63話
誤解があったのなら、懇切丁寧に話し合うといい。
多少の行き違いがあったと互いに理解しあう事が出来る。
納得できない事もあるかもしれないが、少なくとも互いに剣を取ることはないだろう。
そもそも敵同士ではないのだから。
だが、今回のように、言葉が通じない場合はどうすればいいのだろうか。
簡単だ。
言葉以外の方法を取ればいい。
文章での説明、ボディランゲージなど方法は様々だ。
伝えようとする気持ちがあれば大体何とかなる。
「クソ虫め!!」
別の女性が、出血多量で倒れている女性を引き離す。
それを横目で様子を伺いつつ、手を上げ膝をついた状態を維持する。
「動くな!!」
弁明の余地を与えられなず、身動きすら許されない現状をどうすればいいのだろうか。
これまでの経験から言わせてもらうなら、力で解決するのが一番効率が良い。
一番いい方法とは言えないが、取り敢えずは解決する。
ただ、この方法は互いに血が流れるので最終手段である。
出来れば使いたくない。
仮にも助けようとした人達だし、進んで痛い思いをしたいわけではない。
なので出来るだけ穏便にすませたい。
「あいよ」
返答すらも抵抗の意思があると感じられたのか、わき腹を蹴られる。
会話の切っ掛けにならないかと考えたが失敗のようだ。
「クズめ!! これだから....」
込み上げる怒りを止められないのか、罵倒する言葉が止まらない。
だが、言っている言葉が理解できず、早口で捲し立てるので、なお理解できない。
後ろで回復した人たちが続々と集まってくる。
どの人もすぐに動けるような怪我ではなかったのに、歩いて近づける位までには回復している。
魔法の利便性に改めて感服し、これが昔のあの時に使えたのならと現実逃避のような妄想をする。
「こいつか」
大きな舌打ちと嫌悪の目で見られている事を背中越しに感じる。
誤解を解くハードルがどんどんと高まっている。
このまま様子を見ても解決することはなさそうだ。
今考えられる選択は、逃げるか。暴力に耐えて説得するか。
「..........」
逃げる事は無しだと考える。
リスクが高すぎる。
彼女達の身に着けていた装備から考えると冒険者だろう。
それも結構ランクが高い。
そんな彼女達が乱暴されたとギルドに報告すれば、真偽を確かめることなく強姦魔としてブラックリストに載る可能性が非常に高い。
社会的地位がなく、信用も低い劣人種ならなおさらだろう。
そうなった場合、変装し隠れて行動という方法もあるが、自信がない。
目立つ黒い髪は、染めたり剃ったりすればいいが、黒い目の色だけはどうにもならない。
魔力がなく黒い目。
短期間でバレそうだ。
そうなると、ルテルとの約束を果たすための活動がしずらくなる。
やはり、逃げる事はできない。
気はあまり進まないが、暴力に耐えながらの説得になりそうだ。
どうすれば彼女達の誤解が解けるか思案していると、バシャっと頭から水を被る。
どうやら魔法で水を掛けられたようだ。
それを切っ掛けに蹴りや土塊をぶつけられる。
彼女達の苛立ちが抑えられなくなっているのだろう。
だが、これはよろしくない。
無抵抗の状態からの暴力は危険だ。
このままだと暴力がエスカレートしていき、最後には死の制裁へと発展するだろう。
そして、この状態から説得を試みても火に油、向こうが落ち着いていなければ伝わらない言葉を叫んでも、文字を書こうとしても、それを切っ掛けに死の制裁へ発展しそうだ。
現状を変える意味合いも込めて、こちらも暴力で抵抗するしかない。
死なない程度に骨を折れば、否応も無く聞く耳を持つだろう。
それに、向こうには回復魔法もある。
死ぬことはない。問題ない。
相手の呼吸を読み、タイミングを計っていると、
「やめろ......」
女性とは思えない低い声が制止を促す。
誰だろうと、こっそり振り向くと、先に助けたあの子供だった。
「其処までにしておけ、誰も乱暴されてないぐらいわかるだろう」
顔色が悪い。
回復した後、ギリギリまで魔法を使ったのだろう。
少しフラつきながら近づいてくる。
「何を言っている!! ここに居る全員が服を剥ぎ取られたんだぞ!!」
「それだけだ。剥ぎ取った服で何をしていたのか分からないが、そういった行動はしていなかった」
「だが!!」
何やら言い争っているが、剣を突き立てた女性の勢いが弱まる。
雰囲気から見てどうやら自分を弁護してくれているようだ。
助かりそうだ。
安堵と同時に、少し気になることに気が付いた。
あの少女だけ、日本語を話している。
何かのスキルだろうか。
すると、大きな舌打ちと共に首に充てられて剣が離れる。
「おい」
少女が話し掛ける。
見た目とは違った低い声に混乱しそうだ。
「なんでしょう?」
「失せろ。お互いに今回の事は何もなかった。いいな」
「そうしましょ」
手を下ろしゆっくりと立ち上がり、全員の顔を確認する。
恨めしそうにこちらを睨みつける。
んー、これならギルドに訴えるといったことはなさそうだな。
そんな事は、この場の全員が恥だと考えていそうだ。
そして、そんな面倒な事をするぐらいなら殺すといった感じだ。
殺気が凄い。
しかし、それもこの少女が睨みを利かせている間は馬鹿げた行動もとることもなさそうである。
ホッと胸をなでおろし、歯軋りが聞こえてきそうな雰囲気の中、自分の荷物を拾っていく。
そういえば、あの注射針は何処に行ったんだ?
