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31話


「ぷっは! ようやく振り切った。しつこい奴だったが、まさか川を潜水しながら逆流してるとは思わはなかったみたいだな。お互い無事でよかったな」


そう言って、川から上がる。


彼は素早く服を脱ぎ水を絞っている。

その広背筋をジッと見ながら先程の戦いを思い出す。

あの獣人族のような人物が魔族だったのだろう。

獣人族の特徴である膂力を遥かに上回っており、魔力なんて私を凌駕していた。


油断はしていない、警戒していた。

何かあってもすぐに動けるようにもしていた。

だが、気が付けば何か金属がぶつかる音と同時にシヒロの大きな拳が目の前に現れた。

遅れて、自分が今どういった状態なのか理解した。

死にかけていた。

ギリギリのところでシヒロに助けられていた。


ふふっ。と何かを諦めたような笑みがこぼれる。

いったい何度、私は、彼に救われたのだろうか。


何もする事が出来なかった私に、反応すら出来なかった不意打ちに、平然とついていけるシヒロの速さに驚いた。

呆然とする中、腰でも抜かしたのか足に力が入らず尻餅をついてしまう。

それと同時に頭上で何かが高速で通り抜ける。

それがナイフだと気が付き、それを躱せたのはシヒロのお陰だと気が付いたのは、私を掴んで距離を置いた時だった。


戦っている次元が違う。

今まで習ってきた常識が違う。

あれが今まで弱者だと思っていた魔族。

人族を恐れダンジョンに守られている魔族。

まったくの逆ではないか。

あんなのがウロウロしている魔界は一体どうなっているのだ。

これでは逆ではないか。

守られているのは私達の方ではないか。


その後も戦う2人の間に、私が入る余地はなかった。

怪物と化物の戦いだった。


決着はすぐに付いた。

あの化物のような相手を無傷で倒したのだ。

それも魔法を使わず。

武器を使わず。

素手で倒し退けてしまった。

恐ろしい化物は、怪物に圧倒されて吹っ飛ばされた。


シヒロが怖いと思った。

何をどうすればあの境地まで至れるのだろうか。


今、上半身裸で薪を集めている体を見ると、異常である事が見て取れる。

ゴクリと不意に生唾を飲んでしまう。


その後、吹っ飛ばした化物に止めを差しに行くのか、後を追おうとして急停止する。

すぐに踵を返して私を抱えて走り始めた。


そこから記憶が曖昧だ。


かなりの浮遊感を感じたと思ったら世界が上下さかさまになっていたり、重力がおかしくなったんじゃないかと右へ左へ。

そして、気が付くと水の中にいた。

溺れる直前に、また水から飛び出し浮遊感。


そして気が付けば今現在に至るという事だ。


反芻するようにあの戦いを思い出す。


なぜあの死角からの攻撃に対処できたのだろうか。

なぜあの投げ技を回避できたのだろうか。

眼を潰された時に使ったあれは一体何だったのか。


高次元のでの戦い。


手が震える。

そして不意に笑みが出てしまう。


上にはまだまだ上がいる。

あれは間違いなく私を強くする事が出来る経験だ。

何よりもラッキーだったのは生きている事だ。

今は無力感、憂鬱、虚脱、嬉々、興奮、その他にも様々な感情が渦巻き溢れ出て、潰れ壊れてしまいそうだが、それを感じる事が出来るのも生きてこそだ。

何時ぞや教えてもらったシヒロの言葉を思い出す。


『どんな事でもいいし、何でもいいんだが、とにかく色んな物が溢れそうになったり、受け止めきれそうにない事があった時は、それを食べる事を想像したらいい。いろんな事が飲み込みやすくなるからな』


