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64話

人助けをした晩の事。

気分の高揚もあり、少し贅沢な鍋料理を堪能していた。

材料をたくさん使い出汁にも拘った鍋だ。

味はもちろん、量的にも満足な出来ではあったのだが、一人で鍋を食べると妙に心寂しくなってしまう。

ここ最近の人の嫌われっぷりも相俟って、その気持ちはさらに加速させた。

嫌われるのは慣れているが、全く平気と言うわけではない。

傷つくものは傷つくのだ。

具材の無くなった鍋を少し温めなおし、〆に保存の効くパンを取り出す。

可能ならば、米や麺があれば最高だったのだが無いものはしかたない。

千切ったパンを汁に浸して口に放り込む。


「美味い」


自然と笑みがこぼれる。

保存が効くように塩が多めに入ってボソボソした食感だが、旨味が凝縮されたこの汁と合わせると最高に美味い。

美味しい物を食べられる幸せを噛みしめていると、茂みをかき分け近づいてくる音がする。

咄嗟に警戒する。

食べる事に夢中になり、ここまでの接近に気が付かなかった。

集中し、すぐに動ける準備をしていると、武器を携えた2人の女性が茂みから現れた。


相手の立ち位置、重心、装備、周りの環境等をすぐさま分析。

火の明かりに誘われてやってきた猟師ではなさそうだ。

火を目の前にして瞳孔が開いている。

明確にこちらを意識しており、興奮している状態だ。

こちらの状況や荷物を見ていないことを鑑みても、強盗や夜盗と言った類でもない。

私怨。ただ単純にこちらを狙って来たといった感じだ。

そして、この顔。

どこかで見た顔だと思ったが思い出した。

昼間に死にかけていた女性だ。

ならば、ここに居る動機は明白だろう。

腹に据えかねての報復と言ったところか。

あの少女では止める事は出来なかったと見える。


少し考え、気にする程でもないかと、警戒を緩める。

こちらを睨みつけ、何やら恨み言を呟いている。

聞き流し、話半分で聞くと、やっぱり許せないから殺すといった感じだ。

わざわざ正面から姿を現し、不意打ちをしないのは、劣人種に対しする余裕の表れか、プライドなのだろうか。

何とも中途半端だ。

対応に困る。

暗殺紛いの事をしてくれるならそれ相応の対応をするのだが......。

当の本人達は殺すと言っているが、本気で殺す気はなさそうだ。

暴力の延長で死んだら仕方ないといった程度。

襲い掛かってきたときに対処することにしよう。

その間は無視することにしたが、こちらの反応がない事に苛立ちを覚えたのか、刃先をこちらに向ける。


「お前に信じる神がいるなら祈っていろ」


何を祈ればいいのやら。

祈って何かが叶うなら、手に塗った傷薬の痛みを取ってほしい。


「苦しまないように死ねるようにな!」


前傾姿勢になり、飛び掛かる。


あぁ、それなら過去に何度も祈った覚えがある。

叶えて貰ったことは一度もない。

それより、後ろに気を付けた方が良いぞ。

忠告はしないけど。


振りかぶる姿勢のまま動きが止まる。


「なんだ!!」


彼女達の体には、髪のように黒く細い糸が絡みついていた。

絡まる糸の先を目線で追うと、黒い毛玉のような物体が浮遊しているのが分かる。

突然の出来事で驚いたようで、必死に刃物を振り回し糸を断ち切ろうと足掻いているが、切れる様子はなく、さらに糸が絡みつき飲み込まれていく。


アレに捕まるとあんな感じになるんだな。気を付けよ。


黒い糸に巻き付かれ、繭のような状態になる。

黒毛玉はさらに大量の糸を伸ばし、こちらへと襲い掛かる。

大きな溜息を一つ吐き、鍋に蓋をする。


「食事中だぞ。この毛玉もしつこいな」


今日で3回目だ。

この黒毛玉は今回も突然現れ、当然のように襲い掛かってきた。

何度も殴り、叩きつけてもボールのように弾んで効果がなく。

殺して食べようにも、労力の割に可食部分も少なそうなので、毛をある程度毟り遠くへ放り投げるを繰り返していた。

痛い目を見れば襲い掛かることもしなくなるだろうと思ったが、淡い期待だったようだ。

最初の時と比べると半分以下まで小さくなり、動きが鈍くなっている。

