48話
只今、迷路のようなダンジョンを散策中。
この迷路は四方を切り取った石を積み上げたかのように滑らかで、天井は僅かに光っている。
触っても熱を感じない所を見ると魔法によるモノだろう。
空気も淀んでいない所を見ると、魔法で換気をしているのかもしれない。
何にしても快適に進む事が出来る。
しかし、なんだろうな。これは。
僅かに雑音のようなモノが聞こえる。
それもただの音ではなく何かしらの規則性がある。
よくわからん。
何かの仕掛けだろうか。
まぁ知ったところで、こちらは真剣に攻略する気はさらさらない。
ここらで一日ブラブラして、夜になる前に帰ろうと考えている。
身の危険を感じたら時間に関係なくすぐに帰る。
問題はこの子の説得だけだが、何とかなるだろう。
ごそごそと資料をカバンの中にしまう。
何度も確認した資料だが、地図に描かれている所はとうに通り過ぎ、今や無用の長物になってしまった。
一体何処まで続いているのかは分からないが、これぐらい進めば充分だろう。
この辺りでぐるぐる回って時間を潰すか。
「さぁ進むのじゃシヒロ! お宝がワシ等を待っておるのじゃ」
「あいよ」
その期待に満ちた目を見られると罪悪感が湧いて来る。
まぁ、もう少し奥へと進んでもいいかな。
あと少しだけ奥へと進む。
・・・
・・
・
時間潰しのために適当に歩いているが、どうもキナ臭くなってきた。
意図的にぐるぐる回っているつもりなのだが、どうやら奥に進んでいるようだ。
確実に下へと向かっている。
間違えたふりをして引き返すが、道が変わっている。
帰るに帰れなくなったか。
さらに問題が一つ。
聞き取れないほど小さな雑音が進むにつれて大きくなっており、その間隔も短くなってきている。
小声で話しているように聞こえるが、内容までは分からない。
戻るタイミングを逸したかな。
「というわけで、魔族領はいいぞぉシヒロ。景色も良いし、ここにも負けないほど美味しい食材がある。美味い酒もあるのじゃ。人族領には負けない逸品揃いじゃ。まぁ、シヒロの料理には敵わないかもしれないが、それでもうならせる物もあるのじゃ」
緊張感のない、明るい声が響く。
「そりゃ、行って見たいな」
ある程度の会話はしていたが、この子の口数が多くなってきた。
不安の裏返しか、偶に聞こえるこの声のようなモノを聞かないようにしているのか。
どちらにしても良い傾向とは言えないな。
「じゃろ? どうにも人間共は魔族領は悪い所だと思っておる様じゃが本当に良い所なのじゃ。まぁ、ワシは人間は好かんけどな」
「ん? もしかして遠回しに嫌いだと言われたか?」
「言わんでもわかるじゃろ? シヒロは特別なのじゃ」
ペシペシと頭を叩かれる。
ちなみに今は肩車をして移動している。
お気に入りのようだ。
「あぁ、でも気を付けるのじゃ。魔族領にも関わらない方が良い連中がおるのじゃ」
「魔王か?」
ちっちっち。
と顔を覗き込みながら軽く指を振る。
危ないぞ。
「それもあるのじゃが、もっと面倒くさい連中じゃ」
バッと、指を三つ立てる。
「一つは龍神。二つ目は鬼神。最後に調停者。特に最後のは関わらない方が一番良いのじゃ」
「その3人に気をつければいいんだな」
「正確にはこの3種に気を付けるのじゃ。数は恐らく、龍神は3。鬼神は7じゃな。今どれ位になってるかは知らんのじゃ。調停者は.......あんな奴複数人いては堪らないのじゃ」
そうか、と聞き流す。
この子の設定を真に受けるつもりはないが、仮に行く機会があるなら行ってみるのもありかもしれない。
面白い珍味とかあったらいいな。
「魔族領に行くことになったら気を付けるよ」
「うむ。まぁそれでも、最強はワシなのじゃがな」
「っよ。魔王様」
あっははははは!と大声でご機嫌に笑う。
「ふむ、ちょっと自慢になってしまうかもしれんが、あの鬼神・淫鬼を倒したのはワシなのじゃ」
