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50話

乱れた呼吸を整える。


すぅ、はぁ。


解放され、安堵と疲労が入り混じった姿は、本来の魔王である姿からは想像できなかった。


「行くのじゃ」


休憩はここまで。

震える足に喝を入れ、ゆっくりと立ち上がり、開いた道へと進む。


ん?


ふと気がついた。

耳元で囁く声が聞こえない。

耳障りで、人の心を平気で踏み荒らす、あの苛立つ声が聞こえてこない。


「まぁ、聞きたいとも思わないのじゃ」


聞こえないならそれに越した事はない。

フラつきながらも歩みを進める。


そういえば、シヒロも聞こえていたのだろうか。

これまでの道中を思い出す。

まるで知った道を散歩するかのように、威風堂々と進む姿。

平然とした声。

涼やかな顔。


だが、確かに声が詰まり、顔をしかめる時があった。


聞こえていたのだろう。

ならばシヒロは、どうやって耐えたのだろうか。

あれが平然と出来るほどのレベルだったと言うのだろうか。


「..........ワシは、シヒロがおらんかったら心が折れていたのじゃ」


それほどまでに、心を挫くような言葉だった。

耳を覆い、うずくまってしまいたくなるほどだ。

だが、魔王のプライドが人前で弱った姿を見せる事を許さなかった。

だからこそ、平時の様に振舞えた。


何度も助けて貰ったのじゃ。感謝もしておる。

だが、シヒロよ。お前は少しおかしいのじゃ。


魔力が無いのに、圧倒される時がある。

弱いと聞いたのに、怖さを感じる程の鍛え上げられたあの体。

一言でいうなら矛盾した存在。

知れば知るほど違和感がハッキリと浮き彫りになる。


本当に人なのか。


その思案に、ゆっくりと口角が上がる。

魔王は凶悪な顔で笑みを浮かべた。

だからこそ欲しい。面白いと

唇をゆっくりと舐める。


さて、どうするかと、ヒリヒリと痛む尻を撫でていると、開けた場所に出た。


「...........おい、どういうことじゃ」


信じ難い光景であった。


「........嘘じゃろ。おい.......」


一人の男が血だらけで倒れていた。

どんな事があっても平然としていそうな男が、傷だらけで地に伏せていた。

遠目から見ても重傷だと分かる。


「シヒロォ!!!」




◇◆◇




時間は少し遡る。


自称魔王を探して連れ帰るため、開いた道を進んでいた。

もうすぐ終わるのか、それともまだまだ続いてるのか知らないが、ここらで切り上げだ。


開けた場所に出た。

先程の整えられた場所とは違い、何処となく懐かしさを感じる鍾乳洞のような場所に辿り着いた。


「おぉ、幻想的だな」


すると耳元の囁き声が小さく笑うと、辺りから黒いモヤのようなものが噴出する。

そして、大量に噴出した黒いモヤは、一つに集まりゆっくりと渦巻く。

その渦から、手が現れ、腕を出し、一人の人物が現れた。

その姿に眉をひそめる。


信じがたい光景だった。

まるで鏡を見ているかのような生き写し。

ゆっくりと目を開け、こちらを確認すると小さく笑う。


一呼吸の間も空けずに強襲してきた。


驚くことにそっくりなのは見た目だけではなかった。

向かってくる速さ、踏み込む正確さ、降るわれる技術も、記憶している限りでは、自分と全く同じだった。


目の前に強烈な掌底が通り過ぎる。

カウンターで前蹴りを腹に打ち込むが、反対の腕で防がれる。


凶悪な顔で笑っている。


その顔で笑うんじゃない。

似てるんだから、自分もそんな顔で笑っているみたいじゃないか。

それにこれは、ダメージを与えるのが目的ではなく、防がせて距離を稼ぐのが目的だ。


グンと足に力を込めて、相手を押し出す。

互いに距離が開き、視線が交錯する。


「あんた誰? 随分とそっくりだけど」

「俺はお前だよ。なぁ?」


いや、なぁ? と聞かれても困るんだが。

仮にそうだとしたら、あんな顔で笑ってるの?

