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60話


翌日。

早速、受付嬢にポーターとして働けないか相談する。

気だるげで、やる気を感じさせない人だったが紹介してもらえることになった。


初めてのポーターの仕事はダンジョン拠点への荷物配達であった。

何人かの人達と協力し合って大荷物を運ぶようだ。

その中にいたポーター歴の長いおじさんと共同で仕事をする事になった。


「クソが、今回は素人か。邪魔だけはするんじゃねぇぞ」


まぁ、この人は実際に口は悪いが話してみると結構面倒見がいい事が分かった。

板に文字を書いて、『すごい、さすが、わかります』と持ち上げると、まんざらでもないといった感じで色々な事を教えてもらえた。


まずポーターと言うのは、サポートをする人。サポーターの略語らしい。

戦う人のサポート。つまり戦う以外の仕事をこちらがしなければならないのが本来のポーターとしての仕事らしい。

おじさんが言うには労力の割に賃金は低く、称賛されるようなことはない地味な仕事らしい。

誰でもなれるが入れ替わりが激しい職種。

しかし需要は必ずある職種のようだ。

だがポーターを雇う側としての認識は違う。

あれば便利だがなくても構わないというのが大半を占める共通認識のようだ。

だからこそこの職種は下に見られるそうだ。


「昔は意味合いが違ったんだけどな」


話を聞くと、前まではポーターとしての位置づけは師弟関係に近いものだったらしい。

熟練者の後を付いていって様々な事を学ぶためのシステムだったようだ。

それが今では形骸化し、低賃金で雇ってやると言ったシステムになり、その低賃金でも良いと引き受けるのは冒険者を辞めた落伍者たち。

辛うじて食い扶持を稼ぐための職種となり果てたとのこと。


言い過ぎではないだろうか。


「今も昔もポーターは自慢するような職じゃねぇけどな」


自嘲気味に笑うおじさんの横顔が悲しい。

深く聞く気にはなれない。

語らないなら聞かないのがマナーだ。


その後、特に変わったことも無く無事に目的地へ到着。

道中は会話だけで平穏に終わった。

おじさん曰く、「本当なら魔物が出てきた場合の対処方法も教えたかったが、運が良いのか悪いのか」と愚痴を言っていた。

この人本当に面倒見がいいんだな。

そんなおじさんとの会話が終わる事には、全ての荷物を運び終える事が出来た。



依頼達成。高評価。



受け取った金額を確かめる。

確かに貰える金額は確かに少なかったがリスクは少ない。

ポーターとして働くのも悪くないなと思う。

おじさんとは笑顔で別れた。


その次の日。

今回は一人で荷物を運ぶ。


別のダンジョンで、地下にある鉱石調査の依頼だ。

前回と比べると調査道具もプラスされていたので、大量の荷物ではあったが仕事内容は前回と変わらずに運ぶだけで終わった。

本当は泊まり込みでするはずだったが、危険と言われていた魔物と一度も遭遇することがなく順調に進み、調査中も魔物に襲われることも無く全てが順調に進んだことにより日帰りで終わることができた。

