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54話


「先は長く、果ては遠く........か」


大きい湯船に浸かり天井を仰ぎ見る。

力をつけ、色々な事を知り、様々なものを身に着けて、挑んで、負けて、理解した事は、いつも通り弱いという事実。

いまだ届かず、影さえ見えない。

厳しい現実だ。


『もう伸び白はないんだろ?』


あのそっくりさんの言葉がよぎる。


「......本当に酷い事言うよな」


グサリと胸に刺さる。


「へこむなぁ」


19年の集大成と言ってもいい技。『不動』は己が心の拠り所である技だった。

あの母さんやジジイに勝てる可能性のある技だった。

だが、己がミスで台無しにしてしまった。


「あれ以上の技はなく........か」


伸び白がないとは、なんとも、なんとも、ひどい言葉だ。


「あぁ、せめて魔法が使えればな」


無い物ねだりをはじめてしまった。

仮に使えたとしても、自分に通用しない魔法は母さんたちにも通用しないだろう。

フレアぐらいの魔法が使えれば........。

いない人物にまで縋りだした。

相当追い詰められている。

八方塞りだ。


「この何をしても無駄だって感じは久しぶりだな」


何もしたくない。

だが、このままでは駄目になる事もイヤと言うほど理解している。


頭に乗せているタオルを顔に被せ、そのまま目を閉じ、先程の一戦を思い出す。

何が悪かったのか、どうすればよかったのか。

何が効果的で、新しい発見はあったのか。

何度も何度も思案する。

しかし、悪手や欠点と呼べるところは無く、どうすればよいのかも分からない。

目を開け、タオルを頭に乗せなおす。


光明は見えず、行き詰る。袋小路だ。


「このままじゃ駄目ってことか」


変化が必要だ。

意識変化。

今までのように、危険から遠ざかるだけでなく、自らの足で、意志を持って死線を踏まなければならない.........ような気がする。


「あぁ、それはイヤだな」


それは今までの生き方の否定。

死なないように、生き残るための避けたり逃げたりする権利の放棄。

命を危険に晒す、つまり下手をすれば死んでしまうという事だ。

本来、応戦すると言う事は、追い詰められて避ける事が出来ない最終手段だ。

避けるべき手段。


「母さん達みたいに好戦的にはなれないんだ。勘弁願いたいね」


自分の人生は少なからず波乱万丈だったといえる。

真面目に困難に立ち向えば命が幾つあっても足らない。

そもそも、何もしていないのに死地のど真ん中にいる事がよくあった。

家で寝ていたはずなのに、目を覚ますと砂漠のど真ん中、極寒の地、密林、血と鉛と泥の雨。

そして、微笑みながら手を振る母さん。

ギュッと眉をしかめる。

どれもこれも辛く、2度と経験したくないが、身内に比べればマシだと思うと悲しくなってくる。


「今すぐやる必要はないな。気分が乗った時にでもしよう」


つまりは後回し。


「それよりも、せっかく走馬灯を見たんだ。色々試してみるか」


過去に不要だと切り捨ててきたものを改めて見直してみる。

無駄であったり、非効率だったり、効果が無かったりと切り捨ててきたもの。

昔は出来なかったこも、今はできるようになっているかもしれない。

意味のないことも何かのヒントや切っ掛けになるかもしれない。


「まぁ、そうそう上手い事にはならないんだけどな」


だが、一先ずの目標は立てる事が出来た。

挫けた時の立ち直り方はよく理解している。


「さて、方針も決まったし出るか」


風呂から出ようと力を入れると、体中がギシギシと軋む。

