45話
祭り当日。
昨日とは比べ物にならないぐらいの人で溢れ返っていた。
伝統ゆえか、周りの人達の熱量もすごい事になっている。
それに負けじと、男たちの野太い歌が遠くからでも聞こえてくる。
祭りのボルテージは、今まさに上がっている。
「参ったな」
たが、こちらはそれに反比例するように暇だった。
只今の売り上げ。
焼肉パンが8
ジャムパンが5
ジャムが1
閑古鳥が鳴いている。
割と自信をもって出したのだから、ショックも大きかった。
これは大赤字だなとボンヤリしていると見知った顔がこちらに手を振っている。
パン屋のおじさんだった。
「いらっしゃいませ」
「おっ。やってるねぇ。調子はどうだい?」
「なかなか、繁盛とは言えませんね。今の所大赤字です」
「ははっ、だろうな。この時間帯だったらまだ客足は遠いさ。喧嘩旗が終わった時が出店の時間だ。こんな暇な時間なんて味わえないから今のうちに堪能しときな。戦争になる」
にっと。大きく笑う。
それならばまだ希望は残っているのかもしれない。
最悪でも損失は減らしたいものだ。
「取り敢えず。焼肉パンとジャムパンを1つずつ貰えるかな」
「はい」
手早く具材を炒め、香草パンにはさむ。
次に柔らかいパンにジャムを塗って手渡す。
それを受け取り一口頬張った。
「んー。悔しいが美味いな。正直これを出されると、こっちは廃業を覚悟しないといけないな」
苦笑いする。
「気にしなくていいですよ。たまに食べる贅沢なパンって感じですし、毎日食べるならおじさんのところのパンには敵いませんから」
「嬉しいこと言ってくれるね。まぁ、出遅れて今日一日しかないけどこれなら十分売れるよ」
「だと良いんですけどね」
と長々と談笑していると、一際大きな歓声が聞こえた。
「おっ。どうやら終わったようだ。これから忙しくなるから頑張れよ」
「はい」
そう言って手を振り別れた。
・・・
・・
・
「兄ちゃんこっちは焼肉パン4つと、ジャム2つ」
「こっちはジャムパン6つ頂戴」
「別売りのジャムは幾らかしら?」
「焼肉パン3つ」
「こっちはまだなの?」
「ジャムパン2つ」
「兄ちゃん!焼肉パン18個ね」
「ちょっと大きいけどお釣りあるかしら?」
「早くしてよ!」
本当に戦場だった。
来るとは聞いていたが、こんなに来るとは予想外だった。
正直腕があと2本欲しい。
「はいお待たせしました。そちらはすぐに作りますので少々お待ちください。ジャムの別売りは一掬いとなってまして、量り売りではないんですよ」
手早く、大量の肉を鉄板で炒めていく。
鉄板で焼ける肉の音が心地よく、広がる香りが食欲をくすぐる。
これだけで美味しいというのが伝わって来る。
集客のためにあえて肉は当日炒める作戦だったが見事成功したと言えるだろう。
いや、成功し過ぎた。
キャパオーバーのてんやわんやだ。
嬉しい悲鳴での贅沢な悩みなのだろう。
だが手が足りない。
今は辛うじて、何とかなっているが、このままでは回らなくなる。
魔王とハクシは宣伝のために声掛けをしてもらっているが、それは失策だったと言える。
早く戻ってきてくれ。
「値切りや交渉は受け付けておりませんよ。はい、大変お待たせしました気を付けて持って帰ってくださいね。こちらのジャムは熱いので気負付けてくださいね。次の方は何にしましょうか」
量が少ないだの。たくさん買ったから安くしろだのと、文句を言ってるお客を相手している時に救いの声が聞こえた。
「おぉ、凄い事になっておるのじゃ」
「ぎぃ!」
戻って来た。助かった。
早速指示を出す。
魔王様にはジャムをひたすら塗って渡してもらう。
ハクシはお金の整理をしてもらう。
これでお釣りを渡す手間が少し減る。
「もう、まだなの?」
「ちょっと早くしてよ」
「後ろが詰まってきたぞ」
「可愛いお嬢ちゃんだね。ちょっとおじさんと散歩に行こうか」
「やっぱりジャムパンにするわ」
「お嬢ちゃんお菓子もあるよ」
「焼肉パンまだなの?」
時々変な声が聞こえるが無視する。
構ってる暇はない。
「少々お待ちください。すぐに出来ますので」
「シヒロ? 変なおじさんが呼んどるのじゃが」
「ついて行くんじゃないぞ!!」
「ぎぃ.......ぎぃ........」
ハクシは今にも倒れそうな呼吸をしていた。
・・・・
・・・
・・
ようやく人の波が引いて来た。
日も傾いて来て、そろそろ夕暮れだ。
「し、........しんどいのじゃ。ヘトヘトじゃ」
「.........ぃ」
ノックダウンしていた。
「もう少ししたら店仕舞いするからもう一踏ん張りだぞ」
そう言って少し早めの晩御飯替わりに皿に盛られた賄を渡す。
と言っても商品のパンだが。
へばっていたのが嘘のように飛びつき、皿を食いちぎる勢いで食いついた。
「ゆっくり食えよ」
「もふもふ」
「ぎゅぃ」
なんとも幸せそうに食べるものだ。
優しい表情でその光景を眺めていた時、ふと見られている気がしたので視線の先を探る。
すると何やらこちらを凝視している人物がいた。
身なりから言って一般人ではない。
かといって貴族のような服装でもない。
武装しているが、門番のような統一感のある装備でもない。
身なりが綺麗なところを見ると、こちらと同じ流れの冒険者だろう。
それも相当レベルの高い人物だ。
恥ずかしくて注文できないのか?
