68話
挑戦メニューを食べ終わり、デザートまで完食。
ご機嫌なまま店を出る。
そこでふと足を止める。
そういえば飢えで忘れていたが、ここに来る前にあれほど派手に暴れたのだから、本体なら目立つ行動は慎むべきだった。
少し考え、後の祭りだと言う事で切り替える事にする。
飢えによる最悪を回避できたのだ。それで良しとしよう。
これからは慎重に行動し身をひそめつつ、情報収集をすることを心掛ければいい。
ポケットから全財産を確認する。
「......まずは両替だな。忘れないうちにしておくか」
取り敢えずは、冒険者ギルドを目指すことにしよう。
両替が出来るなら良し、無理であるなら両替できる場所を聞けばいい。
詳しい場所は知らないが、タヌキが走っていた方へ歩いていけば見つかるだろう。
テクテクと歩いていく。
到着。
「割と近くにあったな」
早速ギルド内に入ると、営業スマイルで受付をしているタヌキを発見。
知らない受付嬢よりも、知っている人物の方がトラブルが減るだろうと言う事で、早速こちらも笑顔で挨拶をしに行くことにする。
こちらと目が合うと、珍妙な声を上げ後退った。
こいつはいったい自分を何だと思っているのだろうか。
引きつる営業スマイルをこちらも笑顔で対応し、手早く用事を伝える。
両替してもらう事が出来た。
ただ、外貨手数料を取られた。
結構高い。
金銭のやり取りを記録として残すために、ギルドカードの提出を求められたので提出する。
「ううむ。これは.......」
タヌキはギルドカードの記録を見て、何やら難しい顔をしている。
何か気になることが有るのだろうか。
メモに書いて尋ねる。
「あぁ、いや、そのですねぇ。怒らないで聞いて欲しいんですけど、いいですか?」
頷く。
「えっと、ギルドのランクが降格しています。はい。恐らくですが、ギルドへの貢献度が低い依頼しかしていない事と、最後の受注から大分期間があいているからだと思われます。はい」
そうなのか。
まぁ、別段ギルドのランクは気にしていない。
身分証として最低限の役割があるなら最低ランクでもいいぐらいだ。
気にしていない。とジェスチャーで答える。
それでも何やら端末を熱心に見ている。
いい加減返してくれないだろうか。
人目は少なくフードで髪を隠しているが、あまり長くは居たくない。
すると、何か意を決したかのようにタヌキが顔を上げる。
ニヘラと笑い、下心ありありの顔で手を揉みながら、頼みごとがあると、別室に連れていかれた。
・・・
・・
・
別室に連れていかれて少し経つ。
舌を動かし、緊張を隠し切れない表情で身振り手振りを加え必死に話している。
内容は、『担当』に関する説明。
つまりは営業トークだ。
さして興味もないのですぐに出ても良かったのだが、お茶請けが結構おいしかったので、その分だけでも聞くことにした。
お茶請けを堪能しながら、ボンヤリとタヌキを観察する。
うん、必死である。
見てる分には微笑ましいと感じる。
ただ、言葉の内容はそういった微笑ましい感じではない。
言葉の端々から、伝えたくない事柄が見え隠れ、誤解を受けるような説明、何処の情報か分からない数字、謎の根拠資料。
そして、極めつけは並べられる胡散臭い言葉。
絶対に大丈夫です。
損はさせません。悪いようにはしません。
貴方だけに教える特別な事です。
私に全部任せてください。
などなど。
胡散臭さの見本市場のようだ。
言っている内容を要約すると、タヌキを専属担当にして、依頼を受けて欲しいとのことだ。
それだけのことをなぜ、こうまで胡散臭く喋っているのだろうか。
間違いなく、疚しいことが有るのだろう。
まぁどうでもいい。お茶請けも丁度無くなった。
さっさと出ようと立ち上がると、サッと新しいお茶請けが出される。
本当によく食べるんですねぇと前置きと共に、オススメですと勧められる。
オススメを出されて食べないのも失礼だろうと言う事で、座り直し、もう少し居る事にした。
ムグムグと咀嚼する。
上品な甘みと花のような香りを鼻腔で楽しみつつ、タヌキの真意を暇潰しに想像してみる。
まぁ、実績とお金といったところだろうかな。
例えば実績は、劣人種でランクが落ちた落ち目の冒険者を立て直し、昇格されればそれがこのタヌキの手腕による実績になる。
仕事で一目置かれ、信用にも繋がるだろう。
お金ならば、必死に誤魔化している依頼料に関する事だろう。
手数料だったりサービス料だったり、顧問料だったりと何かしらの名目で、依頼報酬からいくらか引かれるのだろう。
納得できる金額なら、こうまで必死に隠そうとしない。
相当な暴利だと予想できる。
最後のお茶請けを口に放り込む。
これ以上はキリがないな。
このまま去ろうとしても、追いすがられるのが目に見える。
それなら、こいつの真意を直接聞きだし、丁寧に話し合えば諦めてくれるだろう。
いや、何を言っても無駄だと諦めさせる。
大きく手を広げ、軽く手を叩く。
パン!!
