67話
「ご要望の場所はここです!! はい!!」
紹介されたのは何とも大きな定食屋だ。
良い香りが漂い、期待が持てる。
早速、案内されるがまま入店する。
「ここは若い獣人冒険者にとっては最高の店なんです! 安い・早い・美味いの三拍子。そして何よりもボリュームが凄いですから。きっと満足してもらえると思いますよ。はい」
席へ案内する店員に、事前に書いていたメモを見せ、ここで一番ボリュームがある物を注文する。
席に着き、軽く水を口に含む。
注文したばかりだが、早く来ないかソワソワしてしまう。
「こほん。そのぉ。えっとぉ。少しお話は変わってしまうのですが、ここは私が奢らせていただきますので、先程のお話は聞かなかったと言う事で、一つ許してもらえませんかね? はい」
手を揉みながら、しげしげと聞いてくる。
頼み事で、本当に手を揉むやつを初めてみた。
ふむ、聞かなかったというが、何の話だったか思い出せない。
思い出せないのなら大したことでは無いのだろう。
それに、奢りと言う事で、両替の心配をしなくなったのはありがたい。
軽く頷く。
「っはー。さすがシヒロさん。懐が深いですね。『湖沼の如く大きな器』ですね。私、感服しましたです。はい。ちなみに、何で喋らないんですか? 前は話してましたよね?」
何と答えたものか。
喉でも痛めたとか言っておくべきか。
そう考えながら視線を合わせる。
「ッひぅっ。い、いや、いやはや、プライベートの事ですもんね。何でもいいですよね。はい」
腹が減りすぎて目つきが悪くなっているようだ。
自覚はあったが、そこまで驚くとは思わなかった。
視線を戻す。
「あ、あはは。えっと、そうです。じゃんじゃん頼んじゃってください。ちなみに私のオススメは、ギルパです。食感と香りが最高で無限に食べれちゃいますよ」
名前からして未知だ。
おそらく食感と香りと言っているので、炒め物の様なものだろうか。
後で注文してみるか。
「あぁ、でも、この店であまりオススメしないメニューがありますね。美味しいんですがボリュームがありえないんですよ。『ミヤムラ限界盛』っていう挑戦メニューなんですけどね、客の胃袋を一切考えないぐらい盛り付けてあるんですよ。あ、ほら、向こうで丁度挑戦してますね」
視線を向けると、2人席のテーブルが見えないほどの大きな皿に盛りつけられた料理を、2メートルほどの大男が脂汗を書きながら食べていた。
汚い食べ方をしているようで、床や服が汚れている。
「あ~、あの人は無理そうですね。1時間以内で完食しないと罰金なんですよ。ただ、完食出来たら食事代無料とデザートのタダ券がもらえます。まぁ、私達は普通に食べましょう。何にしますか?」
店の奥から大きな皿を担いでいる2人が、料理をこぼさないように慎重に運んでいる。
「やですねぇ。また無謀なチャレンジャーがいるみたいですよ。無理だと分かりそうなのに馬鹿ですねぇ。はい」
料理はこちらへと向かい
「はい! お待たせしました。『ミヤムラ限界盛』です」
ドン!! と卓上に置かれる。
「へ?」
驚くタヌキをよそに、大きなスプーンを手渡される。
「制限時間は1時間。完食でタダ。そしてデザートのサービス券を贈呈します。失敗は罰金として金貨1枚。では開始!!」
「ちょっと待ってください。頼んでないですよ!!」
慌てるタヌキを横目に、近くにあった小皿によそって、食べ進める。
「あぁ、嘘でしょう。いつの間に注文したんですか。無理に決まってるじゃないですか。.......うぅ.......」
足りるかな.....と半泣きで財布の中身を確認している。
まぁ、仮に代金が足りなくても一応はこちらも持ち合わせがある。
大丈夫だろう。
ゆっくりと味わうように咀嚼する。
んー、いいな。美味い。
食べたことがない料理だが、美味いと感じる。
何に近いと言われれば中華風のスパイシーな肉じゃがだろうか。
普通の肉じゃがの様な甘みは少ないが、独特なスパイシーな香りと辛味が感じられる。
山椒の様な、ピリッと痺れる辛さも良いアクセントだ。
食材も独特な食感で面白い。
料理全体が単調にならなく、いくらでも食べれそうだ。
「.......ッ!! くぅ.......足りない。頑張って完食してください!! まだ犯罪者にはなりたくありません!! はい」