「へぇー」
誰だ。
「まぁ、なんとも醜悪な顔をして、頭の中は産めよ増やせよしか考えん奴でな。今思い出しても吐き気がする奴じゃった」
「ほう」
「ゴブリンを知っとるじゃろ? あれは淫鬼の眷属じゃ。あいつと同じで食うより寝るより、犯ることしか頭にないのじゃ。証拠に小さな角もあるしの。顔はあいつそっくりなのじゃ」
「生憎見たことないんだよな」
「そうなのか。あ奴等はどこにでもいるのじゃ。どんなに潰しても必ずどこかに居るのじゃが、それを知らんとは珍しいのじゃ」
ゴキブリみたいな言い方だな。
だが、よくよく思い出すと何度かあるか。
フレアと初めて遭遇した慨嘆の大森林。
全壊する遺跡から脱出した時。
まぁ、2つ目は死体だったが。
確かに角のようなモノがあったような気がするな。
「まぁ、ワシにかかれば、鬼神さえ雑魚と変わらんという事なのじゃ」
ぶわっはははは!!! と大きく笑った。
頭の上がうるさい。
そして、頭の上で眠っているハクシは起きる気配がない。
こいつには、もう野生はないのだろう。
そんな楽しい道中もここまでだった。
さらに奥へと進むと、雰囲気が一変した。
罠らしきものが現れるようになった。
初めは露骨に分かりやすい物だったが、今ではとても巧妙で見つけづらくなっている。
今の所、罠にはかかっていないが、それでも量が多い。
移動に時間が掛かってしまう。
ここをまた通るのかと思うと少し、億劫に感じてしまう。
そしてこの声だ。
今でははっきりと聞こえる。
それも自分の声だ。
聞いたことがある様な声に誰かと思ったが、よく聞けば自分の声だと気が付いた。
そして話しかけている内容が、何とも自分の過去のトラウマを想起させるものだ。
良い趣味してるな。
この子にも聞こえているのだろう。
肩車から体の緊張が伝わって来る。
口数も少しづつ減っていた。
子供なんだから止めてやりなさいよ。
「なぁシヒロ.........。あぁ、えっと、そのじゃな」
言い淀む。
言いたいことは分かるけどな。
「ほとんど悩まずに一直線に向かっておるが、本当に大丈夫なのか?」
「さぁな。何しろ初めてくるところだからな。まぁ、帰り道は覚えているから大丈夫だ」
嘘である。
恐らく戻ることは出来ないので進んでいるだけだ。
正直に話してパニックにでもなられては面倒だ。
出口があれば良いのだが、無ければ最終手段として強行突破をするしかない。
「なら良いのじゃが、でも、少し不安になってきたのじゃ」
声に元気がなく、先程の陽気さが無くなってきている。
「誰が一緒だと思ってるんだ。任せとけ」
「そ、そうか?」
「まぁ、夜になる前に帰ればいいだけだから、安心しろ」
ポンポンと背中を叩く。
「あ、あぁ」
「帰りたくなったら言えよ」
「わかったのじゃ」
元気な声で答える。
しばらくはこれで安心かな。
そして、右へ左へ。登って降りてを繰り返す。
ここで飄々と進めていた歩みを止める。
そろそろ休憩にするか。
この子が少し落ち着かなくなっている。
今はまだ自覚はない様だが、早めに手を打っておくか。
ついでにハクシも気を配るが、頭の上でまだ眠っている。
こいつは大丈夫だ。神経が図太い。
「よし、飯にするか」
「お? やったのじゃ!!」
「ぃ? ぎぃ!」
食事の声に起きたたようだ。
まったく。
今日のメニューは、すいとん。
野菜多めにしているから栄養バランスも良く、腹持ちも良い。
汁物だから食べやすい。
ストレスで食欲がなくても大丈夫なメニューにした。
収納袋から器に移して配膳する。
一人と一匹はモグモグと元気いっぱいに食べている。
要らない気遣いだったかな。
「宿屋で食べた御飯も美味かったのじゃが、やはりシヒロのご飯は美味いのじゃ」
「ぎぃ!」
おかわり!! と追加を求めてくる。
少し元気が戻ったようだ。
