33話
長く連れ添った専属メイドに案内されついていく。
ここを離れてから数年しか経っていないのにとても懐かしく感じる。
まるで何十年と帰っていなかったような気分だ。
何も変わっていない通路に嬉しさを感じ、新しく購入したであろう装飾品にどこか寂しさを感じてしまう。
そして....シヒロと離れたことにも......
「まんざら嘘ってわけではないのよね」
婚約の言い訳に使ったのは正直に悪かったと思うが、惚れていることは嘘ではない。
「どうされましたか?」
どうやら思っていたことを呟いていたようだった。
「何でもないわ」
「?。そうですか」
上手く誤魔化せたのか空気を読んでくれたのか分からないが深く突っ込んで聞いてこなかった。
少し安堵した時に、ふと違和感に気付く。
普段なら気にも留めなかったであろう歩き方が気になった。
シヒロと似てる?
歩いている姿がブレていないのだ。
頭の先から背筋にかけて、一本の筋が通っており、まるで滑るように歩いている。
一旦気づいてしまうと、周りの人も気になってしまう。
他の人も?
「ねぇ、ここで働いて結構長いわよね? 私が5歳くらいの時からいたかしら?」
「はい、初めてお会いした時のことを今でもはっきりと思い出しますよ」
「その前は何をしてたの?」
「内緒です。秘密が多いほど女はモテますよ」
にこやかな笑顔で、上手くはぐらかされてしまった。
「さぁどうぞ。皆様方が待ってますよ」
「私の部屋じゃないの? っていうか皆さまって、だれ?」
「ふふ。どうぞ」
そういって扉を開くと、3人の女性がいた。
母様と姉様達だ。
「フレア! おかえり!! 待ってたのよ!」
ギュッと強く母様が抱きしめる。
「ただいま戻りました母様」
続いて長女であるアルルア姉様が優しく抱きしめる。
「大きくなったわね。主に胸が」
「え、あ、はい。そうですか?」
そして最後に次女のヴァルサ姉様が力いっぱい抱きしめる。
「く、苦しいです」
「...........知らないうちに、滅茶苦茶強くなったんじゃないか? あとで手合わせするか?」
「え、遠慮します」
ハハハ。と久方振りの母と姉の再会に喜ぶ。
姉様2人と会うのは本当に久しぶりだ。
嫁に行ってしまってから会っていない。
そんなこんなで軽い会話をする。
近況の報告から何気ない日常の会話をした。
「さてフレアちゃん。早速なんだけど、明日の晩餐会に来ていくドレスを試着しましょうか。サイズも変わっているだろうし調整してもらわないといけないわね。任せるわよ」
「はい、お任せください」
そう言われメイド達に連行される。
「ちょっと待ってください。今回は彼の紹介に来ただけで、晩餐会なんて聞いてません」
「言ってないからね」
「婚約者の候補探しも兼ねてるらしいから」
「頑張れよ!!」
そんなー、と残響を残し連れていかれる。
さて、と一区切りついた様に真剣な表情へと変わる。
「.........報告書見せてもらえるかしら?」
「はい」
何処からともなくメイド達が出てきて、差し出す紙の束をそれぞれが受け取る。
「.........娘が連れてきた恋人は、随分と.....凡人も良い所ね」
「劣人種か。珍しいな、死んでないのは運がいいからか?」
「スキルも平凡ね。あの子はどこに惹かれたのかしら?」
報告書を見ていると、その情報の少なさに気づく。
「これでお終い? ほとんど1ヶ月分しかないじゃない」
「申し訳ありません。それ以上どれほど調べましても足取りすら掴めず」
「そう」
彼女達の情報収集能力をすり抜けるなら相応の権力によって消されたか、どこか知らない場所で隠れながら過ごしていたのだろう。
そしておそらく後者だと当たりを付ける。
娘の話にもそのような話題が上っていた。
「冒険者ギルドに登録したのも随分最近ね。彼がCクラスのなのは娘のお陰かしら?」
「そのように融通したようです」
「受けた依頼もどれも一般的というか、面倒な割には金額に合わない物ばっかりだ。何がしたいんだこいつ?」
「でもみんな高評価ね。依頼達成率100%ってすごいと思うわよ」
そこで一斉に一つの事に気が付く。
砦が半壊した当日、襲撃時にその場にいた?
