幕間
箸休めとして読んでいただければ嬉しいです。
とある決闘に敗れた少年が医務室で目を覚ます。
「............ここは」
ぼんやりと頭に靄がかかっているような状態だが、鼻につく薬品でここが医務室であることが分かる。
「なんでこんな所にいるんだ?」
体を起こすと、枕元に3つの袋と手紙が一つ置かれていた。
なぜ自分がどうしてここに居るのか思い出す。
「そうか、そうだった、負けたんだな」
確かめるように袋を開けると、思っていた通り3つとも金貨が詰まっていた。
彼等に依頼した金額とぴったりと合う。
そして手紙には、負けたことについての侘びと、緊急の仕事で挨拶が出来なかったことの謝罪の言葉が書かれていた。
バタリとベットに倒れこみ、目を閉じて決闘の事を思い出す。
全力の一撃、当たるはずだったあの一撃を..........何をどうされたのか理解できないが、気づけば地面に叩きつけられていた。
そして、殴られた。鼻の奥から感じる血の匂いや竦むような圧倒的暴力。
どれも初めての経験だった。
わからないことだらけだったが、分かったこともあった。
「手加減をされた」
ポツリとつぶやく。
叩きつけられた時、殴らずに所持していた剣で突き刺せば終わっていた。
それだけではない。あの時も............あの時も............殺そうと思えば出来たのだ。
それなのに生きている。死なないように手加減されたのだ。
「容赦はなかったが.......」
死なないように手加減してたが、逆に言えば死ななければどうなろうと関係なかったのだろう。
最後に殴ろうとしたあの一撃............負けを認めなければ間違いなく振り下ろされて顔面を潰されていた。
殺されるとさえ思った一撃だった。
「...................」
あの男だけではない。正直Aクラスの冒険者などたかが知れていると思っていた。
しかし、3人とも化け物のように強かった。
それに喰らいついていける彼女も強く、炎を纏う彼女はとても美しかった。
初めて家柄ではなく、個人としてみてくれた人。
凛として目標に向かって行く姿は本当に美しく手に入れたいと思った女性だった。
彼女から席を賭けるために自分を賭けた時は、遠回しな告白かとさえ思った。
なぜなら周りには絶対に勝てると思うだけの戦力がそろっていたし、彼女が連れてきた人物は劣人種。仮に個人戦だとしても彼女に負ける気などしなかった。
ゆえに負ける要素などないと思っていた。
ところが蓋を開けてみると、あの中で一番弱かったのは自分だった。
「比べることさえ馬鹿馬鹿しいぐらいだ」
十席から落とされて、惚れた女は知らない男に惚れていた。
「いらない物ばかり手に入って、本当に欲しいものは手に入らないな」
深いため息をつく。
このまま腐ってしまうのは簡単だ。
しかし、このままやられっぱなしというのは、どうにも癪に障る。
さらに惚れていた女を横からとられたのなら尚更だ。
ここで奮起して一から鍛えるというのも悪くないのだろうが、そうではないだろうと思える自分がいる。
自分の力は自分が良く知っている。どう頑張っても「そこそこ強い」が限界だ。
才能という壁にぶつかる。
勇者の様な才能があればよかったのに、と無い物ねだりをしてしまう。
そこで、ふと横に壊れた魔道具が置かれている事に気が付く。
「他者が作ったものは信用できない」と、全て自分で作ったものだった。
そこで一つの道筋が見えたような気がした。
「そうか、忘れてた。足りないから補強したんじゃないか」
自分自身に才能は凡庸なもので、決して優れたものではなかった。
だから、魔道具という外部的なもので補強をしたのだ。
そして、こいつらのお陰で6席の地位まで来られたことを............
するとまた一つ思い出す。
「そういえば、魔道具を初めて作ったのは3代目勇者だったな」
勇者の最大功績ともいわれ、何百年たった今でも勇者が作った魔道具を超えるどころか再現する事すらできていない。
そして、勇者の作った魔道具を使えば一般人でさえダンジョンを踏破でき、才能あるものが使えば魔王すら倒すことができると言われている.........
