46話
早めに店じまいしたが、どっぷりと日が沈んでいる。
子供は寝る時間だ。
宿屋へと急ぎ足で向かう。
宿屋に到着。
いつも泊まっていた宿屋よりも部屋が広く少し贅沢な仕様となっている。
出店での売れ行きが予想以上によく懐が温かいお陰だ。
それに自称魔王の女の子をいつまでも狭い場所に寝かせるのは心苦しく思っていた。
今夜はのびのびと寝て貰いたい。
「わぁ!! ベッドがふかふかなのじゃぁ」
ベッドの柔らかさを全身で堪能している。
ゴロゴロとハクシと一緒に転がっていた。
こちらは今日の締め括りとして、売り上げを分けていく。
んー、こっちはレンタル料と諸々の費用。
こっちは保険として金貨に両替。
それでこっちが.............。
暫くすると、魔王がこちらによって来る。
「何をしておるのじゃ?」
「ぎぃ」
グイッと机の上の銅貨を覗き込む。
「丁度良かった。ほら、これが今回の報酬だ」
魔王に労働賃金を渡す。
「おぉ? いいのか? というかこれはどれぐらいの価値があるのじゃ」
「ぎぃ?」
お前は食い物の方が良いだろう、と顎の髭を軽くなでる。
「よくわからんが、そこそこの物なら買えるんじゃないか? 服とかアクセサリーとか」
「んー、あまり興味が湧かんのぅ」
「興味が湧いたものを買えばいいだろう。別に腐らないから急ぐ必要もないし」
「荷物がかさばるのは嫌じゃ。シヒロが持っておいてくれ」
「わかった」
「必要になったら頼むのじゃ」
そういうと、パン! と手を叩くと一瞬で部屋着へと着替える。
初め見た時は驚いたが詳しく聞くと魔王のスキルらしい。
便利なスキルだ。
机に分けたお金を収納ポーチに順番ずつ戻していく。
ついでに魔石の整理でもしておくか、とジャラジャラと収納ポーチから魔石を全て取り出す。
ブライトネス家に結構渡したがまだ残っている。
当初に比べればだいぶ減ったが、これだけあれば十分だろう。
この魔石は冒険者ギルドがあれば、どこでも換金できる『金』のような存在だと最近知った。
いざとなれば物々交換にも使える。
ただ、収納袋には入らず、入るのは収納ポーチだけ。
ただ収納ポーチは容量が小さく荷物を圧迫して困っていたのだが、これ位なら邪魔にもならないし、保険としても心強い。
丁寧に分けようと色の濃さや個数を調べていると魔王が飛びついて来た。
「シ! シヒロ!! そ、それは.........」
「ん? これか? 魔石って言ってたまに魔物から出てくるんだ。魔道具に使われてる奴だな」
「そ、それは知っておるのじゃ。.....おぉ、大粒で色も濃い。ゆ、譲ってほしいのじゃ」
何やら驚愕して魔石を凝視している。
「だ、だめか? そうじゃ。ワシが稼いだお金で譲ってほしいのじゃ」
「お前が稼いだ金だから文句はないが、もう少し考えて使った方がいいんじゃないか?」
「いいのじゃ!!」
何やらひどく興奮している。
「まぁ、どうしてもって言うなら」
取り敢えず、3つほど譲ることにする。
価値にしたら、魔王が稼いだ分では足りないが、まぁそこは身内価格でいいだろう。
色が薄い大粒な物と小粒だが色の濃い物、そしてその中間の物を手渡す。
「よっしゃー!! なのじゃ!!」
拳を突き出し、天を突くように振り上げ全身で喜びを表現する。
そして魔石を一つ口の中に放り込んだ。
カコカコと飴玉のように口の中で転がす。
「美味いのか?」
「むぐむぐ、別に味はしないのじゃ。ただ魔石には膨大な魔力が圧縮されておる。魔力が空っぽのワシには丁度良い補給なのじゃ。色が濃く大きい物なら、さらに良しじゃな。ちなみにあの火が出る魔道具とかは小さい上に色が薄い。食うには値しないのじゃ」
借り物を勝手に食おうとするな、と思っているうちに、また一つ魔石を口の中に放り込む。
今度はガリガリと氷のように噛み砕いている。
満足そうな顔をしているが、少し顔が赤みを差している。
酒に酔っているような感じだ。
「あぁ~。気持ちいのじゃ。そういえばシヒロは魔王の出生について知っておるか? まぁ、ワシ自身も詳しくは分からんが、唐突に自分が魔王だと理解するのじゃ。魔王以前の記憶は無いが、自身が最強であること以外はどうでもいいのじゃ」
最後の一つをグビリと飲み込む。
何か酸っぱいものを食べた時のような反応で、眼をギュッと閉じる。
話し方が少し支離滅裂になっているが、大丈夫だろうか。
「ッ~! はぁ。最強故か他の生き物とは違い、ある特性を持っておらんのじゃ。その特性とは.......」
おおぅ。と軽く身震いする。
「その特性とは、成長じゃ」
ヒック、と大きくしゃっくりをする。
「そして、その特性を強く持っておるのが人間じゃ。人間は本当に弱く脆い。生まれてすぐなら尚更じゃ。だが時を経て大きくなれば、魔王にすら届きうる牙を持ちうる。稀じゃがの。とても厄介な特性じゃ」
フラフラと歩き。
ガタリ、と崩れ落ちるように椅子に座る。
ん? こいつ少し大きくなってる?
