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53話

今回は魔王様の視点です。


ポリポリ、モグモグと保存食を食べる。

口元からポロポロとこぼれるのを気にする事無く、壁に映し出される文字を読み進める。

必要なものだけを選び、それ以外は流し読んでいる。

それでも時間が掛かりそうなほどの情報量だ。


「あぁー。目が疲れたのじゃ」


目頭を軽くもむ。

一区切りがついたので、少し休むことにした。

後ろで眠るシヒロに視線を向ける。


微かな寝息、ゆっくりと胸が上下している。

あれほどの怪我だったのに、よく生き残ったものだ。

静かに立ち上がり、ゆっくりと近づき寝顔を覗き込む。

起きている時とは違い、とても幼く見えた。


時間は少し遡る。


傷だらけのシヒロを肩に担ぎ、息を切らしながらも奥へと進んだ。

すると、大きな部屋へと到着した。

とても広く、先程とは打って変わり、普通の居住空間のようだった。

すると目の前に、枯れ木のような老人が現れる。

とっさに臨戦態勢を取るが、どうやらただの映像のようだ。

ここがダンジョンの最奥だと話しかけてきたが、無視した。

今は何よりも優先すべきはシヒロの治療だ。

奥に見えるベッドに寝かし、治療をはじめる。

思いつく限りの回復魔法を使い、惜しみなく魔力を注ぎ込んだ。

しかし効果は無かった。

確かに、回復魔法は得意ではないものの、人一人ぐらいなら傷跡一つ残らず治療する事が出来るはずだった。

だが、治る兆候すらなかった。

時間だけが過ぎていく。

魔力は枯渇しかけ、体力も限界へと近づいていた。

ふと気がつけば、体はまた縮んでしまっていた。


それでも力を振り絞り、何度目かのもう一度という思いで挑む。

その時、違和感に気が付いた。

血が止まっている。


回復魔法は効いてない。

では..........嫌な予感で汗が流れた。

慌ててシヒロの体に掴みかかり、頬を叩いた。

すると、小さなうめき声をあげる。

死んでいない事が分かりホッとした。

冷静になって確認すると、傷の周りには小さな皮膜が張り、回復しかけていた。


魔法ではない。

なら、特殊なスキルかとも考えたが、それもない。

確かにそういったスキルも存在するが、魔力があって作用するものがほとんどだ。

魔力のない彼には無理だ。

そして何より、スキルならこんな治り方はしない。

だとすると、残る可能性は一つ、異常なほどの自然治癒力.......という事になる。


ブルリと体が震えた。

つり上がる口角を止める事が出来ない。


「化物め」




そのことを思い出し、くっくっく、と小さく笑ってしまう。


「........なぁ、シヒロよ。ありえないじゃろ」


静かに眠るシヒロの頬を軽くつつき、軽くつまんで引っ張った。

少し歪んだ顔を見て、また少し笑った。

満足して椅子に戻り、先程の続きを読んでいく。


「勇者のためのダンジョン。ここを作った奴は随分と魔王が嫌いらしいのじゃ」


流し読みで読んでいるが、大体の事は分かってきた。

ここを作った者の生い立ち、目的、願い。

そして何より、魔王に対する恨みや憎しみが読み取れる。


「ここに辿り着けた勇者に託すための武器........それが魔王のワシに手渡るのじゃから皮肉じゃの」


ぶんぶんと軽く振り回す。


白く細い短槍。

巨大な針と言ってもいいかもしれない。

名は『魔王殺し』

なんとも安直だが、だからこそ確固たる意志を感じる。


「魔王を殺すためだけの武器。誰を狙ってるか知らんが、大分恨まれているのじゃ」


だが知りたいのはそんなことではない。

知りたいのは、このダンジョンを作動させているエネルギー源。

そして、シヒロがなぜこんなにもボロボロになったかの原因。


「違う.........違う.....これじゃない.....んー.........あったのじゃ」


求めている情報にたどり着く。

このダンジョンのエネルギー源の場所。

詳しく調べると、どうやら巨大な魔石ではないようだ。

微細な魔力をかき集めてそれを効率よく使っているようだ。

立地場所も考えられている。

自然と魔力が集まりやすい溜まり場所にあるようだ。

聞いていた話とは違ったが、使い方次第では魔石以上の効果が望めそうだ。


「人間とは、本当に面白い物を作るのじゃ。そういった発想には敵わないのじゃ」