割と大きな音が出て、ちょっと自分でも驚いた。
驚き硬直するタヌキをよそにサラサラとメモに聞きたいことを単語で書い見せる。
『実績』『依頼報酬』『手数料』『取り分』
あえて、露骨に隠しているであろう単語を書いて見せることで、タヌキの反応を伺う。
「え、え~と、ですね。はい。えへへ......へへ」
ゴクリと生唾を飲んでいるのが見て取れる。
目は泳ぎ、緊張で言葉が出てこない様だ。
分かりやすすぎる反応で、嘘なんじゃないこと思うほど素直な反応を示した。
こちらは、ニコリと笑顔で対応し、『どうする?』と書いたメモを見せる。
「ぎい゛でぐださい!!」
堰を切ったように話し始めた。
涙声での早口。文脈を無視した喋り方で、理解しづらかったが要約すると担当していた冒険者のほとんどが亡くなったそうだ。
原因は特別緊急依頼。
内容は、世界的犯罪者の隠れ場所を奇襲。
かなり強く信頼できる人物を中心とした大規模なチームを結成し、奇襲するという内容だったそうだ。
しかし、先程の人達を含む一部の連中が功を焦って勝手に強襲。
案の定、反撃されて大半が死亡。
辛うじて生き残った者も、戦線離脱状態。
本来の奇襲作戦も意味をなさなく成り、戦力も減った。
戦犯扱いされているようだ。
「本当は美味しい仕事だったんですよ。本来なら後方支援や撤退時の道の確保が仕事で、彼らが得意とする分野だったんです。ピッタリ最適だったんですよ。美味しい内容に、死ににくい仕事のはずだったのに......」
ハンカチで涙をぬぐい。鼻をかむ。
「私としましても、こっちに配属されてすぐの実績としては美味しいですし、手数料も結構多く取ってもバレない人たちだから、ボーナスがっぽりの予定だったんです。そう思えるぐらい安心できる人選だったし、慎重に行動する人たちでしたし、無難に大丈夫と思ってたんですけど......なぜか今回は暴走しちゃったんです。急転直下ですよ。はい」
はぁーっと大きな溜息をつき、鼻をすすりながらゆっくりと話し始める。
「死んでしまったのは悲しいですが、命令無視のうえ、依頼開始前だったこともあり、私の管理ミスを指摘されました。やってられませんよ。左遷されちゃいます。はい」
他人を心配しているようで自分の事を心配している。
心配しているふりをしている分だけマシだと考えるべきなのだろうか。
「どう挽回すべきか考えていたら、依頼達成度の高く、評価の高いシヒロさんが来たんですよ。これはチャンスだと思いました。私を助けてください。はい」
やだ
「お願いします!! なんでも、何でもしますから!! 見捨て......ッ!!」
追いすがろうとして、机に脛を強打する。
机の上を悶絶しながら転げまわる。
「.......」
少し考えこむ。
このタヌキに関しては、助ける義務も義理もやる気もない。
飯に関する恩義も、条件を飲むことで相殺されている。
本来なら無視して出ていく所なのだが、困ったことにこちらも情報提供者は欲しいと思っていたところだ。
自分はこの国の事を何も知らない。
人種、思想、生活様式、そして外でやらかした情報について、そういったパイプがあるに越したことはない。
何の因果かホノロゥさんとの約束もある。
それならば、専属担当になってもらってもいいのだが、このタヌキに関して一抹の不安が拭えない。
痛みに顔を歪めながら、こちらににじり寄ってくる。
言動に信用が置けないのだ。
そうなれば渡された情報にも信用が置けなくなる。
それならばいっそ聞かない方がましだと言う事にもなるが、このタヌキは良くも悪くも顔に出やすい。
意図して嘘をついたり騙そうとすれば、それを見抜く自信はある。
やっぱり、ここで縁を切るのは少し惜しいか。
タヌキのこれまでの行動を思い浮かべ、おおよその人物像を思い浮かべる。
このタヌキにとって利益となっている間は、裏切ることはしないだろう。
そして、裏切ることで大きな利益が得られると分かっていても、必ずある小さな利益をすぐに切り捨てられず、渋る様な奴だと考える。
そして、自身に大きな不利益を被ることになれば、誰であろうと裏切るだろう。
長期的な付き合いはしないが、短期であるなら可能か。
もし仮に見抜けなかった場合はどうなる?
流される情報はどれほどのものだ?
顔と名前は知られている。冒険者カードに記載されているものは全て筒抜けと考えていい。
依頼を受注中だった場合、依頼内容から場所を予測するのは簡単だろう。
そのあと何処のルートを通るのかも予測されやすく.......。
色々な要素を天秤に乗せる。
「シヒロさぁん!!」
机の上を這いずり、逃がさないと言わんばかりに手を伸ばす。
サラサラとメモ帳に書いていく。
条件がある。
「ほへぇ?」