今回も無事に終了。

護衛の人もこんなことは初めてだと肩透かしを食らっていたようだ。



本日も依頼達成。高評価。



報酬は前回よりも少しだけ多かった。


また次の日。


ポーターとしての仕事にも慣れ、連日の高評価もあり、少し難しい仕事を回される。

今回は本格的なダンジョン攻略のための仕事だ。


知らない人と危険なところへ行くというのは本来なら気が進まないが、今回もポーターだ。

一番後ろで安全に荷物運び。

背中を刺されるような危険な事もないだろう。

それに前回の母さんの事もあり、多少リスクがあっても目を瞑るつもりだ。

承諾する事にした。


同行者は男女混合の5人チーム。

詳しい仕事内容を確認したいと提案すると快く教えてくれた。

場所や時間、滞在日数、ダンジョンの特徴、魔物の特徴。

仲間内での行動役割、戦闘になった場合の戦闘役割、自分に何を求め、どうしてほしいのかの細やかな確認。

自分が思っているより綿密な打ち合わせを事細やかに教えてくれた。

これほど細やかに計画が立てられるなら信頼できる。

多少の不安は拭えた。

そして何よりも、こんな人達が受付で劣人種と聞いても採用してくれたのが嬉しかった。

日頃の行い、仕事に対する態度と積み重ねた信頼によって得られた結果だと思うと殊更うれしかった。



・・・

・・



【樹蜜の鳥籠】

ここは幾つもの巨大な蔦が絡み合い、鳥籠のような形をしているダンジョンである。

このダンジョンの中は、独特な甘く濃い匂いを醸し出している。

この甘い匂いに誘われて大量の虫や草食動物が中へと入っていくと、それを狙っている植物達に襲われ食べられる。

生態系の頂点が植物であるダンジョン。



現在、そんな危険なダンジョンで孤立していた。

正確に言えば生贄。

もしくは囮。

何にしても、ダンジョンのど真ん中で獰猛な植物共に囲まれている事には違いはない。


「悲しいな」


久々に声を出す。

どうせ聞いている人はいない。


「仕事で積み上げた信頼も、劣人種の前ではあってないようなものか。世界は違っても、根本は変わらないんだな」


このダンジョンに入る前に、虫除けだと渡された香水をつけると、不思議な事にこちらだけ集中的に狙われた。

他の人はまるで見えていないかのように無反応。

何とか猛攻を躱しつつ付いて行けたが、奥へ進むにつれて今度は荷物を襲い始めた。

荷物に絡まる植物を振り払っている間も手助けは無い。

事前の打ち合わせでは優先して助けるとのことだったが、見向きもされない。

まるで居ないものとされているかのように奥へと進んでいく。

気づかれていないのかと思ったが襲われているところに何度も目が合うも無視される。


荷物どうするんだよ。


仕事優先。荷物優先で応戦するが、結果として見失ってしまった。

何とか痕跡を辿って追い付こうとするが、突然背負っていた荷物が爆発した。

辺り一帯に荷物の中身が飛散する。

ポーションだと説明された瓶からは薬品と腐敗臭が混ざる独特な匂いが漂う。

その匂いにつられて、植物はさらに集まり凶暴性を増した。


「やっぱり無理を言ってでも中身は見ておくべきだったな」


信用しようと思った矢先にこれだ。運がない。


「まぁ、こういう事も含めて覚悟はしてたが嫌なものだね」


裏切った彼らの狙いはダンジョンボス討伐と言っていた。

これに関しては嘘ではないだろう。

ただこちらに関しての説明は全て嘘だった。

本来の狙いは、こちら側に敵を集中させて手薄になった所を通り抜け、本命であるダンジョンボスに十分な与力をもって挑む。

成程、悪い手ではない。

ただ、この手を使う場合は信頼ある者が事前の打ち合わせで囮になるか、消耗品として死ぬことが前提である。

要するに後腐れが無いようにしなければならない。


「囮にする人選を間違えたな。覚えてろ」


植物の攻撃が一斉に襲う。

針のような刺突、弾丸のように種を飛ばしての集中砲火、押し潰そうとしたり、酸を垂らしり、攻撃手段がとても豊富で手数が多い。

だが、それだけだともいえる。

脅威ではない。

逃げるほどでもない。


「意地でも見つけて殴ってやる」



・・・

・・



シャクシャク、ジャクジャク。

子気味の良い咀嚼音を響かせながらダンジョン内を闊歩する。

先程襲い掛かってきた剣先のような植物を食べている。


「アロエみたいだな。うん。美味い」


毒がない事は確かめた。

襲い掛かってくる植物のほとんどが食べられることが分かれば、新鮮野菜の食べ放題である。

確かに、食用に品種改良されたものに比べれば青臭かったり、甘みは薄いが十分美味い。


「さっきの爆発する実はアケビみたいだったな。皮を塩漬けにしたら美味しそうだ。帰るときに持って帰るか」


黒い木の根のような物をかじる。

ゴリゴリと豪快な音が心地いい。


「この足に絡んできた木の根っこみたいなのは牛蒡に似てるな。アク抜きしたら食べれそうだ」


普通の野菜は収穫しないと食べれないが、ここの野菜は食べられにやってくる。

いい所だな。


「お、これは見たまんまサボテンだな」


巨大なサボテンのようなものが大きく震えると大量の棘を飛ばす。

躱すのも億劫なのでそのまま無視する。

大量の棘が服に刺さるが肌に刺さる事は無い。

そのまま近づいて棘ごと齧り付く。

棘のポリポリとした食感が心地いい。


「んー、うん。味も見た目もサボテンだ。少し大味だが美味い」


豪快に食べ進めていると、ふと疑問がよぎった。

どうしてこのダンジョンに居るのだろうか。

生鮮食品を食べに来たんだっけ?