これをなんとか魔族領に持って帰れないか思案する。


「まぁ、先ずは一安心じゃな。ここに来た最低限の目的は果たせそうじゃ」

「そりゃあ、よかったな」

「まぁ.............うぉおおおお!!」


あまりの驚きに椅子から転げ落ちてしまう。


「驚きすぎだろ。ここ何処だ?」

「え、あ、ダンジョンの一番奥じゃ」

「何でそんなところに......ん? 運んでくれたのか?」

「そ、そうじゃ。ものすごく重かったのじゃ」

「そうか、ありがとな」

「体は、大丈夫なのか? 随分と大怪我していたようじゃが」

「まぁ、あれぐらいならな。少し寝れば治る。それより、腹が減った」

「食べ物ならあるのじゃ」


スッと保存食を差し出す。


「食べていいのか?」

「いいじゃろ? ここの住人は死んでおるし。食べ物も腐っておらんのじゃ。美味くはないがの」


一つ摘み上げ口に放り込む。


「確かに」


小さく苦笑する。


「収納袋見なかったか? 見当たらないんだが」

「あぁ、ここにあるのじゃ」


ごそごそと服の中から取り出す。


「何処にしまってるんだよ」

「ん? 胸じゃが? 無くさんように持っておったのじゃ」

「生あったかいな」


どこか嫌そうな顔をしながらも受け取ると、袋に口をつけ、喉を上下させている。

何か液状のものを飲んでいるようだ。

フワリと胃袋をくすぐるようなイイ香りが広がる。

その視線に気がついたのか、こちらに顔を向ける。


「お前も飲むか?」

「頂くのじゃ。それは何じゃ?」

「あぁー。コンソメスープみたいな物かな。本来ならもっと澄んでいる」


そういうとコップに注いでくれた。

湯気と共にイイ香りが鼻腔をくすぐる。

スープとするなら十分澄んでいるように思えるが、取り合えず一口飲む。


ジワリと体に染み込んでくるようだ。

食材のうまみが全て溶け出しているのだろう。

余計な味付けはせず、しみじみと美味しいと感じる。


「美味しいのじゃ」

「そりゃ、よかった」


視線が壁に移る。


「これなんて書いてあるんだ? 見たことない文字だが」

「まぁ、一般的ではないな。古い文字じゃ。暗号として使っておるのじゃろう」


へぇ、博識なんだな。とじっくりと眺める。


「それより、風呂に入らんか? 先に入ろうと沸かしていたのじゃが、先に入っていいぞ」

「そうか? それじゃあ遠慮なく」


収納袋から食べ物を取り出しながら奥へと進んでいった。

風呂場に入ったことを確認すると小さく呟く。


「........一般的ではないじゃろうな」


ふぅ、と大きなため息をつく。


「これはこちらの文字。魔族領の文字じゃからな」


暗号とするなら最適だろう。

先ずこれを理解できる人間は勇者以外いないだろう。

勇者は、共通して【万能翻訳】というスキルを持っている。

だからこそ理解できる。

であるなら疑問が残る。

なぜ勇者だけに伝えようとするのか。

その答えはすぐに出た。

他の者に知られると困ることでも書いてあるのだろう。


まぁ、どうでもいいのじゃ。


どんどん読み進めていくと、ついに見つける事が出来た。


あった。ワシたちが入ってきてからの映像がある。


知りたい情報を選択すると、映像が流れ出す。


知りたいのは別れてからの映像じゃ。

あやつに何があったのかじゃ。


映し出されたどのシーンでもシヒロの無事は確認できた。


「それにしても、ちょっとは苦戦して可愛げを見せてもいいじゃろう」


こちらだけ苦しんでいるのに、顔色さえ変えずに黙々と取り組んでいた。

そして扉が開き、奥へ進む。

すると、何やら洞窟のような場所に出た。

少しすると黒いモヤが現れ、別のシヒロが現れた。


「........おいおい。まさか」


この力、イヤ権能は。


「『煙鏡』魔王の力じゃ。滅ぼされたと聞いていたが.......生きていたのか? なぜ人間に協力しているのじゃ?」


有り得ない、とすぐさま否定する。

では、他には何が? と考える。


「.........奪われたか」


弱小種族の人種の中でも、さらに弱い種である人間が魔王に挑み勝利する。

それは不可能な事だ。

だが例外がある。

それは、勇者と転生者と呼ばれるものだ。

どちらも別世界の人間が来たと言われており、共通して厄介で強力なスキルと人間離れした魔力を持っているのが特徴だ。


