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幕間 赤髪揺れて

◇◆◇フレア=レイ=ブライトネス


木々を潜り抜け、草を踏み抜き奥へ奥へと進んでいく。

少し前の私なら、こんなところを一人で来るとは思わはなかっただろう。


「ここね」


木々を抜けると広い場所に出た。

その中央には巨木が天を衝かんばかりに立っている。

普通の木とは明らかに違っており、大きさもさながら、螺旋のように捻じれている。


ここが勇者たちが攻略した場所。

慨嘆の大森林の中心地。


攻略されて幾分かの時間は経っているのに、その爪痕は色褪せず、生々しく刻まれている。

地面はクレーターのようにへこみ、木の根も痛々しく抉れている。

だが、戦闘痕よりも気になるのはこの場所にあった。

命の気配を感じない。

後ろを振り返れば、木々や草が生い茂り、虫や魔獣の気配が窺えるのに、この場所は虫どころか雑草さえも生えていない、黒い土と巨木しかなかった。

ただただ不気味で、異様さだけが浮き彫りとなり、ナニかの境界線のように感じられた。


大きく深呼吸をして、境界線を越え、巨木の根元まで歩いていく。

彼から貰った毛皮の軽防具がざわつく様な気配が感じられる。

何があってもすぐに対処できるように、神経を研ぎ澄ませながら一歩一歩慎重に歩を進め、根元のところまで到着する。

日はまだ高いというのに、太い枝と巨大な葉のせいで日が落ちたのかと錯覚してしまうほど暗く感じられる。

そっと巨木に触れてみる。

とても植物とは思えない金属のような感触。無機質な建造物を思わせた。


「高いわね」


一番近くにある枝へと魔法で飛翔する。

一番低い枝なのだが、それだけでも周りの木よりも高かった。


「......これを枝と言っていいのかしら」


まるで舗装された広い道のように感じた。

目をつぶれば、普通の道と錯覚してしまいそうなほどの安定感。

それだけで、これがどれだけ規格外か理解できる。


取り出した魔道具で、方角を確認する。


「あっちがアズガルド学園だから、向こうが魔族領ね」


視線を右から左へと移す。

するとその中間地点に、まるで小型の竜巻が通ったかのように木々がへし折れ、道のようになっている。


「あそこも調べないといけないわね。折角だし葉の採取から始めようかしら」


手短に生えている葉の一部を切り取り、瓶に詰める。

そして、何気なく幹の方へと振り返った時に気が付いた。


「? なにこれ?」


一定間隔で幹に小さな穴が開いている。

それはずっと上から下の方まで続いていた。


「ん?」


下の方に何かの引っ搔き傷が見えた。

ゆっくりと降りながら確認すると、人の身長の倍ほどはある5本のひっかき傷がそこにはあった。


金属のように堅いこの木にどうやって?


試しに持っているナイフで引っ搔き傷の近くに刃を全力で突き立てる。

手が強烈にしびれた。

なのに僅かしか突き刺さっていない。


「人間の仕業では.........いや、勇者かアイツぐらいかしら」


引っ搔き傷から幹の一部を回収する。

他に情報はないかと視線を動かすと、引っ搔き傷より少し上の幹に何かが刺さっている。

恐らくこれが穴をあけた原因だろう。

力を込めて引き抜こうとするが、かなり深く刺さていて引き抜けない。

押したり引いたり、捩じったりしながら何とか引っこ抜くことに成功した。


「? 折れた牙? 爪?」


どこかで見た気がする。

だが、どうにも思い出せない。

調べさせればわかるか、とこれも瓶に入れる。


すると、学生証が震え始める。


大きくため息をつく。

またか、と。


「なに?」

『あー、フレアちゃん? 今どこにいるの? 暇ならさ、デートに行かない? 結構雰囲気のいいお店見つけたんだよね。こっちの依頼はもうほとんど終わっててさぁ、今夜は空いてるよね。どう?』

