42話
目を覚ます。
どうやら朝になったようだ。
差し込む朝日に目を細める。
全身汗だくである。
腕の包帯を取る。
まるで何事もなかったように、完治している。
「流石、父さん」
魔法のようだ。
魔法の世界にいるのに、こちらの方がよっぽど魔法に見える。
のっそりと起き上がり、ゆっくりと息を吐き出す。
「ギリギリの辛勝だったな」
夢の中での戦いは相手のミスに救われる形での勝利だった。
それがなかったら負けていただろう。
よく言えば粘り勝ちといった感じだな。
まぁ、今後の課題も良く見えた。
得られるものは多かった。
まぁ、夢なんだけどな。
『やぁ、おはよう。いい朝だね。こんな日はご機嫌な朝食が食べたい気分だよ』
「.......あぁ、おはよう」
『君の心の友。ルテルさんだ。朝食を食べながら語らいたい気分だね』
「久しぶりだな」
『まぁね。いやはや。見てるこっちは歯がゆい気分だよ。色々アドバイスしたいのに僕の声は届かないんだから。それより何か食べたいんだけど』
「確か、焼いたパンが中に入ってるだろう。適当に食べてろ」
『中の野菜とか燻製肉とかも食べて良い?』
「好きにしろ」
『やった』
「食いすぎるなよ」
『あいあい』
もごもごと何かを頬張る音が聞こえる。
「それで? 寂しくて話し掛けたってわけじゃないんだろう? 何かあったか?」
『まぁね。取り敢えず確定していることから話すと、君の世界はまだ見つかってない。時間が掛かるって事だね』
「おう」
『そして、僕の落とし物はここから一番近いところで、獣人の国ある』
「いい情報だな。獣人の国ね。それはどこにあるんだ?」
『ここから真っすぐ西にあるよ』
「大雑把だな。もっと詳しく言ってくれ」
『僕が言うより、ここの人達の方が詳しいよ。それに今回も話す時間が少ないしね』
「そうか。次は何時頃になりそうなんだ?」
『え~!? 気になっちゃう? 気になっちゃうか~。どうしようかな。言おうかな』
「場所だけ話せ。それ以外は話し掛けるな」
『ちょっとそれは、冷た........』
反応が無くなった。
どうやら切れたようだ。
こちらの言いたい事は言ったのでもういいだろう。
「西にある。獣人の国ね」
長旅になりそうだな。
・・・・
・・・
・・
準備を開始する。
そのために色々な従者に声をかけたが一様に驚かれた。
まぁ、火傷が一日で治れば驚くだろうな。
説明がめんどくさかったが、塗り薬で治したと説明すると、「大変厚かましいお願いですが........」と頼み事をされた。
夢での勝利もあり、少し気分が良かったので了承することにした。
話を聞くと昨日の夜に怪我をした従者がおり、回復魔法を使っても効果が薄いとのこと。
出来ればその薬を分けて欲しいらしい。
特に断る理由もないので分けることにした。
ただ副作用として、ものすごい痛みがあることを伝える。
「構わない」と了承を得て従者の人達に塗り込んでいく。
すると、薬の副作用で絶叫と気絶を繰り返すという阿鼻叫喚の状態になった。
キチンと確認したのだから文句を言われる筋合いはないが、流石にこの状態には驚き、全員を締め落とし気絶させることにした。
しかし痛みでまた覚醒。
すぐさま締め落とすのサイクルを繰り返す。
その後、おおよそ昼になるころには全員落ち着いた。
怪我を確認するとほぼ完治していた。
幾人かの従者は驚き、怪我をしている従者は痛みで呻いている。
ほぼ完治しているのだから、もうさほど痛くないだろうに、堪え性がないなと眺めていた。
塗り薬の効能を見ていた執事長らしき人物が、この薬を分けて欲しいと言われたので、作った分を渡すことにした。
コップ一杯分だが喜んでもらえた。
そのお礼として、食料と地図、獣人族の情報、そこで使われる通貨をいくつか頂いた。
気になっていた調味料や食材を分けて貰えたのはことさら嬉しかった。
流石にタダで貰う分には気が引ける量だったので、お金を払うといったが、「フレア様の恋人から貰うわけにはいきません」と言われた。
そう言えばそう言う設定でしたね。
フレアから家の懐事情を聞かされているので、何とか交渉し、物々交換という形で魔石と交換させて貰った。
こちらも捨てるつもりだった魔石が減って丁度良かった。
ちなみに頭の上で爆睡している蛇? はこちらが引き取ることになった。
寝てる隙に渡そうとしたが、パチリと目を覚まし、大粒の涙を流しながら別れを拒否した。
そんな風に泣かれると非常食としてく食べずらくなるだろう。
そういえばと、ホノロゥさんの事を思い出す。