身長を見誤るとは思えないが僅かに大きくなっているような気がする。
気のせいか?
それとも成長期か?
「いかん。話が脱線しておる気がするのじゃ。何処まで話したか。まぁよいか。魔王は"権能"という特殊なスキルや魔法が使えるのじゃ。ただ、人間の様に使った魔力はなかなか回復せん。魔族領でも時間が掛かるのに、人間の所だとさらに遅くなるようじゃ」
「へぇー」
そういう設定という事でいいのだろうか。
別段嘘をついてる感じではないが、本人がそうだと思い込んでいた場合は嘘だとは分からない。
「だからこそ、この魔石の中にある魔力を取り込むのが手っ取り早くて良いのじゃが。魔族領とは違い全然ないのじゃ」
「稀にしか出ないみたいだしな」
「お主らも似たようなことはせんのか? 人間なら小さくても十分、魔力が回復するはずじゃ」
「生憎見たことないな。それにこっちは生まれつき魔力を持ってないからな。する必要もない」
「.........ふぅーん」
なんか含みのある感じ。
一応試しに魔石を一つ口に含んでみる。
コロコロと口の中で転がすが、荒削りの水晶を舐めている感じだ。
これ以上何もなさそうなので口から出す。
「要らないなら貰うのじゃ」
飛びついて、口に頬張る。
「おい。口から出したものを食べるな」
「別に汚いとは思ってないから大丈夫なのじゃ。ヒックッ」
無理矢理奪い取り飲み込むと、さらに顔に赤みがさしている。
酒気でも含んでいるのだろうか。
これ以上何かする前に寝かせるか。
「そろそろ寝る準備をするぞ。悪いがシャワーを出しといてくれ」
宿に泊まると必ずシャワーがついているが、魔道具なので自分では使えない。
なのでこの魔王に頼んで出して貰っているのだ。
「いい気分なのじゃ」
へらへらっと笑っている。
「酔っ払いみたいになってるぞ」
「んむー。いつも別々に入るのは面倒と思ってたのじゃ。よし、今日は一緒に入るぞ!! シ~ヒ~ロ~」
「アホなこと言ってないで早く行け」
「つまらん奴じゃ」
そういうとシャワー室に行く。
「シャワー出したぞ」
「ありがとう。先行くか?」
「譲るのじゃ」
「あいよ」
服を脱ぎ、シャワー室に入る。
備え付きの石鹸のようなモノを泡立て全身を洗っていく。
体の汚れが落ちるってやっぱり快感だな。
泡を落とそうとすると、後ろからドアが開く音がする。
「あっはははは! 裸同士の付き合いじゃ」
どうやら入って来たようだ。
こちらは気にならないが、裸を見られることに抵抗はないのだろうか。
魔王様の具体的な歳は分からないが、思春期の妹だったなら首をへし折るぐらいの蹴りが飛んでくる。
「一緒に入ると不味いと考えるシヒロの懸念も分かるのじゃ。ワシの魅力によって思わず欲情しても、それは仕方ない事とも言え..........おおぅ」
シャワーで泡を落とす。
泡で隠れていた全身が露わになる。
ごくり、と生唾を飲み込む音がかすかに聞こえた。
「何というか。凄い体じゃの」
「そうか?」
「昔見た。戦鬼という鬼神よりも凄いのじゃ」
「誰それ?」
「何というか。戦う事が生きる理由。みたいな奴じゃ」
「凄い生き方だな」
憧れたりはしないが。
「お主の体は、その、少し怖いのじゃ」
「体質が普通の人と少し違うからな。ちょっと変わってるだろ?」
「...........」
泡を落とし終え、視線を魔王に落とすと、「おおぅ」と股間を凝視していた。
「何見てんだ変態」
シャワーを魔王の顔面に浴びせ、体を拭いて部屋に戻る。
シャワーから出て、少し時間が経つ。
魔王が、ふわぁーと大きな欠伸をする。
どうやら眠くなったのだろう。
「そろそろ寝るか」
「うむ。そうさせて貰うのじゃが、寝る前に少し面白い余興を見せてやるのじゃ」
両手をくっつけ、受け皿のような形にする。
「刮目せよ。僅かではあるが『泡爆』魔王の権能を特別に見せてやるのじゃ」
すると手の平がまるで水面の様に波立つと、灰色の小さな泡が出現した。
まるで小さなシャボン玉のように浮遊している。
変な魔法だな。魔法なのか?
