57話
魔王様に破いた服の代わりを作れと言われて2日経った。
「で、出来た」
壁に並べた完成品を眺めて一息入れる。
「頑張ったなぁ」
針仕事に関しては、そこそこの自信と経験がある。
だが、それはあくまでも解れた場所の修繕やボタンの縫い付け、刺繍、巾着袋といった簡単なものだ。
辛うじて経験があるといえるのは、妹達が夏休みの宿題として浴衣の作成を手伝ったぐらいだろう。
つまり服飾に関する経験はないに等しく、素人同然ということだ。
なので、服の正しい作り方なんてわかるはずもなく、浴衣を作った時の知識と経験、延長で学んだ着物の知識を総動員して、何とか形にしたのだ。
そして、完成品は3着。
華やかない色の着物擬き。
落ち着いた色の着物擬き。
そして、無難な浴衣擬きだ。
擬きと称しているのは、本職の人に対して申し訳ないからだ。
でも、素人なりに頑張ったんですよ。
「おぉ。完成してるのじゃ」
完成品を目にし、魔王様(大)が感心するように声を上げる。
「3着も作ってあるのじゃ」
そう、3着作っている。
何故複数作ったのか。これには打算的な理由がある。
1つ作って柄が気に入らない、好みじゃない、とあれこれ注文を付けられ何度もやり直すより、タイプの異なった3種を用意してその中で選んでもらったほうが、スムーズに済むのではないかと考えたからだ。
ちなみに、サイズは(大)の方にあわせている。
さて、魔王様の御眼鏡に適っただろうか。
「お気に召しましたか?」
「うむうむ、中々端正で綺麗なのじゃ。まるで一枚絵の様じゃな」
むふぅ、と感嘆の声をあげながら服を撫でる。
「流石は、我が秘蔵の逸品を出しただけはあるのじゃ」
「ありがとうございます」
針はこちらで用意したが、使われている生地と糸はすべて魔王様が用意してくれたものだ。
「これを使うのじゃ」と軽く手を叩くと、何処からともなくたくさんの種類の生地が出てきた。
手品のように出てきたそれに驚くと、それを生地のよさに驚いたと誤解したのか魔王様が、上機嫌で生地の説明を始めた。
生地に使われている素材の貴重性、難しい加工、職人技が必要な工程、説明のような自慢話が止まらず、魔王様の色の好みや、どういった服が好みなのか聞きだす事が出来なかった。
最終的に「シヒロのセンスに任せるのじゃ」と丸投げされた。
まぁ、破いてしまった物を作り直せと言われても出来るわけもなく、丸投げ自体に文句はないが、素人が出来ないなりに頑張ったんだから労いの言葉一つでもほしい、と思うのは贅沢だろうか。
「うむ、これなら貢物として扱ってもよいのじゃ」
「気に入ってもらえたようで何よりです」
どうやら気に入ってくれたようだ。
慣れない仕事で疲れたが、頑張った甲斐があった。
魔王様にはわからないだろうが、ここにはミシンという便利なものはない。
全て手縫いで作られていることを理解して、大事に着てもらいたいものだ。
「ところで着方が分からんのじゃが、どうやってこれを着るのじゃ?」
「あぁ、慣れてないと難しいか。着付けしようか?」
「頼むのじゃ」
魔王様が軽く手を叩くと、着ていた服が全て消え、全裸になる。
褐色の肌が目に眩しい。
眼福です。
それはさておき、正しい着方は確かに裸から着る物だが、肌着を着てもいいように思える。
..........まぁ、魔王様が気にしていないなら指摘するほどでもないか。
ちなみに妹達の着付けは兄たる自分の仕事だ。
肌着の上から着付けをしている。
そして、ここぞとばかりに帯を強く締めて、ささやかな復讐をしているのは内緒だ。
「こういう服は初めてじゃ。シヒロの国の服か?」
「まぁね。素人が作ったものだから『擬き』の領域だけど」
「そうなのか? なかなか悪くない出来なのじゃ。生地をできるだけ無駄にしないようにしているところが特に気に入ったのじゃ」
「そりゃよかった」
シュルシュルと着付けを進める。
魔王様は別嬪でスタイルもいい、何を着ても似合うタイプだ。
ならば、無難なものでなく、もう少し攻めた柄や色でもよかったかもしれない。
慣れた手付きで帯を巻いていく。
そういえば妹達も何を着せても似合っていた。
男装、女装、礼服、正装、様々な制服から民族衣装まで、何を着せても着こなしてしまう。
母さんに似たのだろう。
ちなみに自分が女装をすると必ず笑いがおこるので鉄板のネタになっている。
父さんはリアルにいそうだと少し引かれてしょんぼりしていた。
ジジイは、ジジイだった。
何を着せても印象が変わらない。
一番反応に困るタイプだ。
「シヒロ」
「ん? なんだ?」
「ワシがおる前で、他の奴のことを考えるとは随分と無礼だとは思わんか?」
心を読まれた?
