40話
木の陰に隠れる様に、己の作った駒が白い炎に燃やされる光景を目撃していた。
「すごいね。まさかこんな所で見れるとは思わなかった」
すでに壊れた駒には、すでに興味をなくしていた。
「『白炎』、『聖なる炎』、『奇跡の残り火』呼び方は様々だけど、共通するのは万物を燃やす事が出来ると言われる白い炎」
それは事象さえ燃やす事が出来る。
だからだろう、彼女の手は元に戻っている。
本物だ。
自然と上がる口角を抑える事が出来なかった。
「成る程理解した。これで納得がいった。早速だけど回収しよう。希少な素材だからね」
回収するため動こうとするが、縛られていて動かない。
「そこまでです」
「動くと刻むぞ。ボケ」
細い糸が全身を絡めとり、見えない刃が首に当てられる。
声がかかるまで気付く事が出来なかった。
「随分と好き勝手やってくれるな。ただで帰れると思ってんのか?」
「あなたには色々と喋ってもらいますよ」
視線を動かすとメイドと執事が確認できた。
「ははっ。今は気分がいいからね。喋るのはやぶさかではないよ」
糸が体に食い込む。
「誰が勝手に答えて良いといった? こっちの質問を馬鹿みたいに答えればいいんだよ」
「まず、何が目的か話してもらいましょうか」
クスリと笑う。
「それは当然。あの目の前の大活躍をしたフレアちゃんだよ。持って帰って実験したいんだ。大丈夫、一切の無駄が無いようにするから」
太腿に見えない刃が突き刺さる。
「この状態でよくそんな口が叩けますね。次です。貴方は一体何者ですか?」
「旧姓キリサキ=フウカ。今はジュリと名乗っているよ。それとも人魔大戦の救世主の方が伝わるかな?」
周りに緊張が走る。
肩にまた一本見えない刃が刺さる。
「笑えない冗談ですね。500年前だという事を知らないのですか?」
「舐められてるんだよ。腕の一本捩じ切れば素直になる」
その言葉と共に腕が千切れ跳ぶ。
「酷い事するな。本当なのに。それにしてもブライトネス家。優秀な人材が沢山いるんだね。君たち以外の人が何処にいるか探れないや」
もう片方の腕が千切れ跳ぶ。
「四肢を千切ってそのまま連れて行った方が早いな」
「そうしますか」
その冷酷な判断をすぐさま実行する。
両足が千切れ落ち、体が地面へと落下する。
「おしいなぁ。本当に惜しい。ぜひ君達も持って帰りたいんだが、如何せん優秀過ぎる。苦労しそうだ。なら贅沢を言わずにフレアちゃんだけにしよう」
首を掴まれ、持ち上げられる。
「そこまで虚勢が言えれば立派だよ」
「さっさと持って行きますよ」
その瞬間、頭頂部が裂け巨大な口になる。
「ザンネンダケド、ツレテイクヨ」
千切れた手足が、体が、気味の悪い生物へと変身する。
「タノシンデネ..........キィィィウゥゥゥ!!」
その奇声と共に辺りを無差別に襲い始めた。
◆◇◆
ぷはっ。
フレアから唇を離す。
気絶しているのか意識はない。
せっかく起きたのに、とも思うが、こちらの怪我を見られて罪悪感でも持たれたら気分が悪い。
チラリと意識のないフレアの顔を覗き見る。
それにしても、先程までのフレアの反応はなかなか面白かった。
途中から抵抗がなくなり、少しして大きくビクビクッと痙攣し、最後は完全に反応がなくなった。
途中まで細かく痙攣して面白かったが、それすらなくなったので止め時だと判断した。
だが、この技は少し危険だ。
している側も変な気分になって来る。
何かむず痒い感覚にとらわれる。
「ギィ..........」
頭の上で弱ったような声が聞こえる。
「居たの忘れてた」
髪から取り出すと、ぐったりとしていた。
手の平でコロコロと転がすもなされるままだ。
「お前も頑張ってくれてたのか?」
フレアの火から守ってくれたのかもしれない。
「ギ」
そうだよ。というように短く答える。
「ありがとな」
「ギィ」
そういうとふわりと浮かびまた髪の中に入っていく。
っと。今は怪我の具合を確認しないとな。
目視と触診で判断する。
左腕には大きく火傷をしており、少し爛れている。
手の平は、火傷がひどく筋が見えている。
顔に軽く触れる。
感覚が鈍く、水膨れがある。
よかった。軽症だな。
収納袋から油を取り出し応急手当てをしておく。
次に自分の格好である。
借り物の服は全て燃えてしまった。
ボロボロのクマの毛皮、パンツ、収納袋、ポーチ、守り刀以外は残っていない。
フレアの方も、ぶかぶかのシャツ以外は残っていない。
我が家の服は防火性能でも兼ね備えているのだろうか?
