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22話

◇◆◇ フレア



大暴走が終わって興奮冷め止まぬ翌日の朝。

夜にあれだけ騒いだのにまだ騒いでいる。

というか、道の陰に隠れるようキスしている連中までいる。

昨夜の事を思い出し、ギリリッと奥歯を噛みしめ、舌打ちをする。

速足で進み、この街にある錬金ギルドに入っていく。

受付嬢からの挨拶をほどほどに、お茶を注文する。


冒険者ギルドや傭兵ギルドなどには酒を注文して飲めるスペースがあるように、錬金ギルドや商業ギルドには酒以外にもハーブティーや煎じたお茶などが置いてある。

お金を払えば、基本的には誰でも注文できる。

依頼は受けられないが


お茶を飲むのに錬金ギルドを選んだ理由は人が少なく出入りも少ないからだ。

注文したお茶を一口飲み、少しだけ一息入れる。



私、フレア=レイ=ブライトネスは後悔していた。



手を強く握りしめる。


何故あの時あんな事をしてしまったのか。

原因は分かっている。あの焚かれていたお香のせいだ。

あれは貴族御用達の、そういう気分にさせるお香なのだ。


とはいってもそこまで強力な物ではない。

少しのリラックス効果と理性を散漫にさせる効果があるだけで、嫌な相手や嫌悪する人物であってもしたくなるような効果はない。

惚れ薬やモテ薬ではないのだ。

つまり、好意を寄せてるものにしか効果はないのだ。


だから、私があの時シヒロにしてしまったことは、つまりそういう事なのだろう。

顔が熱くなり不意に顔を顰めてしまう。

いや、薄々はそうではないのかと思っていた。

気付かないようにしていただけなのだ。


ふと、気付けば何度もシヒロの事を目で追っていた。

シヒロに触れると、不思議と高揚した。

エッチな眼で何度か見たこともあるし、そういった夢を見たこともある。

美味しい御飯を食べて不意に笑った顔が愛らしく、年相応に見えた。

そして、年相応には思えないような、少し低い声を聴いてしまうと、頭が痺れて何でも言う事を聞いてしまいそうになる。


.......違うと目を逸らし続けてきた。

自覚をしないように気を付けていた。

だが今回のせいで嫌が応にも気づかされてしまった。



私はシヒロに惚れてしまっている。



少なくとも命を救われた時には好意らしきものはあった。

そもそも命の恩人を嫌う人の方がいないだろう。

だが、その好意が恋に変わったのはいつ頃なのか分からない。

気づけば惚れていた。

そして、それを今日の朝はっきりと自覚してしまったのだ。


またお茶を一口飲む。

深いため息をつく。


惚れてしまったものは仕方ない。

こればっかりはどうしようもない。

流行り病の様なものだ。

恋をすると盲目になり、頭の中が惚れて人の事で一杯になると、母様も姉様達も言っていた。

絶対に嘘だと思っていたし、仮に本当だとしても私はそうはならないと思っていた。


「.....ッ........くぅ」


頭を掻き毟り、大声で見悶えるのを我慢する。

誰に対してか謝りたい気分だ。


すみませんでした。私がバカでした。


ここで、惚れていることを自覚してしまったからこその後悔が襲う。


「どうして私は眠ってしまったのよ」


今にして思えば、どういった経緯であの宿屋に行ったのかは分からないが、絶好のチャンスだったのだ。

あの時あの場所で、最高の雰囲気だったことは間違いない........と思う。

なのに、千載一遇のチャンスを棒に振ってしまった。


確かに、男女の営みに関しての知識はあるが、流れというか順序は詳しくは知らない。

姉さまには、キスから始まり、後は男がリードすると言っていたような気がする。

その通りになりそうだった。

シヒロをベッドに押し倒したような状態。

あと少しでキスが出来るような距離まで近づいていた。

彼の息遣いも、彼から伝わる熱さえも感じる事が出来る距離まで近づいた。

優しく、私の首を撫でた所まで覚えている。

そして、気づけば朝になっていた。


バン!! とテーブルを叩く。

ギルドの受付嬢が驚いたように、こちらを振り向く。


いけない、感情的になり過ぎたようだ。


少し咳払いをして、落ち着くために残りのお茶を一息で飲み干す。


「ふぅ。......謝らないといけないわね」


冷静になって考えれば、なぜあの場所に連れてこられたのか理解できる。

シヒロは眠っている女性を......抵抗できない女性を襲うような人物ではない。

一緒にいる時間こそ長くないがそういう人物ではないことが分かるぐらいには一緒にいる。

恐らくだが眠っている私が落ち着いて眠れる場所を探した結果があそこだったのだろう。


これだけの規模の大暴走、普通の宿屋なんて満室というのは容易に想像がつく。

だからこそ空いてる宿屋を何とか探してあそこに行きついたのだろう。

さらに部屋はかなり広く高そうな部屋だった。

支払いはシヒロがしたはずだ。


「......悪い事、しちゃったわね」


本来なら真っ先にお礼を言うべきだったのだ。

そして、迷惑をかけたことを謝罪すべきだった。


しかし目が覚めたら裸でその場にはシヒロ。

裸だった羞恥心と、昨夜のことが夢ではなかったこと、そして、結果何もされていなかった事に関する安堵と憤怒が同時に沸いて来て、頭の中がゴチャゴチャになって八つ当たりしてしまった。