まだ、完全には癒えていないようだ。


「まずは治してからだな」


風呂からあがり、脱衣所の扉を開ける。


「........」

「........」


全裸の女性と鉢合わせた。

金色の髪と金色の目、茶褐色の肌。

突然の登場で少し驚いた。


パタン。

すぐさま閉められる。


イヤ、こっちはあがるんだから閉められると困る。

こちらもすぐに扉を開く。


「おぉう」


変な声を上げながら後ずさりながら、こちらの裸体を凝視する。

そんなに見られると恥ずかしいんだが。

ん? それにしても、どこかで見覚えがあるような、無いような。


「誰だ?」

「え!? おい!.......ん? そういえばこの姿で会うのは初めてじゃったな」


クルリと身を翻し、腰に手を当て胸を張る。


「ふっふっふ。ワシの艶肌を目に焼きつけ、生涯の宝とするがいい!! ワシこそが至高にして頂点! 『泡爆』魔王じゃ!! 今日は特別に完全体のワシの肢体を見ることを許すのじゃ」


取り合えず恥ずかしくはあるようで、声が上ずっている。


「へぇ」


話し方振る舞い方は、自称魔王の女の子とそっくりだ。

ただ、体格が変わり、声色も変わり、顔つきも変わっているが面影がある。

まるで一気に10年ほど年月が経ったかのようだ。


「あぁ、なんだ。.......なんか大きくなってないか?」

「っふ。まぁ、確かに色々と大きくなっているがな。正確には元に戻ったが正しいのじゃ」


ニッと笑い、腕を組み、胸を強調させながら仁王立ちしている。

全裸だと、なんとも間抜けに見える。


「魔王様か?」

「そうじゃ」

「本当に魔王様か?」

「本当に魔王じゃ」

「.......縮んだり、大きくなったり出来るのか?」

「みたいじゃな。つい最近知ったのじゃ」


嘘を言っているようには感じられない。

急激な成長期.........という線はないだろう。

ならば、魔王の力? と言うことになる。


この世界は、なんでもありなんだな。


信じられないが、目の前の事実があるのなら、信じしかないだろう。

少し驚き、混乱したが、今は何より気になる事がある。


「本当に魔王様なら一つ聞いていいか?」

「なんじゃ?」

「何であの時、魚に食われてたんだ?」


ゆっくりと視線をそらされる。

どうやら聞かれたくないようだ。

まぁ、無理に聞こうと思わないが、そろそろ扉の前から移動して欲しい。

湯冷めしてしまう。


「悪いけ.........」


待て、待て。

ついつい、いつもの口調で話しかけていたが、それはよろしくないだろう。

例え魚に食われてしまっても『王』だ。

魔王なのだ。

不敬にならないように、礼節を持って接するべきだ。

首がなくなる。


まぁ、今更かもしれないが


「あぁ、魔王様。私としましても、なんとも至極眼福ではありますが、これ以上は目の毒になります。湯に入るまでタオルでお隠しください。残り湯である事が心苦しい所ですが、どうかごゆるりと堪能してください」


慣れない話し方で正しく話せているか疑問だが、言いたい事は伝わっているはずだ。

斜に構え、通りやすいように道を譲る。


「何じゃ? 気持ち悪い話し方をしおって、普通にするのじゃ」

「あいよ」

「さて、シヒロ。せっかくじゃ。一緒に入るのじゃ」

「今から出るって言っただろう」

「隙あり! とうっ!」


飛びついてきた。

咄嗟に避けようとするが、体が強張り痛みで反応が鈍ってしまう。

ギュッと正面から抱きしめられる。

色々柔らかいモノが体に触れる。

抱きつかれ顔は見えないが、微かに体が震えている。

恥ずかしがっているのだろうか?