まるで狂人のそれじゃないか。

ていうか、よく見ると、あんなに老けて見えるの? まだ10代だよ? 父さんより老けて見えるじゃないか。

顔に自信があるわけじゃないが、もう少し、こう、なんだ...えぇー、ショックだわ。


「仮にそうなら、信じ難い事実だな」

「紛うことなき事実だ」


その言葉と共に飛び出してくる。


攻めているのはそっくりさん。

こちらの防ぎ方、避け方、逸らし方を熟知しているような攻め方だ。

絶妙な位置取りで攻撃してくる。


だが、こちらも向こうがどの様な攻め方をしてくるのか、不思議と理解できる。

戦い方が酷似していたからだ。

瓜二つと言ってもいい。


決定打が当たらず、決定打をもらわず。

変に噛み合っているからか、均衡が保たれている。

しかし、傍から見ればジリ貧状態だろう。

決定打はもらっていないが、それ以外はもらっている。


........んー。


相手の掌底を逸らし、返す刀で肘打ちをする。

しかし、それを狙っていたのかアッパー気味の拳が襲う。


.........。


顎に直撃した。

本来ならば、貰ってはいけない攻撃だ。

ダメージもそうだが、間違いなく脳が揺れる。

ようやくクリーンヒットを当てたのが嬉しいのか、笑っているのが見えた。

しかし、その瞳の向こうで自分が小さく笑っているのも見えた。


やっぱり。


予想が確信に変わり、より深く笑った。

その笑みが奇妙に感じたのか、そっくりさんはすぐに距離を取る。

臆病な所まで似ているようだ。


「.......何がおかしい」

「分からないのか。いや、お前の主張が正しいのなら分かるんだろう?」


同一人物なんだから。

僅かに眉が跳ねる。

それが合図かのように同時に地面を蹴った。


互いの距離が縮まる。

そして、示し合わせたかのように、保険を掛けない捨て身の攻撃。

狙う場所も、攻撃する手段も同じのようだ。


掌低による喉への攻撃。

腕が交差する。

同時に掌低が喉へと炸裂した。

しかし、吹き飛んだのは1人だけだった。


「ははっ、面白い事が起きたな」


黒いモヤを吐いてうずくまっている。

そして、恨めしそうにこちらを睨む。


「あぁ、聞きたい事があるって顔だな」


喉を潰されてまともに話せないようだ。

手で喉を押さえながら、口をパクパクと動かしている。


「まぁ、自分そっくりっていうのも何かの縁だ、いくつか答えてもいいが、質問があるなら言えよ.........無理そうだな。なら勝手に話そう」


立ち上がれないそっくりさんに近づく。


「何故打ち負けたのか。恐らく最初に聞きたいのはそれだろう? 当てたのは同時だったのに、何故こちらにダメージがあり、相手は無事なのか」


目の前で歩みを止める。


「簡単だ。お前が脆く、力も無く、軽い。それだけだ」


そして、同じ目線になるようにしゃがむ。

僅かにそっくりさんの口角が上がると、体を翻し、全体重を乗せて顔面を殴った。

殴られた箇所から骨が砕ける音がする。

ただし砕けたのは殴られた顎ではなく、殴った拳だった。


「脆い。わかっただろう? 今まで攻撃して無事だったのは、マトモに当たっていなかったからだ」


壊れた手とは反対の手で胸倉を掴み、頭突きを繰り出す。

こちらは、優しく卵を受け止めるように、手の平で受け止めた。

そして、親指と小指だけでゆっくりと頭を締め上げる。

激痛が襲っているのか、折れた手を気にすることなく、掴んだ手を殴る。


「力も無い。そんなんじゃ手を振りほどくこともできないぞ」


手を離すと、すぐさま距離を取った。

そして後ろに下がった反動を利用し、こめかみに向かって蹴りを繰り出す。


しかし、正確に狙ったであろう蹴りは頭上を通過した。


「軽いな。大体40キロぐらいか?」


腰あたりの服を片手で掴み、持ち上げる。

信じられないのだろう。

驚愕といった顔をしていた。

まぁ、この世界では重い部類なのだろう。


「まぁ、それ以外ならソックリだと思うぞ」


もう一つ違うところがあるとするなら、立ち向かってきた勇気だろう。

自分が向こうの立場なら、吹っ飛ばされた時点で逃げることを想定し行動する。

出来るだけ時間を稼いで、生き残る手段を模索する。

攻めるのは二の次、三の次だ。

臆病だからな。


「多分だけど、耳元で囁いていたのもお前だろう? 何で自分の過去を知っているのか、戦い方を知っているのか、詳しくは知らないが恐らくこのダンジョンが関係しているのか? これも魔法って奴か? まぁ、凄いんだろうが、それだけで自分だといわれるのは心外だな」


持ち上げているそっくりさんの体を反転させ、頭から地面に叩きつける。

受身を取っていたが、あまり意味はなさそうだ。


「だけど、いい経験にはなったよ。その辺には感謝してる」


パッパ、と手を払う。

地面にめり込み、力なく天井を見上げるそっくりさんを覗き込む。


「もう一度言うぞ。同じじゃない。見た目が似てるだけ」


それを聞いていたそっくりさんは、小さく笑うと、僅かに口を動かす。

喉が潰されているので声は出ていないが、何を言っているのかは理解できた。


「嫌味な奴だな。ほっとけ」


人が気にしてることを。

静かに目を閉じると黒いモヤへと戻っていく。

なんとも後味がよろしくない。

最後にしてやられた感じがした。

はぁ、と溜息をつき、頭をガシガシと掻く。

ふと、気がついた。


ん? ハクシは何処にいった?


