58話
◇◆◇ 『泡爆』魔王
王が王城へと帰還した。
周りを見渡すと、狙った通り自分の自室にいた。
抱えきれないほどの手土産と共に。
部屋に散乱する土産は、どれもこれもが貴重なものばかり、勇者作成の魔道具。転生者の知恵の結晶。
だが、本当に欲したものはこの場にない。掌から零れ、手元に残らなかった。
アイツに比べれば、こんなものオマケにもならない。
近くにあったシヒロのポーチを投げ飛ばそう掴んだ時、微かに地面が揺れた。
動きを止め、意識を集中する。
気のせいではない。外が騒がしい。
窓を開けると、外からは大量の土煙と兵士たちの声。
ゆっくりと目を閉じ、その場で深呼吸をする。
戦の音と匂いがする。
戦場から離れていた期間は日数にすればとても短いのに、ひどく懐かしく感じさせた。
ざわざわと、血が騒ぐような感覚。
強力な酒気を一気に煽ったような酩酊感。
戦が始まっている。
その事実を知るや否や、素早く玉座へと移動する。
移動中、王の帰還を知った臣下達が群がってくる。
常套句である労いの言葉をかける。
周りの状況、城内の慌ただしさから鑑みると、戦況は嬉しいことに劣勢の様だ。
ドカリ、と玉座に座る。
ん? と違和感がある。
いつも座っている玉座なのに、どうも尻の座りがよくない。
どうやら、あの男の膝に慣れてしまっているようだ。
大きく舌打ちをする。
「それで? ワシの国に攻めてくる阿呆はどこの誰じゃ?」
臣下達の説明と詳しい情報の開示と共に、この城を襲っている人物が映像として現れる。
獣人族の猫のような見た目のような女。
アンデットを操る不可解な男。
敵勢力は、どうやらこの前に挨拶へと行った『静謐』魔王の様だ。
「なんじゃ。挨拶の礼か。それにしても手土産がないとは無礼な奴じゃな」
ふん、と鼻息を荒げる。
「女の方にはシャヒトルに対処させるのじゃ。寝ているなら王命でもって叩き起こして構わん。アンデットの方は.......そうじゃな、ワシが半分ぐらい削ってやろう」
映像に映し出されるアンデットが、ただのアンデットではないことは明白だ。
まるで一つの生き物のように統率され、乱れることなく進軍している。
あのアンデットは少し面倒だ。わが軍の兵では手に余るうえに、死んだ者はあの戦列に加わることになるだろう。
こちらの戦力は落ち、あちらの戦力は上がる。
厄介だ。
おどおど、と臣下達が止めるのを無視する。
体から生み出される大量の泡がアンデットの方へと飛んでいく。
これでいくらか拮抗状態になるだろう。
「さて、今戦っている兵共に伝えるのじゃ。王の手を煩わせた貴様らは後に厳罰を処す。それが嫌なら撃退の功績をもって帳消しにせよ、と。お前たちもじゃ! これ以上ワシの手を煩わせるつもりか」
臣下達は一斉に仕事へと取り掛かる。
慌ただしかった玉座は静かになる。
さて、お楽しみはここからだ、と映し出される戦況に視線を戻す。
予想通りアンデットの群れは大量の泡で半壊状態、兵達は王の帰還を聞き士気が上昇し、敵を押し込んでいる。
そして、獣人族のような女は、目を擦りながら出てきたシャヒトルと戦っている。
実力は拮抗しているように見えるが、まだお互いに本来の力は見せていない感じだ。
シャヒトルはまだ眠気半分といったところ、相手の猫の女は探っている段階だ。
予想とは違い、随分と慎重に行動している。
「ふぅむ、シャヒトルには少し荷が重かったかもしれないのじゃ」
思っていたより相手が強い。
奔放な見た目ゆえ大雑把かと思えば、随分と冷静に対処している。
「相性が悪いかもしれんのじゃ。ん? おお、向こうは面白いことになっておるのじゃ」
アンデットを操る男の方へと視線を移す。
崩壊していないアンデット達が折り重なり、巨大なアンデットへと変貌を遂げていた。
巨大な腕を振り払い、兵共が冗談のように飛んでいく。
「んー。指揮統率系のスキルではなさそうじゃな。あの男を見る限り魔道具の線もない。戦線を見ると密集しすぎておる。広げたほうが良いのは向こうも分かりそうなものだが、広げられないのか。......ハハッ、だいぶ絞り込めてきたのじゃ」
パズルを解いていくような気分で観察する。
「だが、その程度で怯むほどワシの兵共は弱くないのじゃ。油断できる相手ではないぞ?」
ワクワクと心躍らせながらも視線を移す。
どうやらもう一つのところが決着がつきそうだった。
シャヒトルが壁際まで吹っ飛ばされ、城壁にめり込んでいた。
獣人族のような女は、2刀の剣を振り回し、大声で何か言っている。
「お? なんじゃ? 何を宣っているのじゃ?」
音を拾う。
『............ぎるにゃ!! まだ人間の方が強いにゃ!!』
その罵声に腹を抱えて笑ってしまう。
「アッハハ! とんでもない煽り文句じゃな。相手を怒らすならこれ以上はないじゃろうな。だが、本当に実在すると知ったら、こいつはどんな顔をするじゃろうな」
