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73話

◇◆◇ ????


窓も扉も無い密閉された部屋の中で、コッ、コッ、と靴音を響かせながら奥へと進む影が一つ。

勝手知ったる部屋のように奥へと進むと、薄暗い部屋に燦燦と映し出されるモニターがあった。

気にする素振りも無く近づくと、モニターの前に座る人物を発見する。

足音を鳴らしながら近づいても反応すらせず、項垂れているような姿勢から疲れて眠っているかのように思わせた。

歩みを緩めることなく進んでいき、その人物を正面から見据えるような位置にたどり着くと、モニターにもたれ掛かかり覗き込むように話しかける。


「久しぶりだね」


返答はなかった。

いや、出来ないのだろう。

顔面は蒼白。

呼吸は聞き取れないほど小さく何時止まってもおかしくない状況だ。

その風貌は骨と皮だけが残った妙齢の老女を想起させ、かつての面影は残っていない。


「何から話すか迷ってしまうよ」


少し言葉を選びつつ思案する。


「こうしていると最後に会ったことを昨日のように思い出す。君とは良い友であり意識しあった良きライバルでもあった。さすがは噂に名高い転生者だと思ったよ。本当にね」


奥歯を噛みしめる。

バン!! と、もたれ掛かっているモニターを殴りつけた。

モニターは壊れ映らなくなり、殴った拳からも血が滴り落ちる。


「あぁ、失礼。んっん。君の噂は色々なところで聞いたよ。良くも悪くもね。一番よく聞いたのは500年前の人魔大戦。大いに活躍したそうじゃないか。人を救う。胸を張って良い事だろうね。でも、君はやりすぎた。発端となった魔王を倒した時点でやめるべきだったね。出来ないにしても君は止まるべきだったんだよ。『孤毒』魔王が出てきた時点でね」


「君にもわかってたはずだ。手を出すべき相手ではないと。それとも自分の力に己惚れたのかな。連戦連勝で驕り鈍ったかな。いや、優しい君の事だ。周りに担がれて催促されて引くに引けなくなったのだろう。そんな柵を断ち切る事が出来ないなら君は表に出て来るべきではなかったね。多大な犠牲が出ようとも多くの人を見殺しにしようとも生き延びて欲しかったよ。もう遅いけどね」


「それからの君の孤独は容易に理解できる。500年の歳月。魔王の権能を解くための毎日。目指すべき目的を見失い、歪に変化し、目的と手段が入れ替わっても正してくれる者はいない。咎める人も賛同する人もね。せめてあと数年待っていてくれればと思うよ。こちらも間に合わせる事が出来たのに。無駄骨になってしまった」


はぁ......と大きく溜息をつく。

暗い悲哀を覗かせる瞳がドロリと濁る憤怒の色へと切り替わった。


「確信した。茶番はもうやめようか」


血の滴る拳を振り上げ、力なく項垂れる顔のすぐ横を殴りつける。

そして反対の手で胸倉をつかんだ。


「お前は誰だ......」


「正直に言うと才能ある彼女ですらアレは作れない」


モニターのうちの一つを指さす。

それは彼女の最後の作品にして最高傑作のデータを映し出したものだ。


「私ですら驚いたぐらいだ。さらに、今のお前には『孤毒』魔王の権能が無い。こうして近づけているのが良い証拠だな。それでも、もしかしたならと言う思いはあった。全ては君に対する私の過小評価であり、本来ならこれぐらいできる才能があったのだと。そうであったなら私の醜い嫉妬で目を曇らせていた余計なお世話。それで終わりだった......が、そうじゃないんだろ?」


