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70話

◇◆◇キリサキ=フウカ(人魔大戦の救世主、現名:ジュリ)



微睡む意識。

命が零れ、死がへばりついているのを感じる。

だが絶望はない。

むしろ、その瞬間が訪れるのを楽しんでさえいる。

少し前まで痛みや苦しみに顔を歪め、自分が自分でなくなる感覚に恐怖していたのが嘘のようだ。

こんなにも穏やかなのは生まれて初めてかもしれない。


霧が晴れるようにゆっくりと覚醒する。

視界が開ける。

まだ覚醒するだけの命は残っていたようだ。

しかし、次に意識が遠ざかれば目を覚ますことはないだろう。


悪くない。

ただ、気になるのは.....


「.......どちらだ?」


それは微かな疑問。

死に近いという理由なのか、それとも刺された事による後遺症なのか、この強要されるかのような心の穏やかさに小さなしこりを感じる。

明確に意識しなければ気が付かない程の小さな疑問。


それは辛うじて残っている自我による抵抗であることまでは気が付かなかった。

墨のように黒い短剣に刺され、少しづつ自己と言うものを変えさせられ、現在では別人のように変わり果てている事さえも知らぬままだった。

その小さな抵抗が疑問となって浮かび上がった。

しかし、その微かな抵抗も「気にする程でもないか」、と言う呟きに儚く消え去った。


視線を動かし、揺り籠を見つめる。

すでに揺り籠内の調整は終わっている。

後は生まれてくるのを待つだけ。

残された仕事と言えば生まれた後の調整ぐらいのものだ。

その調整役は勇者が担ってくれるだろう。

そのために勇者を見逃し、生かして帰したのだ。


あちらには、ある程度の被害は出しておいた。

もう一度攻めるには時間が掛かる。

生まれるまでの時間稼ぎも出来る。

一石二鳥である。


「それにしても、あれが楔を外したとは......到底思えないな」


情報ではそうなっていたが、それほどの実力があるとは思えなかった。

勇者対策を念入りにしていたのが無駄に終わり、肩透かしを食らった気分である。


「まぁいい」


勇者で調整を終えたのなら、次はあの男だ。

現段階で一番警戒し、一番の壁になるであろう男。

ここへ誘い出す方法や捜索方法の案はある。

そして勇者での戦闘調整が終えれば彼自身を倒すことは難しくない。

死にかけているせいか、妙に頭がさえわたり次々と妙案が浮かび上がる。


そして、彼の次は......


思考を阻むように、ダンジョンの侵入者を知らせる告知が空間に浮かび上がる。


勇者か? それともただの偵察か?

