61話
前方には頭に花が咲いた者が2名。
後方には火傷の痛みで呻く男性と、足を切られてすすり泣く女性が1名ずつ。
後ろの2人は魔法で何とか治療できそうだが、前の2人は手遅れではないかと疑問に思う。
私見だけでは分からないので一応連れて帰ることにする。
まぁ、人数が2人から4人変わったところで手間は変わらない。
何時ぞやの大暴走に比べれば気楽なものだ。
あと1人見当たらないが別にいいだろう。探すのが面倒だ。
こっちは頑張って応援を呼んでくるので、それまでそちらも頑張って生きててもらおう。
ちなみに、その応援に行く気はない。
そこまでする義理は無い。
頭に花が咲いた2人がゆっくりと距離を詰めてくる。
体をガクガクと痙攣させ、頭の花からは毒々しい程の甘い匂いを漂わせ、呼吸のように漏れ出る声からは人の意思を感じさせない。
そのうちの一人が人とは思えない動きで駆けだした。
右手と右足を器用に動かし、2足歩行のように近づいてくる。
その動きに少し驚きながらも、持っていた剣を脛に目がけて投擲する。
このまま剣として使っても良かったのだが、一度振っただけで柄はダメになり刀身には罅が入ってしまっている。
つまり、ガタガタで壊れてしまいそうなのだ。
そんな不安なものを使いたくはない、と言う事で最後の務めを果たしてもらう。
投げた剣は狙い通り脛に突き刺さり、頭に花が咲いた男は激しく転倒。
脛を貫いた剣を地面へ縫い合わせるように突き刺す。
これで暫くは動けないだろう。
よし、次。
もう一人は、明後日の方向を見ながら魔法を使おうとしていた。
その魔法自体はクマ以上の脅威を感じないが、わざわざ使うまで待つ必要もない。
地面の土を救い取り、相手の顔面へと投げ飛ばす。
防ぐ間もなく顔面へと直撃した。
大きく体を仰け反らせ、発動した魔法は明後日の方へと飛んでいく。
そして、相手が仰け反っている体勢を利用し、足を掬って後頭部を地面にたたきつけた。
「よし、終わり」
動かなくなった2人に対し、どうやって運ぼうかと思案していると、2人の頭の花がより大きく成長する。
体内に張っている根が皮膚一枚隔てて激しく蠢くと、根はさらに体の奥深くへと根を伸ばし、負傷した傷を無理矢理つなぎ合わせる。
それでも根の動きは止まらず、皮膚を突き破って鎧のように体を包みこんだ。
足に突き刺さった剣は砕け、骨がこすれ、筋肉が千切れる音がする。
痛々しい姿でゆっくりと起き上がろうとする。
「うわぁ、痛そう」
だがこれで2人を運搬するのは難しくなった。
手足を潰して運ぶのは無理そうだ。
気絶させるのも難しいだろう。
そうなると、全身縛って身動きが取れないようにして運ぶしかなさそうだ。
何かいい物はないかと視線を動かすと、どさくさに紛れて怪我人を狙おうとしている蔓を発見した。
お、良い所に。
早速、蔓を掴んで巻き取り、引きちぎる。
簡易の縄を手に入れた。
強度に不安はあるが、贅沢は言ってられない。
立ち上がった二人は先程よりも滑らかな動きで同時に襲い掛かる。
巻き取った蔓を担いでこちらも応戦する。
白墨流大掃除術 『古紙縛り』
瞬く間に2人をガッチリと縛る。
人を縛ったのは初めてだが、悪くない出来だ。
腕が鈍っていないことに満足していると、とつぜん日が陰った。
咄嗟にその場から後退する。
何事かと見上げると、巨大に膨れ上がった水死体のような生き物がそこにいた。
ゆうに人の倍はある。
周りの木よりも頭一つデカい。
だが、その大きさよりも突如として現れたことの方が驚きだ。
歩いてきたわけでも跳んできたわけでもない。
まるで最初からそこにいたように、突如として現れた。
「うぅ......」
足を抱え、女性が呻き声を漏らす。
その声に反応したのか、こちら側に顔を向けて奇妙な音を発する。
それは膨れ上がった肉と肉がこすれる摩擦音。
不快な音である。
体から奇妙な体液を垂れ流しながら、こちらに向かって歩いてくる。
何がどうなればこんな姿になるのか想像できないが、これが何処の誰かはわかる。
行方知らずだった最後の一人だ。
面影を感じないほど体が膨らんでいるが、幾つか特徴的なアクセサリーが付いている。
「......あんたは、その、大丈夫か? 魔法で何とかなるか?」
無駄だと思いつつも問いかける。
当然のように答えない。
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