荒げる呼吸を落ち着かそうと深く呼吸する。


「彼女じゃないと確信したよ。例えどんなに変わり果てようと、この湧き上がる嫌悪感だけはありえない。反吐が出るような生理的嫌悪感だ」


「もう一度言うぞ。お前は誰だ。彼女をどこにやった!」


その言葉に微かに目を開く。

その目からはおおよそ死にかけているとは思えない光が宿っていた。


「......ここだ」


そういうと目から一筋の涙が零れ落ちた。

それを振るえる指で指差した。


「そして、私が誰かなんて意味のない質問をするな。私は死ぬし、君の考えている人物像で間違っていない。分かっているだろう」

「私が何を考えているのか分かっているかのように語るな!」

「あぁ、良く分かる。君の反吐が出るような嫌悪感の正体もな。それはただの同族嫌悪だ。似た人種がいなかったと見えるな。運が良い」

「......」


「君が聞くべきは彼女についてだ。500年の孤独の思いを聞くべきだ。擦り減り摩耗して、どんなに変化しても最後まで手放さなかった想いを」

「......止めろ」

「君は彼女を友と思っていたのだろうが、彼女は君を想っていた」

「おい!」

「愛していたのだ」


胸倉を一層強く引き寄せる。

血塗れの手で殴ろうとしたがその手が止まった。


「死んだ」


目は閉じられ、呼吸も止まっていた。

生物から、ただの物へと成り果てていた。


一歩、二歩と後退り、モニターにもたれ掛かりそのまま座り込む。

そして先程の事を逡巡する。


一見すれば意識を乗っ取られていたように見えるが、そうであるなら魔王の権能で弾かれているはずだ。

強制的な精神分裂による別人格の統合、もしくは権能が働くより早く意識の境目が分からなくなるほど混ざり合い、そして塗りつぶされたのだろうか。

どちらも私が考えていた権能対策の一つだった。


一体だれが。


「......何にしても、手遅れだ。君には私の施設を荒らして消し飛ばした事に対する文句の一つでも言おうと思ってたんだけどね」


重い腰を持ち上げる。


「......すまない。君の想いには答えられない。.......ありがとう。さようなら」


何もかもが手遅れなこの場所から彼女は去ることにした。




◇◆◇




突き刺した小太刀を引き抜く。

『不動』によって彫刻のように硬直していたが、突き刺した小太刀を引き抜くと砂のように崩れ落ちた。

灰色の砂の山がその場に積みあがる。

自分以外の生き物の気配はない。

小太刀を鞘へ納刀する。


「来ないか」


敵を屠った瞬間。

武器を収めた瞬間。

安堵と言う心理的な隙をついて何かしらの反応があるものだと思っていたが、何もない。

警戒しているのに気が付かれたのだろうか。


一歩、二歩とその場から少し離れる。

何処からでも狙える位置に立つが、誘いに乗ってこない。

視線を出口の方へ向ける。

今なら逃げられる算段は高い。

警戒を強めながら出口の方へとゆっくりと進む。

何があっても反応できるように可能な限り力は抜いておき、目を散漫にする事で何かがあってもすぐに反応できるようにする。

耳を澄ませ、雑多な音すら拾えるように注意する。

微かな違和感でも気づける自信があった。



目の端に、灰色の砂の山が小さく動いたのが見えた。

サラサラと崩れ落ち、大きく盛り上がると中から人間の様なものが出てきた。

肌は灰色。

髪は陶器を思わせる白磁色。

目はカラスを連想しそうな濡羽色。

灰色の砂場から全裸の女が大きく体を仰け反らせ、天井を眺めている。


その異様な光景が問題だと認知できなかった。

それが声をあげるまでは、問題という発想すらなかった。


「あー」


体が動いた。

床を全力で踏み砕くように踏みしめ、未知の生き物の首を掴んで壁に押さえつける。


咄嗟の反応に自分ですら驚いた。

なぜ逃げない。

何故知らない生き物に触れている。

危険性を考慮すれば、最悪でも遠くから観察するべきだろう。


自分のした行動の意味の分からなさに戸惑うがすぐに理解できた。


ここで殺さないと自分の身が危ないのだ。

辛うじてこれの危険性に気が付けた。

手を離せば、先程のように危機を感じられるとは限らない。

あれだけ警戒していたのにまるでそれが自然な事だと判断してしまう何かがコレにはあるのだ。

水が流れるように、風が吹くように、物が地面に落ちるように、目の前でナイフを振り下ろすその直前まで、それが当然だと思ってしまうだろう。


危険性は先程の生き物よりも遥かに振り切れている。


小太刀を抜く事に躊躇は無い。

死ぬまで何度でも殺してやる。

小太刀を逆手で抜き放ち、心臓ごと横一線に斬ろうとした時


「たすけて」


その言葉に遠い記憶が通り過ぎた。

気が付くと咄嗟に手首を捩じり、首を掴んでいる腕を殴ってしまう。


「たすけて、ください」


命乞い。

先程まで殺そうとしていた怪物が、同情を煽るように姿形を変えて命乞いをしている。

そうに違いない。そうに決まっている。

言葉のままに受け止めて、手を緩めた瞬間に殺されるだろう。

今ならまだ間に合う。


「おねがいします」


小太刀を握る手に力が入る。

揺れ動く感情のせいで正常な判断が出来ていない事が分かる。

迷っている理由はなんだ。

薬品、洗脳の類か......いや、ここでいうところのスキルや魔法の可能性が高い。

それによく見ろ。この姿を。

か弱い女性のような見た目をしているが、それが見かけだけだと言う事がはっきりと分かる。

先程までの怪物が数多の命を無理矢理に繋ぎ合わせたキメラのような生き物だとするなら、これは繋ぎ目のない一つの命だ。

そして、少なくとも人間ではない。


生かすメリットはない。

殺した方がいいに決まっている。


必死に殺すための理由をかき集める。

だが、行動に移せない。

分かっているのだ。

これには悪意も殺意もない事を、どちらかと言えば純粋に必死に生きたいだけなのも。


一番古い記憶がよみがえる。

冷たく暗い世界。

悪臭が漂うゴミの中。

その時の自分と重なって見えてしまう。

これを殺す事は、自分の一番深い所の否定に繋がるような気がした。

しかし、これの匙加減一つでいつ死んでもおかしくないのも事実。


命運はこの手の中。


「死にたく、ない」


奥歯を噛みしめる。

首を絞める手にも力が入ってしまう。

力を籠めすぎたせいで小太刀の剣先が震える。


長い長い、数秒の沈黙。


その沈黙を大きなため息が打ち破った。

首を絞める力を緩め、首筋に小太刀を突きつける。


「言葉通じるよな?」

「......はい」


「選択しろ。生きるか死ぬかだ。オススメはこのまま死ぬことだ。お前はたった一人の一種族。同胞もいない孤独の辛さは誰からも理解できないし想像することも難しい。そして、いみじくも生きたいのなら一生自分の正体を隠し続けなければならない。嘘をつき続けなければならない。その痛みは筆舌に尽くしがたい地獄になるだろうな」


あの時の自分には母がいた。

そして、強い家族がいたからここまで生きられた。

だがこいつにはいない。

いるのは出来ることの少ない男だけ。

自分よりもつらい生が待っているだろう。

想像したくもない。


「どうする? 生きるか。死ぬか」


一筋の涙を流し、答える。


「生きたいです」




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