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34話


生れ落ちて19年、食べ物の大切さは身をもって知っている。

一片たりとも無駄にしたくないので、それを食べるための技術である料理を身に付けた。

食べ物に感謝の意味を持つマナーについても理解しており、恥にならない程度には身に付けている。

それついては、父親に厳しく、かなり厳しく躾けられた。


勿論、”郷に入れば郷に従え”という言葉がある様に、その土地、地域によって習わしがあり、様々に異なるマナーがあるのならそれに沿うようにしたいと思うし、尊重もしたい。


つまり長々と何が言いたいかというと、今この場で上流階級の食事のマナーなど僅かばかりの知識しか持っておらず、かなりのピンチだという事だ。

しかも国が違うというレベルではなく、文字通り住んでいる世界が違う。

マナーを失すれば極刑もありうる。


.......てっきり、家族水入らずで食事をとり、自分は別で食べるものだと思っていたんだがな。


服を渡された時も、恋人の軽い紹介のためだと言っていたので本当に紹介だけだと思っていたが、まさか一緒にご飯を食べるとは.........。

ここでは劣人種と言われ、侮蔑される存在だと認識していたので油断した。

だが、それは少し考えれば当然だともいえるだろう。

食事の仕方だけで、どういった人物なのかわかる。

恋人を見極めんとする家族なら、これ以上に無い手段だといえるだろう。


明らかな失態だ。


何とか挽回を試みる為、移動中に礼節について確認してみたが完璧とは言えない。

聞いた感じだと洋式形式の食事のマナーでいいはずだと予測する。

間違っていても田舎者だから、と言い訳で許してくれるだろうか?

許してくれることを祈ろう。


服装は執事に確認を取り、大丈夫と言われたし、髪型は清潔を心掛ける為、父さんを見習ってオールバックにしてみた。

頑固な髪質のせいで、ライオンの様になっているが、先程までの無造作な髪に比べればマシだろう。

清潔感を重視だ。

仮に何か言われても、これが今流行りの髪型です。と言い通そう。

田舎の流行は分からないな、と受け取ってもらえればラッキーだ。


そんな事をごちゃごちゃと考えている間にドアの前に着く。

緊張で早くなる心拍を押さえつけ、平静と変わらない所まで落ち着かせる。


ふぅ、..........よし。


そしてドアが開かれる。

堂々と、それが当然だという振る舞いを見せゆっくりと入室する。

見苦しくないように振舞っているが、ありとあらゆる方向から視線を感じる。


品定めされているのか、それとも、さっそく何か粗相をしてしまったのか?


顔には出さないように努めているが、戦々恐々としている。

そして案内された席へと着席する。




............。





静寂がこの場を支配する。



誰も何も反応しない。

どうリアクションすればいいのか分からない。


助けを求めるように、フレアの方に微笑みながら目配せする。

そこで、いつもとは違う見慣れないフレアの装いに目が留まる。

いつも着ている服装とは違い、流麗で華やかなドレスを纏い、目尻と口に紅をつけている。

幼さが消えて、グッと大人らしく美しかった。


やっぱり別嬪だな。


目的を忘れ、ジーっと見惚れてしまった。

その視線に遅れて気が付いたのか、サッと視線を逸らされる。

おっと、悪いことしてしまったか? と、視線をフレアの家族に移す。


あー、この人達がフレアの家族か、と妙に納得してしまった。

別嬪なのは血筋だな。


席の順からして、母親とフレアの姉達と判断して良いだろう。

母親は翡翠色(ひすいいろ)の髪、長女と思わしき人物は青藤色(あおふじいろ)の髪、次女と思わしき人物は黄檗色(きはだいろ)と個性豊かな色調だ。

自分の黒い髪がよく目立つ。


長女らしき人物は母親似だ。口と鼻筋が良く似ている。

次女とフレアは父親にだろうか? 2人とも目元が良く似ている。


この部屋にいるフレア以外の全員が、こちらに好意的ではないことは明白だが、この沈黙の意味が見いだせない。

嫌がらせのような悪意は感じない。

むしろ困惑しているような雰囲気を感じる。

こちらから何か話題を振った方がいいのだろうか?