それならしなければいいのに。


そんなことを平静を装って考えているが、こちらも何やら込み上げてくるものがある。

直に触れる肌の温もり、柔らかさ。

家族とは違う女性の感触。

フレアの時とは違い、そういった知識もあるので意識してしまう。


落ち着けぇ。落ち着けぇ。


彼女が王であるという事と、風呂場は裸になるものだと言う常識が幸いし、若さと言う名の劣情を押し殺す事が出来た。

王相手にそれはマズイ。

本当に打ち首。

危ない危ない。


「風呂場で暴れるなよ」

「...............」

「おーい、聞いてるか? 何時までくっついてるんだ?」

「................」

「......おーい」

「................」

「離れろって」

「っわ!」


横腹を掴み、無理やり引き剥がす。

そのまま持ち上げクルリと回転させ、自分との場所を入れ替える。


「それじゃ、お先にお湯頂きました」


そのまま扉を閉めようとすると


「シヒロ!!」


体に紋様を浮かばせ、全裸で殴りかかってくる。

思いのほかキレのある拳で少し感心した。

避ける事は造作もない......が、避けると殴りかかった勢いで魔王様が転んでしまう恐れがある。

怪我をしても自業自得だが、怪我をされると面倒な事にもなる可能性もある。

優しく受け止めることにする。


ぽす。


勢いとは裏腹な結果に魔王様は驚いていた。


「風呂場で暴れるな、滑って怪我するぞ」


魔王様の顔は悔しさと、怒りを顔ににじみ出させていた。


「..........?」


何でそんな顔をしているんだ?

先程までの感情の変化に戸惑ってしまう。


「あー、ちゃんと温まってから上がれよ」


頭に疑問符を浮かべながらも扉を閉める。

脱衣所で体を拭いていると、ふと気がついた。


「あー、そうか。裸を見られたことに怒ったのか」


家族全員で風呂場に入る事が多かったので気がつかなかった。

うろ覚えだが、例え家族でも風呂場で裸を晒すのはイヤがる人がいる言う話を聞いた事がある。

そういえば、友達である神崎君も嫌だといっていたな。


そのことを踏まえて考えると、納得できる部分が多くなる。

例えば、魔王様が裸を見てもイイと言ったのは、ただの方便。

本来なら不慮の事故でも、王の裸を見るのは不敬に当たる。

それが蔑まれる劣人種であるのなら、重い罰があってもおかしくない。

だからこそ配慮として、あえてそう言ったのだ。

何故そうしたのかと問われれば、命の恩人だから.......だろうか。

それは魔王様の胸三寸だろう。


とにかく、魔王様自身が言ったはいいが、恥ずかしさには抗えず、見られないようにあえて飛びついた。

しかし、それは結果として悪手だった。

普通に裸を見られるよりも、もっと恥ずかしい事をしてしまった。

自分の仕出かした行動に気がつき、羞恥で震えていた。

それに気がつかず無粋にも、無理やりに引き剥がしてしまったのだ。

もう少しこちらにデリカシーがあれば結果は変わっていたかもしれない。


「.......知らなかったとはいえ、悪いことしたな」


風呂場へと続く扉を見る。

今、謝っても事態は更に悪くなるだろう。


「あがってから謝るか」


ワシワシと髪を拭き、少しだけ手のひらを見る。


「割とイイパンチだったな」


しみじみとそんなことを考えながら着替える。

風呂上りに一杯の水を飲もうと脱衣所から出ると、ガクリと膝から崩れ落ちる。


「あぁ?」


急激に力が抜ける。

空気が抜けるように力が入らない。


「何が?」


こちらに来てからの行動を鑑み、原因を探る。

病原菌、遅効性の毒物、水、食べ物、魔法等、洗い出していく。


「うぁ?」


呂律まで回らなくなってきた。

目蓋が異様に重く感じるほどの眠気が襲う。

この有無を言わせないような感覚には覚えがある。

ならば原因は理解した。


「ぁにひた」


ズリズリと体を引きずりながら、ベッドにおいてあるポーチまで移動する。


「ぉうぁん!!」


ポーチに入れられている巻物を見る必要がある。

あれには確か、気になる文面が幾つもあった。

この症状の解決法はそこに書かれている可能性が高い。


何とか這いながらもベッドにたどり着く。

そしてポーチに手を伸ばしたところで、抗えない眠気に飲み込まれ、ベッドの上で力尽きる。


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