5話
水晶内の針はあの街を指している。
森を抜け平原を走り抜け、ようやく目的地を視認できる所まで来た。
「デカい街だなぁ」
広大な土地面積もさることながら、街を守るように分厚く高い防壁を築いており、四方に堅牢な扉が設置されている。
ここならダンジョンについての情報を集める事ができそうだ。
「おい、どうだ? ちゃんと今日中に着いたぞ。あれが目的の場所でいいんだよな」
太陽の位置的にはそろそろ夕暮れになりそうだ。
日が暮れるまでには街に入りたいものだが、いつまでたっても返事がない。
何かあったのかと顔を覗くと眠っているようだ。
そういえば途中までキャーキャー騒いでたが絶壁を駆け下りたあたりから静かになったような気がする。
騒ぎ疲れて眠ったのかな。
「仕方ないな」
収納袋を取り出し、水をイメージすると水があふれ出てくる。
それをフレアの鼻の穴めがけてゆっくり流し込む。
「.....ゲホッ....カハッ....ゲホゲホ..ちょっ...やめ...」
「よう、おはよう目的地に着いたぞ」
「何するのよ!! 溺れ死ぬかと思ったわよ」
「悪かったな。取り敢えずあそこが目的地でいいか確認してくれ」
絶対に許さない、そんな顔をしながらもゆっくり振り向く。
「ウソ......本当に今日中に着いたの?」
「着いたな」
「どうやったの? 記憶が曖昧ではっきりしないのよ」
「頑張って走った」
「......そう、秘密ってことね。まぁいいわ、詮索するつもりもないし」
事実なんだがな。
「ていうか何時までこの状態なわけなの? 早く降ろしてよ」
「フレアの足だと夜になっちまうぞ。このまま門の前まで走って行く」
「はぁ? いやよ!! みっともない。そんな事するぐらいなら......ってちょまって......きゃああああ!!」
元気になると五月蠅くなるな、もう少し寝かせておけばよかった。
・・・
・・
・
「はい、門の前に到着......って大丈夫か?」
「なんか......ひどいデジャブが......ちょっと気持ち悪い」
そういい地面に屈む。
出来るだけ揺らさずに走ったつもりだったが酔ってしまったようだ。
大丈夫か? と背中をさする。
「ええ、大丈夫。少し楽になったわ」
ゆっくりと立ち上がるが足元は小刻みに震えている。
そのまま、ふらふらと角を曲がり門の中に入っていく
後を追って門を通り抜けようとするが門番らしき人に止められた
「おい、止まれ。通行書か身分を証明できるものを見せろ」
「持ち合わせはないんだが、代わりに証明してくれる奴が......」
「どこにいるんだ?」
「どこにいるんだろうなぁ」
見失ってしまった。
門の角を曲がったところまではちゃんと居たが、そのあと忽然と消えてしまった。
「ふざけているのか?」
「いや、ちょっと待ってくれ。さっきまで居たんだ。赤い髪で身長は小さめで貴族の学生なんだが」
「........」
「........」
「怪しいな、ちょっと詰め所まで来てもらえるか?」
クイっとアゴで簡易の小屋を指す。
そのまま衛兵を呼ばれて投獄されるって事にはならないだろうか。
「逮捕とかされますか?」
「素性を調べるだけだ。問題がなければそのまま出ていけ」
問題を起こすわけにはいかず門番の後についていく。
詰め所に入り立って待たされる。
「おい、このプレートに血か唾液を付けろ」
そういい、カウンター越しにプラスチックの様な長方形のカードを渡される。
どういう意味があるのかわからないが、とりあえず指示に従い指に唾液を付けプレートに触れる。
「ギルド関係の登録はなしか...」
ぼそりと門番の人がつぶやく
「次にこの水晶に手をのせろ」
少し大きめの水晶をカウンターに乗せて指示する。
指示に従い手をのせる。
「何をしている、さっさと魔力を込めろ」
魔力が必要なようだ。
「魔力を持ってない場合はどうしたらいい?」
すると胡散臭そうな顔から、侮蔑と嘲笑が混ざった顔になる。
「お前、劣人種か」
どういう意味か知らないが貶されていることは、はっきりとわかる。
「それはどういう......」
「見つけたわ!!」
後ろで声がかかる。
「悪いわね、説明不足だったわ」
フレアだった。
「彼は私のお客よ。身分はこの私フレア=レイ=ブライトネスが保証するわ」
紋章の入った杖を掲げると、室内にいた全員が一斉に敬礼した。
「それでは彼を連れていくわね!!」
そういい、詰所から引っ張られるように連れ出される。
「結構有名なんだな」
「有名じゃないわ。あいつらは基本的に貴族に頭が上がらないのよ」
「そうなのか」
「そうよ」
深くは聞かない方がよさそうだな
「ところで、説明不足っていうのは門の辺りで消えたことか?」
「そうね、それは申し訳なかったと言っておくわ。いつもの癖で忘れてたのよ」
指にはめている指輪を見せる。
