32話
一度追跡を振り切ったとはいえ、それで諦めるかと言われれば疑問を感じるので、遠回りに迂回しつつアズガルド学園へ移動する。
しかし特に何も起きず、追跡されている感じもせず、無事に到着する事が出来た。
そして、アズガルド学園でその後の顛末の情報収集をすると、ガロンド砦の他にも別の砦が襲われており、大変な事になっていたという事だ。
運よくどちらも全滅はしていないようだ。
理由は敵が急遽、撤退したとのことらしい。
どにかく最悪の事態は回避されたようだ。
撤退させた要因としてガロンド砦の防衛力の高さが絶賛されていた。
そして他の砦では、『閃剣』のディタン。『剣舞』のフィリア=カンザキ。『白老』アルベルト=ギンドラッドの活躍のお陰とされていた。
あそこの連中も悪運が強いなと、思うと同時に正直ほっとする。
見殺しにしたのだから後味が少なからず緩和された。
そして一段落した今は、引き続き勉学に勤しんでいる。
知りたかった魔法の事、選ばれし者しか受けられないアズガルド学園の授業で学ぶことにした。
授業料として結構な出費だったが必要経費だと割り切る。
そして、待ちに待った初めての学校での授業に結構ワクワクしていたのだが、今は悪戦苦闘している。
魔法に関する授業を5つ受けたが、人により魔法に関する解釈がバラバラなのだ。
今、教鞭を振るっている教師は特に癖があるのか理解しずらい。
立ち見の状態で、辞書を片手に必死で理解しようと奮闘していた。
説明が難しいのか、何人かは居眠りをしている。
分からない所や言葉は辞書で、それでも分からないならメモを取り後でフレアにでも聞くことにする。
そして一通り受けた授業を自分なりに理解した所を纏めると、魔法の原理は基本4つ。
火、水、地、風。
これらの派生で様々な魔法が生まれるそうだ。
例えば光魔法は火の派生で、闇魔法は地の派生のようだ。
特殊な割合で幾つかを同時に使えば、雷、木、氷等が使える。
公表されているものも多いが、特殊で強力な物は秘匿されているようだ。
そして、『回路』について。
基本的に『回路』と呼ばれるものは魔力を魔法に変換するための変換装置のような物で、それの大部分が頭に存在する。
つまり脳みそだ。
そこから魔法が生成される。
そこからの解釈が人によって様々だ。
感覚で捉えている人もいれば理論で語る人もいる。
そして、魔法を使う上での詠唱についても様々な解釈がされた。
イメージを具体化させるためだとか、計算式を組み立てるためのメモ書きのような物だとか。
人によって魔法の感覚が違うようだ。
実際に使えるわけではないのであくまでこうだろうという想像でしかない。
「結構近いものだと思うんだけど、実際のところどうなんだ?」
これをフレアに聞いたが随分とげっそりとした顔で聞いている。
「正直、あの先生達の説明でそこまで理解できたシヒロが相当凄いわ。分かりやすく教えるのに向いてないのよね」
「やっぱりか、聞いてて理解するのに苦労した」
「...........そうね。大体あなたの解釈で間違いないわ。ただやっぱり、一人一人に魔法に関する感じ方というか考え方は違うのよ。似てる人もいるけど細かく見れば違うしね」
「ちなみにフレアはどうなんだ?」
「私はそんなに難しく考えてないわよ。イメージを強く持ってやってるわ」
「イメージ.........」
「そう、火を思い浮かべ、それを形にする。そして出来るだけ早く飛べ! とイメージすればそれで大体何とかなるの」
「想像し、形成し、射出か。結構手間がかかるんだな」
「これでも魔法の生成は早い方よ。理論で考える人はややこしいこと考えてるからもっと遅いわ。代わりに魔力のロスが少ないってメリットはあるけれどね」
「どっちも頭を使って魔法を発動させるのか」
「そうね。実際にするとこんな感じかしら」
小さな火を生み出し、ゆっくり飛んでいき、壁にぶつかり消えていった。