まぁいいか。
深く考えても理解できない。
早く着替えよう。
ポーチに入れてあるカバンから着替えを出す。
ついでにフレアにも貸してあげよう。
シャツ一枚の少女とパンツ一枚の男。
傍から見れば変態2人だ。
露出狂だと騒がれても弁明する事が出来ない。
素早く着替える。
そして気を失っているフレアにも着せようとした時に、一人の女性がこちらに向かって歩いて来る。
やましい事などしていないのに緊張が走る。
「初めまして」
声を掛けられた。
叫ばれる心配はなさそうだ。
ただ.........。
「あぁ、初めまして、女性がこんな夜中に出歩くものじゃないよ。特に今夜は危ない」
「親切にどうも。ただ、予定があるから出歩いてるんだよね」
「そうか、明日にした方がいいと思うがね」
「明日じゃ意味ないんだよ。彼女を家に届けたいんだ。渡してくれないか?」
「知らない奴に渡す気はないぞ」
「彼女の知り合いだよ。君は知らないだろうけど」
「そうか。それなら一緒に帰るか?」
「遠慮するよ。劣人種と一緒に居たくないからね」
「そりゃ正論だな。だがもういいだろう?」
「どういう意味かな?」
「茶番はもういいだろうって事だ。まだ続けたいのか?」
こういった奴に何度も辛酸と煮え湯を飲まされているからよくわかる。
笑顔で人を破滅に追い込む奴だ。
仲良くできない人種だな。
「んー。それもそうだね。なら率直に言うよ?」
べっと舌を出す。
「取り敢えずその子が欲しいんだ。こちらに渡してくれない? 君には興味が湧かないから帰っていいよ」
「優しいね。渡したその場で殺すものだと思ったよ。その方が後腐れがないからな」
「君がそうして欲しいならするけど?」
「遠慮しとく。ほら受け取れ」
気絶しているフレアを投げ渡す。
「おっと」
視線がフレアに移る。
フレアを投げたと同時に抜き放った小太刀を振るう。
白墨流業術 朱莉式奥義 『末魔断』
「へ?」
素っ頓狂な声が聞こえた。
すると、その体の体積からは考えられないほどの大量の液体が噴き出す。
空中に放り出したフレアをキャッチする。
「舐め過ぎだ」
相対してすぐに敵だと判断した。
経験上こういうのは味方ではない。
だからこそグダグダと話しながら観察した。
どう戦うべきか。
どのような事をしてくるのか。
魔法という力、慨嘆の大森林の魔物達の戦い方。
そういったものを加味しながら予想した。
そして、長引かせて戦うのは危険だと判断。
だからこそ超短期決戦を選択した。
妹考案の奥義。
何よりも強さにおいて信頼があり、独創的なアイディアを持つ妹の力を借りた。
成功してよかった。
ん?
安堵の後に微かな違和感がよぎり、一抹の考えが浮かぶ。
なぜ「逃げる」という選択がなかったのだろうか。
狙いはフレアだ。渡しても逃げ切れる自信はある。
なのになぜ逃げなかった?
天を仰ぎ、溜め息をつく。
答えはすぐに出た。
フレアだからだろう。
フレアに何かするのは明白だ。
それが嫌だと思ってしまった。
だから戦う選択をした。
いつの間にかこいつの優先順位が上がっている。
.........腹立つなぁ。
ぐりぐりとデコを押す。
「..........な.........で?」
液体を噴き出しながら問いかける。
まだ生きてたのか。
イヤそもそも生きてないのだろう。
ロボットみたいなものだ。
恐らくどこかで操っている。
「なんで治らないか、か? これのせいじゃないか?」
小太刀を抜いて見せる。
「........い......い......ね。....き.......み」
言い終わる前に倒れこみ、全て液体になってしまった。
「厄介な相手だな。これから苦労しそう」
こういう手合いは知っている。大変に粘着質だ。
目的、手段そういった積み重ねたものを全て吹っ飛ばしてでも自分の好奇心を優先する。
あの感じから言って、フレアから標的が自分に変わった。
本当に苦労しそうである。
「はぁ、これで死んだら怨むからな」
えっちら、おっちら、担ぎながらブライトネス家へとフレアを連れ帰る。
ちなみに服を着せるのは面倒になったのでそのままにしてある。
腕痛いし。
・・・・
・・・
・・
無事にブライトネス家に到着した。
多少は感謝してくれるかと思ったが、予想を超えて大感謝された。
フレアの人徳を感じる。
人徳が無ければこんなに感謝される事は無いだろう。
取り急ぎフレアの治療と自分の治療が始まる。
フレアは傷一つなく、落ち着けば目を覚ますとのことだ。
問題はこっちだ。
やはりと言えばいいのか回復魔法で傷が治る事は無かった。
何故? といったような顔をしていたので、劣人種だからと伝えると、とても悔しそうな顔をした。
自分の事は自分でするからと包帯をいくつか貰い部屋に入る。
ふと鏡を見てみると、水膨れた顔が映っていた。
「.........。滑稽だな」
なんとも間抜け面だ。
家族なら爆笑している光景が容易に想像できる。
まぁ、それぐらい軽傷の部類に入るということだ。
慌てる程でもない。
落ち着いてポーチからカバンを取り出し、一つの瓶を取り出す。
中には白い粉が入っている。
それを一つまみ、コップの水に入れる。
それを指で混ぜると少しずつとろみがつき始める。
さらに混ぜると、クリームのように粘りが出る。
白墨家 万能傷薬の完成である。
「これを塗るときが一番覚悟がいるよな」
打ち身や捻挫、擦傷、火傷、切り傷などは当然効果があり、傷跡なく完治する。
腕が無くなっても即止血が可能。
骨や内臓が飛び出ても、傷に塗り込み適切な位置に戻せば感染症の心配もなく傷口が塞がる。
そんな便利な万能薬だが一つだけ欠点がある。
「滅茶苦茶痛いんだよな」
覚悟して火傷の部分に塗りこんでいく。
「グッ........あぁ。っつう.......痛っ」
神経に砂鉄を塗り込んでいるような痛みが走る。
激痛と鈍痛が襲う。
正直、腕を切り落としたいぐらいの痛みだ。
この傷薬を作った父親曰く。
痛みが無ければ、これに頼ってしまう。
そうなればこれが無くなった時に命を落とす危険性が増す。
出来るだけ使わないように心掛けなさいとのことだ。
痛みと共に心に沁みます。
腕や顔に火傷を負った部分に塗り込んでは、呻き声が漏れる。
「..........痛い」
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