49話
トンネルを抜けると、少し開けた場所に出た。
5m四方の部屋のような空間。
そして中央には、台座のようなモノがある。
.......あいつは何処に行ったんだ?
『なんじゃ? ここは?』
何やら聞きなれた声が聞こえる。
『シヒロは何処じゃ?』
「ここにいるぞ」
声を掛けるが返事はない。
『変わったところじゃな。何をすればいいのじゃ?』
「そっちはどういう状況だ? こっちは台座以外何もない部屋だぞ」
またもや反応はない。
どうやら向こうの声だけが一方的に聞こえているようだ。
『うわっ! なんじゃこれは』
大量の水が部屋へと入る音が聞こえる。
すると台座が変形し何やら電光掲示板の様に文字が流れる。
その内容に眉を顰める。
「悪趣味だな」
『なんじゃ!? 水が流れてくるのじゃが!! なんでじゃ!!?』
理由も分からず、いきなり水が入ってくればパニック状態になるだろう。
落ち着かせる言葉や方法を伝える事が出来ればいいのだが、出来そうにない。
せめてこちら側に、自分が居る事が出来ればマシなのだろうが。
文字が流れ終わると、カウントダウンが始まった。
そして、大量の数式が並ぶ。
そして隣にはタッチパネル。
これで解答を打てと言っているのだろう。
あぁー、頭は良くないんだよな。
弟がいて欲しい。すぐに解いてくれるのに。
取り出してた魔石を、床に擦り付け、数式を解いていく。
『シヒロ!! 何処におるのじゃ!! どうなっておるのじゃ!! おぉーい!」
ちょっと待ってくれよ。
ガリガリと床を削る。
えぇーと、ここまでは大丈夫........か?
あ、解く順番間違えてた。
『ひ、膝までせり上がっておるのじゃ!』
んー? ここまで大丈夫か? もう一度確認のために最初からやるか?
確認は大事だよな。
『シヒロ!! シヒロ!! 聞いておるのか!! 返事をするのじゃ!! 水が胸の高さまで来ておるのじゃ!!」
「聞いてますよ」
焦らない。慌てない。
こっちがパニックになったら本格的にどうしようもなくなってしまう。
ただ黙々と手を進める。
そして、
解けた。
辛うじて解けはしたが、不安は拭えない。
間違ってないとは思うんだが、答えが綺麗すぎる。
『首の所まで来ておるのじゃ!!』
んー、本格的に時間もなさそうだ。
不安だが、一応この数値で入れるか。
台座に近づき数字を打ち込もうとしたが反応がない。
「あぁー魔力に反応するのか。持ってない奴には不親切だな。どうしようか」
試しに魔石で突くが、反応はない。
まさか、こんな事で手打ちになるとは。
他に何かないかと、探そうとした時、頭上からハクシが落ちて来た。
腹を出しながら、何とも気持ちよさそうに寝ている。
いけるか?
『も、もう、限界なのじゃ』
素早く拾い上げ、尾で数値を入力する。
ピッピッと軽快な機械音が響き、数値を入力する。
数値を入れ終わると、ガコン!! と大きな音がして、何かが開く音がする。
お? 正解かな。
『お、おぉ。水が、下がっておるのじゃ。そうか、今ので分かったぞ。シヒロがおるのじゃろ!! そうじゃろ!! これはシヒロじゃな。よしよし、そうと分かれば怖くないのじゃ』
どうやら正解だったようだ。
一先ずセーフといったところか。
すると、またあの声が語りだす。
『あのまま、ゴミ箱の中で死ねばよかったのにな』
さっきからずっとこのような事を耳元で話しかけてくる。
男が耳元で囁くってすごく気持ち悪いんだが。
そうこうしている内に、新たな問題が出される。
おっと、今度は図形の問題か。
これなら先ほどの問題より早く解けそうだ。
『お? 今度は何じゃ? 紐が降りてくるのじゃ」
どうやら向こうも何か動きがあったようだ。
そしてカウントダウンが開始される。
『うわっ! 紐が絡み付いて、離すのじゃ。ええい!! いつまでもやられっぱなしと、思うな.........っく、.........くはは、あっははははっははは!!」
急に笑い声が響きだす。
『や、やめ、ぷっくく、ふふ、はははは、やめ、くすぐったいのじゃ!! あっははははは!!』
くすぐられているのか。
地味に嫌な事をするな。
そう思いつつも、問題を解いていく。
これは.......? これ、よく見たらかなり難しいんじゃないか?