「イメージ..........ね」
「うーん、やっぱり口だけの説明じゃ難しいわね。実際に使えればすぐに理解できるんだけど」
目の見えない人に色を説明するような物かな、と考える。
「もう一回やってくれる?」
「いいわよ」
フワリと小さな火が出る。
それと同時にバン!! と手を叩く。
「ヒッ!........何するのよ」
不機嫌そうな顔でこちらを見る。
小さな火は飛ばずに消えていた。
「............成る程」
「何がよ」
「思考を中断されると、魔法も消えるのか」
「え? あぁ。そうね。そうみたい。知らなかったわ」
「パニックになったり、他所に意識を逸らされると魔法は中断されるんだな」
「面白いテーマね。あとで論文のテーマにでもしようかしら」
魔法の概要らしきものはつかめた気がする。
魔法を使うには思考というラグが存在する。
そして、それを中断させる術もある。
今回はそれだけでも十分に収穫があった。
「飯にするか」
「待ってました!」
難しい顔から急にご機嫌になった。
やはり美味しい御飯は万人を平和にさせる。
が、平和というモノは短いものだ。
ポン! と軽い音共に崩れ去る。
音の出処はフレアの方から。
何やら確認したフレアは渋い顔をする。
「どうした?」
「........」
酷く困惑をしているような、苦悩しているといった雰囲気だ。
一旦部屋から出て行くと、何やら話しているようだ。
電話のような魔道具だろうか?
迷惑になってはいけない。御飯の準備をしよう。
収納袋から料理を取り出し皿に盛り付ける。
そこで幾つかの料理が無くなっている事が判明する。
犯人は分かっているルテルだ。あとで説教だな。
楽しみにしていたベーコンを全て食べた罪は重い。
盛り終えた料理を前に待っていると、フレアが戻って来る。
その顔は先程の苦悶が嘘のように、にこやかな笑顔でこちらを見ている。
決してご飯を見たからではないだろう。
顔に悪意を感じる。
「シヒロ? お願いがあるんだけれど」
「断る」
「そう、却下するわ」
「知らん」
「私の協力者でしょ? それにそんな変な事じゃないわよ。簡単な事よ」
なら、その何もかもを道連れにしてやるといった笑顔を止めろ。
巻き込まれたくない。
「ちょっと私の家まで来てくれないかしら?」
「イヤだ」
・・・・・・
・・・・・
・・・・
景色が緩やかに過ぎ去っていく。
一切揺れがないのは貴族御用達の魔導車だからだろう。
車輪などを用いず、魔力によって浮いている。
だからとても滑らかに進んでいく。
「.........はぁ」
「正直に悪いとは思っているわ。でも、貴族の家に行けるなんてそうそう出来る体験でも無いし、良い経験と思えばいいじゃない?」
「よく言うよ」
「不貞腐れないでよ」
「そうね」
フレアから詳しい話を聞いた。
婚約相手を見繕うから戻って来いという事を回りくどく説明されたそうだ。
何度もそういった話はあったらしいが、今回は断る理由を外堀からすべて潰されてしまい、どうしたものかと考えたすえ、人身御供よろしく、惚れた相手がいるから、と断りを入れたらしい。
しかし、それなら連れてきなさいとのお達しされたのである。
それだけなら、有無を言わさず断りをいれるのだが、嫌々ながらについていくのにはそれなりの理由が出来てしまった。
フレアの父親が治める領地の近くに、新しいダンジョンが出現したとのことだ。
会話の中でその言葉が飛び出てきたときに心が揺らいだ。
行きたくない気持ちは十二分なんだが調べないわけにもいかない。
どうしたものかと悩んでいるのを察したのか、フレアの交渉術が炸裂した。
拗ねる。
脅す。
甘える。
色仕掛け。
最終的に駄々をこねるのやりたい放題で、もう降参することにした。
もう、そのダンジョンに行くための禊か儀式だと思い諦めることにする。
「あ、そろそろ到着するわね。はぁ、久々ね」