「っはは」
不意に笑みがこぼれた。
今、進むべき道がはっきりと見えたからだ。
「超えてやる...........あの3人も、彼女も、そしてあの劣人種も........!!」
魔道具に必須な高級魔石は彼女から貰っている。
資金も十分にある。
「取り敢えずは、勇者を超えることから始めるか」
ベットから飛び起き支度を始める。
◆◇◆ 魔王の集会
ッタッタッタ、と早足で廊下を進む音がする。
大きなドアの前で止まると、勢いよくバン!!と扉が開く。
「ちょっと待たせたかしら!!?」
ヒラヒラのドレスを纏った幼女が入って来る。
「ッハ!! 遅いんだよ。何で毎度毎度、遅刻してくるんだお前は?」
「あんたこそ『狂乱』のクセに、いっつも時間にうるさいのよ! それに、女は身支度に時間が掛かるものなのよ」
「ッハ!! 余計なお世話だ。それに身支度に時間が掛かるなら、それを見越して時間を守れってんだよ」
「細かい奴ね、『狂乱』の名前が泣いてるわよ」
「ッハ!! やかましい。名乗りたくて名乗ってるわけじゃねぇんだよ。『蝕淫』を見習え。お前より早く到着してるじゃねえか」
奥に座っている人物を指さす。
「お久しぶりね『孤毒』。元気そうで安心したわ」
ヒラヒラと手を振る。
「相変わらず、憎たらしい体してるわね。っていうかなんて格好してるのよ。まるで売春婦じゃない」
体のラインがハッキリとわかるようなピッタリと張り付く服を着ており、胸や背中、太もも等バックリと開いており、とても目のやり場に困る服装をしていた。
それでいて、彼女の仕草は女性でさえ魅了してしまいそうな妖艶さを醸し出している。
「ふふ。ありがとう」
「褒めてないっつうの。あんたは場に合った服装をしてきなさいよ。もっと地味なものを!」
「ッハ!! お前が言うな」
「あんたは黙ってなさい!!」
「ふふ。ごめんなさい、これが一番地味なの」
「ッチ!!!」
「こらこら、いつまで遊んどるんだ。やっと全員そろったんだ。さっさと話しを進めてくれんか」
そう促され席に着き、5人の魔王達が集結した。
「ッハ!! いいか、今回は『楔が外れたこと』と『新しく生まれた魔王』についてだ。楔については龍神の情報によると勇者の可能性が高いとの事だ。召喚されて間もないのに外したんだから相当な相手だと考えられる。そして新しく生まれた魔王についてだが、かなりやばい奴だとわかった。本人の実力は不明で、部下が数人という少数精鋭だ。こちらで確認できたのは3人」
そういうと、『狂乱』の後ろの壁に3名の姿が映し出される。
「ッハ!!どいつもこいつも準魔王クラスはある。相性次第では俺でもヤバい。今の所知ってる情報はこれぐらいだ。他に捕捉する情報や新しい情報がある奴は言ってくれ」
そこに死んだ様な顔をした魔王が手をあげる
「へぇー『蘇生』が珍しいじゃない。意識あったんだ」
「........あと一人........知ってる...........あぁ、死にたい」
すると、『蘇生』と呼ばれた人物の後ろにも新たに一人の人物が映しだされる。
「...........急に襲ってきた。..........諦めて帰ったけど..........もういいや、死にたい」
パタリと前のめりになり動かなくなる。
「ふむ、流石に『蘇生』は殺せなかったようだの。そういえば、ちょっかいを出しに行った『泡爆』は返り討ちに合って殺されたそうじゃぞ」
「ッハ!! あいつ死んだのかよ。悪運が尽きたな」
「それにしても『泡爆』を殺せるとなると、警戒しないといけないわね」
「ふふ。怖いわ。気を付けないとね」
「私からしたら、あんたの方が万倍怖いわ。っあ、そういえば私も一つ。その新しく生まれた魔王、外れた楔から人族に侵攻したらしいわよ。『調停者』は動くかしら」
「ッハ!!ねぇな。人口の半分ぐらい減ったら動くんじゃないか」
ハァ、と深いため息をつく。
「まったく。ここ最近静かだったのに、落ち着いて読書もできんではないか」
「ッハ!! 諦めな。嵐の前の静けさだったんだろう。差し当たって、今の所の問題は新生魔王の狙いだな。こちらから使者を出して招待してみるか?」
「ここの全員が皆殺しにならなければいいわね」
「............希望する」
「お主は黙っておれ」
「あ!!」
『蝕淫』が大きな声をあげ、胸の前で手を叩く。
そのせいで大きな胸が揺れ『孤毒』が舌打ちをする。
「ふふ。ごめんなさい。話は変わっちゃうんだけど、みんなに見せようと思ってた物があったのを忘れてたわ」
そう言って、胸の谷間から小さな筒状の物を取り出す。