胸に突き刺した女性を探していると、後ろで振りかぶる気配を感じて振り返ると、能面のような無表情で注射針を振り下ろしていた。
咄嗟に反撃しそうになるがグッと堪え、手で防ぐ。
手の平を貫通し、眼前まで迫っていた。
せっかく無事に帰れそうなのに余計なことをして台無しにしたくない。
「忘れ物だ」
淡白な声で話しかける。
嘘つけ、殺すつもりだっただろう。
「そりゃどうも」
注射器を受け取りケースへとしまう。
手の平の傷を確認し、感染症とかならないか心配してしまう。
用心のため傷薬を塗るつもりだが、自然と渋い顔になる。
痛いんだろうな。
恨めしく睨む彼女達の横を通りぬける際に、ふと思い出す。
「あぁ、そういえば聞きたいことがあった。獣人の国って何処にあるんだ?」
「獣人の国?」
少女が聞き返す。
やっぱり、日本語で言葉が通じている。
出会う形が違ったら、通訳として協力してほしかったところだ。
その言葉を聞いて何かを察したようで、剣を突き立てた女性が憤怒の表情を浮かべる。
「なぜそれに答えなければならない? 無傷で帰れるだけでは不満か?」
目は合わせない、それだけで斬りかかってきそうだ。
「薬代位の情報は欲しいね」
少女に視線を合わせ、空になったポーションの瓶を見せる。
何を言っているのか予想できたのか悪態を付こうとした女性達を、少女が止める。
「あっちの方角の道を真っすぐ進め。道なりに進めば徒歩で10日ぐらいでつける」
嘘を言ってる感じはなさそうだ。
言葉を信じていくことにしよう。
「ありがとう」
深々と謝辞と頭を垂れ、言われたとおりに道へ進む。
後ろで怒号のような声が響く。
今回は誰も死んでいない。
美味しいご飯が食べれそうだ。
少し上機嫌になる。
◇◆◇
Sクラス冒険者パーティ 『蒼花』。
女性だけで編成されている珍しいパーティーだ。
主な拠点は獣人の国。
実力至上主義の獣人達も一目置くほどの実力を持っている。
そんな彼女達が依頼を達成して帰還する。
だが、その足取りは決して軽いものではない。
全員が不満と憤りを全身から発しており、誰も話し掛ける事が出来ない状態だった。
原因は2つ。
1つは、討伐対象。
相打ち同然で倒したにもかかわらず、得られたものは何一つとしてなかった。
絶命すると、毒のような蒸気を発し跡形もなく消えてしまったのだ。
被害に対して納得いく成果だとはとても言えなかった。
もう1つは、男。
毒の蒸気からギリギリのところで逃げ出し、気絶しているところを襲われた。
それも忌み嫌う劣人種。しかも男。
全員がその場でその男を殺したかったが、『蒼花』メンバー古参である人物に止められれば、最終的には従うしかない。
だが、不満が無くなったわけではない。
各々が大量の酒を握りしめ、与えられた自室へと戻っていく。
「本当に厄介だ」
見た目少女の古参が重いため息をつきながら、ギルドへの報告を終えた。
嘘は言っていないが本当のことは言わず、はぐらかす様な報告だった。
逃げる時にほとんどの魔力を消費してしまい、しばらく動く事が出来る状態ではなかった。
彼が魔力回復ポーションを私にポーションを使っていなかったら、半分以上の人員が死んでいただろう。
感謝はしているが、その後の行動が理解できなかった。
助けようとしているなら、何故傷用の回復用のポーションをを使わない? 使えないにしても回復用の魔道具使えばいい。
服を剥ぎ取り、キスをして胸に触り、脇に針を打ち込む意味が分からなかった。
パーティにもギルドにもそのような事があった事を伝える事が出来ない。
それはこのパーティーの弱味になってしまう。
どのような形でもこのクランでは男に助けられるのは恥となる。
口を封じにあの男を殺してしまうのが一番楽だったのだが、どうにも嫌な感じがした。
良心の呵責と言うものではないが、表現できない嫌な予感だ。
まぁ、彼が誰かに話したところでたった一人の男の証言だ。信憑性に欠ける。
知らぬ存ぜぬで通せばいい。
信用を失うのはあの男だ。
それに、いざとなれば血生臭い方法で私が責任を取ろう。
大きな溜息をつきながら、自室に戻ると一人の人物が待ち構えていた。
「よう、遅かったな。先に始めてるよ」
8本ほど空いた酒瓶が床に転がっている。
「何をしている」
「いやいや、謎の生物の討伐に言ったって聞いてね。嫌な予感がして急いできたんだけど、タダの杞憂だったみたいだね。無駄骨に終わってよかった。よかった」
