47話
◇◆◇ 夢
「「兄ちゃん凄い!!」」
妹達の賞賛が心地よい。
「当然だ!」
妹と弟を2人相手にしての勝利だった。
軽い手合わせとはいえ、大きな怪我がないのは快挙と行っても良いだろう。
結果もそうだが、過程の方も納得いく内容だった。
自分でもびっくりするほど体が動き、相手の事が手に取るように理解できた。
どうやら今日はとても調子が良いようだ。
キラキラと輝く目で2人がこちらを見ている。
尊敬の眼差しを感じる。
こみ上げる笑みを止める事が出来ない。
兄としての尊厳を守れた事に小さくガッツポーズをする。
「史宏」
何気ない呼び声に空気が止まった。
背筋に悪寒が走る。
優し気で甘えるようなその声に、畏怖を覚える。
勝利の高揚が一気に冷め、血管に冷水を流されるような錯覚にとらわれる。
「最近、親子のスキンシップが取れてないと思うんだよね」
錆びたブリキ人形の様に、ゆっくりと声の方に振り向く。
とても優し気な微笑み。
母親が子に向ける、そんな柔和な顔だった。
背に嫌な汗が伝う。
口が急激に乾燥する。
胃に巨大な鉛があるかのように重く感じ、腹に焼き鏝を当てられているようにヒリヒリと痛む。
「だから~」
全身が逃げろと吠えている。
だが出来ない。
誰が飢えた肉食獣に背を向けられるのだろうか。
その危険性をよく理解している。
「母さんとも久々に組み手しようか」
その微笑みに、僅かだが攻撃性を垣間見た。
自然と体が動いた。
思考を置き去りにして、体が全力で逃げることを選択した。
立ち向かうか。逃げるか。
どちらが生き残る可能性が高いかは、僅かだが逃げるほうが高いと判断したのだろう。
必死に逃げようとするが、どういうわけか走れない。
まるで水飴の中にいるかのようだ。
時間が引き延ばされているかのようにゆっくりとなる。
そこで気が付き、理解した。
夢か。これは夢だったんだ。
一瞬の安堵。膨らみ続ける焦燥。
だったら、頼む。早く、早く、頼む...........
「早く夢から覚めろ!!!」
細い指先が肩に食い込む。
「捕まえた」
「ッ!!.......、朝、か」
窓の隙間から入る明りを横目で確認する。
視線を戻して、ボーっと天井を眺める。
「久々に、母さんの夢を見たな」
トラウマなのか、ホームシックなのか判断に困る夢だった。
何気なく手を見つめる。
ゆっくりと手を開き、閉じる。
強烈な夢のせいなのか、それとも寝惚けているだけなのか、体の感覚が妙に鈍く感じる。
軽く肩に触れてみる。
ちゃんとあるな。
ホッと一安心した所で気が付いた。
体が少しべた付いている。
ストレス性の汗だろう。
.........起きるか。
ベッドから起き上がろうとすると......違和感。
首を動かし確認してみると、腹の上で涎を垂らしながら爆睡する魔王がいた。
せっかくいい所に泊まっても、いつも人の上で寝てるな。
ごろりと横へ転がすと、「うあー」と呻き声をあげベットの端まで転がる。
あとお前もだ。
腕に絡みついて、指を咥えているハクシを引き離す。
毎度毎度のことなので、もう慣れた。
軽く背を伸ばして体をほぐす。
空気の入れ替えのために窓を大きく開ける。
全裸で縄に縛られた男達と目が合う。
力無く、死んだ魚のようね目でこちらを見ていた。
「あぁ、そういえば居たな。どうだ。朝焼けは気持ちいいだろう?」
一応、騒音問題を鑑みて猿轡をしているが、今ではもう唸る元気もなくなっているようだ。
勿論、好き好んでこのような事をしているわけではない。
この男達は、こちらが心地よく眠っている最中に、何とも喧しく夜襲を仕掛けてきたのだ。
なので、有無を言わさず反撃。
そして捕縛。
罰として全裸で宙吊りにしていたのだった。
すっかり忘れていた。
視線に耐えられなくなったのか、目を逸らし小さく震える。
襲ってきたときは、あんなにも威勢がよかったのにな。
今では捕食される小動物の様になっている。