軽く声を掛けてみる。
「いかがですか? 美味しいですよ」
するとこちらにピリピリとした空気をさせながら、ゆっくりと近づいて来る。
何かあれば直ぐに斬るといった臨戦態勢だ。
ある意味で今日一番面倒な客だ。
「いらっしゃいませ」
陽気に声を掛けるが、空気は和らげず。
「..........」
何か気になるのか訝しかむようにこちらを眺める。
「ご注文はありますか?」
「........焼肉パンを1つ」
「はい」
鉄板の上で肉が焼ける音と香りが辺りを包む。
美味しそうな香りに心躍らせて欲しいものだが、一切料理は見ずにこちらを凝視している。
緊張しているが、恥ずかしがり屋というような可愛いものではない。
随分と殺伐としている。
「お待たせしました」
「あぁ」
代金を貰い商品を手渡す。
ここでようやく視線を切り焼肉パンに視線を落とす。
ゆっくりと齧り付き咀嚼する。
咀嚼している間はこちらをまた凝視する。
もしかして、顔に何かついているのだろうかと軽く顔を触るが何もついていない。
何か言いたい事でもあるのだろうか。
食べ終わるとしばしの沈黙、何かを考えているようだがはっきりとは分からない。
ただ、このパンは気に入って貰えたようで、3つほど追加注文をして去って行った。
「行ったかの?」
のっそりと屋台から魔王が顔を出す。
「随分変わった奴じゃったの」
ぺろりと指についたタレを舐める。
口にまでタレが付いているので軽く拭ってやる。
「なんでこんなに見られたんだ」
「シヒロに惚れたのではないか?」
「気持ち悪いこと言うな。あれは男だ」
「なら理由は一つじゃな。シヒロの黒い髪を見っとったんじゃろ。ここいらだとあまり見かけないのじゃ」
「物珍しさで見ていたってか。違うだろ。そんな浮ついた雰囲気じゃなかった。もっと殺伐としてたぞ」
だが、あながち外れという事もないのかもしれない。
黒い髪だから劣人種だと思われ、睨まれていたのかもしれない。
この世界の連中は劣人種に良い感情はないようだしな。
まぁ、どうでもいいか。商品を気に入って買ってもらったんだ。
どう思われたのか知らないが、それでいいか。
その後も似たような人たちが、こちらを観察するように見てくる。
【鑑定】のスキルを持っている者なら挨拶の様に使ってくる。
それこそ年齢、性別、人数、種族さえ違っていたが、共通するのはそれなりの修羅場や死線を越えて来たといった人達だ。明らかに周りと浮いている。
警戒するように見てくるものまでいる。
そう言った人物が近づくたびに、魔王は隠れてしまう。
怖い顔されれば、ビックリするもんな。
気にしないようにしていたが、和気藹々と話している途中で、親の仇を見つけたかのように豹変しこちらを見つめてくる者まで現れた。
ここまで来ると何かあるかもしれない、と流石に感じ始める。
例えば危険を察知せざるを得ない存在がこの近くにいるという可能性。
チラリと視線を落とす。
実は、この自称魔王が本物だったり..........はしないか。
口一杯にパンを頬張る姿は少女のそれだった。
仮に本物の魔王とするなら、もっと何かしら感じるはずだ。
ただの平和ボケで鈍っている、という可能性は否定できないが。
訝しながらも何も起きず、日は落ちた。
無事に屋台を閉める事と相成った。
出店の結果は大成功。
費用もろもろを差し引いても損益は超えており、予想以上の純利益。
両手を挙げての万々歳となった。
◆◇◆
コーロップという街がある。
ここは比較的大きな街で、『喧嘩旗』という勇者が伝えたという祭りで有名な街だ。
その街にかつてないほど有名な冒険者や腕に自信を持つ人たちが集まっていた。
祭りに興味があるわけではない。
この街のさらに奥にある、慨嘆の大森林に行くために一時的にいるだけに過ぎなかった。
彼らの目的は、勇者によって解放された魔族領への侵攻。
彼等が魔族領へ行く動機は様々だ。
魔族領にいる魔王と呼ばれるものを倒し、己が武名を世間に知らしめたい者。
魔族領にある豊富な資源を獲得したい者。
特殊で希少な素材を売り払い莫大な資金を手に入れたい者。
それが可能である、と自負するだけの実力を兼ね備えた猛者たちだ。
そんな猛者たちが、知らず知らずのうちに足を運ぶ場所があった。
何故そこに行ったのかと問われれば、皆が偶然だと答えるだろう。
だが、強者と言われる人物たちが同じ場所に足を運ぶとなればそれは偶然とは掛け離れる。
引き付けられる何かがあるのだ。
そこには出店あった。
祭り会場から少し遠く。
決して利便性がいいとは言えない。そんなところに出している出店。
ある者は己が直感が告げる違和感に従い足を止め。
またある者は、内臓を圧迫されるような感覚に襲われ。
またある者は、己がもつスキルにより巨大な何かを感知した。
その出店の前で足を止めた理由は人それぞれ。
しかし、そこにいたのは予想に反して魔力を持たない若い中年男性がいるだけだった。
それぞれが絡みつく様な何かを感じながらも、パンを買って行った。
猛者が感じたソレの正体は、屋台に隠れていた魔王の存在だったのか。
美味しいパンに注意がいってしまい警戒を怠った店主の方だったのか。
今となっては判断することは出来ない。
「今日は実入りが良かったから、ちょっといい所に泊まるか」
「ぎぃ!!」
「やったのじゃ!!」