62話
◇◆◇???
「まさか逃げるとは......残念」
Sクラスの冒険者の戦いが映像に映し出されている。
それをボンヤリと眺めていた。
「何で今回は逃げたんだろう。今までに比べれば脅威はないだろうに。こちらの思惑が読まれたのかな」
今までに比べれば殺傷能力は低いが、耐物理特化のスキルで構成されている。
出来るだけ時間を稼ぎ、可能な限り彼の実力が知りたかった。
これまでを考えると手間はかかったが、これぐらいしないと時間稼ぎすら難しいだろうと考えた結果だ。
「読めないな」
どんなに罠を仕掛け不意打ちをしても軽くあしらわれ、躱される。
こちら側が圧倒的に優位であり一方的に攻撃しているのに、まるで後ろを覗かれているかのように手を読まれて対応される。
底が見えない。
なので、今回はどんな些細な事でもいいので情報収集を優先する事にした。
したはずなのだが、情報を得る前に逃げられた。
今回は、こちらの意図を読ませないためにもある程度の自由意思を残していたのだが、一目散である。
こちらの手を後ろに回り込んで覗いているかのようだ。
「......今度は追いかけられるように、速さと追跡能力を付与しないと」
映し出されているSクラスの戦いにも飽きてきた。
「相性は悪くないのに時間をかけすぎ。Sランクのクランとはいえこの程度か。魔人すら倒せない」
静かに映像を切る。
ギシっと椅子に深く腰掛け、深くもたれ掛かり、彼の事を思案する。
初めて見た彼のステータスは一般の凡人クラス。
弱すぎるスキル、低いレベル、感じられない魔力。
羽毛より軽い命。
典型的な弱者。
だから、油断した。
明確に表記された数値を鵜呑みにしてしまった。
だが、油断して敗北したこと自体は些事である。
結果を受け止め、次に生かし、最後に勝てればいいのだから。
それに素敵な発見もあった。
いや、大発見だ。
この敗北はコレと出会うための儀式だとさえ思えてしまう。
それは、黒く塗りつぶしたかのような小太刀と矛盾だらけの男。
最初に興味を持ったのは小太刀の方である。
見た目からしてあれが何で出来ているのか理解することができなかった。
金属でもない、魔法でもスキルによる効果でもない。
全く別次元の何かを感じさせた。
そしてそれを扱った男の実力。
斬られた後もあの小太刀に目が行きすぎて、彼の事は重要視しなかった。
だが、ここ最近の動向を観察しているとたまに身震いするような感覚に襲われる。
弱そうなのに強い。
強いはずなのに、彼からは強者特有の自信を感じない。
老いているように見えるが予想よりもずっと若い気がする。
軽やかに動いているのに、巨大な建造物を思わせる重量感がある。
振れ幅の大きい矛盾。
「ッ.......!!」
苦悶の表情を浮かべ、胸を押さえる。
激しい痛みが襲う。
「嫌になる。もうこのレベルの薬が効かなくなってる」
あの夜。彼に斬られてからずっとこうだ。
あの場には意識だけの状態だったはずだ。
体は作り物、人形を操っているようなもの。
人形がどれほど傷ついてもこちらにダメージはない。
無いはずなのだが。
斬られた場所が抉り取られたかのように痛む。
痛みだけなら対処の仕方はごまんとあるのだが、問題なのはどんなに調べても異常はない事だ。
原因不明。
対処のしようがない。
こちらも、スキルや魔法、錬金術、薬学など思いつく限りの対処療法をしたが効果があったのは最初だけだった。
今では、その効果もほとんどないに等しい。
「今は........ね」
巨大な注射器を胸に打ち込む。
「ふぅ......ッふぅ。急がないとダメか。調整にもっと時間が欲しかったんだけど」
空中のパネルを操作すると、人一人が入れそうな球状の入れ物が現れた。
透明な入れ物に禍々しい液体が並々と注がれている。
人工生命製造機 『揺り籠』
「傑作は『人形遣い』に奪われたが、それ以上の最高傑作がこちらにはある」
その液体の中には陶器の破片のようなものが水中を漂っている。
『揺り籠』にコマンドを打ち込むと破片は形を変え、小さな胎児の様な姿に変わった。
「幸運だった」
この破片は、消し飛んだダンジョンで見つけた物。
何もかもを消し飛ばした場所にこの砕かれた破片だけが残されていた。
進化の欠片
「不安はあるが、贅沢は言ってられない。早く新しい体を創らないと」
苦痛に歪んだ顔は、微かな喜色が混じっていた。
「最高の素体。そして、彼と黒い小太刀。最高の条件がそろっている。これで」
大きく口角を上げ、小さく唸るように呟く。