「こっちは依頼中よ。無理ね」


慨嘆の大森林の調査。


こんな奥まで調査に行くとは誰にも言っていないのだけれどね。


『いいじゃん。期日まで余裕あるんでしょ? 間に合わなさそうならさ手伝うから。ね?』

「ありがとう。でも一人で出来るから結構よ」

『えー、フレアちゃん最近冷たくない? 前までは一緒に行動してたじゃん』

「そうね、危険な事や面倒事を私に押し付けるようになったから一緒に行動することは減ったわね。なぜかしら?」

『そんなこと言ってるとモテないよ』

「それは朗報ね。煩わしさが減って何よりだわ。手が離せなくなったから切るわね」

『ちょっと待っ.........』


声が切れ、大きなため息をつく。


どうせ先程の誘いも、あちらの依頼が面倒なったからこちらに押し付けるための話だろう。

何度も同じ事をされれば嫌気もさすというものだ。


初めて勇者を目にした時には驚いたものだ。

圧倒的なレベルと魔力量。

さすが、勇者と言われるだけの実力だと感心したものだ。

だが、今ではその軽薄さに甚だ鼻につく。

永遠に距離を置いておきたいと思ってしまうほどだ。


見方が変わったという意味では、元5席以上の人物に対しても変わった。

勇者と違い、良い意味でだ。

前までは怪物や天才と勝手に実力を決めつけ、壁を作って接していたが、彼と出会い、別れてからは普通に接することが出来ていた。

普通に話しかけていることに自分で驚いたぐらいだ。

そして今では、なぜあんなに目の敵のようにしていたのか理解できない。

実際に話してみれば、案外普通だったり、同じ事柄で笑ったり怒ったりする普通の人達だ。

そして、私にも同性の友達が出来た。

これが何よりもうれしかった。


「........ん? ふつうは言い過ぎね。ちょっと変わってるかしら」


口角が少し上がり、小さく笑った。


そんな私でも、今は3席にまで上がっている。

このまま順位を上げ、勇者を抑えての首席での卒業となれば.............立てるだろうか。


「シヒロ。あなたの隣に立てるかしら?」


緩んでいた口元を引き締め、気持ちを切り替える。

勇者は手を抜き、面倒だと立ち止まっている。

ならば、追い抜くためにも一歩でも前へと進まなければならない。


大きく深呼吸をして、強く自分の頬を叩いて気合を入れる。


「次は、あの木が倒れているところを調査しないとね」


ゆっくりと地面へ降り立つ。

ついでに地面の土も回収するため、瓶の中に土を入れようと屈むと、瓶の反射で誰かが後ろに立っているのに気が付いた。


「ッ!!」


振り返らずに、素早く真後ろに魔法を行使。

辺りに炸裂音が響く。

爆風の勢いを利用して距離を作る。

臨戦態勢。

何が起きても反応できるようにする。


「ビックリしたわぁ」


声が幾重にも重なっているように聞こえ、悠然と爆炎の中から姿を現した。


サイズの合っていない大きなローブ。

手と足には金色の紋様。

そして、凹凸のない白い仮面。


「人間にしては、良い反応ねぇ」


間違いなく、魔人だろう。

だが、あの時の猫の魔人のような圧力は感じない。

感じないが、早く逃げろと体が言っている。


「あなた結構強い部類に入るのかしら? それとも人間では弱い部類なのかしらぁ?」


小さく静かに呼吸を整える。

応援は来ない。

一人で魔人を相手に逃げられるだろうか。

戦って勝てるだろうか。


降りかかる不安を振り払い。

冷静に相手を観察する。


ローブは重さがないのかふわふわと浮いており体つきが見えない。

男か女か、年を取っているのか若いのか、見た目や声から判断できない。

他にも何か情報を得られないか凝視するも、手と足の紋様に視線が誘導されてしまう。

あの金色の紋様には、そういう効果があるのだろうか。


もう少し探るためにも相手の会話に乗ることにする。


「そうね、強い部類よ。私より強い人もいるけど、敵わないと思える相手は一人しかいないわ」

「そう、それは嬉しい半面、悲しくもあるわねぇ。あなたレベルで弱いのならこのフードを脱げたのにぃ」


ユラユラと重さを感じさせないローブが揺らめく。


「でもぉ」


視線は切っていない。

瞬きもしていない。

なのに、気が付けば目の前にいた。


「声ぐらいなら大丈夫かしらぁ?」


幾重にもブレていた声が、はっきりとした女性の声になる。

そのあまりにも蠱惑的な声に、頭から尾てい骨にかけ電気が流れるような衝撃が走った。


「一緒に溺れてみない?」


そっと頬を撫でられる。

下腹部が熱くなり、足が震えだす。

この感覚は、シヒロにキスされたときによく似ていた。

だが、似ているだけであの時ほどではない。

手を振り払う。


「予約済みよ。溺れる相手はもう決まっているの」


白い炎を手に纏い、白い仮面めがけて掌底を当てる。

攻撃されるとは思ってなかったのか、動揺しながら距離を取る。


白炎はまだ使いこなせない、それなら!


