15話
「おや? 冒険者ギルドでのテンプレ展開かな?」
自分以外では初となる黒髪で黒眼の少年が立っていた。
テンプレ? どういう意味なんだ。
というかなぜ初対面なのに馴れ馴れしいんだ。
ヘラヘラと笑いながらこちらに近づいてくる。
......成程、頭の可哀そうな奴なんだな。
無視しよう。
いないものだと思い無視しようとすると、煩わしく絡んで来る。
「ちょっと、無視しないでよ。そこは『ガキが何粋がってんだよ!!』って絡んでくるところでしょ? だいじょうぶ?」
お前の頭が大丈夫か?
見た所、年齢は自分と同じくらいだろう。
中身は弟と同じぐらいの年齢みたいだ。
「ってゆーか。黒髪とかこの世界じゃ初めて見た。もしかして地球の日本人だったりする?」
何やら知った単語が飛び出してきた。
何者だこいつ........出来れば無視したいが、少し詳しく聞いた方が良さそうだ。
「あー、」
「そんなわけないか。雰囲気が日本人っぽくないし。あっ、そういえばカオルが言ってたな。勇者の血縁者か魔力を持っていないと、髪の毛が黒くなるんだっけ? あんたどっち?」
会話になっていないが話を聞いて分かったことがある。
こいつ嫌いだ。
するとゾワッとする嫌な感覚に襲われる。
この野郎【鑑定】を使ったな。
「な~んだ。後者か。だったらいいや。雑魚過ぎると逆に弱い者いじめになっちゃうし」
手をヒラヒラとと振りながら、「もう行っていいよ」と続けて言う。
そりゃ願ってもないな。
こっちもお前とは話したくなくなった。
「おお!! これはこれは、勇者様ではありませんか。冒険者ギルドに何かご用ですかな?」
上から声がかかる。
声がする方を見ると2階へ続く階段に少し小太りな男性が立っており、ニコニコと笑いながら近づいてくる。
待て、こいつが勇者? しかも日本人ってことは......こいつがルテルが言っていた勇者か。
本当なのか? 軽薄そうなうえ、めちゃくちゃ弱そうだぞ。
「あんた誰?」
「これは申し遅れました。ここのギルドマスターをしております。パトンといいます。ここではなんですので落ち着いて話せるところに案内します」
「そう? んじゃお言葉に甘えようかなっと。いやぁ~正直、パレードみたいなのに飽きちゃってね。抜け出してきたんだ。異世界と言えば冒険者ギルドだから暇つぶしにね」
「成る程。そうですか」
そういい階段を上がり奥の部屋へと消えていく。
.....なんだったんだ。
まぁいい。変な邪魔が入ったが、早く報奨金の話に戻ろう。
振り返ると先程まで居たタヌキと手羽の受付嬢がいなくなっていた。
かわりにいつもの受付嬢がそこにいた。
「どうしましたか?」
「......そこに2人の受付嬢がいただろう」
「?」
軽く首をかしげる。
「私は一人ですよ? それよりシヒロさん。依頼成功の報奨金です。収めてください」
スッと報奨金を渡す。
最初に書かれた通りの金額だった。
「初めての依頼なのに高評価とは流石ですね。益々のご活躍を祈念いたしますよ。このまま頑張れば昇格も夢ではありませんからね」
にっこりとほほ笑む。
「待て。何を勝手に無かったことにしている。ここで色々と暴言を吐かれたんだぞ。それに騙そうともしていた」
「暴言ですか。私もまだまだ未熟ですので、気づかぬ内に怒らせてしまったようですが、どうかご容赦をお願いします。しかし騙すとは一体何のことでしょう? あなたが持ってきた写しとこちらが持つ原本に違いはないと思いますが?」
促されるように見ると、確かに先程の依頼書とは違い、金額の欄は正しく書かれている。
内容も初めに見たものと変わりがない。
チラリと周りを見るが証人になりそうな人物はおらず。
文句を言っても水掛け論になりそうだ。
仮にこの場にいたとしても劣人種に肩入れをする物好きなどいないだろう。
「......今回はあんたの顔を立てるよ。次は保証しないがな」
軽く睨んで、釘を指しておく。
こういうのが何度もあっては困る。
「肝に銘じておきます。現在受注している残り一つの依頼もお忘れのないように」
軽くお辞儀をする。
動じないな。こういうのは慣れているのだろう。
カウンターに置かれた報奨金をカバンに入れ冒険者ギルドを後にする。
・・・
・・
・
この後どうするか、ブラブラ歩きながら考えていると、ワッとあたりが騒がしくなる。
どうせ勇者関係だろうとは思うが、少し暇になってしまったので野次馬根性を出して見に行くことにする。
しかしこの人の密集地域を掻い潜る気にはなれない。
近くに建っていた教会に登り、屋根に腰を下ろして見てみることにした。
「おお」
騒ぎの中心にはデカいトカゲの死骸が置かれていた。
体の中心には大きな穴が開いており、何やらその近くの数人に拍手が送られていた。