酒瓶を開け、一気に飲み干す。
「それで? 今回は珍しく我が儘を言ったそうじゃないか。詳しく聞きたいね」
「......分かってる」
「大体の事は他の子にも聞いたよ。乱暴した男を見逃したんだって? 詳しく聞きたいのはそこだね。見逃したくなるほど良い男だったのかな?」
「そういった事じゃない」
「殺気立つ身内から守るほどの良い男じゃ無いとすると、ちょっと想像つかないな?」
「殺すほどでもないと思ったのさ。結果として乱暴されたわけでも無いし、行動の意味は分からないが助けられたわけだしね」
「ふぅん。それだけじゃないだろう? たとえ恩人でも、あんたなら殺す判断を下したはずだ」
「否定はしない。だが、あの時はそれが一番正しい判断だと思っているし、今も正しかったと思っている」
「これまた珍しく曖昧だ。要するに勘かな?」
「.......勘だ」
背中に嫌な汗が流れる。
その時、コンと軽く扉をノックして返事を待たずに人が入ってくる。
「お話し中ですか?」
「いや、いいよ。話は大体終わった。それより酒は買ってきてくれた?」
「一応3本は確保しましたが、ほとんど買い占められていましたよ」
「何!? 全く何処のどいつだ?」
「貴方のパーティーメンバーだと言ってましたよ」
「あー。後で文句言わないとな」
入ってきた人物に心当たりがない。
誰だろうか。
「こちらの方は誰だ?」
「ん? あぁ、知らないか。引き籠り一族の異端児。『神弓』だ」
「やめてください」
「それでこっちが、我がパーティー『蒼花』立ち上げメンバーの一人スイレンだ」
「はじめまして『神弓』。貴方の噂は聞いている。お会いできて光栄だ」
「こちらこそ、良い噂ならいいのですが」
「そして私が、『蒼花』のリーダー。獣人のラーサットだ」
白く長い耳がピコピコと揺れる。
「知ってます」
「知っている」
新しい酒瓶を開けて、3つのコップに酒を注いでいく。
「それで? 何の様だっけ?『神弓』」
「何度も言いましたが、勇者に関しての相談です」
「あぁ、そうだった。そいつが女なら構わないよ? ついでに一晩抱かせてくれるなら誰にも文句は言わせないよ?」
「残念ながら男です。ですが今回は重要な任務です。あの『玩具シリーズ』の制作者を捕まえる事が出来るかもしれないんですよ」
「あんたが今晩抱かせてくれるなら、無条件で受けるよ?」
「私は同性に抱かれる趣味はありません」
「お堅いなぁ。まぁ、いいや。それじゃあスイレン後は頼んだ」
そういって酒瓶を抱え部屋を出ようとする。
「え? ちょっと。何処に行くつもりですか?」
「スイレンが戻ってきたんだ。私はお役御免だ。詳しい話はそっちでして?」
「そのためだけに私を連れだしたんですか!!?」
「『神弓』とデートなんて滅多にない事だったからな。楽しかったぞ」
チュッと投げキッスをしてドアを閉めた。
グッと眉をひそめ、苦悶の声を漏らす。
「ラーサットが迷惑をかけてすまない。ああ言っているが、ラーサットが受諾をして、詳細を私が決めていく流れなんだ。私に任せたと言う事は、受けていいという事だ」
「そうですか。.......ふぅ。では、詳細の方を詰めていこうと思います」
素早く思考を切り替え、互いに姿勢を正す。
「【蒼花】のメンバーにお願いするのは、獣人達に対する口利きと融通をして頂きたい。そして、人魔大戦の英雄にして大罪人。『玩具シリーズ』の制作者の討伐です」
「随分と古めかしいものが出てきたね。製作者は死んだものと思っていましたが、何か事態が急変することがあったのか?」
「その通りです。情報統制が敷かれているので知らないのも仕方ありませんが、『玩具シリーズ』がブライトネス家に現れました」
「......どこかの国が失敗作を放り込んだ可能性は?」
「ありえません。アレは本物だと言う事が確認されました」
「厄介な」
「そして、ブライトネス家の協力で製作者の生存と居場所を特定する事が出来ました」
袋から取り出した球体の魔道具を取り出す。
その中心には、煤まみれの頭骨の一部が入っていた。
「【バルドの羅針盤】コレが指し示す方向に製作者がいます。そして、勇者を使い討伐します」
「なるほど」
どうも嫌な予感がするが、リーダーが了承したのなら断ることはできない。
ならば、出来るだけ好条件であるように交渉するのが私の役目だ。
心を引き締める。
机上の戦いが幕を上げた。
「.......私達は高いぞ」