最初何を言っているのかわからなかったが今ならわかる様な気がする。

様々に渦巻く感情を噛み潰すように口を動かす。

モグモグと口を動かし渦巻く感情を胃の中へと飲みこむ。

それでも溢れてくる。

モグモグと口を動かして何度も繰り返す。

何度も繰り返す。

すると少しスッキリしたような気分になる。

少しだけだが余裕が生まれた気がする。


「フレア、服を乾かしたいから火を出してくれ」


何でもないような顔でそう言ってくる。

先程まで怖いと思っていたシヒロがいつも通りに見える。

私は弱い。それが良く良く理解できた。

今は、それだけ分かればいい。


「構わないけど高いわよ?」

「いや、タダでしろよ。ついでに風呂も沸したいから」

「それなら仕方ないわね」


ぺちっとシヒロの背を叩く。

叩いた手が痛い。


「何するんだよ」

「いいじゃない」


やっぱり、男は少し怖いぐらいが好きだ。

シヒロなら特に。



◆◇◆



時は少し遡る。


この魔族侵攻は他の場所でも起こっていた。


慨嘆の大森林から魔物の侵入を防ぐ要塞の一つウィルマ。

シヒロ達がいるガロンドよりも早くに侵攻を受けていた。

そして、ここでもそれを食い止めるために戦う人物がいた。


「波よる歳には勝てないのう。昔ならもうちょい頑張れたんだがのう」


聖銀の刺突剣を携えて向かいうつべき敵に、歩みよる。


「..................」

「相変わらず何もしゃべらん奴だのう。まあいいわい」


瓦礫の中から這い出る。


「そう怪訝な顔をするな。何も不思議な事ではない。ワシは血を媒体にして戦う奴を専門にしておるからのう。血で戦う魔族のあんたとは相性がいいんじゃよ」


だがその言葉とは裏腹に腕は千切れかけていた。

かなりの痛手を被っているのだが、それを気にするでもなく歩を進める。

迎え撃つ相手はほぼ無傷だった。

多少なりとも傷を負っているが軽症と言える。

誰が見ても劣勢なのは老人の方だった。

しかし、向こうは戦意が無くなったようで立ち去ろうとする。


「何処へ行くのかのう?」

「...............王よ........」

「っほ。お前喋れたのか」


聞こえていないのか、小声で独り言を呟く。

そして、踵を返すようにこの場を悠々と立ち去ろうとする。


「ちょっと待って欲しいのう」


立ちふさがる。

とても戦える状態ではない。誰もが殺されると思うだろう。

しかし、この時この魔族は考えていた。

このまま殺しても良いが、それではこちらも傷を負う可能性がある。

王の命令に背いてしまう。

ならば撤退だ。


すると砦の向こうから声援のような大声が聞こえる。

私の状態を察して、あちらは引き返したようだ。

行動が早くて助かる。


「お主が魔族であることは見ればわかるが、聞きたい事がある。誰の下についている?」

「.................」

「そう言えば自己紹介がまだだったのう。ワシの名前はアルベルト=ギンドラッドという」


この男に興味はない、王の情報を漏らす気もない。

だが偉大な我が王の名を広く知り渡せる事は有益だと判断し、言葉を発する。


「.........『静謐』魔王様だ」

「そうか。お主、血鬼という名を聞いた事はあるか?」


問答はもういいといったようで、すぐさま消えてしまう。


「..........違ったか。全く、この年にもなってはしゃぎ過ぎたのう」


久々の情報源を見つけたと思ったが、またもや空振り。

鬼神と魔王は基本相容れない。


「それにしても静謐か。聞いたことが無いのう」


「やっと見つけた! 大丈夫ですか『白老』!?」


そう声を掛けたのは、『剣舞』と言われるフィリア=カンザキであった。

傷の状態を確認して急いで回復魔法をかける。


「ちょっと腕が千切れかけてるがそれ以外は大丈夫じゃ」

「無茶しないでください。若くないんだから」

「ワシもそう思っておったところじゃよ。女を抱けなくなってきたら男はおしまいじゃのう」