どうやら金額が足りなかったようだ。
「もっと早く、もっと急いでください!!」
自分のペースで食べさせろ。
ピーッ、と奥の席から大きな笛の音がする。
音の方を見ると、先程チャレンジしていた獣人がギブアップしたようだ。
おおよそ、8割は頑張って食べたようだが限界だったようで、天井を仰ぎ、吐かないように口を押さえている。
それにしても汚い食べ方だ。
料理に対しても、作った人に対しても失礼だ。
そう思いながら、黙々と食べ進める。
「もっと一気に頬張って!! 水で一気に流し込んでください!! そんなんじゃ間に合いませんよ!!」
つい先程までボロボロに泣いていた人物とは思えない。
肝が太いのか、馬鹿なのか。
まぁ、気にせず自分のペースで食べよう。
急いで食べるのは体に悪い。
・・・
・・
・
カランカランと鐘の音が鳴る。
「タイム55分。完食。クリア!!」
「やったーーーーっ!! 私は信じてましたよ!! さすがシヒロさんですね! はい」
「参った、驚いたよ。完食した奴は何人かいるが、こんなに綺麗に食べたのはお宅が初めてだ。サービス券持ってくるから待ってな」
他の客席からもまばらに拍手が送られ、先程の店員が、サービス券を持ってくる。
美味かった。今度来た時は、また注文しよう。
「本当にびっくりですよ。この体のどこに入ってるんですか? シヒロさんには驚かされっぱなしですよ。はい」
何気に、劣人種から名前呼びになっている。
これを食べたことで、何かしら認める要因になったのだろうか。
「最終的には、奢るつもりがタダになってしまいましたね。私は見てるだけでお腹一杯、胸いっぱいですよ。デザートは次来た時に食べましょうか。ここのあんみつは最高ですよ」
なるほど、ここにもあんみつとかあるのか。
こっちと同じなのかな。別なのかな。
興味は尽きない。
とりあえず。
手を上げ店員を呼ぶ。
「ん? どうしたんですか? シヒロさん」
「はい、お待たせしました。.......え? 追加.......ですか? ギルパですね。量の方は? 一番多いものですと、特盛りになりますが? はぁ、構わないと......えっと、余計なことかもしれませんが、本当に大丈夫ですか? 食べきれますか? あ、はい、分かりました。では、ギルパ!! 特盛り一つ!! お願いします!!」
注文が通った。
「な、なに考えてるんですか!!」
サラサラとメモ帳に書く。
奢ってくれるんだろう? 金ないのか?
「あります!! 払えますが、食べきれるんですか!? 本当にここのメニューは全部凄い量なんですよ? しかもチャレンジメニューを食べてすぐなんて......ちょっと.......え? 理解できませんよ」
物足りないから注文したんだ。
別にいいだろう。
すぐに、注文したギルパが来た。
良い香りだ。
先程は煮物料理だったが今回は炒め物のようだ。
嬉しい。
渡されたフォークを使い、料理を頬張る。
なるほど、美味い。そして、食感が楽しい。
筍の様なシャキシャキした食感とクリスピーなサクサクとした食感が心地いい。
濃厚な味付けなのに軽く食べれてしまう。
酸味と辛味がさらに食欲を加速させる。
ペロッと食べれてしまいそうだ。
完食。
サッと手を上げて店員を呼ぶと、タヌキはハッとした顔をして、慌てて代金を置いた。
「代金は置いていきます。お昼休憩終わってました。それでは!!」
ものすごい勢い速さで、逃げるように店を出た。
ここからさらに追加注文をすると思ったのだろうか。
確かにするが、お金を払わせるようなことはしない。
そこまで図々しくない。
貰ったデザートのタダ券を渡しデザートを注文する。
あんみつだ。
店員は少し呆れたような顔をしながら注文を受け、すぐにあんみつが運ばれる。
なかなか綺麗な盛り付けだ。
見たことない果物もあるが、おおよそイメージ通りのあんみつ。
スプーンで掬い、一口いただく。
甘い。甘くてうまい。
久々の甘味が唾液腺に沁み渡る。
「兄さん、あんたすげぇな」
何やら物珍しそうな顔をしながら注文を受けた店員が話し掛けてきた。
「興味があればなんだが、こういうものに参加したら結構いいとこまで行くんじゃないか?」
何やらチラシのような物を渡される。
大食い大会?