「ん?」


上を見上げると、砲丸の様な黒い物体が落下している。

それも1つや2つではなく、光を遮るほどに大量に。

絨毯爆撃の様な有様である。

地面を抉り、草木をなぎ倒され、土を巻き上げた。


「これ結構重量あるんだな」


直撃しそうな物だけ掴み取っていた。

悲惨な現場に、ただ一人だけ立っている。


「これも食えるのかな? 硬そうだけど」


試しに一つ割ってみる。

分厚い殻に包まれた中身は、灰色でねばねばした果肉のようなものが入っていた。

匂いを嗅ぎ、一口食べてみる。


「ん~、あー、これは、あれだな。うん。醤油が欲しい」


山芋にそっくりな味だった。

麦飯と一緒に食べたい。


「お!? これは」


ふんふん、と鼻を鳴らしながら周囲を探る。

この独特の甘い匂いは。

それらしい場所の木に近づいて、樹皮をめくる。

すると、大量の樹液があふれ出てきた。

指で掬い舐めてみる。


「ッ~~甘いッ!! あ~、唾液腺が爆発するかと思った」


蜂蜜のような粘度はないが、同程度の糖度がある。

樹液といえばメイプルシロップが有名だが、それよりも糖度が高く風味も強い。

砂糖以外の甘味を見つけることができた。

何としても持って帰りたい。


適当な葉を編み込んで籠を作るか? いやダメだ。粘度が低いので隙間から漏れてしまう。


何かないかと探すと、持っていた堅い殻が目に入る。

丁度いい物を持っていた。

急いで新しい殻の上部を素手で削ぎ落とし、中身をくり貫いて樹液を溜めていく。

溜まるのを待つ間、くり貫いた中身を平らげる。


「あ~、やっぱり醤油が欲しい。せめて塩。塩だけでも持ってくればよかった」


そうこうしている内に、5個分の樹液を確保する。

解した植物の繊維から紐を作り、縛って持ち運ぶ。

未知の食材を求めて、さらに奥へと進もうとすると足を押さえ苦しむ女性がいた。


「た........たすけ」


何やら痛そうな顔をしている。


誰だっけ? 何か見覚えが有るような無いような。


よく見ると左足に丸い傷があり、そこから植物の根が張っている。

寄生植物なのだろうか。


「2人が寄生されて、正気じゃない。私も」

「あ~、思い出した。囮にして裏切った連中か。元気そうだな」

「え? あなた喋れるの。ていうかどこの言葉?」


うっかりしていた。

話せないと言う事になっていたのを忘れていた。


んー、と悩む。


正直、ここまで来る間に美味しい野菜を食べたので今は機嫌が良い。

殴る件を見逃してもいいのだが、ここで助けるかどうかは別問題だ。

自業自得だともいえるし、今は暇ではない。

美味しい野菜を食べるのに忙しい。

女性の真横を通り過ぎようとすると、足を掴まれる。


「お願いします。都合のいいことを言っているのはわかりま....っひ」


足に剣を刺され、火だるまになった男が目の前を転がる。

地面で火を消そうとしているのか、のた打ち回っている。

人の焼ける匂い。

美味しいものを食べて高揚した気分が台無しだ。

ため息をつき、持っていた樹液をかけて消火する。

火傷の痛みで呻き声を上げ、それに寄り添うように女性が悲鳴を上げる。


どうしたものか。

嫌な臭いだからと、反射的に消火して助けてしまった。

結果として助けてしまったのならこのまま置き去りにしてしまうと、罪悪感が残りそうだ。

こんな奴等のために罪悪感は感じたくない。


少し悩んで、街まで連れていくことにした。

それぐらいが丁度いい妥協点だと判断する。


「おい、あの火傷は魔法で治るのか?」

「え、え? なに?」


火傷の男を指さし、地面に『治るのか?』と書く。

すると、大きく頷いた。

街に戻れば治療は可能だと。


いいなぁ。自分じゃ魔法での治療ができないので羨ましい。


次に、『男。足のケガは治療可能か』と書く。

「あ、えっと、これぐらいの傷なら問題ないです」


『女。例えば切断された場合は治るのか?』

「え、あ、傷口が綺麗で、すぐに治療すれば、両断されてても大丈夫ですけど、どうしてそんなことを」


持っていた牛蒡のようなもので男の足を縛って、一息に剣を引き抜く。

ついでにベルトを拝借する。


「な、なにをするんですか」


そして、今度は女性の根が張っている足を持ち、太腿付近にベルトを巻き付け縛る。


「ま、待って!」


一太刀で足を切断する。


「ッ!!」


つんざく様な悲鳴が響く。


少し残酷だが、死ぬよりはましだろう。

先程の根は足首までだったのに、今では膝下まで進行していた。

街に到着する前に体全体に及ぶ可能性が高い。

これが全身に広がればどうなるか分からないが、碌でもない事は間違いないだろう。

対処法が分からないのなら切断するほうが手っ取り早い。

事前に説明できればよかったのだろうが、言葉が通じない。

時間をかけて説明しても、納得できるとも思えない。

決断は早い方が良い。

それに、足が付くなら問題もないだろう。

切った足を女性に手渡すが、悲鳴は収まらない。


まったく、足が切れたぐらいで大袈裟な。


そんな事を考えながら、二人を抱えようとしたとき、男が転がってきた方向に人影が現れた。

人数は2人。

見覚えがあるところを見ると、同行者の人達だろう。

ただ、まともではない。

要領を得ない言葉もそうだが、頭から花が咲いていた。

鼻、目、耳、口からは木の根の様な物が飛び出ている。


この女性と同じ寄生された植物だろう。

右肩と喉に丸い傷跡のようなものがある。


「死んでなさそうだよな。連れて帰るべきか?」


判断に困る状態だった。

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