「尻を撫でないでください。このエロジジイ!!」


バンと頭を叩く。


「死にかけの老人を労わらんか」

「それが望みならもう少し殴りますよ? どうやら生き生きとしてらっしゃるようなので」


眼が本気だと訴えていた。

少し悪ふざけが過ぎたようだ。


「悪かったよ。それよりそっちはどうじゃ? ここを攻めてきた魔人は2人と聞いたが」

「どうやら引いて行ったみたいです。ディタンの活躍もあって何とか」

「無事か?」

「辛うじて」

「はぁ。依頼を受けた時は大暴走と聞いてたんだが、貧乏くじを引いてしまったようじゃのう。魔族とはいえ、たった2人でこのありさまじゃ」

「砦は半壊状態ですよ。復興には時間が掛かりそうですね」

「恐らく、ここだけではなく他の所も攻められていると考えられるのう」

「同意見ですね。私はここから近い、オースローに行ってみるつもりです」

「ワシは少し休憩してガロンドにでも行ってみるか。あそこには知り合いがいるしのう」


千切れかけた腕が元に戻る。

確かめるようにに腕を振り指を動かす。


「流石じゃのう」

「無茶すれば今度は千切れますよ」

「流石に今回はしんどかったわい。休憩させてもらう事にするよ」


そう言って肩を借りながら、崩れかけた砦に向かって歩き出す。


何処にいるのかのう、鬼神・血鬼。



◆◇◆



ゆらゆらと揺れる動きで目が覚める。

どうやら担がれながら移動しているようだ。

担いでいるのはゲーデンだろう。

こいつの世話になるのは嫌だが、このまま私の足代わりに動いてもらう事にする。


精々私のために頑張れにゃ、と気絶した振りをする。


それよりもさっきからスピットが私の尻尾をこれでもかと言わんばかりに頬ずりしている。

本来なら殴っている所だが、今回は助けて貰ったので大目に見ることにする。


それよりも、あいつだにゃ。

あの男。

今回の失態の原因はあの男だにゃ。


思い起こす。


ヴォルドォに金属の棒をぶつけた奴を探すついでに、人族が作った些末な建造物を破壊して楽しんでいた。


ここまでは問題にゃい。


それでここから逃げた奴がいるとスピットから教えてもらい、この中で一番速い私が行くことにした。

あの金属の棒を投げた奴がこそこそと逃げるとは思はなかったが、いないという可能性もないので早く終わらせて戻るつもりだった。


そして一番最初の集団に追いつき通りざまに切りつけた。


何とも切りごたえの無い連中だと思った。

まるで水面を切るかのような手応えの無さ。

我が王は何故こんな弱小種に興味を持たれたのかと思ったぐらいだが、何人か殺し損ねていた。

恐らく何かしらのスキルだろうと予想した。


似たような奴がうちらの中にもいるからにゃ。


【幻影】の類のスキルか認識をずらす魔法か。

どっちでもいいように感じた。

喚く連中もそこらで死んでいる連中もさして変わらない。


どうせ、みんにゃ殺すからにゃ。


軽くナイフを振ると生き残った人族の首が二つ跳んだ。


はい2人お終いにゃ。


つんざく様に耳障りな女が悲鳴を上げる。


「煩いにゃぁ」


そちらも殺しておこうとすると、女の形が少しぼやけたようになる。

幻を見せる類の魔法だったようだ。

匂いで確認し何もない空間を掴む。

すると幻影が消え、首を掴まれた女が現れる。

丁度良いのでこのまま首を絞め殺すことにした。

首の骨が折れ、だらりと人形のようになる。


これでお終いにゃ。


匂いで周りを確認する。

どうやら逃げた人間はまだ奥にいるようだ。

追いかけようとするが、その場に妙な違和感を感じた。

具体的に何かとは分からないが、足を止めてしまうような何かを。

音は聞こえない。

匂いは血だらけで判断できない。


「はぁ、面倒だにゃ」


取り敢えず、少しだけ行った振りをして様子を見ることにした。

近くの木に登り、隠れ、どんな些細な事も見逃さないように神経を尖らせる。

だが、何の気配も感じない。


ただの勘違いだったのかにゃ?


