39話
初めはフレア視点となります。
◇◆◇ フレア=レイ=ブライトネス
フワフワと浮かんでいるような感じがする。
柔らかい毛布にくるんでいるような気もする。
温かいお湯の中にいるのかもしれない。
「ここは、何処?」
真っ白い世界にいるようだ。
いやよく見ると、蜃気楼のように揺らめいてる。
思考が千切れては、また繋がり安定して考えられない。
辛うじて細い思考を手繰りよせて思い出す。
どうしてこのような状況になったのか。
確か晩餐会が途中で中止になって、鬱陶しいドレスと息苦しいコルセットを脱ぎ捨て、いつもの服装に着替えた。
何故中止されたのか分からなかったから、慌ただしく動く従者のあとを付け、入った部屋に聞き耳を立てた。
すると想像以上の話をしていた。
脅威が迫っている事。
それも一国を滅ぼすほどの脅威。
「ここまでは覚えているわ」
そして、迫り来るそれを目撃した。
木と同等に大きく、角が生えた頭蓋骨、黒く炭化した焼死体のようなモノが、手で触れるものすべてを煤に変えながら近づいていた。
あまりの気味の悪さに眉を顰めた。
「あれは、気持ち悪かったわね」
まるで他人事のように感じる。
意識が揺蕩っている。
「その後は、どうしたんだっけ?」
ボンヤリとする。
まるで砂時計の様に思考が抜け落ちる。
僅かに残った思考をかき集め思い出す。
何か、驚いたような、愕然としたような、とにかく感情が爆発したような事があったのだ。
なんだっけ........だめだ、眠くて仕方ない。
とても心地良く、このまま全て委ねてしまいたい気分だ。
だがそれでも思い出さなければならない様な気がする。
「あぁ、そうだ。マントだ」
あの焼死体の腹に、見慣れたマントがあったのだ。
一緒に踊った人がつけていたマント。
大切な人。
大好きな人。
その人が身に付けていたマントがあったのだ。
彼が死ぬわけはない。
だが彼が身に付けていたマントがある。
なぜ? どうして? 戦って負けた?
あのシヒロが?
負けた? 死んだの?
最悪の状況が脳裏に浮かんだ。
一気に血の気が引いた。
臓腑に冷たい鉛が流されたかのようだった。
気が付けば飛び出していた。
泣いていたような気がする。
少なくとも絶叫はした。
正面から相対し、持てる力をすべて使った。
あらん限りの技をすべて使った。
全力を尽くした。
だが、勝てなかった。
たった一振りで、魔法はかき消された。
何の抵抗もなく腕は消し飛び、煤になった。
最後には力尽き、地面に倒れ、空を見上げた。
絶命の一撃を振り下ろされた。
体に衝撃を受けると、意識が途切れた。
「そう、私は死んだのね。だからとても眠いのかしら」
意識が途切れ途切れになる。
「.......あれが気になるわね」
視界の隅で、チラチラと黒い揺らめきが気になって眠れない。
軽く手を振る、黒い揺らめきが小さくなる。
何度か手を振ると、それは真っ白になった。
なんだか少し心地がいい。
よく見るとかなり小さいが、黒い点のようなモノがいくつかある。
あれも白くしよう。
そう思い手を振ろうとすると、視界の半分が急に真っ暗に染まる。
視界に染まる黒に驚き何度も手を振り、白に染めようと手を振る。
しかし、それは全てを飲み込むように黒いままだった。
その手からは熱さを感じた。
力強さを感じた。
これは、知っているような感じがする。
懐かしすら感じる。
何処だったか。
いつだったか。
「寝惚けてないで、さっさと起きろ!!!」
遠くの方で聞いた事がある声が聞こえる。
ずっと聞いていたくなるような声。
その後も何か言っているが遠くて聞き取れない。
すると唇に柔らかな感触がした。
「?。 !?。 !!?」
口の中に柔らかいものが侵入し、絡みついて来る。
「んーーーーーーーー!!!!!」
白い世界に色がついた。
◆◇◆ ブライトネス家 従者
一瞬の油断。
決して許されない過ちだ。
フレアお嬢様を独断で飛びださせてしまった。
飛び出した時になって、ようやく気付いたのだ。
間抜けにもほどがある。
必死に追いつこうとするが、早すぎる。
少し合わなかっただけで、この成長性。
本来であるなら両手を挙げ喜ぶべきだが、今はそれが憎い。
そして巨大な火の手が上がる。
フレア様の魔法だろう。
巨大な火柱が闇夜を焼き尽くす。
近づく事が出来ない程の熱量。
周りの木々は一瞬にして燃え尽きた。
大量の火の粉と煤が中空を漂っている。
相対する『煤火の狂人』を紅蓮の炎が牙を剝く。
矢継ぎ早に強力な魔法が放たれる。
まるで炎を飼いならすかのような姿だった。
一方的だった。
このまま勝てるのではないかと思えた。
しかし、軽く腕を振り払うと、全ての魔法はかき消された。
大量の煤が舞う。
それでも諦めていないのか、歯を食いしばりながら凝縮した炎魔法を試みる。