薄く、深く笑う。
「まぁ、案の定、シャヒトルには効いておるようじゃな。怒り心頭で眠気もとんだじゃろ? 面白くなるのはここからじゃ」
先程までとは打って変わり、強烈な猛攻で攻め上げる。
「攻めきれればこちらの勝ち、しのぎ切れればそらちの勝ちじゃな」
戦況を眺める様は、まるで一つの舞台を楽しむように見物している。
攻め込まれていることすら、楽しんでいるかのように。
「ふむ、思ったよりも我が軍は優秀の様じゃな」
予想よりも早く押し込んでいる。
それを察知したのか獣人族のような女は顔をゆがめる。
このままであれば撤退するだろう。
どうせ向こうは、初めから勝つ気などはなく。こちらの力量を測りに来ただけの威力偵察。
本気で落とす気はない。
「落とす気があるなら、最低でもこの10倍は必要じゃな」
読み通り撤退を始めた。
向こうはなかなか判断が良いようだ。
そして、シャヒトルと獣人族のような女との決着はつかなかったようだ。
何やら互いに罵倒しあっている。
ふぅ、と一息入れて、パチパチと拍手を送る。
どうして、中々愉快な演目であった。
手土産はこれで良しとしてやるか。
ニヤニヤと微笑を浮かべる。
やはり戦はいいな。と近くに置いてあるツマミに手を伸ばす。
口に入れて眉をしかめる。
不味くはないが正直落胆してしまう。
期待していた味ではない。
文句の言葉を口にしようとするが言葉が出ない。
これを作った者は期待した人物ではない。また、作り直して欲しい人物はここにはいない。
黒い目と髪の男の顔がよぎる。
会えないと思うと、先程までの高揚に水を打たれた気分になる。
そして、己が失態に舌打ちをする。
焦りすぎた。
あいつは魔力がなく、魔道具が使えない。
そして、ワシの泡爆も効果がなかった。
この事から一定のスキルや魔法等の効果がないと予想すべきだった。
そうすれば、シヒロだけ置いてくるということもなかった。
欲しているものが手に入る喜びで盲目になっていた。
リィーン。
鈴の音のような音が響く。
「なんじゃ? 呼んでおらんぞ」
横に立つ侍女に声をかける。
護衛 兼 相談役の様な奴だ。
リィーン。
「あぁ、ワシの部屋のあれか? そうじゃな。人族領のダンジョンから持ってきたものじゃ。転生者由来の物じゃから有用性はあるじゃろ。使えるかどうか調べさせるのじゃ」
リィーン。
「なんじゃ? まだ何かあるのか?」
リィーン。
「........そうじゃな。まぁ、少しな。極上の料理を食べ損ねたか、至極の宝石が手から零れ、大海に落ちたようなものじゃ。多少の気落ちは仕方ないのじゃ」
リィーン。
「ふん。放っておいても向こうからくる。そう約束したし、あやつの荷物はこちらにある。なら、業腹だが待つことにするのじゃ」
頬杖をつき、いかにも不機嫌だという雰囲気だが、その顔は少し緩んでいた。
リィーン。
「心配はいらんのじゃ。魔族領であるならあやつはすこぶる相性がいい。見つけるのにも苦労するし、見つかったとしても、並みの魔王じゃ敵にもならん。皆の物にも伝えておけ、黒髪と黒い目をした人間が来たらワシの前に連れてこい。客人として扱うのじゃ」
リィーン。
「ん? あぁ、そういえば持っておったな」
握ったまま、ここまで持ってきたシヒロのポーチ。
開いて覗くとシヒロのギルドカードが目に入る。
興味本位でそれを取り出し観察すると、シヒロのレベルとスキルが書かれていた。
「ふん。やっぱり。嘘つきなのじゃ」
リィン。
「ワシのスキルに【格闘】なんてものはなかったのじゃ。おそらく、あやつとの手合わせで発現したのじゃろう。しかもわずか短時間でLv23も上がっておる。少なくとも倍ほどの差はないとこうはならん。それなのに、なんじゃこの弱すぎるレベルとスキルは? 明らかに嘘だと言っているようなものではないか」
アッハハハハハ!!、と大声で笑う。
リィーン。
軽くお辞儀をして、その場を去ろうとする。
「あぁ、少し待て。今外に出て、『挨拶回り』をしている連中を全て呼び戻すのじゃ。暇潰しはここらで一旦止めじゃ。少し内政に力を出すことにするのじゃ。その中で、どうしてもワシに礼がしたいという奴は、『蘇生』魔王に矛先を向ける様に調整しろ、向こうには、望みを叶えるためとでも言っておけばよいじゃろ」
リィーン。
「そうじゃなぁ.........酒と珍味は欲しい所じゃな。確か酒と食材は『狂乱』の所が美味かったな。他にも『孤毒』『蝕淫』の所にも良い物があったはずじゃ。少し顔を出すか」
リィーン。リィーン。
「いやいや、ワシが直接赴く。あいつらにそう通達しておけ。くっくっく。久々の顔合わせ、楽しみなのじゃ」
リィーン。
リィーン。
「っな!! 煩いのじゃ!! さっさと行け!!」