元々集中力が乏しいのだ。飽きたので後を追おうした時、小さく咽る音がした。

条件反射と言っても良い。

一切の躊躇をせず音の場所を蹴り飛ばそうとした時、死体が持ち上がり人族が飛び出してきた。


やっぱり隠れてたにゃ。


出てきたのは2人。

黒髪の男。

赤い髪の女。


この2人で一番強いのは赤髪の女だろう。

魔力は今の所、私の足元にも及ばないが、将来ヴォルドォ位なら超えるくらいの素質は持っている。

しかし、男の方からは何も感じない。

風下にいるので軽く匂いを嗅ぐが魔力の匂いが一切しない。

漏れ出る魔力だけはどんなスキルを使おうと隠しきれるものではない。


ただの雑魚かにゃ。


だが不思議と一抹の不安が拭えない。

この男から目が離せないでいる。


我が王にとって邪魔ににゃりそうなものは、例え小石だとしても払いのけるにゃ。


取り敢えず目下、女の方から殺すことにする。

右に回り込む。

案の定2人は私の動きについていないようで何もない場所を見ていた。


首貰ったにゃ。


だがそれを固い何かに防がれる。

男がナイフを抜き放ち、止めていたのだ。


そう、ここ。

ここからおかしい事ににゃったにゃ。

思い返せばおかしいことだらけにゃ。


何故見えてにゃいのに、止める事が出来たのか。

あんにゃ脆そうなナイフで、我が王から頂いた剣を防げたのか。

何故私の一撃を片手で受け止める事が出来たのか。


.........。


何故あのまま力押しでナイフごと首を狩りに行かなかったのか。

もう一本のナイフをどうしてあの女が躱せたのか。


これは今なら何となく理解できる。


あの男だにゃ。


あのまま殺したならば、こちらが殺される。

本能的にそう察知して生き残れる方法を選択してしまった。

気圧され行動を制限され、そしてあの女を無理矢理座らせた。

その後、男は女の首を掴んで距離を取った。


追撃に行けなかった。

なぜ殺せなかったのかが分からなくて動きが止まってしまった。


ここで認識を改める。

こいつは、違う。普通とは掛け離れている。

この男をよく観察する。


服で確認できないが相当鍛えている。

身長は高くない。

魔力が無いから魔法による攻撃、補助が一切できない。

先程の攻撃でナイフに小さなヒビが入っている。

武器は腰に差している一本だけ。


どう考えても殺せるはずだ。

しかし、それでも油断がならないと感じた。

だから全力で、最短で、首を取りに行く。

先に殺しとくべきはこの男。


当たると確信したが、すり抜けた。


今思えばあれは本当にギリギリの距離まで微動だにせず、最小限の動きで躱された。

気が付けば天と地が引っくり返る。

投げられた。

空中で体を捻り、着地して脱出した。


そうだあの時あの男は投げが効かないとみると、すぐに私の腕を破壊しようとしていた。

反射で動けたこと、体が柔らかい事が功を奏したのだ。


........あの男、躱すと攻撃がほとんど同時だったにゃ。


そして次は完全な死角からの攻撃、首の後ろからの攻撃を仕掛けた。

業腹だがまるで何でもないように躱される、がそれも狙い通り。

上での攻撃になれ、下への攻撃が散漫になる事を狙っての一撃、狙うは腹の真ん中。

完璧なタイミングだった。

ここでも当たると確信した。

しかし気が付けば空を見上げていた。


訳が分からない。


青い空が、すぐに黒い物で隠されてしまう。

それが手であり掴まれている時が付くと、全身に悪寒が走った。

必死に暴れるが、まるで意に介さないように外れない。

そのまま地面に叩きつけられる。

石が割れる音と共に、頭の中で何かが潰れるような音がした。

それが目だと気が付いた瞬間に、激痛と死の恐怖がよぎる。


無我夢中で魔力を四方八方にまき散らす。

魔法と言えるようなものではなかったが手は離れたようだった。


耳は先程叩きつけられた衝撃で耳鳴りがする。

鼻はどうやら目と一緒に潰されてしまったようだ。

魔力感知も効果はない、あいつには魔力が無いからだ。

片目に【超回復】と【高速再生】を集中させ元に戻す。

それで男を確認する。


あれは絶対に殺さなければ


だが、男が消えた。


一瞬倒れそうになったと思った時にはもう視界から消えていた。

そして胸に強烈な衝撃が走る。

風と雷の障壁をぶち抜いて、骨にひびが入る。


ここで殴られたことが分かった。

だが息が出来ない。痛みで動けない。

仮に動けても体が宙に浮いてしまっている。

次に来る攻撃をかわせない。

世界が恐ろしくゆっくりになる。

そして、ゆっくりと来る蹴りをただ見ているしかない。

そして胸の骨が潰された音と共に意識が飛んだ。


これが先程の顛末。


思い起こしても理解出来ない事が山ほどある。

だが分かったこともある。

あの男は強い。

悔しいがとてもつもなく強い。

今は勝てる気がしない。


今はにゃ。


ふと意識を戻すと、スピットが尻尾をマフラーのように首に巻き頬ずりしている。


やり過ぎにゃ。


尻尾に力を入れる。

苦しそうに悶えるがとてもうれしそうだった。


もういいにゃ。

この恥を王に報告しにゃいと、包み隠さず伝えにゃいといけにゃい。

それが私にしかできない事。

気が重くなるにゃ。


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