段々面倒になってきたよ。
騒ぎ出す野次馬からの【鑑定】が大分ストレスだ。
あいつ等全員殴ったら静かになるかな。
そう考えると、護衛と野次馬達が一歩後ろに後退し、護衛の後ろで騒いでたバカが静かになる。
黙らせるか、足に力を籠め一気に近づこうとした時
「そこまで!!!!!」
大きな声を張り上げる奴がいた。
フレアだった。
ツカツカと一直線にこっちへ向かって歩いてくる。
そして、スパンッと頬をはたかれた。
「あなたは一体何をしてるの!! 大人しく待ってなさいと言ったわよね!!」
息をあげ、震える声でそういった。
そして、杖を地面に突き刺すように叩く。
「何を見てるの!! 見世物じゃないわよ!!」
野次馬に一括すると波が引くように野次馬たちがいなくなる。
すごいな
「あんたはそこで、息だけしてなさい!!」
キッと睨まれる
女は怖い生き物だから逆らわない方がいいよ、と弟に忠告された事を思い出す。
大人しく従って直立することにする。
それにしても、ビンタされるのはいつ以来だろうか、妹が反抗期の時に妹の下着を干していると「汚い手で触れるな」とされて以来か、いや、母さんが酔っ払った時だな。あれは首が捩じ切れるかと思った。
そんなことを思い出し首をさする。
「あなた達は高ランク者の『閃剣』に『剣舞』でしょう。そろいもそろって無手の人間に何をしてるの!!? それに『白老』あなたがいながら何で止めないの!?」
すると今まで黙っていた老人が口を開いた。
「ほっほ、すまなかったのぉ。そこの人物があまりにも怖くて固まっておったんじゃ」
「嘘ね!! どうせ、面白くなってきたとか考えてたんでしょう」
「くはは、バレたか。この年になると娯楽が希少でなあ。若い時なら娼館にでも繰り出したんじゃが........元気がなくてのぉ」
そういい股間を触る。
護衛の二人が死んだような目で老人を見ていた。
「そんなこと知ったことじゃないわ。そもそも、どうしてあなたがここに居るのよ」
「ほっほ、仕事でな今は期間限定で護衛を引き受けておる」
「誰のよ」
「それはワシ等の後ろに居る.......って、なんじゃ気を失っておるのか」
あいつ静かだなぁと思っていたが気絶していたのか、肝っ玉が小さい奴だ
フレアが覗き込むように顔を確認すると小さく舌打ちした。
「最悪ね」
「ワシ等が護衛してる間は大人しくしてる方が良いぞ『炎姫』ちゃん」
話してる雰囲気からしてまず間違いなく知ってる間柄だな。
フレアが一方的に揶揄われているが。
「さて」と言うと、ゆっくりとした歩調でフレアの脇を通り過ぎ、こちらの正面で立ち止まる。
「すまなかった。今回はこちらが一方的に悪い。雇い主が挑発したこともそれを止められなかったことも。ここは年寄りの頭一つで許してくれんか? すまなかった」
そういい深々と頭を下げた。
「............」
「......喋っていいわよ。」
「そいつがバカなマネしないなら別にこちらも何もしない」
そういうと一拍おいて体を起こす。
「ほっほ、そう言うてくれると助かる。わしの名前はアルベルト=ギンドラッド。可愛らしくアルちゃんと言ってくれ」
そういい手を前に差し出す。握手だろうか。
「白墨 史宏、家名がシラズミだ。余所余所しくシラズミと呼んでくれ」
そういい握手する。
手の皮がかなり分厚いな、この爺さんかなり長い間剣を握ってきた手をしている。
「......それでは失礼させてもらおうかの」
そういい、気絶しているバカを担ぎこの場から離れていく。
「まったく、......シヒロ、頬っぺた大丈夫?」
「ん? あぁ平気だ。痛くないしな」
良い音はしたが。
「悪い事したとは思わないわよ」
「あぁ、むしろ助かった。ありがとよ」
こちらも、見知らぬ土地で一人という状況に少し気が立っていたようだ。
そこに人が居るという状況にはいい思い出がない。