そこまでして襲う理由は分からないが、その執念に敬意を払い、面倒だが全て毟りきって鍋の具材にする事にしよう。

迎撃のために立ち上がる。


すると、白い影のような物が目の前を通過した。


繭のように包まれていた2つの毛の塊は、一瞬でズタズタに切り裂かれ、女性たちが繭から解放される。

そして、兎の耳が生えた女性が黒毛玉を上から踏みつぶす。


「なんだこれ? 見たことない生き物だな?」


そういうと、地面が小さく揺れるほど激しく踏み込み、足元から電撃が迸る。

黒毛玉が小さな悲鳴を上げ、炭化して消えていった。


........。


やり場もないので、座りなおして食事の続きを食べ始める。

黒毛玉を倒し、解放した女性達を抱きしめている人物は獣人だろう。

白い兎のような耳に、白い尻尾が見える。


獣人の女性は、抱き着く女性達の肩や腰に手を回し、大きな声で語りかける。


「へいへい、夜這いに行ったらベットが冷えてて眠れないじゃないか」


肩に回した手は服の中へ、腰に回した手は下へと伸ばし、揉みしだいていた。


「あ、あの、ラーサットさん........」

「スイレンに言われただろう? 何で守れないんだ?」

「すいません.......でも」

「いいや、言い訳は聞かない。許さない。エロい下着をつけてベッドで待ってろ。きっついお仕置きをしてやる」

「.......はい」


何を見せられているのだろうか。

しばらく、イチャイチャしたところを見せられて、女性達は茂みの奥へと帰っていった。

だが、なぜか獣人の人はこの場に残っている。


この人は誰だろうか。先程の女性達と違い見覚えがない。

接し方を見ると知らない仲というわけでもなさそうだ。

まぁ、どうでもいいか。


〆のパンを食べきり、汁を飲み干す。

なぜあの女性達と一緒に帰らないのか分からないが、居心地がよろしくないので場所を変えることにする。

後片付けをして、立ち上がろうとしたときに声を掛けられる。


「あー、ちょっと待ってくれ。少し話がしたい。いいかな?」

「なぜ?」


言葉が通じない事が分かれば、引いてくれるだろうと思っていた。


「ん? それは勿論、時間を潰すためだ。ベッドが温まるのには時間がかかる。女は準備に時間がかかるんだよ」


パチリとウィンクされる。

言葉が通じている? 運が良い。

日本語で話しかける。


「日本語とか分かる?」

「そっちはわからないな。理解できない」


それは残念だ。


「こちらの言葉だったら通じる?」

「それならわかるよ。正確にではないけどね」

「発音が間違ってるのかな?」

「言葉としてはわかってないよ。唇と舌、喉の上下で読み取っている。読唇術ってやつだ。知ってるかな?」

「ええ」

「それにしても変な感じだ。奇妙な腹話術を見せられている気分になるよ」


何処から取り出したのか、酒瓶とコップを二つ取り出す。


「少しだが酒もあるんだ。暇潰しに付き合ってくれないか?」


人付き合いは大事だ。

20歳になっていないので酒は本来飲んではいけないが、勧められたものを断るのは失礼になる。

相手が女性なら尚更だ。恥をかかせてはいけない。

断れば母さんに叱られてしまう。

有難く頂戴するとしよう。


「ならばこちらは、簡単なツマミを提供しますよ」



◇◆◇ ラーサット


風上にいる人間の匂いがこちらへと流れてくる。確認のためにもう一度匂いを嗅ぐ。

確信する。こいつは劣人種だ。

劣人種の定義は種によってさまざまだが、魔法が使えず魔道具すら使えないのが共通認識である。

だが、こうにも魔力の匂いが無いのは珍しい。

珍種の中の珍種であろう。


見た目は人間でいう30代後半。いや、もう少し若いか。

とにかく、この年齢まで劣人種が生きているのはさらに珍しいといえる。

まさに奇跡のような存在だ。


人族ではどうかは知らないが、こちらでの劣人種の扱いはとても悪い。

性奴隷ならまだいい方だ。

大概は新しい魔法やポーションの実験動物。

宗教の一部では生贄。

冒険者などは囮や生餌として扱われる。

つまり、劣人種は非常に短命だ。


どうやって今の今まで生き残れたのだろうか。

