2話
目の前に巨大なクマのようなものがいる。
目測で体高2m強、全長5m強、群青色の毛に赤黒い目
四足歩行で、パッと見る分にはクマに見えるが違った生き物だろう。
なぜなら、クマには5本の刃のような角は生えていないからだ。
特徴的な角は頭に沿うように生えており鈍い光沢を帯びている。
怪物といった言葉がしっくりくる相貌である。
この場は離れるのが最善だろう。
目の前にいるクマに落ち着いて話しかける。
「どうしたんだ。迷子か? 実はこっちも迷子なんだ。気づいたらここにいてな困ってたんだ。道とかあったら教えてほしいんだが」
その場に荷物をゆっくりと置き後退る。
言葉は通じているとは思っていない。
クマにあったら話しかけて荷物を降ろし目を見ながらゆっくり下がるのがいい。
経験上、逃げれる確率が上がる。
しかし......なんだろう? .........違和感がある。
具体的に何かは分からないが、取り敢えずは目の前の問題を解決してから考えたほうが、
鉈のような爪が空気を切り裂きながら目の前を通過した。
反射的に後ろに跳んで躱していなかったら危なかった。
クマではなさそうなので、通じるか分からなかったがダメだったようだ。
それにしても
「威嚇すらしないのかよ」
風切り音からして触れただけで致命傷になりかねない。
しかし、驚くべきはデカい図体のくせに一気に詰め寄って来る素早い動きである。
走って逃げても追いつかれるのは目に見えているし、見逃してもらえそうにもない。
視線を動かす。
荷物はクマの後ろ。
武器はなく丸腰状態。
何とかしないと
戦闘は回避したい。それは最終手段だ。
うまくやり過ごすことだけを考えよう。
命は大事。
あちらも警戒しているのか追撃しようという気配がない。
膠着状態。
時間が稼げていい。このままどう逃げるか考えていると
パキパキパキ!!
クマの周りから大量の氷柱が生成されていく。
「ウソだろ....!!」
巨木に向かって走って木の根に身を隠す。
大量の氷柱がガトリングガンのように一斉に射出した。
木の根と氷が砕ける音が辺りに響く。
「あれが魔法ってやつか、まるでマシンガンだな.........このままじゃマズいな」
身を隠している木の根か伝わる振動が大きくなっている。
少しづつ削れていっている。
このままだと串刺しになるだろう。
どうする。
木に登るか?
無理だな狙い撃ちになる。
一か八か威嚇してみるか?
武器はなし。背丈はこちらの方が小さい。人数も一人と少ない。失敗する事は目に見えている。
向こうにみえる森林まで一気に走るか?
それも無理、かなり距離がある上にこの辺りは更地のように障害物が一切ない。背中を狙い撃ちにされ......
そこでふと思いつく
いや待て、潰れた木の根を盾にすればいけるんじゃないか?
木の根自体はそこそこの耐久力はある。
背負ってジグザグに走れば最悪は回避できるかもしれない。
うまくあの森に入れば、あのデカい図体だ密集した木の中では早く動けるとも思えない。
生き残れる可能性は高いとは言えないが現状では一番可能性が高い。
それにどういうわけかあのクマはこちらへ近づいてこようとしない。
警戒しているのか、それとも動けないのか......
そう考えていると、ドン!!と強い衝撃と共に、すぐ横を氷柱が貫通していた。
このままではハチの巣になる。時間がない。
でかい木の根の残骸を背負い走りだそうとしたとき
「ギュアアアァァァァ!!!」
頭上からでかい咆哮が聞こえた
あの時のトカゲが生きていたようだ。
群れを引き連れて、クマに対して空気の塊を吐き出し、攻撃していた。
クマも予想外だったのか初撃を直撃して大きく転がる。
しかし、すぐに立て直し大量の氷柱を生成し応戦していた。
地響きと爆裂音が森林に響く。
怪獣同士の戦いだなこりゃ。
だが、最大の好機だ。
逃げるなら今だ。
走って目立つようなことはしない。
得意の匍匐前進で移動することにした。
距離はだいぶあるが問題ない。匍匐には自信がある。
だてに、ジジイと母さんから逃げてない。
呼吸を整え、全力で匍匐。
出だしは好調のようだ。
今のところ気づかれていない。
ど派手にドンパチしてこちらに気が付いていない。
そのまま気づかないでくれよ、とスピードを落とさずに進んでいく。
何事もなく、順調に進んであと半分といったところだった。
大きな地響きと共に大きな影が差し、目の前に巨大な何かが落ちてきた。
舞い上がる土煙。
目を凝らし確認してみると、巨大な氷柱に串刺しにされたトカゲだった。
恐る恐る振り返るとクマがこちらへ走ってきている。
疲労はしているようだが、ほぼ無傷のようだ。
走りながら巨大な氷柱を生成し射出する。
急いで起き上がり目の前のトカゲを盾にするように回り込んだ。
遅れてやってくる衝撃。
振出しに戻ってしまった。
「逃げ切るのはもう無理そうだな」
距離はまだ半分もあるうえに、木の残骸は隠れる時に落としてしまった。
あと半分だが、走って逃げるには遠すぎる。
背中を撃たれるのが目に見える。
生き残るために逃走を選択したが、どうやら無理なようだ。
ふぅ、と一呼吸置く。
使いたくない最終手段を使う事にする。
効果があるかどうか分からないが、抵抗はさせて貰おう。
一先ずは落ちている石投げる事にしよう。
落ちている石を握りしめてクマの眉間を狙って投げようとすると、ボロリと石が砕けた。
なんだ? 土の塊だったのか?