これも魔法か。恐ろしい。
「失礼しました。ちょっと家族の事を思い出してただけです」
「まぁ、それなら特別に許すのじゃ」
具体的なことまではわからないのか。
精度はあまりいいようではないみたいだ。
「はい完成。結構似合ってるぞ」
「おぉ! ふむ、悪くないのじゃ」
嬉しそうに鏡の前で色々なポーズをとっている。
ところで、その鏡は何処から出したんだ。
「さて、そろそろ地上に出るか」
「.........ん、そうじゃな。では、あと2着分の着付けをしてから行くとするのじゃ」
軽く手を叩くと着物擬きが消え、またもや全裸になる。
「早くしてくれ、体が冷えるのじゃ」
「.......あいよ」
今更だが、風呂場でもないのに男の前で全裸になるんじゃありません。
まぁ、男として意識されてないだけなんだろうが。
複雑な心境を苦笑いで誤魔化し、残り2つも着付けを始める。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
えっちらおっちら、地上を目指す。
最初に見たときは、小さく見えていた光が今でははっきりと空の色が確認できるほどに近づいていた。
出口は近い。
「魔王様」
「んー? なんじゃ?」
「やっぱり、一瞬で外に出る装置を使ったほうが良かったんじゃないかと思うんですが」
「今更じゃな。ここまで来たなら最後まで進んだほうが良いじゃろ」
「そうなんですがね。ここまでの時間と労力を考えると、どうしてもそう思うんですよ」
「確かにそうじゃな。だが、ああいった魔道具は、出る場所が決められておるのじゃ。待ち伏せされると厄介じゃろ? そういう意味では、もと来た道を戻るのも同じ意味で危険じゃ」
「そうですね」
この、緊急避難用の竪穴も、そういった意味では同じでは? と言うのは止めておいたほうがよさそうだ。
「魔王様」
「なーんじゃ?」
「これ、本当に最短の道なんですよね?」
「当然じゃな」
あそこから出る方法は記載されていたが、すべて文章として書かれていた。
しかし、書かれている文字は見たことのなく、理解することができない。
運がいいことに魔王様は理解できるようなので、道案内をしてもらっている。
してもらっているのだが、すごく遠回りをしているような感じがする。
大丈夫だよな。
「魔王様」
「んー?」
「せめて、小さくなってくれませんか?」
「おぅおぅ、小さいのが好みとは、度し難いのじゃ。んー、じゃが、まぁそれも一興というものか」
「言っている意味が分かりませんが、大きいとバランスが取りづらく落としそうなんですが」
今は絶賛、魔王様を背負ってのロッククライミング中。
正確に言えば、背負っているのは椅子で、その椅子に魔王様が座っている。
いいご身分だな。
いや、良いご身分だった。
「せめて、魔法で浮いてくれませんかね?」
この前見せた、泡の上に乗っているやつだ。
「やじゃ」
「ですか」
このまま椅子ごと落としてやろうかと思うが、あと少しでゴールだ。我慢しよう。
魔王様のご機嫌な鼻歌を聞きながらも、ようやく地上へと出ることができた。
「あぁ~、日の光」
「ふむ、日の高さから言って昼ぐらいじゃな」
「あぁー、風が気持ちいい」
「あぁ、なるほど、外からは見えないように、穴は魔法で消しておるのじゃな、ご丁寧に外から入れんようになっておるのじゃ」
ふと視線を出てきたところに戻すと、這い出た穴が見当たらない。
魔法って本当に便利だな。
便利すぎるぐらいだ。
「さて、シヒロに預けておった荷物を全部出すのじゃ」
「今、ここで?」
「そうじゃ」
あれもこれも持っていくのじゃ、と収納ポーチに詰めていたものを外に広げる。
ついでに自分の荷物もすべて広げる。