なんか嫌がらせのような問題だな。
『は、腹が、腹が痛いのじゃ。ふへへへへ。もう嫌じゃ!! はははっはは! ぶっ壊すのじゃ!! 泡ば........ふひゃはははっは。ほう、ほうば、ぷっははははあは。もうイヤじゃああぁぁぁははははは』
まだ大丈夫そうだが、ずっとくぐられるって、思っているよりしんどいんだよな。
魔王様の笑い声と耳元で囁く声に我慢しつつ、問題に取り掛かる。
やっぱり、これ正攻法で解くとまったく時間が足りない。
制限時間を鑑みても、もっと簡単に解ける方法があると思うんだが。
閃きが必要な問題か。
んー、と頭をひねる。
『あ、頭が.....ヒヒッ.....苦.....し.........息が..........ひゃははははは!!』
制限時間より、向こうの限界が近そうだな。
そこで、何か引っかかるようなものを感じた。
頭か...........あたま、最初? 何か閃きかけたような
そこで尻尾をつままれても眠る、ハクシに目がいく。
逆さまである。
.........あぁ、そういうことか。
自称魔王様とハクシのヒントで唐突に答えが導き出せた。
なんだ、気がつけばどうってこと無い問題だな。
むしろ何でこれに気がつかなかったのか。
『あ゛~...........あ゛~...........はは。シヒロォ!!!」
数字を打ち込むと、また何かが開く音がした。
よし。
魔王様のほうは声は無く、呼吸音だけが聞こえる。
「大丈夫か?」
恐らく、聞こえていないだろうが声を掛ける。
しゅるしゅる、と何かがほどける音がする。
察するに拘束していた縄が解けたようだ。
『あ゛ー、はぁ、はぁ、..........まだまだなのじゃ』
ナイスガッツだ。
すると、台座が変形する。
今度は球体状の物体と、小さな穴が開いた台座が現れる。
そして、今回も文字が流れる。
今度は、この球状のパズルを解き、中にある小さな玉をこの穴に入れるようだ。
なぜこうも面倒なことばかり。
ガシャン!と重い金属音がした。
『ッ!!。ハァ......また拘束されたのじゃ。ハァ......今度は何じゃ?』
なにやら、カチ、カチ、という音が聞こえる。
まるでゆっくりと、歯車が回っているような音だ。
『ハァ.......ハァ......何の音じゃ? ハァ.......何も起きないから逆に怖いのじゃが』
笑いすぎたのであろう。息も絶え絶えだ。
取り合えず、すでに始まっているので、球状のパズルを解くのに取り掛かる。
カシャカシャと、パズルを動かす。
中にある小さな玉が、カラカラと愉快な音を立てる。
パズルは嫌いじゃないんだが、今はイライラするな。
『ん? あれは何じゃ?』
その声と同時に、カチ、カチという歯車のような音が止まる。
『嘘じゃろ』
ゴォっと言う風切り音とともにスパン!! と景気のいい音が響いた。
『ぁぁぁああ!!! 尻が壊れたのじゃ!!」
滅茶苦茶いい音がしたな。
まぁ、死ぬ事は無いだろう。
『うぅ、...............おい、まさか、まだやるのか』
カチ、カチ、という音が響く。
そして新たに、何かが高速に回転している音も加わり、また、ピストン運動をしている音も聞こえる。
いい予感がしない三重奏である。
『う、嘘じゃろ。シヒロォォォォ!! まずいのじゃぁ!! これは本当にまずいのじゃ!! 助けてくれぇ!! いやじゃぁぁぁぁ!!』
こちらでは何が起きているか分からないが、少なくとも大変な事が起きているようだ。
助けを求める声から必死さが伝わる。
どうやらゆっくりと、パズルを解いている場合じゃなさそうだ。
一度手を止め、深呼吸する。
そして、球状のパズルを凝視する。
よくよく考えたら、何も真面目に解こうとしなくていいんじゃないか?