「あの黒い髪の3人が勇者かな? あとは知らないが」
すると仰々しい箱から何やら石を取り出し、それを掲げると先程にも負けないぐらいの歓声があがる。
「緑っぽい石? 魔石か」
あのトカゲの魔石なのだろうが、大きさはクマの魔石の半分もない。
歓声からするとかなり価値ある物だと判断できる。
だとするとクマの魔石にはどれほどの価値があるのやら。
簡単に売り払える代物ではなさそうだ。
まぁ、手に余るようならそこら辺にでも捨てればいいし、何ならフレアに押し付けてもいいだろう。
魔石の今後を考えながら、ボンヤリとトカゲの死骸を見る。
「それにしても、あのトカゲどこかで見たことあるような。ないような」
うーん、と思い出そうとするとそのトカゲの足に一本だけ爪がないのが見える。
まるで無理矢理ちぎり取られたかのように
「あっ!! 思い出した。初めてこっちに来た時の、あのトカゲか」
体の中心に穴が開いているのはクマに止めを差された時のだ。
ここにきて間もないのにまるで昔のように感じるな。
だとすると、どうもおかしい。
この雰囲気からすると、どうもこの勇者たちが討伐したみたいな感じだが、実際に倒したのはクマだ。
ならば、この勇者たちは死骸を持ち帰って自分たちが倒したと吹聴している事になる。
「他所の獲物に手を付けるなんて、命知らずな奴だな」
まあ倒したクマを自分が倒したので報復はないだろう。
運がいい。
「さてと、見るもの見たしアズガルド学園に行って勉強しますか」
文字が読めないと情報収集の効率も下がるからな。
教会の屋根から飛び降りる。
「おっと、その前に寝る所を確保しないとな」
◆◇◆ 受付嬢
例の彼が冒険者ギルドから出ていく。
魔力を持たない彼が。
張り詰めた緊張の糸が切れ脱力する。
手を見ると小刻みに震えて手汗を搔いている。
少し睨まれただけでもこれだ
これでもいくつもの死線や修羅場を越えてきたんだけどな。
グッと手を握り、手汗を拭う。
すると後ろから声を掛けられる。
「余計な事をしてくれましたね。依頼のために成りすましているとはいえ、出しゃばり過ぎではないですか?」
先程まで彼と剣呑な雰囲気で語っていた鳥人族が現れる。
「そもそも冒険者である貴女が、私達と同じ仕事をしているというのが気に食わないのです」
「それなら上で話しているギルドマスターに言うべきで、私に言うべきではないでしょ。それよりあなたの態度の方が問題だと思うけど?」
本来、冒険者ギルドは来る者拒まず、去る者追わずが基本であり、有能でさえあればどんな人種でも問題なく上を目指せる所なのだ。
なので種族、年齢、性別で職員は差別するべきではない。
まぁ、職員も人なので多少の区別は黙認されている。
「劣人種に頭を下げろと?」
「当然でしょ。仕事が出来ないならまだしも彼はキチンと依頼を達成してるんだから。それに、職員ならその差別表現を止めなさい。聞いてるこっちまで胸糞悪くなるわ」
ドン!と近くの柱を殴る
「エルフも堕ちたものだな」
そう吐き捨ててその場を去っていく。
彼女も本来なら仕事が出来る優秀な人材なんだが、鳥人族ゆえなのかプライドが高く自分より格下と思う人物には高圧的な態度を取ってしまう。
「あ、あの~ですね」
恐る恐ると言った感じで尋ねてくる。
「貴方も、劣人種は差別用語なんだから控えなさい」
「あ、はい。改めますです。はい」
獣人族は仕方ない。強い事こそが正義。
強い者は敬い、弱い者は蔑ろにするという本能の様なものがある。
こればっかりは何度も言い聞かせないと治らないだろう。
......治るといいのだけれど。
「その~、彼は一体何者なんですか? はい」
「それは私が一番知りたい事ね。あなたはどう思うの」
モジモジとして困ったように答える。
「私もよくわからないんです。弱いと思うのに、とても強く感じると言いますか。ゴブリンに殺されたと言われたら納得しますし、ダンジョンボスを討伐したと言われても納得できると言いますか。酷く矛盾している人物かなと、思いますです。はい」
「同感ね。次、彼に会った時タヌキ汁にされたくなかったら気を付けなさい」
「......はい」
しょんぼりしながらこの場を去る。
事務の仕事は大変だ。命の危険がなく楽そうだと考えてたがストレスが半端ではない。
この仕事が終わったら長めの休暇を取ろう。
紅茶を淹れて一服する。
現状で一番の問題は彼だ。
本来の仕事である勇者は問題ない。レベルやスキルの成長に見張るものがあるがそれだけだ。
私一人でもなんとかなる。
だが彼だけは違う。
底が見えない。魔力を持っていないから一般的な基準が使えない。
弱いという事は間違ってもない。
彼が敵に回ることも想定しておくべきだろう。
「......彼という存在を早く知れたことは、せめてもの救いね」