参加条件は、ここの区画でやっている挑戦メニューを5つクリアする事。
そして、大会出場用の参加費 金貨1枚。
そのチラシの下の方に小さく協力店が書いてある。
ここ以外にも、完食出来れば無料の店が結構あるようだ。
つまりはタダでご飯が食べられる。
嬉しい限りだ。
暫くは、ご飯の心配はいらなさそうだ。
参加することを表明すると、何やら小さな冊子のような物を渡される。
パラリとページを捲ると店名と大きな判を押すスペースがあった。
「挑戦メニューをクリアしたら、そのページにハンコを押すのさ。今回のは押したからあと4つ頑張りな」
そういって店の奥へと戻っていく。
出来ればもう一杯あんみつを食べたかったんだが、潮時だろう。
お金は両替してないし、周りの客から変に注目されはじめた。
店に迷惑が掛かるといけないので、退転する。
また来よう。
御馳走様でした。
◇◆◇ とあるダンジョン最奥
体中に葉脈の様な管が差し込まれ、様々な薬品が体に流れ込む。
もう、痛みはない。
いや、その段階を過ぎて、最悪の状態へと進んでいるといっていいだろう。
残された最後の手段は、進行を遅らせる事だけ。
そのためだけに、寿命を減らす様な強い薬を常用しなくてはならない。
強い副作用だが、時間を稼げるなら問題はない。
この体はどうせ捨てるつもりだからだ。
気掛かりなのは、この症状だ。
私が私であるための何かが、虫食いのように少しずつ欠けていき、別の何かがそれを埋めていくような感覚。
手の打ちようはなく、どうすることも出来ない。
だが、そんなことは些末だ。
希望は『揺り籠』内にある。
素体は順調に育っている。
彼から得られた戦闘データは想像以上の物だった。
それらは全ての情報を素体にインプットさせた。
そのお陰か、想像以上の成長を見せてくれている。
創った生命では歴代最高峰だろう。
魔王など敵ですらなくなる。
そして、あいつにも
「ッ!! ゴホ......ゴホ」
乾いた咳が漏れ出る。
口に付いた血を拭うとと、『揺り籠』内の素体と目があった。
感情の無い昆虫のような目でこちらを伺っている。
「末恐ろしく、頼もしいじゃないか」
早く次段階へと進め、私の持っている知識と記憶をインストールしたいところだが、失敗は許されない。
ギリギリまで、この場で微調整をする。
そして、目的である彼の肉体情報と未知の小太刀の2つは、素体が完成してから奪えばいい。
そのための事前準備は整っている。
彼を私のダンジョンの近くまで誘導したのも、そのためだ。
素体の肉体と、私が作り出したダンジョン。
勝機は十分にある。
順調に進む物事に小さく微笑む。
すると突然、緊急用の映像が映し出される。
「面倒だな」
彼に集中するあまり他が疎かになっていたようだ。
余計なものまで近づいている。
「祝福の前の試練と言ったところかな」
ここは、慎重を期して1つ1つ丁寧に潰していこう。
差し詰め、一番近く、簡単なものから。
拠点とするダンジョンへ一直線に向かってくる一団が映し出される。
今代の勇者一行だ。
「本番前の慣らしと行こう」
予想外は少ない方が良い。
彼等はちょうどいいデバックになるだろう。