本来なら会話する程の価値も無い存在ではあるが、ここまで珍種だと話は別だ。

暇潰しとして聞くには丁度いいだろう。

酒を煽り、渡されたツマミに手を伸ばす。


ん、ツマミが美味い。


安酒であまり美味いと思える酒ではないが、このツマミが互いに良さを引き出すような相乗効果を生んでいた。

在り合わせとは思えないような完成度である。

なるほど、一芸に秀でていると言う事だろうか。


「いやぁ、それにしても私の身内が失礼をしたね。変なのが乱入してなかったら殺されるところだったね」

「ええ、怖かったですよ」

「でも原因を聞いてみると、君が未遂とはいえ乱暴したんだって?」

「いや、誤解ですよ。死にそうだったので微力ながら助けようとしたんです。あまり意味はなかったようですがね」


そんな事をスイレンが話してたな。

まぁ、仮に助けたことが本当でも、男でも論外なのにさらに劣人種となれば尚更だろう。

知ってか知らずか、まぁ、どちらにしてもあの子らが殺してでもとなる気持ちはわかるかな。

お仕置きは軽めにしておこう。


「へぇー、そうなのか。聞いた話とはちょっと違うかな? 服を破ったり、胸を触ったって聞いたけど?」

「語弊がありますね。治療の過程でそうなっただけです」

「ほぉ、随分と変わった治療方法だ。特殊な回復魔法かな? それとも特殊なスキルでそうしないとダメなのかな?」

「魔法は使えません。スキルもね」

「なぜ?」

「劣人種と言われてて、魔力がないんですよ」


あっさりそれを答えるのか。

出来れば隠したいことだろうに。


「そう。無いならポーションを使えばいいんじゃないか? 魔力回復用は高いが、傷を治すポーションなら安価で必需品だろ? 魔力がないなら」

「ポーションで傷は治らないんですよ。劣人種なもので」

「ふぅん」


そうなのか? たしかに劣人種にポーションを使っているところを見たことがない。

ポーションを使うより買い直した方が安上がりだからだと思っていたが、そういう事情もあったのか。


チビリと安酒を舐める。


この酒よりも安いポーション。そしてそれより安い命.......か。

別段意識はしていなかったが、あまりの命の安さを再認識してしまう。

同情はする。


「よく今まで生きてこれたな。何か生き残れるコツがあれば教えて欲しいものだ」

「無いですよ。どんなに備えて、気を張っても死ぬときは死にます。まぁ、逆に死にたくても死ねないときもあります。運が良かっただけですね」

「そうか」


グイっと酒を煽る。


「そういえば、私の国にへ行くんだって?」

「ええ、向かおうと思っています」

「美味しいツマミと身内の詫び、暇潰しの礼として忠告するよ。止めとけ。運良く生き残れる場所じゃない。弱い奴は排斥されるところだ」

「ご忠告ありがとうございます」

「本当に死ぬぞ?」

「命の恩人の頼みなので」

「あっそ。お大事に。さて、ベッドも温まっているだろうから退散させてもらうよ」

「ええ。お酒ご馳走様でした」


コップを受け取りその男を凝視する。

弱者特有の卑屈さを感じない。

根拠のない自信があるわけでもない。

目の前に居るのに、ひどく遠くに居るような、物凄く近くにいるような、雲のように掴みどころがない。


見た印象と話した印象から仲間に乱暴していない事は何となく理解できた。

嘘をついている雰囲気もない。

最初に思い描いていたイメージと掛け離れている。

まぁ、もう会う事もないだろう。


視線を切り、男に背を向け、ベッドで待っている仲間の元へと走り出す。


本当なら、どんな理由であろうとも一発ぶん殴ろうと決めていたのに、手が出せなかった。

美味いツマミのせいなのか。

長生きしている珍種に会え、今後の人生に同情したのか。

隙だらけの姿に毒気を抜かれたのか。

良く分からないが、気が付けば一発も殴らず、普通に話して終わったしまった。


「変な奴」


気にはなるがその程度。

すぐさま記憶の彼方へと押しやり、部屋で待つ仲間へと心が馳せた。

だから、気が付いていなかった。

その手は微かに震え、強張っている事に。


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