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52話

前回の簡単あらすじ。


母親とバトル。

朧げな意識の中で、確かな拳の感触。


首を締め付ける力が僅かに鈍る。

微力を振り絞り、掴まれた手を振り払う。

脳に血が巡り、視界が広がる。間髪入れずに攻めに移る。

酷使した体が、休め、呼吸しろと訴えるが無視をする。


そんな余裕はない。

時間がない。


この技。

『不動』は、全身の筋肉が強張らせ、文字通り動けなくさせる事が出来る。

発案は自分だ。

父さんの治療を受けている時、ボーっと天井を眺めている時に閃いた。

それを父さんに話すと、「面白い、それならば」とより効率的に、より強力に、より確実に、と様々なアドバイスをもらった。

幾多の失敗と修正の果て、ようやくモノにしたこの技は、母さん達にも届く牙となった。

初の実戦で妹達に試し、数多の犠牲を払ったが成功した。

時間にして20秒ほど、時間が止まったんじゃないかと錯覚するほど微動だにしなかった。


しかし、相手は母さんだ。

この技の効果時間は短いだろう。

半分か、それとも瞬き程度の時間か。

ならば、呼吸する時間を削ってでも、早いに越したことはない。


振り払った勢いをそのままに側頭部へ向けて全力の蹴りを放つ。

全体重を乗せ、十分過ぎるほどの加速と遠心力を乗せ、これ以上のない蹴りが直撃した。

炸裂音にも似た音が部屋に響き渡る。

今日一番の手応えが足から伝わってくる。


だが、当然のように防がれていた。


何で動けた?

『不動』が効かなかった?

時間が短かったのか?

母さんだから?

様々な疑問が一瞬にして湧き上がる。

そしてその答えはすぐに判明した。


防いだ腕には大きな亀裂が走り、砂がサラサラと零れ落ちていた。


あぁ、クソ.........最悪だ。

そういうことか。


動けた理由は単純だった。

母さんだからという理由ではない。

人形なのだ。

あまりの強さに、あまりにも自然に振舞うものだから本物だと思ってしまった。

良く考えればすぐに分かっただろう。

あの体は、周りの鍾乳洞からの寄せ集めだ。

生きていない。人形。

操縦して動かしているラジコンのようなもの。

生きていない物に『不動』は効かない。


何を見てたんだ。

目を凝らして、ずっと見ていたではないか。

それとも認めたくなかったのか、ただの操り人形にボコボコにされた事が


歯噛みする。

何年も温めて来たこの技を、届きうる必殺を、手の内を晒してしまった。

この技は、もう通用しないだろう。


己が失敗を大声で叫びたいところだが、悔しがっている暇はない。

今は全力で死地から脱する。


あれが本物ではなく、人形ならそれなりの対応が出来る。

父さんの小太刀を使ってもいい。

バレている可能性もあるが、奥義を使ってもいい。

どちらにしても、体勢を整える必要がある。


防がれた蹴り足に力を加え、その反動で後ろに飛ぼうとするが、万力で挟まれているのではと錯覚するほどの力で足を掴まれていた。


ヤバイ


足の関節が外れるぐらいの強烈な力で引っ張られる。

それと同時に、腕から強烈な痛みと鮮血が飛び散った。

遅れて現状を把握すると、指が深々と腕に突き刺さっている。


運が良い。

たまたま腕の位置が良かったおかげで、母さんの手刀を防げた。

これはチャンスだ。

腕に力を込めて筋肉で締め付ける。


このまま捻って、バランスを崩........


腕に刺さった指を更にめり込ませ、直接骨を掴まれる。

足と手を捕縛される形となった。

逃げられない。


ガチン


視界がぶれて、顎に痛みが走る。

気がつけば天井を見上げていた。

顎をかち上げられたようだ。


ッ!!


腹に強烈な痛打が浴びせられる。

内臓が潰れたんじゃないかと錯覚するほどの威力。

激痛に耐え、食い縛る。


ふざけるなよ。

本人ならまだしも、ラジコンみたいな人形に負けるわけにはいかねぇんだよ。


残った足で地面を蹴り、腹辺りに押し当てる。

仰け反り、倒れながらも行う、初めての試み。


足で行う『不動』。


人形なら、動かしている核を潰せばいい。

つまり、あのコインを潰せば止まるはずだ。

詳しい場所は分からないが、全力で、衝撃で潰す!


不動!!