獣人族の国に行くのなら、頼まれていたことを忘れないようにしないとな。
キチンと鍔を持っているか確認する。
よし、ちゃんとある。
カバンの中に放り込み、荷物の準備をしていたが、ここで一つ気掛かりな事がある。
フレアだ。
今朝起きてから一度も会っていない。
出来れば一緒に獣人の国に行きたいと思うので誘うつもりだが、了承してくれるだろうか。
フレアが、あそこまで頑張って十席になったのだから断られる可能性が高い。
首席での卒業があいつの目標なのだから。
まぁ、ダメもとで聞いてみよう。
もしかしたら、烈火のごとく怒るかもしれない。
私の協力者だろう! と、主席卒業するまで協力しろ! と
まぁ、最後まで付き合うのが筋なんだろうが、こちらも行くべきところが決まり、あそこに留まる理由はもう薄い。
知りたい事は大凡知れた。
断わられたなら一人でも行くつもりだが、出来れば一緒に行きたいなとも思う。
「ん? もしかして、これが恋って奴か?」
気が付けばあいつのことを考えている。
自覚してしまうと不思議と胸が高鳴る。
っはは。と不思議な甘酸っぱい感情に笑えて来てしまう。
よくよく考えたら初恋という奴だな。
そんな自分に苦笑していると、心臓に氷の槍が突き刺さる殺意を感じた。
咄嗟に下がり、警戒心を高める。
血反吐を連想させる、この殺気には覚えがある。
妹だ。
近くにいるのか? いやこの世界にいるわけがない。
知らないうちに呼吸が乱れ、心拍が先程とは違う形で跳ね上がる。
どんなに離れていても家族の心は一つというやつか。
それとも家族の想いは距離は関係ないという奴だろうか。
殺気立ってたけど。
浮かれた心に冷水を浴びさせられた気分だ。
心落ち着かせるために深呼吸する。
「フゥー...........。何かしたか?」
何か妹を怒らせるようなことをしただろうか。
思いつかない。
まぁ何が切っ掛けで怒るか分からない妹だ。
いつだったか、妹が自分の布団で寝転がっている所を見ただけでアバラを折るという理不尽な事をされたのだ。
心当たりを考えた所で無駄かもしれない。
何か気に入らない事があり、兄に八つ当たりをしたいだけかもしれないしな。
ふと冷静になったおかげでフレアが会いに来ない心当たりを思い出した。
「よく考えたら、キスはやり過ぎたな」
怒っていて会いたくないのかもしれない。
「とにかく会いに行くか」
会いに行かなければ話は進まない。
フレアの部屋へと足を運ぶ。
◆◇◆ フレア=レイ=ブライトネス
私、フレア=レイ=ブライトネスは人生の分水嶺に立たされていた。
部屋の窓から入って来たシヒロ=シラズミという人物によって。
「一緒に行かないか?」
それは、飛びついてでも、泣きついてでも欲していた言葉だった。
彼と共に行けるという事。
全てを投げ出しても良いと思えるほどの魅力的な言葉だった。
体が硬直してしまう。
口が渇く。
無意識に吐き出そうとした答えを必死に飲み込む。
そして、自分の覚悟を紡ぎ出す。
「ごめんなさい。私は行けないわ。協力者の関係も今日まででいいわよ」
自分の何かを絞め殺す答えだった。
「そうか」
「これを渡しておくわね」
そういって、家紋の入った指輪を渡す。
「あなたの身分はブライトネス家が保証するわ」
「勝手に決めて良いのかよ」
「父様からの許可も貰ってるからいいのよ」
「ありがとう。貰ってくよ。元気でな」
「えぇ、またね」
「あぁ」
素っ気なくそう言うと彼は部屋を出て行った。
これでいい、これでいい。
そう言い聞かせながらも涙が止まらず、気が付けば床に座り込んでいた。
私の覚悟とは彼との決別だった。
一度、彼から離れる事。
ここで彼と別れないと、私の、彼への好意が崇拝に変わってしまう。
尊敬以上に憧れてしまうだろう。
そうではない。
そうであってはならないのだ。
彼の後ろにいたいのではない。
膝を折り、祈りたいわけではないのだ。
私は彼の隣に立ち。共に万難辛苦に立ち向かいたいのだ。
しかし、それは今は無理だ。
私自身が彼の足を引っ張ってしまう。
対等でありたい。
そのためには私自身が強くならねばならない。
もう一度自分の覚悟をなぞる様にそう言い聞かせた。
だが、溢れる涙は止まらなかった。
「絶対に..........絶対に追いつくから.........追いついて見せるから」
よろめく足に力を籠め、必死に立ち上がる。
今度会う時は、足手まといとしてではなく、彼の半身となれるように。
強い女になれるように。
「会う日を楽しみにしてなさい」
濡れる瞳に火がついた。