「平時よりも、ダンジョンを攻略している時の方が美味いとはこれ如何に、じゃな」
またおかわりをする。
嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
少し具材を多めに入れようじゃないか。
あぐあぐ、と食べ進め、ズズッと残った汁を一気に飲み干す。
「あぁ、満足なのじゃ」
「ぎぃぃ」
ハクシは食べ終えるとそそくさと頭の上に登り、寝息を立てる。
こいつ寝て食ってばかりだな。
膨れた腹を擦りながら、魔王がぽつりとつぶやく。
「なぁ、シヒロ。少し意見を聞きたいのじゃが」
「ん? あぁ、なんだ」
「王たる者がおるとする。その王がとある人材が欲しいと思ったのじゃが、その人材は恐らくこちら側につく事は無い。敵国の人材だからじゃ。どうするべきかの?」
「大雑把すぎてよくわからん。その王が欲しいと思う人材がどういったものかによって手段は変わるんじゃないか」
食事の後片付けを終え、壁にもたれかかるように座る。
「人脈か、金か、それともそいつが持っている技能なのか、それ以外なのか」
「技能じゃな」
「それなら、取り敢えず、使者を出して聞いてみたらどうだ? 色々な好待遇な条件を出してな」
「それで断られたらどうする?」
「王の立場にもよるんだろうが、折れるまで待つか、脅すか、攫うか、殺すかのどっちかだな。まぁ、後腐れなく殺すのが一番良いんだろうが」
「そうか」
何やら思いつめた顔をしていた。
この質問は、今も語り掛けている声に由来するものなのかなと、少し想像する。
何かのヒントになればいいのだが。
そもそも自分は、王だとか何だとか、上に立つような人物ではない。
かといって誰かの下につくのも窮屈でイヤだ。
だからこんな発想しか出てこないわけだが、本当に上に立つ人物なら何と言うのだろうか。
想像できずに、苦笑する。
「もしかして、魔王様による直々のスカウトだったか?」
「何を言っておるのじゃ。ただの食後の戯言じゃよ」
そう言いこちらに近づいて来る。
「眠くなったのじゃ」
膝の上に座る。
「おい」
「いい椅子なのじゃ。よく眠れそうじゃ」
「食べてすぐ寝ると、体によくないぞ」
「されど、最上の贅沢じゃ」
ドカッと背を体に預けてくる。
「ついでに耳を塞いでいてくれ、煩くてかなわんのじゃ」
「あいよ」
やっぱりこの子にも聞こえていたか。
そっと耳に手を当てる。
「ゴーッという音がするのじゃ」
「血が流れてる音じゃないか」
「生きておる証拠じゃの」
そういい体から力を抜くと、すぐさま寝息を立てる。
何気に疲れているのかもしれないな。
少しだけ眠らせることにした。
『人殺しめ。血の繋がりさえないくせに、白墨を名乗る害虫が』
ほっとけ。
・・・・
・・・
・・
小休止を終え、歩みを進めると、これまでとは雰囲気が違う暗いトンネルの前に到着した。
「おっ? そろそろゴールか?」
「だと良いんだがな」
どうにもまだ何かありそうな気がする。
この暗いトンネルには行きたくない。
「ようし、では早速突撃するのじゃ!!」
ワシに続け!! と勢いよく走っていった。
「おい、待て!」
慌てて手を掴もうとするが、まるで陽炎のように消えてしまった。
手が空を切る。
トンネルの中にわずかに声だけが残響している。
帰りたい。
近づきたくないとヒシヒシと肌で感じる。
「進みたくないんだがな」
軽く頬を掻く。
「でも、見捨てるって選択肢はないわな」
見捨てないといって、舌の根も乾かないうちに反故にするというのはバツが悪い。
何が起きるか分からないが、最悪を想定し、死なない努力だけは怠らない様に注意しよう。
「これが終わったら帰るぞ。本当に帰るぞ。帰れるかな?..........ハァ、帰れると良いな」
嫌々ながらもトンネルの中へと進んでいく。
予定の夜までには帰れないかもしれない。
せめて、無事に帰れるようにしないとな。