何にしても手遅れだ。


「あの時、命惜しまずに突き進んでいたのなら話は違ったのにな」


このまま無視しても良かったが、映像の隅に映し出された人物に目が留まる。

見間違いだろうかと、ゆっくりと一人一人確認する。

ほとんどが獣人で構成され、僅かに人間が混ざっている連隊だ。

しかし前回に比べれば人員の質も数も下回っている。

ただの偵察なのは間違いなさそうだ。

見間違いかと思っていた時に、それは最後尾にいた。


ジャンク品のような兜を被って髪の色を隠し、毛皮のコートを羽織っている。

出会ったあの夜から、一度も忘れたことがないあの男がそこにいた。


「......はは。これは、これは。何とも.......判断に困るな」


何とも......運が良いのか悪いのかとても判断に困った。

勇者の後に、と思っていた。

戦闘よりも探すのが一番骨が折れると思っていた人物が向こうから来てくれた。

探す手間が省けたと言う事では運が良い。


しかし、予想以上に早く来てしまったともいえる。

調整無しで彼と戦闘をするには荷が重い。

そして、このダンジョンは勇者対策が施されているが、魔力を持っていない彼にとっては苦になる様なものはほとんどない。

つまり、生まれて来る前にここまで来る可能性がある。

そういう意味では運が悪い。


「対処するための時間も素材も無いか」


持ち合わせていた『玩具シリーズ』は揺り籠の調整や勇者対策にほとんど使ってしまった。

仮にあったとしても、彼用に調整する時間はない。

現状何も打てる手がなかった。


「思うようにいかないな」


何もする事が出来ないのなら、いっそ彼の動向を楽しむことにした。



・・・

・・



笑えて来る。

ここまで無茶苦茶だと自然と笑えてしまう。

質の悪い冗談のようだ。

これでは足止めや時間稼ぎなど期待できないではないか。


彼は何事も無いように回避し、潰し、時には利用して踏破する。

異常なまでの危険察知能力。

しかし、稀に苦戦しているところを見ると完璧ではなさそうだが、それでも時間稼ぎとまでは言えないところを見ると対処能力までずば抜けている事になる。


「彼はここまで大胆に行動する者だったかな」


大分印象が異なる。

少しでも危険を感知したり、理解が及ばないモノであるなら臆病な程の慎重さで行動するか、その場を去ると思っていた。

だが、結果は違った。

幾多の屍を踏み越えて、確実にこちらへ向かってくる。

慎重ではあるのだろうが足を止めたり様子を見る事はなかった。

この程度は織り込み済みで、警戒する程度の事でもないと言う事だろうか。


「不思議な気持ちだな」


追い込まれているというのに何処か高揚している。

彼を見ていると人間と言う生き物の根底を考えさせられ、人間とはここまで出来る生き物なのかと感心してしまう。

枯れ木のようにやせ細った体を小さく震わせ笑った。

諦観ではなく称賛からくるもので、笑う事が止められなかった。

ひとしきり笑うと、モニターを閉じて入り口の扉を開けておく。


彼にとってはあってないようなものだ。

壊された破片でケガをするのは面白くない。


そう思っていると、通路の奥から人影が現れ、顔を覗かせる。


「ん? ここで終わりかな?」

「ああ、ここで終わりだよ」


その言葉に少し驚いたような顔をする。

人が居たという事よりも、居た人間がすでに死にかけていることに驚いているようだ。


「驚いた。久しぶりに日本語を聞いたよ。えっと、あんたが......キリサキさんかな?」


その話しぶりから察するに、ある程度はこちらの情報を知っているようだ。


「そうだよ。今はジュリと名乗っている」

「初めましてジュリさん。白墨です」

「それで? どこまで知られているのかな」

「世界的犯罪者。それぐらいですね」


軽い口調とは裏腹に、水の中にいるかのような息苦しさを感じる。

肉眼で見るのは初めてだが、こうまで凄まじいと恐怖を通り越して尊敬すら感じてしまう。


「よければ、少しお話をしないか? 生憎お茶は出ないが」

「話すのは構いませんよ。そして気を使わなくて結構です。そういう間柄でもないので」

「それもそうか」


対面にある椅子に座るようにと促した。



◇◆◇



促されるまま椅子に座る。


「まずは、私が異世界から来たと言う事は知っているかな」

「えぇ、資料で見ました」


その資料は合法的な手段で手に入れたものではない。

タヌキの受付嬢を問い詰め。

とある場所へ非合法で侵入し、手に入れたものだ。

ちなみに問い詰めたタヌキは半泣きだった。