しかし、自分の立場を考えると黙っていた方が良い気がする。

波風は立たてたくない。

ここはフレアに任せた方がいいだろう。

こちらも、あえて沈黙を貫く。







長い。


紹介する前に料理が来るんじゃないかと思う。

料理の後にするものなのか? 取り敢えずもう一度フレアに目配せしておく。

また目が合うと、サッと視線を逸らされる。


それはもういい。


フレアを見ながら、軽く咳払いをする。

ハッと何かを思い出したかのようにフレアが家族を紹介し始める。

間違っていなかったようだ。

ホッと胸をなでおろす。

こちらも軽く紹介をしてもらい、当たり障りのないように自己紹介をする。

訝しげな視線は変わらないが、失態はなかったようだ。


そして紹介が終わるとタイミングを見測ったように食事が運ばれる。


ここからだな。


先程の紹介で困惑が薄まったが、四方八方から殺気を感じる。

ピリピリと感じる空気の中、食事が始まった。



・・・・・・

・・・・・

・・・・




ふぅ、と小さく息を漏らす。


結果から言えば食事は成功といって良いだろう。

首は繋がっているので最悪は回避できた。間違いではなかった。

油断大敵だが、9割方は終わったと言ってもいいだろう。


もう一度安堵の息を漏らす。


まぁ、食事の感想と言えば..........何とも言えない不思議な味だった。

美味しいとは言えないが不味くもない。

多種多様に感じる味と香りを絶妙なバランスで綱渡りをしている感じだ。

少しでもバランスを崩せば目も当てられないが、それでも渡り切ったというような、何とも評価の難しい料理だった。


嫌いではないが、真似しようとは思わない。


それが、自分なりの評価だった。

そして今は、当たり障りのない談笑をしている。


「ええ、まったく。私の家族にはまいってしまいますよ」

「それは意外だな。私から見ればあんたも相当強そうに見えるが?」


次女のヴァルサさんが問いかける。


「私なんて家族の中では下から数えた方が早いですよ。辛うじて妹弟には経験の差で何とかなっていますが、素質は軽く十倍ぐらいはありますね」


言ってて悲しくなってきた。

今頃は抜かされていても驚かないが、ちょっと悲しくなってくる。


「ですから、私が唯一、自慢できるのは料理だけですね」


食後酒を少し飲む。


度数は低いが、悪くないな。

世界は違っても、酒の味はあまり変わらないようだ。

いや、あっちで飲んだ事は無い。近いものを味わったことがあるだけだ。

20歳にもなってないのに飲むわけがないじゃないか。


誰に対しての言い訳か知らないが、心の中で否定する。


「それ程なら食べてみたいわね。明日の晩餐会に一品作ってもらえないかしら?」

「あ、あの!」


とフレアが会話に割り込んで来る。

声色から少し焦っているように感じる。


「どうしたの?」

「え、えっと、彼は、シヒロは、その、晩餐会には?」

「勿論出席してもらうわよ。料理が終わり次第出てもらうわよ」

「........わかりました」


何処か元気が無いように俯く。

こちらも顔を崩さず落胆する。


正直この堅苦しいのが明日もあるのかと思うと辟易とする。

本格的に逃げようかな、とも思う。

一応義理は果たしたことだし、抜け出してダンジョンに行くのも手だろう。

しかし、この料理に使われる食材や香草に興味がある。

出来れば分けてもらいたい。

晩餐会の出席だけなら逃げるが、調理させてくれるというならもう少しダンジョン探索は伸ばしてもいいかもしれない。


「では、明日お願いしますね」

「お任せください」


ダラダラと作って、晩餐会が終わるまで粘る事にしよう。





◆◇◆




ここはダンジョンの奥深く。

それはその場の雰囲気に似つかわしくない、どこか間の抜けた鼻歌が響いていた。

ダンジョンの魔物が跳梁跋扈するこの場所では考えられない光景だった。


「まぁ、このぐらいのダンジョンならこの程度が妥当か」


壁一面に縫い付けられた巨大な蛇を前に、その黒い影は問いかける。


「ここ貰うよ? まぁ、断ることは出来ないだろうけど」


ここの主であった者は絶命し答えることは出来ない。


「..........残り7つか。新しく作るにも材料が無いしな。そんな時間もないし」


バシャっと血溜まりに黒い塊を放り込む。


「勿体無いけど力量を調べるには弱すぎても意味無いしね。贅沢は言ってられないか」


放り込まれた黒い塊は、大きく脈動し始める。


「あの施設をたった一人で(・・・・・・)崩壊させた人物だからね」


とある施設の入り口に仕掛けた魔力感知の装置では、侵入した人数は2人(・・)とあった。

しかし、どうやったのか途中で1人は逃げ出し、残りの一人があの施設を崩壊させた。


「ブライトネス家の三女フレアちゃん。どれほどのものか見せてもらうよ」


何処か気の抜けた鼻歌を歌いながら、その場から溶けるように消えていった。




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