幕間 想う人
◇◆◇ アベル=エル=キングストン
山を削り、地を揺らす。
その姿は、歩く山とも言われている。
最強種にして陸上最大の生物。
グラウンドドラゴン
縄張り意識が強いドラゴン種の中では珍しく、このドラゴンは縄張りを持たない。
その時々で場所を移動し、気に入った地があれば留まり動かなくなる。
活発な行動はせず、性格は比較的温厚。
しかし一度動き出せば、その歩みを止めれるものはおらず、人種では災害の一つとして扱われている。
そのグラウンドドラゴンの歩みを遠くで観察する者がいた。
「これで幼体とは、驚きだな」
目の前で闊歩する山。
これでも幼体。成体ならどれほどのものか想像がつかない。
一歩一歩地面を揺らしながら低い声で鳴いている。
今回は、何百年ぶりに観測されたグラウンドドラゴンを使っての調査だ。
「どう?」
「悪くない」
彼女はモーラル。
グラウンドドラゴンの情報をアベルに持ってきた女性だ。
「魔道具の耐久実験。ゴーレム達に装着させて試すのはいいアイディア」
「そうだな」
手元に送られてくる、データを確認する。
「だが、相手の力不足が否めないな。破壊実験もしたかったがこれでは無理だ。まぁ、幼体に期待するのは酷だったか」
「アレの踏み付けを耐えるだけじゃ足りない?」
「足りない。あいつの一撃には程遠い。まぁ、量産させれば幾らかの金にはなるだろう」
「そう」
「あぁ」
「自分の中だけで、その人の存在が大きくなっている可能性は?」
「否定できないが、間違ってもいないと思う」
「勘?」
「勘だ」
必要なデータを取り終えると、回収用のゴーレムを使いゴーレムごと魔道具を回収させる。
「これ以上は時間の無駄だな。欲しいデータは取れたから帰るぞ」
「うん」
「.......俺が言っておいてなんだが、いいのか?」
「街に出かけるだけがデートじゃない。良いモノも見れた。私は満足」
「そうか」
「うん」
回収用ゴーレムが到着する。
「そういえば、だいぶ後ろに勇者が来てるけど?」
「だから何だ」
「会わないの? かなり興味津々だったのに」
「今代の勇者に興味はない。会いたいならお前1人で行け」
「私も好きじゃない」
「そうか」
「出来る事なのにしようとしない。必死に何かをなそうとしない。現状に満足して動かない。嫌いなタイプ」
帰り支度を始める。
「ん。何か、グラウンドドラゴンを殺しに来たみたい」
「バカだろ。ドラゴン種を殺せばどうなるのか知らないのか」
「殺したらダメって説得されてる。やる気がなくなったから助っ人を呼ぶって」
「ここから声が聞こえるのか?」
グラウンドドラゴンの歩く地響き、ここからでも視認できないほど遠くにいる勇者の会話が聞こえているのだろうか。
「私のスキル」
「...........」
「次のデートはどうする?」
「しない。今回はグラウンドドラゴンの情報が役立ったから、その礼でしただけだ。次はない」
「いつもデートは任せきりで申し訳なく思ってた。今度は私が計画する。期待して」
「聞け。しないといったぞ」
スッと何やら資料の束を見せられる。
「なんだそれは?」
「シヒロって人の情報」
素早く取ろうとするが躱される。
「あなたの勘。当たってるかもね」
「あ?」
「何でもない。この人はそんなに大事?」
「お前には関係ない」
「そう。これどうする?」
パラパラと資料を軽くめくる。
「あなたが彼と出会ったから今日までの、彼の情報」
めくられる文章を僅かだが読むことができた。
それは、アベルにとって知らない情報だった。
自然と手に力が入る。
「......どうやって調べた。」
「私のスキル」
彼女の持ってくる情報は、非常に信憑性が高く、誤情報だったことは一度もない。
何かを諦めるように力を抜く。
「最低でも10日前までには声をかけろ。こちらも忙しい」
「わかってる。一日デート。忘れないでね」
「約束は守る」
「知ってる」
資料を手渡すと、すぐに読み始める。
「戻ってから読めばいいのに」
返事はない。集中していて聞こえていないようだ。
「ダンジョンを消し飛ばした? どういう事だ?」
「スプーンでデザートを掬うみたいに消滅させた。方法は不明」
「魔人種を圧倒。ここに書かれている魔人の強さは事実か?」
「事実」
「なぜこのことを知っている?」
「私のスキル」
彼女がこういう事を言ったときは、本当のことを言う気はないという事である。
「情報の精査のためにも、続きは戻って読むことにする」
「嬉しそう」
「どこをどう見れば、そう感じるんだ? 悔しがってるんだ。基準が甘すぎた。見直す必要がある」
「そう、でも約束は守ってもらう」
「......分かってる」