変に突っかかって諍いを起こしたのは不味かった。
反省である。
「いいわよ。それにしても、ケンカを売るなら相手を見て選びなさい」
「あっちの方が絡んできたんだよ。それより、あいつらは相手を選ばなければならないぐらい強い奴等なのか?」
「全員Aクラスよ、『白老』は.......いいわね。『閃剣』のディタンに『剣舞』のフィリア=カンザキ、この人たちは有名だから知らないと鼻で笑われるわよ」
「ん? カンザキ?」
たった一人の友人と同じ名字だな。
「彼女は勇者の血縁よ。髪の毛の色が黒色に近かったでしょ」
「髪が黒いと勇者の血縁者になるのか?」
「髪が黒に近い人は大体そうよ。あとは、魔力を持ってない人。あなたは.......どっちなのかしら?」
「後者だろ。魔力持ってないしな」
「まあいいわ。私達も行くわよ」
そういい、歩いていくフレアの後についていく。
◇◆◇
廊下での一悶着が終わり、Aクラスの3人が気絶した雇い主を担ぎ医務室に向かっていた。
「さて、先ほどの赤髪の女の子がワシが今一番注目しておる子じゃ。なかなか可愛いじゃろ」
「面白い子がいるって言ってたのはあの女の子かよ」
「人が悪いですよ、わざわざこのために護衛の仕事を受けるなんて」
軽い調子で微笑む。
「軽いサプライズじゃよ。それに最後に会ってからどれだけ強くなったのか直に確かめたくてのぉ」
「戦うのですか?」
「向こうが避けるんじゃねぇのか? 忠告とかもしてただろ」
「避けないと思うぞ。むしろむこうから挑んで来る。楽しみじゃのぉ」
ほっほ、と笑い出す。
「それで、2人からみてあの子の力量はどう感じる?」
「強いですよ。魔力量も魔力質もこの学園の中でもトップクラスでしょう。才能も十分に感じられます。なにより驕らない真っすぐな目が私は気に入りました」
「同じく、研鑽を怠らなければまだまだ伸びるだろうな。だが俺はあの胆力が気に入った。この3人の面子に向かって毅然と言える奴なんてそうそういないからな」
「成程のぉ」
そういい、深い笑みを浮かべる。
「では、先程の人物を2人はどう思う」
先程の騒動の中心人物を2人は思い浮かべ言葉を詰まらせる。
「........わかりません」
「弱くはないとは思う」
難しい顔をする。
「初めは、私と同じ血縁者かと思ったのですが、【鑑定】を使うと魔力を持っていないことがわかりました。強いスキルも持っていなかったので誰かの従者かと思ったのですが」
「おいおい、嘘だろ【威圧】か【圧倒】位は持ってると思ったぞ」
「平凡なスキル構成でした。ただ、【偽装】や【幻惑】を使っている可能性は否定できません」
ふむ、と顎を触る
「それはないのう、ワシの【スキル感知】に引っかからなかった上に、直に触れて確かめたが本当に魔力が一切なかったしのぉ」
「.......正直それでも、不安は拭えません」
「そうか? 俺はそれを聞いてホッとした。魔法がすべてのこの世界で魔力を持ってないってのは相当に不利だ。魔力が少ないだけで、大の大人が子供に負けることなんて事よくあることだからな」
「油断は禁物です」
「わかってるよ」
先程から緊張した様子だったが、少し和らいだようだ。
「ほっほ、若いのぉ。さて、フレアちゃんと戦うとなれば彼とも戦うことになりそうじゃが。戦った場合勝てる自信はあるかの?」
「あります」
「ある」
ほっほ、それなら重畳じゃ。
そう言い、ふと彼と握手した手を見る。
一体どういう鍛え方をすればああなるんじゃ。
握手から伝わる情報は多かった。
重心と体幹の強さ、筋肉の量から骨の頑強さまで様々なことが分かったが、どれも人間とは思えなかった。
魔力は確かに無かった。しかし、彼が本気だったなら殺されていてもおかしくなかった。
命を奪えるだけの力が確かにあった。
まったく、ちょっと様子を見ようとしただけなのに随分と骨が折れそうじゃのぉ。