そう思い手をのぞき込むとグシャグシャに潰れた石があった。
石だ、間違いなく石だ。ウソだろ軽く握っただけだぞ......それなのに、まさか......
他の石も拾ってみる。
そして軽くつまむように力を入れると、バギリ!!と硬いものが潰れる音と共に石が潰れた。
今度はトカゲを貫通している氷柱を掴んでみる
バキバキバキ、とクッキーのような脆さで潰れてしまった。
これは....
ドカン!!と目の前にあったでかいトカゲの死体が真横に吹っ飛んだ。
どうやらクマが吹っ飛ばしたようだ。
近距離で目が合う。
恐面な顔がこちらを突き刺すような目で睨んでいる。
そこでようやく最初に感じた違和感の正体が分かった。
恐怖心がなかったのだ。
でかい図体に膂力、わけのわからない魔法、どれをとっても警戒し、恐怖心を煽るものであるはずだ。
それがない。
クマは空気を切り裂きながら前足で攻撃してくる。
今度は避けずに受け止めてみる。
バンッ!!という破裂音に近い大きな音がした。
だが、音に反してダメージは少ない。
確かに痛いは痛いが芯に響かない。
これなら弟のビンタのほうがまだ痛い。
受け止められたことが信じられないのかクマの目に動揺の色を感じた。
そのスキをついて喉元あたりに前蹴りをくらわせる。
バギン!! と分厚い氷が割れるような音と共にクマは4~5m後方に吹っ飛んだ。
「なんだそりゃ、必死に逃げてたのがバカらしくなるな」
吹っ飛ばされたクマが素早く起き上がり唸り声をあげる。
ゴワゴワしていた毛がまるで一本一本が鉄線のように固くなる。
警戒するようにこちらを見据える。
「悪いが、今晩の晩飯になってもらう」
先程までの立ち位置は変わった。
目の前のクマは命を脅かす敵ではなく、今晩の食料へとなる。
互いに交わす視線にクマが一瞬たじろいだ。
その隙を見逃さず、一直線でクマに向かって駆ける。
・・・・
・・・
・・
どれぐらい時間がたったのだろうか....
あの巨木から随分と離れて、湖のような場所まで来ていた。
「......ハァ......ハァ....か...勝った...」
結果からみれば大したケガもしていない。
完全勝利だ。
ただ予想に反してかなり粘られた。
魔法による反撃がここまでしんどいとは予想できなかった。
氷粒の津波。
氷の破片による斬撃。
拳大の雹。
大量の氷柱が地面から生えてきたリ、頭上にでかい氷を使って虫眼鏡の容量で光を集めての攻撃。
どれも、こちらを近づけさせないように工夫されていた。
「.......頭おかしいだろうこいつ、頭が良すぎる」
氷が主な攻撃方法とはいえそれを応用しての戦術、闇雲に動いたふりをしてこの湖に誘い込んだりと、ただのクマとは思えない。
......いや、ただのクマじゃなかったな。
それにしても、愛用品のサバイバルナイフを折ってしまったのは正直痛い。
クマを追い詰めているときにカバンを回収しナイフを取り出したが、結果として折れてしまった。
解体が大変である。
「まぁ、形あるものはいつか壊れるんだ。どっかの町で補充すればいいか。まずは暗くなる前にこいつをバラすか」
晩御飯の準備を始める。
折れたナイフの代わりに、クマの頭に生えている刃のような角を一本へし折り、角の根元に布を巻き簡易のナイフを作る。
これでクマを解体する。
首と足に切れ込みを入れて血抜きをする。
これ位の切れ味なら何とか解体できそうだ。
「ささっと終わらせますか」
血抜きが終わると慣れた手つきで毛皮をはいでいく。
毛皮を剥ぎ終わり、内臓を抜いていると心臓のあたりにでかい石の様なものが見つかった。
拳大の大きさで紺色の石だった。
「おー、綺麗な石だな。売ればそこそこの値段になるかな?」
取り敢えず水で綺麗に洗い流してカバンの中にしまっておく。
その後、30分ぐらいで解体終了。
大量の肉と骨、臓物はルテルからもらった収納袋に入れる。
本当に、こんな小さな袋に入るのか今更ながらに疑ったが目の前で次々に消えていくのだ信じるしかない。
ただ、角と牙と毛皮だけは入いらなかった。おそらくだが本人が食べられると思うものに限られるようだ。
仕方がないので、角と牙は皮にくるんで持ち歩くことにする。
予定外ではあるが大量の食糧が手に入った。
「さて、食べるか」
久方ぶりに食べるクマ肉である。
少しテンションが上がる。
◆◇◆???
そこは遠く、果ての世界と言っていいようなそんな場所
そこに一つ、小奇麗な城がたっていた。
そこの一室であわただしい声がする。
「取り急ぎのため、礼を失することをお許しください」
「........どうした」
「慨嘆の大森林が攻略されたようです」
「ほう、どこぞの魔王が動いたのか」
「いえ、どの魔王にも動きはなく又、龍神や鬼神でもありません」
「となるとだいぶ絞られるな」
「人影らしきものを確認しましたので、推測ですが、恐らくは勇者か転生者であるかと..........」
「あぁなるほど、そんな時期か」
「いかがいたしましょうか」
「情報の収集と整理、勇者の動向と転生者の所在の確認を急でくれ」
「畏まりました。主様」
ふっ、煙のように消え去った
「全く人間というのは安定したバランスを崩したがるものだな」
そう言い、呆れた様なしかしどこか楽し気な表情であった。
「また騒々しくなりそうだ」