強烈な衝撃が足から伝わる。

成功した。


だが失敗した。


何事もなかったかのように、顔面を狙う強烈な拳が当たろうとしていた。

潰せなかったようだ。

粘液を強く叩き付けるような音が脳の奥から聞こえ、暗幕が落ちるように視界が暗くなった。



・・・・

・・・

・・




目に光が届き、意識が戻る。


どういう状況か分からないが、母さんに胸を掴まれ、片腕で持ち上げられていた。


イテェ。


文字通り胸をつかまれている。

胸骨の隙間に指をめり込ませ、片腕で持ち上げられていた。

体重は人の何倍もあるのに、よく持ち上げられるなと、諦めの境地で思う。


「もう終わりかな?」


名残りおしいような声が響く。


終わりでしょうね。


揺蕩う意識の中、声も出せず、指一つ動かせそうにない。

だが、微かだが最後の抵抗らしいモノをさせて貰おう。


ほんの少しだけ口角を上げる。


だからなんだと思われるだろう。

そもそも気付かれないかもしれない。

だが、今はこれが精一杯の抵抗。


「そっか」


その声を最後に、意識が溶けて消えていった。



◇◆◇ 母



気を失ったことを確認すると、手を放す。

糸の切れた人形のように倒れる。

地面に巨大な亀裂が入り、辺りが軽く揺れた。


「強くなったな。んふふ」


そっと頭を撫でようと手を伸ばす。

すると、伸ばした手を小さな蛇が噛み付いていた。


「ッいー!!」


ただの蛇ではなさそうだ。

全身が白く、歯が生えており、顎には髭のようなものが生えている。

そして、蛇では考えられないような感情のようなものが伺える。

小刻みに震え怯えているが、勇気を振り絞り必死に牙をむいている。


「どういう理由か知らないが、息子との触れ合いを邪魔するとはいい度胸だな」


頭を掴み、無理やり引き剥がす。

もう打つ手がないのか、大粒の涙を流しながら小さく威嚇していた。

ただの爬虫類にしては感情が豊かだ。

まるで人のようだ。


ふと、小さい時の息子の姿と重なった。

泥だらけになり、傷だらけになり、泣きべそをかきながら立ち向かってきた、あの時の息子に。


すぐに捻り潰そうかと思ったが、少しだけ冷静になった。

よく考えてみると、この蛇は実は息子を守ろうとしたのではないか? と疑問が浮ぶ。

ただ震えて、ジッと隠れていれば、確実に命はあっただろう。

だが、それを投げ捨てでも息子を助けようと飛び出し、噛み付いた。

勝てる見込みなどは一切考えず。

息子の敵ではなさそうだ。

もしかしたらペットかもしれない。


「今回だけはその忠誠心に免じて許してやろう」


手を放す。

スルスルと地面を這い、息子の腹の上に移動すると、逃げるわけでもなく小さく威嚇している。

予想は概ね当たっているみたいだ。

だが、すでに興味は失せていた。


「んー、やるべき事はした。元気なことも分かった。時間も無くなって来たし頃合だな」


グッと背伸びをする。


「良し! 今度は皆で来るからね」


体から色が失われ、彫刻のようになり始める。


「風引くなよ? 元気でね。愛してるぞ」


その言葉を最後に、一瞬にしてピンポン球サイズの球体になる。

そして、地面に吸い込まれるように消えていった。


「ぎぃ」


脅威は去った。

消えるのを確認すると、緊張の糸が切れたのかその場で気絶した。




◇◆◇ 『泡爆』魔王




「シヒロォ!!!」


血だらけで倒れる男に駆け寄る。

尻の痛みを忘れ、走り寄る。

しかし、バランスを崩して転んでしまう。


「は? なんじゃ?」


慌てただけかと思ったが、体の動きが鈍くすぐに立ち上がれない。

良く確認すると、手が、足が、体全体が小刻みに震えていた。


「はぁ、はぁ、こ、これはなんじゃ?」


感じたことのない感覚だった。

形容しがたく、酔ってしまいそうな気持ち悪さ。

ここだけ世界が違ったような違和感。

理解が追いつかない。

少なくともここで起きたナニかが原因である事は間違いない。

ここには、ほんの少しでも居たくない。


「ぬぅ!」


言うことを聞かない四肢を辛うじて動かし、シヒロのもとまで移動する。


「起きろシヒロ」


ズリズリと匍匐前進のように進み、ようやくそばまで近づく事が出来た。

だが、近づいて気がついた。

そのあまりの痛々しさに戸惑ってしまう。


「何があったのじゃ」


体は温かい。

呼吸もしている。

死んでない。


ホッと一安心するが、この場から早く離れなければ。

震える足を叩いて喝を入れ、何とか立ち上がり、そのまま引っ張っていこうとするが、


「お、重いのじゃ」


腕どころか、指先一つ持ち上がらない。

人の重さではなかった。

人の形をした、巨大な金属のようなものを想起させる重さだ。


「ぐあぁ! 少しも持ち上がらんのじゃ」


ポテっと尻餅をつく。


「はぁ、はぁ。ふぅ。.........シヒロ。お前と言う存在は、魔王たるワシを虚仮にしてくれるな」


瞳の色が、変化する。


「人間1人持ち上げられんで、何が魔王じゃ」


褐色の肌に血のように赤黒い紋様が浮かび上がる。

小さかった体が成人女性ほどまで大きくなり、その顔つきからは幼さがなくなった。

先程は、指一つ動かせなかったが、今は辛うじて肩に担げるまでになった。


「ここを離れて、すぐに手当てをするのじゃ。この貸しはでかいぞ。シヒロ」


奥の部屋へと進んでいく。


「あぁ、本当に重いのじゃ。お前の体は何で出来ているのじゃ」



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