超えることができる。
◇◆◇
意気揚々と来た道を戻る。
冒険者ギルドを信用せずに、念のために隠していた戦利品が良い値段で交渉できた。
割と貴重な品だったようで生鮮食品にしてはかなりの高額で取引でき、現金だけだと不安だったので魔石ほどではないが現金化しやすい物とも物々交換できた。
これで借金を返せる。
まぁ、路銀に関してはまだ不安はあるが、贅沢を言っていてはきりがない。
これぐらいが丁度いいだろう。
あとは、情報だけだ。
冒険者ギルドは無理だろうな、と思案する。
こっちは向こうに信用がないし、向こうもこちらに対して信用がない。
聞くだけ無駄だろう。
嘘の情報どころか、情報料だけ取られて終わりそうだ。
獣人の国へ行く人の後を追うか、脅して聞くか。
どちらが効率がよくて後腐れしないか考えていると、突然女性達が空中に現れ道端に倒れ伏した。
何時もの襲撃かと緊張するが、見た感じ全員がボロボロだ。
放っておけば、半分ぐらいは死にそうだ。
「んー」
見捨てることにした。
知らない人物を助けるほど今は余裕がない。
つい最近の事もあり、人助けをする気分ではない。
運がなかったと諦めてもらおう。
見捨てて通り過ぎようとしたときに、こちらの進路を遮るように帽子を被った人物が倒れこむ。
被っていた帽子が転がり、顔があらわになる。
「......子供か」
見た目の年齢は魔王様(小)とフレアの中間ぐらいである。
呼吸は浅いが、他の人に比べれば目立つ傷はない。
しかし、極度に衰弱している。
「嫌になるな」
無意識のうちに小さく舌打ちをし、頭の中では決まった結論が揺らぐ。
見知った顔ではない。
ましてや助ける義理すらない。
むしろデメリットの方が大きい。
何をどうしたところで、自分にとっていい事にはならないだろう。
それなのにだ。どうしても被ってしまう。
会う事が叶わない友人達の。
約束を破ってしまった恩人達の。
その顔が走馬灯のように頭をかすめる。
あの時は......全員がこの位の歳だった。
スッと目を細める。
他人の悪意を体に巻き付け、泣きながらこちらに助けを求め、走り寄ってくる友人の声。
力も無い癖に自ら盾になり、一瞬にして物になっていく恩人の姿。
少しずつ冷たくなる親友の手。
似ても似つかないはずなのに、あの時の情景が無念に歪む顔が......重なる。
吐き気と後悔が足を縛る。
今でも拭いきれない想いがこの場に繋ぎ止める。
せめて自分に利があるなら迷うこともなかったのに。
「.......あの時、受けたものを返すべき......随分と利己的だな......」
どうすることも出来なかった。
今も......どうすることも出来ないだろう。
だからこそ、自分を誤魔化すために......この感情を薄めるために......手を貸すことにしよう。
せめて意味があったのだと、言い訳をするために。
誰かのためではなく、自分ために。
これなら、例えどんな結果になっても納得はできるだろう。
大きく溜息をつく。
嫌々ながらも、飲み込めた。
まず、先に助けるべきはこの子だ。
他の人は全員重症以上の怪我をしているのに、この子だけ軽症だ。
まるでこの子だけは絶対に守るかのように庇ったのが分かる。
勘だが、回復魔法を使えるのだろう。
彼女達の生命線。
こちらで出来る治療は限られている。
我が家特性の傷薬を使っても良いが、副作用の痛みでショック死する可能性がある。
あの鍛えられた暗殺集団の様なフレアの従者たちでさえ絶叫したのだ。
効率と安全性を考えれば、この子に治療してもらったほうがいいだろう。
早速状態を確認する。
仰向けに寝かし、服を緩めて脈と呼吸を診る。
脈は速く、呼吸は浅い。そして、大量の発汗。
疲労困憊の症状もみられる。
これは見たことがある症状だ。
魔力欠乏症。
限界まで魔法を使ったときになる症状だ。
対処法は知っている。
先程物々交換で貰ったポーションを取り出す。
「高価なモノらしいけど、まぁいいか」
栓を抜いて飲ませる準備をする。
本来、気絶している人物に何かを飲ませることは難しい。
コツと経験がいる。
だが、問題ない。慣れている。
一度口に含んで、口移しでゆっくりと流し込む。
喉の上下を確認。
飲ませることに成功。
「これでいいか。っていうか、凄い不味いな。うぇ」
エグ味がひどかった。
だが、効果も高かったようで蒼白だった顔色に赤みが差し始める。
あとは意識が戻って魔法を使ってもらえれば万事解決。