一度大きく深呼吸をして立ち上がる。


「頭も冷えたし、まずは先に謝りに行こう」


代金をテーブルに置いて錬金ギルドから出る。

すると上から黒い影が降って来た。

シヒロだった。


「よう、フレア。ちょっと行きたいダンジョンがあるんだがついて来てくれないか?」

「え、え? あ、は、はい」


冷えた頭は一瞬にして沸騰した。



◇◆◇



フレアに声を掛けてみたのはいいがまさか即答で了承が得られるとは思わなかった。

無視するか、また怒り出すだろうと思っていたんだが、まぁ、気絶させる手間が無くなったので良しとしよう。


ただ、いきなり魔法で頭から水を被ったことには驚いた。

只ならぬ雰囲気だったので見なかったことにする。


「行くのはいいけど、準備とかできてるの?」

「食料と水はこの中にばっちり入ってる。場所を写した地図もあるし、ダンジョンは長くとも2泊3日って所だ。ヤバそうならすぐにでも逃げる。注意事項になりそうなのは、依頼書の写しの裏に書いといたから質問があるなら聞くぞ」


そういって依頼書の写しを渡す。


「すぐには学園には帰れそうにないわね」

「そうだな、大暴走のせいで足止めを喰らったからな」

「まぁいいわ」


依頼書を広げ注意事項の所まで読み進めていく。


「なんかちょっと変な文法ね。ここも文字が違うし」

「書くのは慣れてなくてな。分からない所は聞いてくれ」

「大丈夫よ。理解は出来るから。良ければ私が詳しく教えるわよ」

「それは助かる」


どうやら読み終えたのか依頼書を返す。


「顔に似合わず、随分と細かい所まで気を回すのね」

「顔は関係ないだろ。それに準備を怠って死ぬのは嫌だろう? まぁ、自分一人なら適当にするんだがな」

「そう」

「話は変わるが、そんな間抜けな顔をしてるのか? そりゃあ、妹達と比べれば見劣りするが、並程度だと思うんだが」

「あなたの妹達がどんな人か知らないけど、ただの冗談よ。まぁ、今でも19歳なんて嘘だと思っているけどね」

「そんなに老けて見えるのか?」

「若く見積もっても20代後半ね」


クスクスと小さく笑う。


笑うと可愛いな。


「それより、この依頼書に職員が1人同行って書いてるけど、誰が来るの? あの受付嬢なら私断るわよ」

「そこは念押しして来ないという事になってるから大丈夫だ。来るのは......ほら、あの人だ」


門の近くに手を振って合図している人物がいる。


「だれ?」

「ユフノさんだ。大暴走で衛生班にいた人」

「ふーん」


何でちょっと不機嫌なんだ。

先程までは普通だったのに、女心は分からないな。


「昨日ぶりですね。シヒロさん。そちらの方は?」

「有名なんだから知ってるだろう。『炎姫』のフレアだ。大暴走での立役者だぞ。それでこちらの方がユフノさん。衛生班にいた人で死にかけた人を何度も助けた影の立役者さんだ」

「そう、初めまして」

「初めまして」


澄ました顔であいさつするフレア。

微笑むように挨拶するユフノさん。


なんか相性悪そうだな。


「それにしてもシヒロさん。あなたのせいで大変な目にあいましたよ」

「何の話だ?」

「お礼だと言って女性を連れてきたリ、大量のお酒を勧められたり、大変だったんですよ」

「助けたお礼がしたいと言ってたからな、あんたにしとけと言っただけだ」

「角を立てないように断るのは大変だったんですよ。何人かは断る事が出来なかったぐらいです」

「いいじゃないか。いい思いが出来たな」

「そういうシヒロさんもお楽しみのようでしたね。結構噂になってますよ。お相手は彼女ですか」


チラリとフレアに視線を向ける。

逆鱗に触れたのか、恐ろしく冷たい眼でユフノさんを見ていた。


「色々あってな、そっとしておいてくれ」

「そ、その方がよさそうですね。では、話の本題にはいらせてもらいます。この依頼を本当に受けますか? 今なら処罰無しで断れますよ」


何度も確認を取るという事は相当危険なのだろう。


「大丈夫だ。こっちも少し......そのダンジョンに興味があるからな」

「分かりました。それではこちらで魔導車を用意してますからこちらに来てください」

「それを使ったら、どれぐらいかかりそうなんだ?」


顎に手を当て、少し考える。


「途中まで魔導車で、あとは歩きですから。1日と半日でしょうか。魔物や盗賊の遭遇を考えるともう少しかかりそうですが」

「なら走っていった方が早いな」

「はい?」

「フレア、今回はユフノさんを背負うから抱っこする形になるけどいいか?」

「嫌って言ったら止めてくれる?」

「はっはっは。それじゃあ行くか」


素早くユフノさんを背負い、フレアを抱きしめる。

色々知ってしまうと意識してしまうな。

妹達との違い。その、女性を意識してしまうな。

色々と柔らかいものを意識してしまう。


「ちょっと待ってください! 本当に背負っていくつもりですか?」

「当然。道は頭に入ってる。半日以内で付くぞ」

「冗談ですよね? フレアさんも何か言ってください」

「そうね、早く諦めることを推奨するわ。あと経験したことない動きをするから目を瞑るか気絶する事をオススメするわね」

「出来るだけ揺らさないように慎重に運んでるだろう? 何が気に入らないんだ?」

「ほとんど揺れないのに、目の前の景色がすごいスピードで変わっていくのよ。急に下に落ちる浮遊感、飛び上がった時の重量感、偶に回ったりしてのにほとんど揺れなくて酔っちゃうのよ」


我侭なやつめ。


「さて、準備もできたしそれじゃあ行くぞ」

「それじゃあ私寝るからあとよろしく。『短いながらも安息の眠りを【深眠】』」


ガクッと体から力が抜ける。


「本気ですか!? やはり魔導車で行きましょう。慌てる必要なんてないんですかッ......」


落ちそうになるユフノさんに気を付けながらダンジョンへと目指す。


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