「ガロンド砦に居て、生きてるって事は生き永らえたのか、逃げたのかどっちだ?」
「一般人に紛れ込んで逃げたと報告があります。ただ、その件については気になる事がありますので現在も調査中です」
「そうか。まぁ、生きてなんぼだからな。そこは良しとしとくか、何かわかったら報告してくれ」
「了承しました」
「そういえば大暴走の時にもいたのよね? 確かフレアちゃんが最大功績をあげたって言ってた」
「はい」
「その時フレアちゃんの彼氏もいたって書いてるけど、具体的には何をしてたの?」
「こちらで言う衛生班の補佐をしていたようです。前線から怪我人を連れてくるようです」
「戦いはしてないの?」
「はい。彼を擁護するつもりはありませんが、彼の働きによって死者が相当数減ったと噂されてます」
「悪い人ではないのかしら」
「娘の彼氏は、今日の食事の時に見極めてみましょうか。そうすれば大凡のことは分かるでしょう」
「初顔合わせだな」
「どんな悪虫か楽しみね」
フフフ。と小さく深く笑う。
◆◇◆
案内された部屋で暇を持て余していた。
暇つぶしに、取り出した硬貨でひたすらコインロールをしている。
枚数を増やし、両手を使って行ったり戻したり、手の甲ではコインがすごい動きをしている。
そしてそれを空中に放り投げ、ジャグリングを開始する。
両手から片手へ全ての硬貨をジャグリングする。
そしてをそれを空中で一枚一枚摘まんで積み重ねる。
そこで大きなため息をつく。
本来ならここで拍手喝采なんだがな。
白墨家の新年の隠し芸大会で披露した技である。
去年はこれで大盛り上がりしたんだが、見てる人はいても無反応だと虚しくなるものだ。
これ以上虚しくなるのも嫌なので、ジジイから貰った書物の続きでも読む事にする。
今回は父さんの所ではなく、妹が書いたところを読むことにしよう。
黙々と読み進めていく。
選んだ理由は、他のに比べると文章が短く、暗号化された文字が大きいから気楽に読めるかと思ったが、正直読むんじゃなかったと後悔する。
内容は嫌味を散々に書かれている。
辟易とするが、要約すると書かれている内容は3つである。
兄ちゃんはモテないから女には気を付けろ。近づく女は全員敵だと思え。
兄ちゃんは動きが大雑把、もっと繊細な動きを練習したら強くなるよ。
私が考えた奥義だ!!
である。
「読むんじゃなかった」
奥義の部分は良いとしても、自分がどれだけ常識が欠けており、ダメな野郎なんだと好き放題に書かれている。
弟ならまだ良いが、妹に言われると地味にへこむ。
っていうか父さんの所にも奥義の欄があったが家族全員分あるんだろうか?
なんか自分のために考えてくれている思うと、ちょっと照れるな。
そこで扉を軽く叩く音がする。
「よろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
「失礼します」
そう言って先程の執事が何やら布にくるまれた物を持ってきた。
「今晩は旦那様以外の家族皆様にシヒロ様を紹介させていただく事になっておりますので、こちらのお召し物を着ていただきます」
そう言って布を取り、礼装を手渡される。
「サイズはピッタリかと思いますが、どこか不具合がありましたら何なりとお申し付けください」
そう言って静かに退出する。
何でサイズ知ってるんだ?
そんな些細な事を考えたが、分かる人物ならわかるんだろう。
あの執事の暗器が増えたことが分かったように。
「ドレスコードって奴かな? 取り敢えず着替えるか」
ゆっくりと慎重に着替える。
下手に着ると破れる恐れがある。
さて、着付けはこれで大丈夫かな?
◇◆◇ ブライトネス家族
ブライトネス家での夕食会が開かれる。
家長は不在であるが、それ以外の家族はそろっていた。
家長の妻は、久しぶりの三姉妹のドレスに喜び。
長女と次女は、末妹の彼氏の品定めに微笑み。
末妹は、どこか落ち着かずソワソワとしていた。
「シヒロ様をお連れしました。失礼します」
その言葉とともに扉が開き、執事と客品であるシヒロと呼ばれた人物が食間に入る。
黒い髪を全て後ろにすきあげ、吸い込まれるような黒い瞳、そしてそれにあつらえた様な黒い礼装が見る者を引き付けた。
そして、その姿を見た者の反応は様々だった。
彼を見ていない従者は、その佇まいと清廉さに驚き。
一度、彼の姿を確認した従者はその変わりように驚いた。
家長の妻は、渡した服に注目した。
特殊な繊維を服の胸元に刺繍してあり、着ている人の魔力の量で色が変化するのだが、黒いままだという事は、本当に魔力を持っていないという事になる。
見た目は娘の倍ぐらいの歳の差がありそうなのにね。
とても10代という報告が信じられなかった。
長女は振る舞いから粗を探ろうと思っていた。
どんなに偽装したとしても人それぞれ癖というモノが出る。
田舎育ちであるなら、付け焼刃でのマナー等でボロが出ると予想し、それを指摘して意地悪をしようかと思っていたが、想像に反して品格があり、どこか清涼で涼やかな印象を受けた。
悪くはないんだろうけど、フレアちゃんはおじさん趣味なのかしら?
歳の差は倍くらいありそうで、とても10代には見えなかった。
次女は、その姿を見ただけで激しく混乱していた。
経験則、知識から考えれば魔力を持たない者はとても貧弱で弱いと思っていたが、目の前にいる人物は全く逆の印象を受けた。
上位のドラゴンを人の形に収めた様な戦力を感じるのに、魔力が無い。
ひどい矛盾を受けたような感覚に襲われた。
嫌がらせでナイフでも投げてやろう、という考えが消し飛んだ。
.......妹は、ナニを連れてきたんだ?
見た目からして明らかに姉さんより年上の人物に警戒する。
その客品であるシヒロは、それぞれの思いなど気にする素振りもせず、案内された席に着席する。
彼に対しての感情は様々だが、ここに居る全ての者が彼に目が離せなかった。
それは、人が持つ魅力等ではなく、蛇に睨まれた蛙のような恐怖のそれに近かった。
しかし、それに気づいた人物は誰一人としていない。
何故ならこのような人物に会った者は誰もいないうえに、これからも現れることはないだろう。
だからこそ彼の力量を測り損ねていた。
誰もが自分よりも力量が下だと思っていたからだ。
ただ、この場のたった一人を除いて
「はぁ.........」
熱く甘く蕩ける様な感嘆の吐息を漏らす。
末妹、フレアは濡れるような瞳で彼を見つめていた。