「君が日本語を話しているところを見ると日本人だろ。髪の色や魔力から考えると転生者ではなさそうだな。偶発的に召喚されたのかな? それとも人為的かな?」

「偶発ではあるのでしょうけど、どちらともいえないでしょうね」

「ほう、こちら側へ来るのに召喚以外の方法があるのか。興味深い。今代の勇者たちも同じかな」

「さぁ、どうでしょうね。あったことがないので」

「そうか......君はどの日本から来たのかな」

「どの日本と言うのは?」

「あぁ、すまない。ここへ来る日本人は同一の日本から来たわけじゃないんだ。平行世界と言えばいいのかな」

「へぇ」

「例えば、そうだな.......第3次世界大戦は起きたかな?」

「あったと言えばありました。一般的には起きていない事になってます」


それは父親の酷いマッチポンプであったというところまでは言わなかった。


「それは初めて聞くパターンだな」

「あなたの所は?」

「あったよ。世界人口の7割が死滅した。地図も描き直さなくてはいけないぐらいだ」


軽い雑談のような雰囲気とは裏腹に、その場は張り詰めるほどの緊張感に包まれていた。

両者とも動作や言葉、表情、呼吸、微かな声色の違いからも情報を得ようと言葉を投げかけて反応を伺う。


「道中にあったアレ等は、噂にあった『玩具シリーズ』ってやつですか?」

「あぁ、そうだよ。少し改造したけどね。君が来るならそれ専用にしておくべきだった」

「結構苦労しました」

「ははっ。とてもそうだとは思えなかったよ。そういえば真っ暗な道でも平気で歩いていたよね。暗視ゴーグルをつけてる訳でもないのに、そういうスキルなのかな?」

「知っているとは思いますが魔力もスキルもありませんよ」

「それはそれで驚きだ。どんな方法を使ったのかな?」

「特別なことでは無いですよ。目が見えなくなる状況は珍しくないので......まぁ、慣れですかね」


枯れ木のようにやせ細った女性は、得られた情報を逐一にある場所へと流していた。

少しでも目的達成の可能性を上げるために

こちらの情報を多少流してでも話をつづける事に注視していた。

少しでも彼をこの場に留まらせておくために。

顔には出さないが、祈る様に時間稼ぎを遂行していた。


対して対面に座る男は内心焦っていた。

想像していた人物像と掛け離れていたからだ。

道中の罠や戦闘。

事前情報から導き出した人物像としっかりと結びついていたのだが、目の前の人物はそれとは掛け離れていた。

別人のような、ではなく。まさしく別人であった。


とある仮説が現実味を帯び始める。

1人だと思われていた人物は2人以上いた。


最初に想定していた人物は、フレアを誘拐しようとした人物だと思っていた。

『玩具シリーズ』と称する異形の生き物には道中襲われた生き物に関して多くの共通点もあった。

そして、本人の特徴として一人で行動するものだと思っていたが読み間違えたようだ。

現にこうして一人の女性が目の前にいる。


引き際を間違えたな。


相手が一人であるなら何とかなると思っていたし、そうできる自信もあった。

最近は襲い掛かってくる生き物を相手にするのも面倒だと感じていたし、気が変わりフレアの方へ狙われる可能性もある事を考えれば早期に取り掛かりたいことの一つでもあった。

見つけたのなら早めに潰すことに迷いはなかった。

だからこそ、ここまでの引き返したい気持ちを我慢して来たのだが.......準備が足りなかった。

当の本人はここにはおらず、居るのは死にかけの女性だけ。

この場から去るのに障害にならないはずなのに、逃げれる気がしない。

この女性から発せられる雰囲気に飲まれているのか、足が動こうとしない。


この何をしても見透かせらているような気分になるのは.......


そんなわけないと余計な思考を切り捨てる。

出来るだけ情報を引き出して有利に持っていく。

ただでさえ体調は万全とはいえない状況なのだ。

せめてあの誘拐未遂犯の居場所だけでも特定しなくてはいけない。


平静を装いながらも出来るだけ情報を引き出すために時間をかける。



互いに望むのは時間と情報。

奇しくも互いに協力し合っている状況である。

両者の望み通り時は過ぎていく。

その結果、一方の望みが成就した。


男の後ろで粘液を纏った肉塊が落ちてくる。

卵の薄皮を破るように内側から引きちぎると中身の異形が飛び出した。


「これは凄い。素敵だね」


異形は天を仰いで呟いた。



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