「見上げろ、それは倒れることの無い歪んだ塔【フレイム・ストーム】!!」


女の魔人を中心に、小さな火の渦が発生すると、それは瞬く間に巨大化。

巨木を巻き込んでの火災旋風が巻き起こった。

この魔法は、広範囲でありながら高い威力を持っているが、その反面、膨大な魔力を消費してしまう。

魔力が底をつきかけ、強制的に解除される。

女の魔人の姿は消えていた。


「はぁ、はぁ、に、逃げたのかしら?」


呼吸を荒げる。


「それにしても、何で、出来てるのかしら、この木........」


呼吸を詰まらせながら見る巨木は、まるで何事もなかったかのように、焦げ跡一つついていなかった。

震える足が、自分の体重を支えきれなくなり膝をつく。

大技を使ったことによる疲労と魔人のせいで、その場から動けなかった。

呼吸を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返していると、耳元で甘い声が脳を蕩けさせる。


「今度は邪魔が入らない場所で、ゆっくりと遊びましょう」


なけなしの魔力をかき集め、声の方向へと魔法を使う。

姿はなく、何度も振り返るが確認できなかった。

先程とは違った意味で呼吸が荒くなる。

脳は甘く痺れ、体にも力が入らない。


だが、歯を食いしばり先程の言葉を反芻する。


あの女の魔人は、何と言っていた? 邪魔が入らない? まるで今から邪魔が入るみたいな.......。


その疑問はすぐに晴れた。


「おい、人の女。その革鎧。どこで手に入れた?」


先程の魔人とは違って、この感覚ははっきりと分かる。

猫の魔人と同じ感覚だ。

直接命を掴まれているような感覚。

あの時と違うのは、シヒロがいないこと。


「まぁいいか。殺して聞き出そう」


身の丈はありそうな巨大な剣を肩に担ぐと、ぐるりと一回転した。

そこからの動きはよく見て取れた。

死に際の集中力だろうか。

これから起こることが手に取るようにわかる。

巨大な剣は、右腕に当たり、そのまま何の抵抗も許さず、腕ごと体を真っ二つにするだろう。

待ち受ける結果は死だ。


ゆっくりと迫りくる巨剣に身じろぐことさえできず、ただ見ているだけしかできない。

巨大な刃が右腕にめり込み、ゆっくりと左の方へ押し出される。


斬れてない?


そう思った瞬間に景色が切り替わり、左へ吹っ飛んだ。

何度も何度も地面にぶつかり転がりながら、壁にぶつかることでようやく止まった。


突然のことで困惑する。


何で生きている? ここはどこだ?

先程まで、大森林にいたはずだ。

空を見上げているのに木が見当たらない。

地面の感触も土ではなく岩だ。

慌てて駆け寄ってくる人の気配に、首を動かし確認する。

勇者だ。


壁にもたれ掛かるように座る。

右腕はついているようだ。動かすこともできる。

痛みも感じる、むしろ、ここまで転がった痛みの方が強いぐらいだ。


「死んでいない理由はこれね」


軽防具や服などが切り裂かれているが、一番下に着ていたシャツだけが無事だった。

シヒロから貰ったシャツだ。


自分を抱きしめるようにして、服を抱きしめる。


ありがとう。


遅れて勇者が駆けつける。

ここがどこかはわからないが、慨嘆の大森林からここまで瞬間移動したのは勇者のスキルだろう。

ただ、こちらの危機を感じてスキルを使った感じではなさそうだ。

表情でわかる。

面倒事を頼むために無理矢理連れてきたが、突然吹っ飛んで驚いた。

そう顔に書いてある。

だが、過程はどうあれ、結果として助かったのだ、これまでの貸しはチャラにしよう。


「あれ? 何で? いつもは上手くいってるのに。なんで? 今回なんでこうなったの? 俺、悪くないよね? だって..........」


また、勇者が何かグダグダ言っている。

感謝の気持ちがなくなりそうだ。


壁にもたれながら大きなため息をついた。

そして勇者に左手を伸ばす。


「って事だし、ん? なに?」

「起こして」

「え? あぁ、はいはい。まったく甘えん坊だな」


手を掴み引き起こされる。


「ありがとう」

「いえいえ、それより今夜..........」


面倒なので無視しながら、拠点らしきところへ歩みを進める。


短い時間で何度も死にかけた。

どちらの魔人も本気で殺しに来ていたのなら死んでいただろう。

だが、今こうして生きて歩いている。

自分自身の運の強さには驚嘆する。


「確かに魔人は強いわね。私なんか雑魚に思えるでしょう」


深く笑う。


「それでも、敵わないと思える人は一人だけよ」



◇◆◇???



予定外の事が立て続けに起きた。

どうしたものかと考えていると、連絡が入る。


「なんだ? あぁ、いや、今は慨嘆の大森林だ。結論から言うと、外れの当たりだ」



「魔王配下の死骸をここで見つけてな。あぁ、『蝕淫』だ。アイツが楔を外したのかと思って追ってたんだが、外れたようだ」



「うるせぇな。それで、楔の革鎧を着てた女の人間がいた」



「同感だよ。外したのは人族。それも勇者だ。本当はその女を殺して持って帰るつもりだったんだが、勇者のスキルで逃げられた。タイミングが良すぎる。こちらに気づかれることなく見てやがったに違いない」



「現段階で楔を外し、こちらに気取られさせない実力を持ってる。厄介だな」



「あぁ、これ以上は追跡できない。入れないからな。一旦戻ってボスに報告するよ」



「言い方なんか別にいいだろ? 他の奴だって『ロード』とか『調停者様』とか色々言ってんだから『ボス』って言っていいだろ。それで怒られたことないぞ?」



「あぁ~、知らん知らん。じゃあな」


半ば無理矢理連絡を切る。


それにしてもだ。


勇者のスキルで逃げることはわかっていた。

あの手のスキルは強力だが、条件がある、そのうちの一つで生きていること。

死者は運べない。

発動しきる前に、斬ることができたのなら絶命させる自信があった。

だが、結果は何かに防がれる形で、斬ることができなかった。


「スキルや魔法じゃねぇ」


巨剣の方を確認するが特に変わっているところはない。


「となると、勇者の知識か.........。本当に厄介だな。今期の勇者は特に気を付けないと」


そう呟き、来た道を引き返す。


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