そう言って窓から身を乗り出す。
楽しそうで何よりだ。
こちとらこれからの身の振り方を知らなければならないんだから大変だ。
何か細やかなマナー違反で首とか飛ばないだろうか。
いざとなったら逃げよう。
「ほらこれが私のお父様が治めてる領地よ。なかなか素敵でしょ?」
そう勧められて窓から顔を出す。
成る程大通りは賑わっており、道路もきちんと整備されている。
何より町民の笑顔が目立つ。
領主としたらかなり優秀なのだろう。
「こんなに活気づいてるのにどうしてお前の家は金が無いんだ?」
税収の事まで深く聞く気はないが、例え緩くともこれだけ活気づいていればそこそこ裕福だと思うんだが
「それは........まぁ、色々あるというか。お父様が結構の収集家でね...........そういう事よ」
無駄遣いか。
資産はあるが現金がないといった感じかな。
止めよう。深く考えてもいい事は無い。
「まぁ、気持ちは分からんでもない。領民に迷惑が掛からないならいいんじゃないか?」
「そうね。まぁ、あまり家の事を言うのもまずいからこの話題は止めましょう」
「あぁ」
憂鬱だ。
そんな事を考えていると、屋敷の前に到着する。
執事とメイドが出迎える。
「おかえりなさいませ。フレアお嬢様」
「久々ね。話は聞いてるかしら?」
「承っております」
「ならいいわ。私の、その、まぁ、分かるでしょ? 案内してあげて」
「承知致しました」
一斉にお辞儀をすると、フレアはメイドに連れられて移動する。
「シヒロ様でよろしかったですか?」
髭を生やし、柔和な笑顔で執事が話し掛ける。
「そうです。あぁ、田舎者なので色々無作法をしてしまうと思いますがどうかご容赦を」
「お気になさらずに、どうぞ、お部屋にご案内させてもらいます。よろしければお荷物を預からせてもらいますが」
「あぁ、大丈夫だ。腰の小太刀と、ポーチぐらいだ。気にしないでくれ」
「分かりました」
そうして案内される。
案内してる間に他愛のない会話を続けて分かった事がある。
この家の従者達は相当ヤバい。
すれ違うメイド達の身のこなし方、一つ一つの動きが洗練されている。
それは決して従者のそれではない。
もっと血生臭いそれで鍛らえるものだ。
さらに言うと、この屋敷に着いてからずっと監視されてるような視線すら感じる。
具体的にどこから見られているのか把握しずらい。
絶妙に見つからないよう、視線を逸らしているのだろう。
そして、楽しげに会話しているこの執事も重心からして、服の下に暗器を隠し持っている。
逃げたい。
「私はこのお屋敷で奉仕させてもらってからというものお嬢様の生まれた時からお世話をさせて貰っています」
「そうなんですか。昔のことは知らないですけど結構お転婆だったんじゃないですか?」
「はっは。えぇ一つの事に夢中になって泥だらけになったりと、まるで男の子のようでしたよ」
容易に想像がつくな。
「そんなお嬢様が殿方を連れてくるとは我々一同大変驚いたものですよ」
「そうですか」
「ええ......本当に.......」
声色が一つ下がり、一瞬だが殺気が漏れていた。
従者の服を着た暗殺集団か何かだと判断していい様だ。
ここで安らぐという事は早々に諦めた方がいいな。
「どうぞ、この部屋で少しお待ちください。ご夕食の時に声を掛けさせてもらいます」
「.........どうも」
「また御用がありましたら、私達に気兼ねなくお声を掛けてください。それでは失礼します」
音もなく扉を閉める。
部屋を見渡すとなかなかに豪勢だ。
煌びやかだが決して下品ではない。
センスを感じるな。
ただ...........。
天井に2人。左右の壁に1人ずつ.........か。
思いっきり監視されていた。
フレアを心配しての事だろうと思うが、過剰すぎると思う。
ゆっくり眠れそうにもないな。
大きなため息をついた。