そんなに怖がるならやらなければいいのに。
「反省したか?」
静かに頷く。
「最後に確認するが、お前等は冒険者ギルドの連中でいいんだな?」
小さく頷く。
「夜襲を仕掛けてのは、何時ぞやの報復と出店の儲けを奪うため......でいいんだな」
頷く。
「分かった。いいか、寝込みを襲われれば誰だった嫌な気持ちになるもんだ。襲った相手が自分だったから良いモノの、普通なら罪人として捕縛されるし、人によっては殺されるからな。今回は運が良かったと思えよ」
まぁ、ある程度予測していた上に、余りにも間抜けだったこともあり毒気を抜かれてしまったという事もある。
しかし、あれで成功させようと思っていたとは、呆れを通り越してしまう。
やるならもう少し段取りとか考えろよ。
「あー、あとは、そうだな。もし仕返しを考えているなら.........楽しみに待っているぞ」
口角をあげる。
「今度は、こんな中途半端な事はしないから安心してくれ」
小さく身を震わすと、ブンブンと大きく首を振る。
「それじゃ、全力で走れ」
そう言って縄を切るためにナイフを取り出すと、「ちょっと待つのじゃ!!」と魔王が仁王立ちでストップをかけた。
「あ、起きたのか」
「ついさっきじゃな。寝汗を流そうとしていたら面白い事になっておるのじゃ」
珍しく、寝起きなのにご機嫌である。
やはりいい宿屋で止まったからだろうか。
だとするなら、無駄ではなかったという事だな。
「シヒロよ。夜中にその無粋な男どもが、寝込みを襲ったというのは事実か?」
「あぁ。よく寝ていたから気付かなかっただろうが。というかよく寝ていられたな」
「何と愚かな人間なのじゃ。魔王の寝所に忍び込むとは、不敬千万、無知蒙昧、万死に値するのじゃ!!」
身振り手振りの動作が大きく。
何とも大袈裟な物言いだ。
芝居がかったセリフが好みなのかな。
「あ、シヒロは良いのじゃ。命の恩人じゃからな。だが、手を出すのはダメじゃぞ。この体ではさすがに無理なのじゃ」
「出すか」
「んー素直じゃないのぅ。まぁ、シヒロは少しシャワーでも浴びておれ、魔王の恐ろしさをこの愚人共に教えてやるのじゃ」
ニヤリと大きく口角をあげる。
何ともキラキラ輝いた眼をしている。
さながら玩具を与えられた子供のような目だ。
こういう事は教育上よろしくないのだろうが........。
まぁ、いいか。
「無茶するなよ」
「大丈夫、死ななければよいのじゃろ?」
「まぁ、そうだな」
「シャワーはもう出しておるから、ゆっくり浴びるのじゃ」
「あいよ」
縛られた男達は何やら話したげに呻っているが、猿轡をされているので理解できない。
まぁ、死なないから大丈夫だろ。
それよりシャワーだ。寝汗で気持ち悪いと思ってたところだ。
・・・
・・
・
シャワーから上がると、男達は人生の崖っぷちから飛び降りたかのような顔をしていた。
「っはー!! なかなか楽しめたのじゃ」
こちらは凄いツヤツヤしている。
「もういいか?」
「堪能したのじゃ。あー、そこのお前等、もう帰ってよいぞ」
その言葉に、まるでゾンビのように立ち上がり、フラフラとしている。
「あれ大丈夫か?」
「ふっふっふ。人間にはちょーっと刺激が強かったみたいじゃが、死んどらんから大丈夫じゃ」
とても上機嫌だ。
窓から出て行く、あの男達の姿を見ていると、この子にはこういった才能が有るように感じた。
何処か弟を彷彿とさせる。
「それよりもシヒロ。随分と面白い話が聞けたぞ」
「そうか、小噺なら聞いてやる」
「それよりもっと面白い話じゃ」
何やら嬉しそうに、堪え切れないといった感じで話し始める。
「どうやらここより少し南に冒険者ギルドが秘匿している未踏の人工ダンジョンがあるそうじゃ」
「ほぉー」
「そのダンジョンは魔物といったものは一切いないが、攻略難度が高いらしい」
「それで?」