先程のように、問題を解いて、答えを打ち出すわけではない。
このパズルにある小さな球体を取り出せばいいのだ。
欲しいものは目の前にある。
『そちらも大変なのは理解できる、だが、頼む、頼むシヒロ。早くしてくれぇ!! シヒロォ!!』
球状のパズルを鷲掴みにする。
そして、中の物が飛び出さないように、ゆっくりと力を込めて、捻っていく。
綺麗な球状が徐々にねじれ、形を変えていく。
金属が悲鳴を上げる。
『やめるのじゃぁ!!!』
カチ、カチ、という音は止まり、回転音とピストン音が更に激しくなる。
バギ、バギッ!!と捻じ切れ、真っ二つになる。
そして中にある小さな玉を取り出し台座に入れる。
キュゥンと何かが停止した音がした。
『ッ........止まった?はぁ、はぁ、止まったのじゃ。...............助かった。礼を言うのじゃ』
軽く鼻をすすり、僅かに声が震えている。
泣いているのかもしれない。
ガコン、と音がすると、部屋の奥に道ができる。
終わったか。
合流できると良いんだが。
扉をくぐり、奥へと進んでいく。
◇◆◇ ルテル
ふん~ふふ~ん♪
とても広く、とても高く、とても深い。
たった一人しか居ないこの空間で、少し音を外した鼻歌が響く。
気が狂いそうなこの空間で鼻歌を歌っている人物は、ルテルと名乗っている。
そのルテルは今とてもご機嫌だった。
「いやぁ、至極贅沢な悩みだよ!! これは!!」
目の前に広がるはシヒロが作った様々な軽食とデザート。
収納袋に入れてある物は、このルテルは自由に取り出すことが出来る。
「この美味しそうな軽食から攻めるか、それともこの甘いデザートから攻めるか、究極の選択だよ。んぅー!! 迷う!」
広げられた料理をにやけた顔で眺めていた。
「くぅ~、罪作りだねぇ。こんなに悩ましく苦しい選択を用意するなんて、なんて奴だよ!! まったく」
たはは、と笑いながら軽くデコを叩く。
そして、悩みに悩んだ結果、甘いものから攻めることにした。
「くふふ、あぁ~、頑張った脳に糖分がしみる~。本当にいい仕事するねぇ」
この何も無い世界。
常人なら、正気で居られないであろう空間に、何百年と居続けるルテルにとって、目的があり、最高の娯楽である美味しい食事が得られるここ最近は、とても充実していた。
「このハムのチーズ巻きもいいねぇ、無限に食べれそう」
満たされている事により、僅かに緩みがあった。
僅かな隙。
何よりここは、来ようと思って来れる場所ではない。
望んでこれる場所ではない。
そもそもがこの空間に干渉なんて出来ない。という先入観。
だからこそ、考えも及ばなかった。
現在、シヒロの居た世界を探しているように、向こうもまた、彼を探していることに。
そして、ここまで踏み込んでくる存在がいることに。
数多にも展開している魔方陣の幾つかが僅かにブレた。
「ん?」
首を捻り、目の端に映った違和感に目を向ける。
「んー、気のせいか。次々!!」
手に取った甘いデザートを口に頬張る。
「最高ぉ!!」