突き出した手を前に出し、放とうとした時、腕ごとかき消されてしまった。
「フレア様!!!!」
何を呆けていたのだ。
例えこの身が焼き尽くしたとしても、助けに行くべきだった。
力尽きる様に地面に落ちる。
腕を振り上げ止めの一撃を振り下ろす。
「やめろォォォォォ!!!」
ズン!! と地面が揺らぐ。
「あ....あ....あぁ。そんな」
崩れ落ちる。
絶望がこの身を引き裂く。
だが、異変はすぐに訪れる。
振り下ろした腕から白い炎が絡みつく。
押し返すように、白い炎を纏ったフレア様が現れた。
「フレア様!」
『煤火の狂人』が何やら大声で叫び、大量の煤を吐き出している。
何が起きたかはわからないが、救い出すチャンスだ。
しかし、体が動かせない。力が入らない。
ばたりと倒れる。
.........フレア様。
◆◇◆
「.........フレアか?」
白い炎に包まれて浮いている。
身の丈に合っていない大きなシャツを除けば、どうやら服は燃え尽きているようだ。
下から見上げると色々と危ない。
って違う。そうじゃない。
「あれ、フレアに渡したままのシャツだよな? 何で着てるんだ?」
返してもらうのをすっかりと忘れていた。
すると真っ白な炎が巨大な何かを焼き尽くそうとしていた。
角が生えた頭蓋骨に、大量の煤を全身から噴き出している。
「あいつが犯人か」
あのダンジョンの生き物を全て殺し、あの道中の人を殺した犯人だろう。
ダンジョンからの位置から考えると、見逃してしまったことになる。
少し信じられないが、事実ここに居るのだから見逃したのだろう。
もしかしたら、そんな魔法があるのかもしれない。
だがそれも確かめようもない。
フレアが、死にかけているそれに止めを差した。
白い炎に包まれたそれは、白い灰になって朽ちていく。
だが。
「マズいな」
どうやらフレアは意識が無いようで、倒したというのに白い炎は勢いが増している。
さらに、近くにいる従者達にまで攻撃をしようとしている。
このまま放っておけば、間違いなく殺してしまうだろう。
後々、それが心の傷となり下手をすれば一生の傷になるのは目に見えてわかる。
「人助けはこちらにメリットがあるか、暇な時だと決めてるんだがな」
残念な事に今は手持無沙汰だ。
ダンジョンも肩透かしだったし、帰って寝るぐらいだろう。
「運がいいのか悪いのか」
何度貸しを作ればいいのか。
あとで後悔するだろう。
下手な高利貸しよりも質が悪いかもな。
全力で駆ける。
目の前の木々を最小限の動きで躱していく。
一歩踏み出すだけで地面が揺らぐ。
巨大な生物の歩みの様に。
「倒れろ!!」
幾つかの魔石を取り出し、巨大なそれに向かって投擲する。
燃える老木のようなそれに命中すると、フレアの方向へと倒れだす。
それを足場にして、フレアの真上と飛び上がる。
燃えそうなほどの熱量だ。
慌ててポーチからクマの毛皮を取り出し、熱から守る。
それでも、毛皮が燃えているのか焦げたにおいが鼻を突いた。
手を伸ばし、フレアの顔を鷲掴みにする。
文字通り焼けるように痛い。
指の隙間から目を見るが、焦点が合っていない。
「ッチ!」
舌打ちをする。
フレアが白い炎による攻撃を仕掛けてきた。
何度も直撃を喰らい、掴んだ手からは感覚がなくなる。
毛皮も役割を果たさないぐらい燃えてしまった。
その時、半目の状態のフレアから僅かに光が戻る。
「寝惚けてないで、さっさと起きろ!!!」
反応がない。
まるで寝惚けて聞こえていない様な状態だ。
ならば目が覚めるような衝撃を与えればいい。
荒療治だ。
時間をかけるつもりはない。
「起きないと大変な事になるぞ」
当然反応はない。
「言ったからな。後悔しても知らないぞ」
昔、酔った母さんにされた方法だ。
寝惚けた状態だったが、一発で目が覚めた。
それに覚えたことを試す丁度いい機会だ。
フレアの顔にゆっくりと近づく。
ジリジリと顔が焼ける。
懐かしささえ覚える、慣れない痛みだ。
そして優しく唇を重ねる。
ここで活躍するとは思はなかったが、今こそ使おう。
父さん直伝。『基本編、舌技・100選』
痛みを我慢して、舌をゆっくりと絡める。
意識が戻ってきたのか、呼吸が変化する。
そして、
「んーーーーーーーー!!!!!」
どうやら覚醒したようだ。
気が付けば白い炎は消えていた。
浮いていた状態から落下する。
唇を離さず、衝撃を与えないように静かに着地。
バシバシと肩を叩かれている。
悪いが今の状態を見られるわけにはいかない。
腕の皮膚は爛れており、顔も似た様な状態だ。
せっかく起きたのに、ショックで気絶させるわけにもいかない。
それに、あと98選残っている。
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