警戒しつつ、いざとなれば一人でも逃げられるように構えていると、縛られて動けない2人を両手で鷲掴みにし、何の躊躇もなく頭から齧りだした。
ボリボリと、骨を砕き咀嚼する嫌な音が響く。
「.......そうか。ダメそうだな」
辺り一帯に血の匂いが充満する。
その匂いに誘われて、植物達が集まり襲いかかる。
「あっち行け、よっと」
取り出した瓶を水膨れに放り投げる。
割れると腐敗した甘酸っぱい匂いが辺りに広がり、こちらを襲おうとしていた植物が一斉に進路を変えて水膨れの方へと急襲する。
これは背負っていた荷物の中に入っていたもので、割れていなかった数少ない瓶だ。
何かの役に立つかと思って持っていてよかった。
それにしても壮絶な光景だ。
あらゆる方法で植物は攻撃し、水膨れはその植物を掴み手あたり次第口に放り込んで咀嚼している。
体から溢れる体液が、あらゆる植物の攻撃を阻んでおり、一方的に食べられている。
結果は目に見えるだろう。
それよりも疑問に感じていたことが確信に変わった。
あの水膨れは、このダンジョン由来の生き物なのだろうかと言う疑問。
答えは否である。
ここの植物は直接的にはダンジョン由来の生き物は襲わない。
共存していたり、寄生先の生物は無視される。
事実、寄生された2人に対して襲おうとした様子は無かったし、怪我人を襲おうとした蔓も近くにいた女性よりも火傷の男を襲おうとしていた。
つまり、あの水膨れはこのダンジョンによってあんな姿になったのではなく、別の第3者によってあの姿になったのだろう。
そして、この第3者には心当たりがある。
突如として出現したこと。
環境にそぐわない生物。
街に着くまでに襲われた生物との類似点がいくつか被る。
視線を動かし、まだ生きている怪我人を抱え込み、逃げる準備を整える。
正直、裏切って見捨てたことは許してはいないが、彼がこんな姿になったのはこちらの事情に巻き込まれたことによるものだ。
流石に同情してしまう。
なので、形だけでも謝罪する。
「.........悪いな。まぁ、お互い様と言う事で」
踵を返して走り出す。
「今回は随分と無差別だな。面倒になるとは思ってたけど、ここまで節操がなくなるとは思わなかった」
以前にも似たようなことが起きていた。
初めは、小さな針を飛ばすことから始まり、矢、短剣、槍、と何処からともなく武器が飛んできた。
全て躱していると、途中から見たことの無い生き物が現れ、一方的に暴れて逃げるの繰り返し。
今回の事を含めても、明らかにこちらに悪意を持って狙っている。
まぁ、こちらとしては道中の貴重な食料となっていてありがたかったが、今回のように昼間から他人を巻き込んでまで狙ったのは初めてである。
まぁ、ここまで露骨になればフレアの方に行くことも無いだろう。
煤だらけの人を介錯し、白い炎をまき散らしながら暴走するフレアを止めたあの日の夜。
意識の無いフレアを誘拐しようとした人物。
「陰からチクチクと攻撃するのには飽きたのか? それとも何か焦ってるのか?」
少し大きなため息をつく。
あちらの心境を探っている場合ではないな。
今は逃げ切ることに集中しよう。
火傷の男は呼吸が浅くなり、女性は血の気が引いて声すら上げなくなっていた。
のんびりできる時間は無くなってきた。
「もう少し急ぐか」
体を揺らさず、滑るように走り抜ける。
水膨れと植物の戦いを後にして、このダンジョンから脱出した。
・・・
・・
・
無事に到着。
門番と一悶着の末、冒険者ギルドに怪我人を押しつけた。
受付嬢が悲鳴を上げる。
あんたそんな大きな声が出たのか。
やる気がなくボソボソと小さい声しか出ないのかと思ったよ。
緊急の治療が始まった。
遠くから聞いた限りだと、2人とも助かるそうだ。
火傷の男は見かけによらず傷は浅かったようで、治療に掛かる時間は長いが傷痕ひとつ残らず治療できるようだ。
女性の方は、足に寄生された植物を枯らすのに時間がかかるようで、別の所のギルドの力を借りると言っていた。
順調に行けば、傷痕は残るが後遺症はないとの事だ。
よかった。よかった。
その後、冒険者ギルドに何があったのか報告を求められた。
懇切丁寧に見捨てられた事に対する嫌味を交えつつ文字で説明する。
だが、どうにも口調や態度がおかしい。
少しカマをかけると耳が悪いと言う事に油断したのか大きく舌打ちをし、柔和な顔で口汚く罵ってくる。
それを咎める者もおらず、ついには取り繕う事もせず本音が駄々洩れだ。
まったく、嫌になる。
これまでの経緯と漏れた話を組み合わせて推察すると、どうやら冒険者ギルド全体でこちらをハメていたようだ。