「これはアズガルド学園の十席以上の人がもらえる特典の一つで門から学校までを一瞬で行き来できるのよ」
門を潜り分厚い防壁の中に入っていく。
ある程度進んだところで一度足を止めて、くるりと振り向き頭を下げた。
「ごめんなさい、身分の保証を約束していたのに守れなくて」
意外な行動で驚いた。
「あぁ、いいよ。それに出来ればって言ったろう。ちゃんと身分保障してくれたんだし、特に気にしてない」
「そう、ならよかったわ」
また歩き出す。
「なぁ、劣人種って知ってるか?」
「魔力を持っていない人を表す差別用語よ。普通は大なり小なり魔力は持ってるものなのに稀に持っていない人がいるのよ」
「そうなのか」
「......いきなりどうしたのよ、そんなこと聞いて」
「さっき門番の奴に言われてな。気になったんだ」
「面白くない冗談ね」
「事実だ」
「信じられないわね」
「でも事実だ」
ピタリ止まり何か逡巡するように考えている。
そして、こちらを見上げながら言った。
「私は受けた恩は絶対に忘れない。例えあなたに魔力がなくても命を助けて貰った恩を忘れる理由にはならない」
ぷいっと顔をそらしまた歩いていく。
結構、義理堅い奴なのかもな。
「取り敢えず身分の証明が先ね。行くわよ」
「フレアが証明してくれるんじゃないのか?」
「ずっと一緒ってわけにはいかないでしょ」
「どこに行くんだよ?」
「最終的にはアズガルド学園よ。そこであなたは私の協力者となってもらうわ」
「唐突すぎていまいち理解できないんだが」
「協力者になると学園が身分を証明をしてくれるの、まず協力者について説明するからよく聞いて」
色々説明してもらい纏めると
・十席に入るものは学業以外にも特別依頼があり忙しいので特別に協力者を求めてもいい
・協力者の進退は学園に一任される
・協力者の人数は申告次第だが多くて2~3人
・身元がキチンと判明出来るものに限る
・協力者が犯した罪は本人にも帰属する
・協力者は学園に入ることはできない
・協力者の身分は学園が保証する
ということらしい。
「学園に保障されてるのに中には入れないのか......あと条件にある身元が判明できる奴とか無理だと思うんだが」
それが出来なくて困っているのに。
「大丈夫よ結構緩いから、どこかのギルドに入ってるってことでパスできるわ」
「それなら、協力者じゃなくてギルドだけでいいんじゃないのか?」
「それでもかまわないけど学園の身分証明は最強よ」
例えるなら住民票とパスポートらしい。
「他にも学園に入れないって意外と不便だな」
「お金を払えばいいのよ。普通はお金を払っても無理だけど協力者なら大丈夫よ。設備も許可が下りれば使えるし、何だったら授業も受けれるわ」
随分と門戸が広い事ですね。
「進退を一任とか結構怖いな」
「変に目立つことをしなければ問題ないわよ。結構お堅く書かれてるけど大体は大雑把なのよ。さて、ようやく出れたわね」
分厚い防壁を抜けると騒がしい光景が目に入る。
「久々にここに来たわ、いつもすぐに学園に行くから懐かしいわね」
「ここからギルドは遠いのか?」
「そこそこよ。でも近くはないわ」
ならばと、フレアを抱っこしようと手を伸ばす
「待って!! ちょっと待って!! 久々に来たから歩いていきたいの!!」
と露骨に拒否される。
まぁ、ついさっきまで酔っていたのだから仕方ないか。
「今の時間帯だとギルドは少し混んでるわね。どこか寄りたい所とかある? 今なら案内できるわよ」
「んー、ナイフの補充と革製品を取り扱っている所かな」
「なら良い所があるわ、ついて来て」
フレアの後をついていく。
何となく観光気分で周りを観察する。
へぇー、なかなか活気づいている良い街だな。しばらくはここを拠点として活動するのもいいか。
そんな事をぼんやり考えていると、不意にゾワリと嫌な感じがした。
体の内側を見られるような感覚。
これはルテルが言っていた【鑑定】ってやつか。
ルテルの時ほど強烈ではないが、いい気分はしない。
誰か見てやがるな、一人じゃなくて複数人。
敵意や悪意を感じないので興味本位で見ているだけだろうか。
いい迷惑である。
「着いたわ」
そうフレアが声をかけるので意識を切り替える
「なんか......あれだな。趣のある店だな」
ちょっとボロかった
「ここは革製品を扱う店よ、あまりオシャレじゃないけど腕は確かよ」
お邪魔しますと店内に入る。
そこには、デカい体に厳つい顔をした爺さんがこっちを見ていた。
「いらっしゃい」
地を這うような低い声である。怖い。
「あぁ、えっと。この皮を革に鞣してほしいんだが」
おずおずと聞いてみる。
ギロリと鋭い眼光がさらに鋭くなる。
「見せな」
持ってきたクマの毛皮を広げて見せる
「処理は丁寧にしてあるな。腐らないように防腐処理もしてあるが、剥ぎ取って時間が経ちすぎている。加工しても良い防具の材料にならないぞ」