「その奥にはなんと、その施設を維持するための巨大な魔石があるそうじゃ」
「そうか」
「わしのために協力してくれんか? のう?」
「嫌だ」
・・・・
・・・
・・
道中を魔王を肩車をしながら移動している。
「いやぁ、なんだかんだ言って手伝ってくれるのじゃから、シヒロのそういうところ大好きなのじゃ」
ふんふ~ん。と、軽く鼻歌を歌い、足をブラブラとさせ、何とも楽しげ頭の上ではしゃいでいる。
よく言うよ。
別にこいつのためだとか、魔石が欲しいとかそう言った事ではない。
こうなったのには理由がある。
きっぱりと断った後、どこかにフラフラと出かけて行った思ったら、なんと涙ぐむパン屋のおじさんを連れて戻って来た。
何をおじさんに吹き込んだか知らないが、この子の手伝いをしてやってくれと、涙ながらにお願いされたのだ。
この人に頭を下げられると弱ってしまう
その後、「少ないけど報酬も出すよ、だからこの子を助けてやってくれ」、と深々と頭を下げられれば、もう断る事が出来ない。
おじさんからは見えない位置でドヤ顔をしている魔王がいた。
腹立つなこいつ。
そして、やむを得ず、嫌々ながらも魔王と噂の人工ダンジョンに行くことになった。
ちなみに報酬は断った。
これ以上おじさんを巻き込みたくない。
「...........魔石の確保はお前がするんだぞ」
「わ~かっておるのじゃ~。ふふ~ん」
「あくまで道中の護衛程度だからな。危ないと判断したら退くからな」
「お~ぅ」
まぁ、仮にもダンジョンと言っているのだから、ルテルの探し物か、それに関する情報が僅かでも手に入るかもしれない。
限りなく可能性は低いが。
しばらく徒歩で移動すると、見上げるほど大きな崖の前に辿り着いた。
「この辺りか?」
「冒険者ギルドから拝借した資料によるとここじゃな。何とも薄っぺらく頼りないのじゃ」
ペラペラの資料をうちわ代わりに仰いでいる。
「あるだけマシだ」
この資料はこの子が拝借してきた。
どうやら朝の憐れな人たちを使ったという事らしい。
あの人達は正気に戻れるのだろうか。
「ん~? おっ。あったのじゃ」
指し示す先には、拳ほどの大きさの球状の金属が、木に隠れる様に岩壁にめり込んでいた。
それには、幾何学模様のようなモノが刻まれている。
少し違うが、収納ポーチの模様に似ている。
「よいしょ」
そこに魔王が魔力を籠めると亀裂が走り、ドアのような形になる。
球状の金属がドアノブのように回ると、ゆっくりと扉が開かれた。
「よくこんな所見つけられたな」
「全くじゃな」
あははは。と大声で笑う。
まったく緊張感がない。
「それでは!! 参るとするのじゃ!!」
開かれた扉をくぐり、地下へと続く道を降りていく。
「取り敢えず狭いから降りてくれ」
「え~! よいではないか。ここは特等席なのじゃ。だからもうす.........ガッ!!。........降りるのじゃ」
ド派手に頭にぶつけたようだ。
愉快な音がした。
「先に行くから、ついて来るんだぞ」
「........うん」
ちょっと痛い目を見てしょぼくれている。
静かになっていい。
「ん?」
少し開けた所に出る。
切り出したかのような滑らかな壁と天井。
そして奥に見える分かれ道。
典型的な迷路といった感じである。
「おぉ、これは中々凄いのじゃ」
「そうね」
このまま一直線に砕いて進めば楽にゴール出来そうだが、ここは地下。
迷路攻略のための力技が使えない。
砕いた壁が原因で天井が崩れ、生き埋めになる恐れがある。
真っ当に攻略するなら時間が掛かりそうだ。
「いやはや、まさかワシがダンジョン探索をするとは、ワクワクするのじゃ! さぁ行くぞ。シヒロ!!」
先程の痛みはどこかへ吹っ飛んだようで意気揚々に歩き出す。
「こっちに行くぞ」
先に行こうとする魔王の手を引き進んでいく。
まぁ、真っ当に攻略する気はない。
多少奥に進んで、適当に進んで満足してもらい、さっさと帰るか。