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71話

「これは凄い。素敵だね」


後ろでそう呟く声が聞こえる。

状況は悪い。1対1から1対2になった。

何処に居た? それよりもどちらを優先する? さらに増える可能性は? 

浮かび上がる幾つもの選択肢を精査する。

瞬きほどの逡巡の後、素早く行動に移す。

幾つもある選択肢から選んだ手段は最善手である逃走ではなく、交渉と言う無難な手でもない。

正面の女性へ『不動』を当てるという普段なら選ばない手段だった。


何故そうしたのか。

それは、この正面にいる女性の存在に起因する。

どう見ても死にかけており、まともに動くことすら困難である事に疑いの余地はない。

しかし、それなのにだ。

何をしても失敗してしまいそうな感覚が拭えない。

想像も出来ないようなしっぺ返しが待っているような予感。

へばり付く何かが無難以上の手を打つことを拒否した。


経験上、こういった時は上手くいかないものだ。

ならば、本来なら選ばないような手段を選べば案外上手くいったりする。


そして『不動』という手を使うのにも理由がある。

殺すよりも安全で、気絶させるよりも確実で、組みついて縛るよりも効果的であると判断したからだ。

こう言った類の人物は指先一つ、口先一つで状況を覆してしまう可能性がある。

それならば、残り僅かな寿命が尽きるまで身動き一つ取らせない方がいいと判断した。


何もさせずに素早く終わらせる。

フェイントを使う時間すら惜しい。

全力で殴る必要はない。

最速で最短を......当てるだけでいい。


女性は動かず微笑んでいる。

このタイミングなら仮に魔法を使われたとしてもこちらの方が早い。最悪でも相打ちだ。

そして相打ちになっても怯まず当てる自信がある。

腕を伸ばし当てようとしたその瞬間、真横から見えない何かが激突する。

咄嗟に衝撃を逃すために同方向へ飛んだ。


魔法を使う予兆も素振りも見せなかった。

なら後ろの奴か。


虚を突いた状態で動いたはずである。

咄嗟に対応してこの早さ。

これまで出会った魔法を使う誰よりも魔法の発動が早かった。


想定よりもダメージはない。

これなら避ける必要もなかったか。

次は当てる。


着地と同時に駆け寄ろうとするが、今度は壁や地面から大小さまざまな筒が飛び出す。

それは銃口を想起させる形をしており、咄嗟の回避行動と同時に数多の炸裂音が部屋に響いた。

無理矢理体を捩じって躱したが数発手足に被弾する。

視線を動かし傷の具合を確認する。


貫通は無し。

流血無し。


手を握り、強めに地面を踏みしめ着地する。


手足を動かすのにも支障はなし。

痛みも気にならない程度。


虚仮威(こけおど)し程度の威力。

当たっても無事であることは分かったが、どうしても小銃を連想してしまい大袈裟に避けてしまうだろう。

これは今日明日でどうこうなるものでは無い。

それならそれで組み立てて考えればいい。

問題なのは、後手後手に回っている事だ。

こちらの攻撃はことごとく失敗。

そして、あの女性には逃げられた。

少し目を離した瞬間いなくなっていた。


だが、それは悪い事ではない。

厄介だと思っていた女性がこの場から消えたのは喜ぶべきだ。

逃げれる可能性が上がった。

現状、後ろにいる奴との1対1。

そして、ここからの位置だと出口が割と近い。

消えていた逃げると選択肢が再び浮上する。


留まる理由はないな。


足に力を籠め、駆けだそうとした瞬間。

それを狙い澄ましたかのように見えない何かがカウンターとなって顔面に直撃する。

被っていた兜が外れ、鉄錆のような匂いが鼻腔に拡がる。


手の平の上。

逃がすつもりはないようだ。


軽く鼻の下を拭う。

血はついていない。

今のを何度も喰らえばさすがに鼻血ぐらいは出そうだが直撃してもこの程度。

見えない何かも目を凝らせば見えなくはない。次は躱せるだろう。

ただ、問題なのは逃げようとした瞬間を狙い澄ましたかのようなあの一撃だ。

タイミングが完璧すぎる。

こちらの癖や行動パターンを熟知しており、俯瞰するような視点でこちらを確認しなければ成立しない。

つまり裏で指示している人物がいる。

あの女性であることは間違いないだろう。

現状変わらず1対2である。


「驚いた。直撃して潰れるどころか血すら流さないとは.....予想より頑丈だね」

「そんな事は無い。そっちが貧弱なだけだ」


こいつだけでも倒さないと逃げる事は難しい。


「言ってくれるね」


そのための突破口を見つけねばならない。


この日本語を話す謎の生物を観察する。

全身が白い陶磁器のよう滑らかな光沢があり、大理石のような重厚さがある。

手足は細いが鎧のような外骨格をしており、脆さは感じさせない。

尾てい骨と思われる場所からはサソリの尻尾のような物が3本生えており、それぞれが独立して動いている。

そして、何よりも特徴的なのは割れた陶器を接ぎ合わせたかのような仮面を被っていることである。

表情や視線から行動を読むのはかなり難しいのは当然として、中途半端に人のような外見をしているのでどういった動きをしてくるのか想像しにくい。