大量の物を滅茶苦茶に入れたので、どこに何があるのかわからなくなってしまった。
ついでに整理しよう。
収納ポーチについている魔石を取り、中に何もない事を確認して、自分の物と魔王様の物を分けていく。
結構荷物があったんだな。と空の収納ポーチに自分の荷物を入れていく。
「シヒロ、シヒロ」
魔王様が手招きしている。
「どうしたんだ?」
一度作業をやめて、魔王様のところへ行く。
「まぁまぁ、ここに座るのじゃ」
ん? と思いつつも指定された場所に座る。
すると、魔王様が膝の上に座る。
「おい」
「見ておるのじゃ」
そういうと、大量の泡が地面から湧き上がる。
「おお?」
大量の泡は一定の高さで留まると、徐々に積み重なり、ドーム状にすっぽりと辺りを包んだ。
細やかな泡が、太陽の光によってキラキラと輝いている。
「ほぉー、凄いな」
「凄いじゃろ。魔王たる力の一端をこんな間近で見れるのじゃ。こんな機会はめったにないぞ?」
アッハッハッハ。と大声で笑う。
確かに幻想的な光景だ。
「さて、シヒロ。この後どうするのじゃ?」
何気なく聞いてきたこの質問は、とてつもない覚悟を持って聞いているように感じられた。
迂闊に答えるのは不味いように感じる.........
だが、無視するわけにもいかないだろう。
「とりあえずは、獣人族がいる国に行くかな」
「.........ほぉ」
声のトーンが下がった。
おそらく魔王様の何かに触れた。
別れるのが寂しいのだろうか。
「まぁ、用事が済めば魔王様がいる魔族領ってところに行ってみようかなと思いますよ」
「........ほぉ」
「少し遠回りになりますが、一緒に行きますか?」
「ふふっ」
笑った。少し機嫌が戻ったかな。
「それも悪くないのじゃが、臣下達が心配するので無理じゃな」
魔王様が手を大きく振り上げて、そのまま下へ振り下ろすと、泡のドームがフワリと崩れ、シャボン玉のようにゆっくりと落ちてくる。
その光景はより一層に幻想的に感じさせた。
「凄いな」
「使者ではなく、魔王直々に頼んだ」
「ん?」
「来るまで待つのは趣味じゃない。気が短じかいのじゃ」
「急にどうしたんだ?」
「材料も情報もなし。脅すにしても、シヒロには効果がないと思えるのじゃ」
「おーい」
「殺すのは無しじゃ。勿体ないし、そもそもそんな事が出来るとは思えんのじゃ」
「何の話だ?」
クルリと振り返り、強く抱きしめられる。
「どうしたんだよ?」
「結論としてな、攫う事にしたのじゃ」
「はぁ?」
大量の泡が落ちてくる。
あたり一帯を泡が包み、視界がふさがる。
泡は地面に触れても割れることなく地面に吸い込まれるように消えていく。
全ての泡が地面へ消えると、魔王様の姿が消えていた。
更に言うと、こちらの荷物も消えていた。
広げていた荷物が跡形もなく無くなっている。
「はぁ? あぁ!? どこに行った!?」
真正面から、正々堂々と荷物を攫われてしまった。
「攫うってそういうことか。やられた」
慌てて荷物の確認をする。
唯一あるのは、この世界に持ってきた自分の荷物の一部と小太刀、陰に干していたクマの毛皮とホノロゥさんから貰った鍔のみ。
魔石もお金も収納ポーチも収納袋も消えていた。
収納ポーチには冒険者カード、フレアから貰った指輪、そして我が家の巻物等が入っていた。
巻物が一番痛い。
頭を抱えていると、ふと気が付いた。
「あれ? ハクシはどこ行った? アイツまで攫われたのか。......はぁ........根こそぎ持ってかれたか」
大きなため息と一緒に肩を落とす。
盗られたものは帰ってこない。
盗られた自分が悪い。分かっているけど........
心に折り合いをつける事に時間がかかりそうだった。