キョロキョロと見渡すと壁の隅に移動しようと空中を泳いでるハクシを見つけた。


「何処に行ってるんだ。もう終わったぞ。戻って来い」


こちらの声には反応せず、近くの鍾乳石に巻きつき離れようとしなかった。

まったく、と近づこうとした時、頭に何かぶつかった。


「ッ!」


とっさにそれを受け止める。

何処から振ってきたんだと上を見上げるが何も無い。

ただの鍾乳洞だ。


掌の金属片を見ると、それは大きなコインのような物だった。

500円玉より大きい。

それには、複雑な回路の様な物が刻まれている。

何気なく裏を確認する。


「うわっ!」


驚いて咄嗟に放り投げてしまう。


え、なんで?


頭の中がその単語で埋め尽くされる。

だって、あり得るはずがない。

もしかして見間違いか?


微かな希望にすがりつき、放り投げたコインへと視線を向ける。

金属片は空中で静止し、高速で回転し始めていた。

そして、引力のように強力な力で吸い寄せられる。

見間違いではないという、現実が牙を剥いた。


「あぁ、もう、嘘だろ」


姿勢を低くし、腕を地面に埋没させて、吸い込まれないように耐える。

黒いモヤも、壁や天井、周りの空気すら吸い込まれていく。


最悪だ。


これがもし、何かしらのダンジョンの仕掛けであるなら、脱出や対策も可能だっただろう。

危険であることは違いないが、それでも何とかできる自信があった。

そう言い切るほどの経験があった。

だが、違う。

それは、そう言ったレベルから遥かに乖離していた。


「幾らなんでも、それは無いだろう」


確認したコインの裏には模様ががあった。

それは見覚えのある模様。

いや、忘れようが無い。

それは、第11回家族会議で弟が描いて、採用された我が家の家紋だ。


「何でここに居るって分かったんだよ。父さん」


これから起きることは想像できない。

だがこれから自分の身に起きる事は容易に想像ができる。

全身から力が抜けていく。

ついでに心も折れてしまいそうだ。


「勘弁してくれ」


ちょっと泣きそうだ。

ピタリと吸い込む力が止まった。

コインは大量の鍾乳石を吸い込み、巨大な白い塊となっていた。

腕を地面から抜く。

何が起こるのかはわからないが、少なくとも良い事は起こらない。

慎重に、だが、何かあったらすぐ逃げれるように起き上がる。


緊張で吐き気がする。


全神経を集中させ、ここから逃げる算段をつける。

まだ時間的余裕はある。

今までの経験則からそう読んだ。


目を、鼻を、耳を、皮膚を使って部屋を確認する。

鍾乳洞は、ただの整備された地下空洞のようになり、倍ぐらいの広さとなっている。

いくつか出口のようなものが見えるが、どれも距離が遠い。

頭をフル回転させ、ここからの脱出方法を算出する。


すると、キィンと澄み渡る金属音がした。


「滅茶苦茶だって」


何よりも警戒していた。

断じて目は離していない。

白い塊は、突如として人型の彫刻になっていた。


理解が追いつかない。


そして、今度はゆっくりと変化していく。

白色だった彫刻に色がつき。

固そうな印象だった体は、滑らかで柔らかそうな体へと変わっていく。

固まっていた髪はサラサラと揺れ。

固定されていた表情は、生き生きとしたものに変わる。


その姿に、畏怖と諦観が体を支配する。


彫刻だったものが動き出す。

まるで動きを確かめるように、柔軟を始める。

そして、こちらに微笑みかけた。


最悪だ。


想像よりも最悪の結果となった。

体全体が冷え、冷たい汗が流れる。

鉛を飲んだかのように内蔵が重い。

焼きごてを押されたかのように表皮がチリチリと痛い。


「別れてから、100年経った気分だよ」


温かみさえ感じる、柔らかい笑みだった。


「こっちは、昨日の事の様に感じるよ。母さん」


いつぞや見た夢が、正夢になったようだ。



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