どういった手を使うのか確かめて見たいが少し気になることがある。

危険が及ぶ可能性があるので踏み込みたくはないが、探りを入れてみる。

場合によっては対応を変えねばならない。


「そういえば、こっちに気を取られてていいのか? 赤髪の子がお気に入りだっただろう」

「ん? あぁ、フレアちゃんかな。そういえばそうだね。でも今はいいかな。これが手に入ったから魅力は感じないしね。彼女の知り合い?」

「似たようなものだ」


予想通り。赤髪と言ってフレアを連想した。

会話の特徴や話し方、事前情報をもとに考えるとフレアの誘拐未遂犯はこいつだと判断していいだろう。

しかし、こちらを覚えていないのは意外だった。

こちらに敵意を向ける様に誘導したが効果は無かったようだ。

刺したあの出来事は気にならなかったのだろうか。

まぁ、遠隔で操作していたようなものだし気にする程ではなかったのだろう。


それにしても、今は(・・)......か。


「あぁ、そういえば......」


話し掛ける振りをして道中に拾ったナイフを投擲する。

これにより相手が避けるのか、掴むのか、それとも何か道具を使って防ぐのか、魔法で防ぐのかを確かめておきたかった。

場合によってはそれを切っ掛けに攻めるつもりであったが、起きた現象に二の足を踏む。

ナイフが消えた。

直撃する瞬間、何の音もなく消滅したのだ。


「いきなり酷いね。何かな?」

「......落ちてたんだよ。渡しておこうと思って」

「嘘つきだね。死んだ獣人の物でしょ」

「そうなのか。知らなかった」


どうしてか、ユフノさんとフレアを思い出した。

全く似つかないのにあの骨のような巨人を想起させた。

同種のナニかなのか、それとも似たようなものなのか。


どう対処していいか分からないのはあの時と同じだな。

だが、早めに知れたのはよかった。


まだナイフはあるが効果はなさそうだ。

かと言って素手で触るのは問題外。


あの時、試せなかった方法を使ってみるか。


着ていたクマの毛皮を脱いで手に持つ。

まずは効果があるか試して見るか。


「へぇ、それが奥の手かな」


駆ける。

先程の目に見えない攻撃が正面から迫るが今度は避ける。

やはり見えずらいが目が慣れてきた。

最短を突き進み、間合いに入る。

持っている毛皮を振りかぶり、顔面に叩き付ける。

陶器が割れるような音と共に仮面の下部が破損した。

禍々しい口のような物が覗き込む。

視線を毛皮の方へと移す。


消耗はしているが消滅はしていない。

攻撃方法としては有効ではあるが、多様は出来ないだろう。

扱い方を変える。

毛皮を素早く腕に巻き付け、割れた所へ拳を叩きこむ。

手応えは薄かった。

避けたから手応えがないのか、元々が軽いせいなのか現段階では分からないが大きく仰け反る体勢になっている。

攻めるチャンス。

追撃のために前に出ようとすると、見えない何かに体を止められる。

それは膝、腰、肩、と最小限の力で人体の動きを止める事が出来る箇所にあった。

不可視の魔法。


しまった。誘い込まれたか。


咄嗟に後ろに飛ぼうとするが膝から力が抜け、左手で地面に手をついてしまう。

最近起こるようになった謎の体調不良。

症状に共通するものはないが今回は力が抜けるパターンのようだ。


よりによってこのタイミングで。


そして向こうはその隙を見逃すはずもなく、地面に尻尾を突き刺し仰け反った体勢のまま襲い掛かる。

残念な事に、こちらの体勢は死に体状態。

躱すことは無理だ。

クマの毛皮を巻き付けた右腕で防御姿勢を取る。

大口を開け、右腕に噛みつきクマの毛皮を噛み千切った。

感触から腕が無事なのは幸いたが、相手はなぜか距離を取った。


何故距離を取った?

追撃の絶好の機会だっ......まさか......これ。


恐ろしい予想が脳裏に浮かび上がる。

この見えない魔法は何かを透明化したものではなく......


「圧縮した空気なんだよね」


その声と同時に一斉に爆ぜた。

地面を転がりながらも、何とか体勢を立て直す。

運が良い事に目立った外傷はないが力が入りずらい。

そして耳鳴りと腕と足に痺れが残った。

足を動かし、踏ん張りがきくか確かめる。


許容範囲内ではあるが、悪化すると不味い事になる。

一過性の物ならいいんだが。


一呼吸置いて、明確な敵意を持って相手を見据える。


見くびっていた。

正直ここまでとは思っていなかった。

この一連の流れ、予知とも思えるような先読みは間違いなく弟クラスはある。

あえて少ない手段で絞っているのも出来るだけ情報を与えないためだろう。

情報戦と言う立場から有利だと思っていたが、蓋を開けてみればこの現状。

目の前の奴の存在もそうだが、特にあの女性を甘く捉えすぎていた。


今は丁寧にやっていこう。

思考を切り替える。

想定するレベルを家族レベルまでに引き上げ、長期戦を覚悟する。


爆発による砂塵が収まる。

相手は、食いちぎった毛皮を咀嚼し飲み込んでいた。


「なるほど、言ってた通りだ。これは凄い」


何もない空間に幾つもの氷柱が浮かび上がる。

それは凶悪な顔をしたクマが使っていた魔法だった。



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