「よいか? あのコップを見ているのじゃ」
なんとなく、小さなシャボン玉に軽く指で触れてみる。
パチンとやや大きな音がして、割れた。
思っていたより大きな音がした。
変わったシャボン玉だな。
「シャボン玉の魔法か?」
「何をしとるんじゃ!!!」
突いた指に大口を開けて噛みついて来る。
痛くは無く、くすぐったくもないが何やら本気で噛んでいる。
「こら、人の指を噛むんじゃない」
あまりに必死な形相に驚くが、ここはキチンと叱らないとだめだと思い引き離す。
しかし離れない。
まるで食いちぎろうとしているようだ。
しかし、その程度では歯形もつかないだろう。
顎の力が弱い。
無理矢理口を広げて指を離す。
これは説教が必要かな。
離された魔王は、力なく椅子に座ると天井を仰いだ。
「何か言う事があるんじゃないか?」
「..........すまんのじゃ」
おや? 意外と素直に謝った。
それも心底反省しているようだ。
まぁ、初回だし、すぐに謝ったから大目に見るか。
「力なきワシを助けてくれたこと、礼を言っておくのじゃ。本当に感謝しておる。そして、一緒に出店をやった事、本当に楽しかったのじゃ。そして魔石の事も譲ってくれて重ね重ね感謝するのじゃ。......本当にすまなかったのじゃ」
一度爆発するように怒ったから、冷静になれたのだろうか。
やったことに対して反省しているなら別に構わない。
それにこちらも悪かったと言えば悪かった。
何やら見せたいといったものを興味本位で潰してしまったのだ。
本気で怒ってしまうほどの物だったのだろう。
「いや、こっちも潰して悪かったな。ごめん」
「軽率じゃった。許してほしいのじゃ」
ギュッと自分を抱きしめるかのように小さくなり、目を瞑る。
殴られるとでも思ているのだろうか。
それとも、見捨てられると思ったのだろうか。
強がって魔王と言ってもまだ子供だ。
本当は誰かの支えがないと潰れてしまうほど弱いのだろう。
だが、近くにいる人物は劣人種と言われ侮蔑される存在の自分だけ。
それも選んだわけではなく、それしか選択が無かったのだ。
........。
客観的に見ればすごく頼りなく感じるだろう。
だが、身寄りのない命を救ったのなら、自分の意志で出て行かない限りは見捨てる事はしない。
それが彼女にとって希望になるかは分からないが、それは言葉にして言っておくべきだな。
「悪いと思ってるならそれ以上は何も言わない。それにこっちから見捨てるようなこともしない。悪い事をすれば叱りはするだろうがな」
薄目を開けこちらを見る。
「........何も、起って、ない、のじゃ?」
「あぁ、何も怒ってないぞ。でも次からは叱るからな」
椅子から立ち上がり、ベッドへと促す。
「もう寝るぞ。今は寝るのが一番良い」
「わ、わかったのじゃ」
隣に潜り込み、部屋の明かりを消し就寝する。
夜。
とある少女がベッドから起き上がる。
「......『泡爆』」
手から湧き上がる小さな泡が、離れて置いてあるコップに触れると小さな破裂音がした。
すると、コップは水膨れのように泡立ち、そして泡が消える様にコップは消滅した。
「シヒロよ、お主は一体何者なのじゃ」