グラウンドドラゴンを背を向け、移動用の魔道具に乗り込む。
「残念なことが一つ。その人の出自はわからなかった。アズガルド学園より以前の情報が掴めない」
「だろうな」
「本当に人間?」
「......劣人種だ。そう分類されている」
それ以上の会話はなかった。
資料を見るアベルの横顔は、何処か高揚しており、誇らしげであった。
「やっぱり、嬉しそう」
◇◆◇ 白墨家族
某所。白墨家。
ここでは、第625回 白墨家家族会議が開始されていた。
議題は、行方不明になっている長男 史宏について。
白熱する議論は、開始時刻から3時間経っても終わらなかった。
「それでぇ、半信半疑だったんだけど、目を開けてみたら元気そうな史宏がいたの。久々に会えて嬉しかったよ。向こうもそれを察してくれたのか、臨戦態勢。いやはや、元気一杯」
グイっと、酒を煽る。
「ッ~~美味い。それで、お互い様子見しながら遊んでたんだけど、そしたら、真剣な顔をになったんだよね。覚悟を決めた漢の顔って感じかな? 良い漢になったね。ちょっと目頭が熱くなったもん」
えへへ。と頬を緩める。
「そしたら........っとこれは言えないな。次にやる隠し芸だと思うから。それで、今まで隠してた技だと思うんだけど、あぁ? なんだっけ?」
「会えて嬉しかったのは見てて分かるが、その話は8回目だぞ。酒も飲みすぎだ」
「まだ宵の口だぁ!!」
新しい酒瓶を開けて、グイっと一気飲みする。
「隠し芸っていってるけど、もう3回目と5回目の時にバラしてるからね。大量の水が出たんでしょ? マジックみたいだって言ってたよ」
「私の息子はよく話を聞いてるなぁ。偉い!!」
「そのあと、兄ちゃんの技を喰らったけど、効果がなかった。でも、母さん用に考えられた技だと知って、感動してたら動作が遅れて躱しきれなかったって話でしょ?」
「その通り!! さすが私の娘。天才。頭撫でてあげる」
そう言い。頬擦りする。
「酒臭いぃ~」
「ん~~~」
一通り頬擦りを堪能すると、出汁巻き卵に手を伸ばし頬張る。
「あむあむ。それでも、兄ちゃんは頑張ってた。史宏偉い。諦めない心。とても大事。性能が悪くて思ったような手加減できなかったけど、それでも諦めなかった。ナイスガッツ」
バッと立ち上がると、その時の再現をし始める。
(よく兄ちゃん生きてたね)
(人形自体がかなり脆かったみたい。そのお陰だってさ)
「父さんから貰ったであろう小太刀を使わなかった。今を思えばあれは史宏なりのメッセージだった」
(本物ではないとはいえ良く正面から挑もうと思えるよね)
(僕なら逃げるよ)
(私も)
「そして、気絶したところでお父さん。あ、お爺ちゃんじゃないからね。お父さんに頼まれて、胸に埋め込まれてた、こんっっな小さな装置を潰したんだ。これから史宏も苦労するけど、これも父親の愛だねぇ。試練だよ。試練」
(そういえば、父さん何処? 今日は見てないんだけど、姉ちゃん知ってる?)
(あぁ。その母さんと.........ね)
(ん?)
(足腰が立たなくなったっていうか。ゲッソリしてるっていうか)
(あぁ。分かった。ありがとう姉ちゃん)
(察してくれて嬉しいよ)
「そして、胸倉を掴んだ時、史宏はうっすらと笑ったんだ。あれは、私に見せてくれた以上の技があるっていうメッセージだと思うね。根拠はあるぞ。同じ技を私に2度見せたんだ。1度ならお茶目なドジでわかるけど。2度見せた。しかも、手だけじゃなく足でも使えるという丁寧な説明。あれは、全身何処でも使えるという意思表示とともに、これ以上があるから期待しとけよと言うメッセージだぁ」
「もう酒は飲むな。その辺にしとけ」
「いいじゃん。ここ最近断酒してたんだよ。こんな日くらい飲ませてよ。今日は行くところまで行くぞぉ!! さぁ、お爺ちゃんも飲んで飲んで」
(あの技を全身でねぇ。どう思う?)
(ヤバいでしょ)
(ヤバいよねぇ)
(苦し紛れで使ったら成功した。と思うのが普通なんだけど、使えるものだと思った方がいいよね)
(母さんはアレ以上の技があるって言ってるけど、あんたとしてはどう思う?)
(んー、これもあると思って行動した方がいいと思うよ。想像したくないけど)
やばいよねぇ。と口を揃えて発する弱気な言葉とは裏腹に、2人の姉弟は凶悪に笑った。
兄は、まだ乗り越えるべき存在であったと
「どうした。どうした。仲が良いじゃないか。母さんも混ぜて。何話してたの?」
「目の前の壁は、やっぱり少し高いなぁって」
「兄ちゃんは凄いなぁって」
「兄ちゃんもそうだが、お前たちも凄いんだぞ!!」
2人纏めてギュッと抱きしめる。
「「酒臭いぃ~」」
「あっははは!!」
家族会議は、まだまだ終わらない。