この書かれている内容を信じるなら、あの枯れ木の老人は後者の転生者という事になる。

そしてこのダンジョンは、そいつが奪ってきたモノの集大成だ。

そうなると、こいつは相当な実力者という事になる。

魔王の力さえ奪えるのなら、それは勇者でさえ凌ぐ力を持っていた事になる。


椅子に深く座り、項垂れる。


それならどうして直接自分で倒しに行かなかったのか。

恨み憎んでいたのだから直接自分で殺したいはずだ。

ダンジョンを作る暇なんてない。

寿命という時間制限があるのだから。


「そこまで強い魔王.........ということになるのか?」


頭を捻るが、該当する様なものは自分以外心当たりがなかった。


「まぁ、全ての魔王を知っているわけじゃない。知らん誰かなのじゃ」


そう結論付けることにした。


「だが..........なるほど、シヒロが苦戦するのも理解できるのじゃ」


映像では、煙から現れたシヒロが攻め、本物のシヒロが後手後手に回っている。

とても危うく、今にも畳み込まれそうだった。


相手が悪い。

恐らく、魔王の権能に加え、他の力も加わっているようだ。

底の知れないシヒロと言えど、自分が相手となると分が悪い。

それなら大怪我をするはずだ。

そう納得しかけた時、その考えが一気にひっくり返った。


「はぁ?」


相手ならなかった。

先程の劣勢はなんだったのかと思うほど、事も無げに勝ってしまった。

怪我どころかダメージすらないようだった。


「勝ってしまったのじゃ。では、あれほどの大怪我は一体何なのじゃ?」


その後も流れる映像を食い入るように見ると、何やらおかしな行動をしている。


「小さな何かが落ちてきた? それを慌てて投げて..........おい!! 待て待て!!.........消えたのじゃ」


何か吸い込まれるような映像が見えた瞬間に映像が消えてしまった。


「.............」


恐らく何かが起きた事は間違いない。

それも、魔王の権能さえ平気なシヒロを痛めつけ、薙ぎ倒すような何かが。

あの部屋で感じた、体が震えの原因を作った何かが。

背もたれに体を預ける。

肝心なことは知れなかった。

だが、理解できたこともあった。


「ッふふ......くくっ。..........ははは.......」


破顔する。

大きな声で笑い出さないように声を殺す。

風呂に入るシヒロに聞こえないように。

あれが人間? 劣っている人種? 本当にそうなら人間以外の生物は全滅しているのじゃ。

手で口を覆う。


最高じゃ。最高の拾い物をしたのじゃ。


魔族は魔力で感知する。

人で言う五感はあくまで補助ぐらいの役割でしかない。

魔力切れを起こして、その補助しか使えないような特殊な場合でないと、魔力を持たないシヒロは認識しづらい。

そのうえ魔王の権能すら効果がない特殊な体質。

そして戦闘力。

力のない魔王ならいともたやすく、例え1人でも倒すことが出来るだろう。

それだけでも十分なのに、おいしい料理が作れる確かな腕。

毎日あれが食べられるとなると、それだけでも何をおいても欲しくなる。


「んー? そういえば面白いことをした奴がいたのじゃ」


人間の繁殖能力の高さに目をつけて、大量の魔族の軍を作ろうとした魔王がいた。

しかし、それは敵わず、繁殖させる事が出来なかった。

結論として、魔族と人種の間に子は生まれない、ということが常識となった。

しかし、例外が存在した。

なんと魔王と勇者の間に子が出来たそうだ。

例外と言える特殊な人間となら可能性がある............か。


「面白そうじゃな。試してみるか」


シヒロは男。自分は女。

そしてシヒロを手に入れる事は確定事項だ。

それならついでに試してみるのもいいか、と結論付ける。

出来るかどうかは、飽きるまで試してから結論付ければいい。

しゅるしゅる、と着ていた服を脱いでいく。

己が縮んだ肢体をじっくりと眺める。


「つまみ食いをするにしても、このままでは物理的に無理じゃな。元に戻らないといけないのじゃ」


このダンジョンを支えるエネルギー源へと足を進める。


「くくっ。お前と会ってから、退屈しらずじゃな。あっははははは!!!」


堪える事が出来ず、大声で笑ってしまった。



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