「大丈夫、防寒具か敷物にするから」
「.....わかった。鞣し方に希望はあるか」
「植物のほうで」
「1週間で終わる。金額は銀貨30枚か大銀貨3枚だ。嬢ちゃんの紹介だから、受け取りに来た時に支払ってくれればいい」
そういい、毛皮を担いで奥に引っ込んでいった。
こちらも用が済んだので店を出る。
1週間か、普通なら1か月はかかりそうだとは思うんだが。
いやそれよりも金だ。
......適当に調味料でも売ってみるかな。
お金の算段を考えていると声をかけられる。
「シヒロすごいわね...,,.最初はみんな目をそらすのに」
「目力が半端じゃなかったな」
「それと、あなたが背負ってた物って毛皮だったのね。あの毛皮どうしたの? ものすごく大きかったけど」
「狩って、剥ぎ取った」
「魔力がないなんて本当に信じられないんだけど」
「【鑑定】で見てみたらいいだろう」
「私そのスキル持ってないから見れないのよ」
「珍しいのか?」
「そうよ、持ってる人はレアよ」
てことは、そんなレアな人が興味本位で偶々複数で見てたってことはなさそうだな。
監視されてるのかな。
「さぁ、時間はまだあるし、次は武器屋に行くわよ」
「あいよ」
・・・
・・
・
武器屋に到着。
道中、スリ被害にあいかけるも手を叩いて撃退する。
活気はあるが、治安はあまりよろしくなさそうだな。
「ここが一番武器の種類が多いわ。質も結構良いしね。値段もそこそこ手頃よ」
たしかにそこら中に武器がある
まるで博物館だ。
「持って振ってみてもいいのか?」
「迷惑にならないならいいと思うわよ」
近くにおいてある短剣を持ち、軽く振るつもりで握ってみる。
ミギリッと嫌な音がし金属性の柄が握り潰れていた。
やっぱり脆いのか。
「どうしたの? ってなによそれ、不良品じゃない」
「いや違う。試しに軽く握っただけだ」
「軽く握って壊れるのは不良品って言うのよ」
確かに言われてみればそうだが少し誤解がある。
呼び止めようとするが壊れた短剣を持って店員のもとへと走っていった。
「本当に申し訳ございませんでした!」
と店長らしき人が頭を下げに来た。
「いや、壊してしまったので弁償を」
「とんでもございません。不良品が早期に発見できてよかったです。ところで、お客様は特注品にご興味はございませんか? お詫びとしまして無料で作らせていただきたいと思いますが。いかがでしょうか?」
「あ、いや、その弁償を....」
「「「「本日は誠に申し訳ございませんでした。」」」」
従業員たちは話を聞いてくれない。
「それじゃあ、あの......特注品は、またの機会で.......お願いしよう.......かな」
「ぜひお待ちしております。代わりの物で申し訳ありませんがこれをお使いください。」
と奥から別の人が短刀を持って現れる。
「アダマンタインで作られた短刀です。少し重いですが頑丈で壊れる事はありません。特注品を作られるまでのお繋ぎとしてお使いください」
非常に強固な金属らしい。
捲くし立てられるように説明を受けた。
断ろうとすると絶望した顔をするので止む無く受け取った。
あれ、ほとんど脅しだろう。
「「「「ありがとうございました」」」」
店員総出の送り出しだった。
「なんか、色々と申し訳ない気持ちで一杯なんだが」
「いいんじゃないの? あの店はお客との信頼で成り立っているから不良品を売りつけたとなったら信用がた落ちよ。だから口止め料としても入ってるから堂々としてればいいのよ」
「特注品は申し訳ないから後でフレアから断っておいてくれ」
「いらないなら私が貰うわよ?」
「好きにしてくれ」
罪悪感が残る。
今度、何か試すときは購入してからにしよう。
「さて次はギルドで登録。その後、学園で協力者の契約。これであなたの身分は学園が証明してくれるから安心よ」
「普通はこんなに簡単にできるものなのか?」
「簡単じゃないわよ。ギルドで身分を証明してもらうには登録してから依頼を受けて、ランクを上げて、信用を得られるまで結構時間がかかるし、学園も協力者の契約を除けば、普通は受験しないと身分を証明してくれないからかなり大変よ」
ふと思いつく。
「学園の身元証明は、フレアが直接学園に行って貴族として証明してくれた方が早いんじゃないのか?」
「無理よ。寄付金をたくさん積めば出来るけど本来は申請者以外の身元証明が必要なのよ」
私の家にはお金がないしね!! と威張っていた。
威張るな。
「それに冒険者ギルドならお爺様のコネが使えるからサクサク終わるわよ」
「随分と骨を折ってくれてるが何か魂胆でもあるのか」
「恩を返してるだけよ。もちろん魂胆もあるけどね」
と随分と含んだ言い方である。
まぁ悪い奴じゃなさそうだし、しばらく甘えておくか。
「さぁ冒険者ギルドに行くわよ。」