ギルドが気にかけているパーティーのランクを上げて、ギルドとしての地位を上げたい。
そのためにはダンジョン攻略という箔が欲しい。
実力はあるが攻略となると難しいだろう。
せめて道中の植物をなんとかできれば攻略できるのに。
そこに丁度いい人材がいた。
そこそこの実績もあり、囮としても長く持ちそうだ。
しかも劣人種。死んでも誰も文句を言わない。気にかけない。
使い捨ての人材としては最高だ。
こんな感じだ。
苦労して入ったこの街も、すぐに出ていくことになりそうだ。
路銀を貯めて行くつもりだったが、情報だけでいいか。
途中から話を聞くのも億劫になったので話半分でやり過ごす。
やはり、人を助けるというのは面倒だ。
助けなければ非難を浴びる。
助けたとしても、恨まれたり、憎まれたり、結果として死んでしまったり、いい結果になったことがない。
ボンヤリと過去を思い出す。
そういえば、道端で倒れている人を助けようとしたら、隠れていた連中に身包みを剥がされ拳銃で撃たれた事もあったな。
他にも、瓦礫で動けない子供を助けようとしたら、体中に爆弾を身に着けており、微笑むと同時に自爆テロに巻き込まれて死にかけた事もあった。
これまでしてきた人助けの思い出に、苦虫を嚙み潰したような気分になる。
あんたらがした事に対して謝罪は期待しないが、2人の命は救ったのだから感謝ぐらいはしてほしいものだ。
人を助けて「ありがとう」。
それだけでいいし、それが最上だ。
何かの物語のような助けたお姫様に惚れられる、なんて事は現実では起こりえない事は知っている。
大概の礼をしたいという奴の考え方としては、利用するか、助けられた罪悪感を薄めるためかの2つだ。
フレアと魔王様(詐欺師)が前者だ。
フレアは主席になるために利用して、魔王様はこちらの財産を奪うために利用した。
まぁ、結果的にこちらも楽しかったのでいい方である。
2人が別嬪で愛嬌があったという理由も否定できない。
後者の罪悪感は様々で、薄めさせる方法はさらに多種多様だ。
お金を払う。
コネを紹介する。
欲しがりそうなものを渡す。
融通をする。
要するに、後腐れを無くすことをするのだ。
それが有難いときもあれば、迷惑な時もある。
だが、どちらも今回に比べればいい方である。
そんな事を考えていると、どうやら話は終わったようだ。
最終的な落とし所として、依頼の帳消し。
文章による会話と表情は柔らかいのに、失敗扱いをなくすのだからありがたく思えと罵られる。
聞こえないと思って言いたい放題だ。
結果として借金は残ったまま。
このままブラックリストに入っても気にはしないが、お金による縁は残したくない。
まぁ、お金に関してはそこまで焦っていない。
返済の目途はついている。
怪我人2人を運ぶついでに、ダンジョンで刈ってきた物を外から来る商人に売りつけるのだ。
かなり美味しい生鮮食品だ。安くはないだろう。
冒険者ギルドにも買い取ってもらえるだろうが信用できない。
買い叩かれるのならましだが、没収とか普通にしてきそうである。
街に到着する前に、隠しておいてよかった。
そうとなればさっそく取りに行こう。
白い目で見られながらギルドを後にする。
◇◆◇
この日、一つのダンジョンが消滅した。
植物からなるダンジョンはたった一つの生物によって食い尽くされてしまった。
この結果は皮肉にもギルドの狙い通りダンジョンは攻略された形となる。
予想外だったのは攻略に赴いた人物が人ではなくなったこと。
そして、こちらに戻ってこようとしていることだ。
ギルドは早急に手を打たなければならなかった。
今回、奇跡的にも自力で脱出した2人に事情を確認し情報を統括。
自力では解決困難と言う事で、獣人の国にある同ギルドに応援を求めた。
運が良い事に、飛びっきりの人材の手を借りる事が出来た。
Sクラス冒険者パーティ『蒼花』。
街の喉元近くまで迫られた状況で未知の生物とSクラスが相対する。
「なんなんでしょうか。あれは」
「知-らない」
「魔人ってやつかな? 気持ち悪い」
「それはないでしょう。ここからでは遠すぎます」
「情報はない。敵は強敵。厄介極まりないな」
「つまりはいつも通りってことだな。さっさと終わらせようぜ!」
強力なスキルと巨大な魔法が未知の生物に直撃した。
その生物を大きく後退させることに成功した。
だが、それだけだった。
傷一つついていなかった。
「これは......本当に厄介だ」