それまでに彼女達を死なせないようにすればいい。
一番、命の危険性が高い人物はいないか探していると、唐突に気が付いた。
「あ、呼吸が止まってる」
重体の人の呼吸が止まっていた。
急いでい近づき、脈を診る。
脈が無い。もしくは、感じられないほど弱い。
慌てて鎧を毟り取り、心臓マッサージの準備を始める。
胸を手の平で圧迫すると、力が強すぎて内臓ごと押し潰してしまう可能性がある。
「やさしく、やさしく......」
顎を引き、片手で鼻を塞ぎ、人工呼吸。
手ではなく指で胸を押す。
骨を折らない限界までテンポよく押し込む。
途中、力加減を間違え胸骨から嫌な音がしたが、その甲斐あってか弱々しくも脈が戻り、自立呼吸ができるぐらいまで戻すことができた。
心肺が止まった理由は不明。
すぐに対処しなくてはまた止まる可能性が高い。
「ダメだ。自然に起きるまで待つつもりだったが、今すぐ叩き起こす。間に合わなくなる」
その間にまた一人問題が起きている。
泡を吹き胸を押さえ、もがき苦しんでいる。
慌てて服をはぎ取り確認すると、今度の女性は肋骨が最低でも3か所骨折していた。
折れた骨が肺に穴をあけたのだろう。
軽く打診すると太鼓のような響いた音がする
「クソが」
悪態をつく。
このままだと窒息してしまう。
カバンから救急用のポーチを取り出し注射針を取り出す。
必要最低限の物しか入れてないので、こういったときに便利な道具は持ち合わせてない。
さらに、手元が狂えばそれが命を失うきっかけになる恐れもある。
「消毒なし、麻酔なし、他人に行う一発勝負か。成功しても感染症になったら最悪だな」
抗生物質はあるが、アレルギーの可能性がある。パッチテストもする時間が無い。
後先のないない延命治療。
いや、ここれは治療行為と言うのもおこがましい行為だ。
だが、やらなければどのみち死ぬだろう。
狙い澄まして、注射針を突き刺す。
空気が抜ける音が聞こえてくる。
まだ呼吸は浅いが、だいぶ楽になったように感じる。
ひとまずは、成功とみていいだろう。
あとは魔法の力を信じよう。
「手が回らない。早く......ん?」
異常に顔が青白い人物に目が留まる。
呼吸は浅く小さい。
触れてみると、異常に体温も低い。
出血性のショック症状が出ている。
出血元を確認すると、両足の付け根から骨が露出している。
この骨折で動脈を傷つけたようだ。
激しく舌打ちをし、衣類をはぎ取る。
他の人からも衣服をはぎ取り、出来る限り集めていく。
それを細く裂いて、簡易の包帯を作る。
それを足の末端からきつめに縛っていく。
これで骨折と出血を押さえる事ができ、重要器官に血が集まれば多少の延命が望める。
時間が経ちすぎれば足が壊死してしまうが、それまでに回復させればいい。
膝辺りまで縛っていくと、後ろで動く気配を感じた。
どうやらあの子が目を覚ましたようだ。
先程まで、心肺停止していた人を回復させている。
説明する前に行動してくれるとは、有難い。
腰まで縛ることに成功した。
これで次にこの人を回復してもらえれば一段落だろう。
近づく気配を感じて、声を掛けようと振り向くと冷たい金属が首に当たる。
剣を突き立てられているようだ。
穏やかではない。
「何をしているんだ.....お前は!!」
困惑と怒りが混ざった声を上げる。
心肺が止まってたのにもう動けるようだ。
魔法ってずるいな。
そう思いながら、手を上げ膝をついて答える。
「人助け」
素直に答えることにした。
そちらの言葉で話しているが、伝わっていないようで、「何を言ってるんだ? 真面目に答えろ!」と言われる始末だ。
やはり通じていないようだ。
だが、なぜこんなにも殺気を込められ怒っているのか理解できない。
確かに、医者でないものが治療紛いの事をしているのだから怒っているというのならわかる。
しかし、今は緊急事態だ。
多少は見逃して欲しいものだが。
そこで冷静に考えると納得できた。
この世界には回復魔法がある。
他にも、怪我を回復させるポーションや勝手に傷が治るスキルもある。
どれも劇的に回復するので、今回の様な延命治療や心肺蘇生など知らないのではないか。
そのことを念頭に考え、現状を確認すると怒っている理由が分かった気がする。
怪我をして動けない婦女子たちの服をはぎ取り、裸を弄り、布状の物で体を縛っている。
誤解を受けるのには十分すぎる状況だ。
「恥を知れ、クズの強姦魔めが!!」
最後の言葉の意味は知らないが、おそらく強姦魔と言っている気がする。