「なんじゃそれは?」
「っていうかどこから出してるのよ」
ひどくイライラしていた。
「これはね、私が飼っているペットの記憶媒体なの。この子が見たものを私達も見る事が出来るのよ」
席から立ち上がり、部屋の中央へ歩み寄る。
ただそれだけの動作なのに、とても煽情的で、蠱惑的で、艶めかしい動きであった。
異性であるならその動きだけで欲情していてもおかしくない。
それはこの場にいる魔王達とて例外ではないのだが、各々で自制していた。
「ッハ!! どうせお前のペットなら、お前の着替えでも見てたんじゃないのか」
「えっち。ふふ、残念だけど違うわ。見たいなら今夜付き合ってみる?」
「ッハ!! 死にたくないから遠慮する。それで何を見たんだ」
『蝕淫』が筒状の物を潰すと中から大量の煙が溢れ出てくると、煙の中から映像が映し出される。
「慨嘆の大森林の楔を倒した人物よ」
◆◇◆ フレア=レイ=ブライトネス
窓から入ってくる朝日に目が覚める。
よっぽど疲れていたのか、部屋着にも着替えずに眠っていたようだ。
ショボショボとする目を擦る。
.........なぜか綺麗に部屋が片付いている。
何故だろうと、ボーっとした頭で考える。
そういえば、決闘で勝利を収め、戦闘の疲労で動けず寮の部屋まで連れて行ってもらったのだ。
そのまま、「部屋で祝勝会をやるわよ」と勝利の高揚をそのままにお腹一杯になるまで飲み食いしたのだ。
「あ~、あれは楽しかったわ...........ね............」
自分がとんでもない事をした事を思い出す。
急に顔が熱くなり眠気が一気に吹き飛んだ。
「は、初めて男の人を部屋に............」
枕に顔を埋め声にならない声をあげる。
部屋に入れただけでも大事件なのに、あまつさえ部屋を掃除されたのだ。
気恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
「-------ッ!!............ん?」
ふと、そこで右腕に違和感があるのを感じた。
よく見ると、腕に布の様なものが巻き付いている。
広げてみるとそれはシャツであった。
「大きいわね」
明らかにそれは自分のシャツではない、男物のシャツである。
おそらく、シヒロのシャツだろう。
顔を近づけて匂いを嗅いでみる。
間違いなくシヒロの物であった。
よく見てみると、お腹の部分が染みになっている。
また死にたくなった。
「見られた.........泣いてるところをシヒロに..............あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
枕に顔を埋め絶叫し、ベットの中で見悶える。
あの時、力いっぱい抱きついて人の目をはばかる事無く泣いたことを思い出す。
さらにその後、冗談でもシヒロの事を旦那と言ったのだ。
慨嘆の大森林から帰ってすぐだったということもあり、変なテンションだったことは否めないが、なぜあんなことを言ったのか。
「よりにもよって、よりにもよって..........!!」
それからしばらく、叫ぶだけ叫び、見悶えるだけ身悶えると少しだけ落ち着きを取り戻す。
「はぁ」
水差しから水を注ぎ、ぬるい水を一気に煽り一息つく。
いつからだろうか、こんなにも人を頼ってしまったのは
本来ならもっと人を疑って信用などしなかったのに、今では10日もかけずに背中を預けている。
昔の.........いや、シヒロと会う前の私からは想像もつかなかっただろう。
ではなぜこんなにも信頼するのかと考えると、行き付く結論は「強い」だった。
体も、技も、心も。
魔力の量、魔力の質、魔法の行使がすべてのこの世界で、魔力が無いという大きすぎるハンデを負いながらも強いのだ。
桁が違うとかではなく、次元が違うのだ。
「パッと見た感じはそうでもないのよね」
魔力が無いので、ついつい侮ってしまう。
明確にシヒロの強さの片鱗を見たのはギルドで登録した時だ。
ハゲた男がシヒロのプレートをもって馬鹿にした時、灰にしてやろうかと思ったがシヒロが先に動いた。
正直勝てる相手ではないだろうと思っていたが、どうするのか知りたかったから少し様子を伺う事にした。
はげた男が怒りを露わにし、剣を抜きシヒロに襲いかかる。
いざとなったら助けるつもりで構えるが、一瞬、首に刃物が通るような冷えた感覚に襲われ、気付くと男は倒れていた。
魔法でもなく、スキルでもない。本能の様なものに訴える何かをしたのだと感じた。
それがいったい何なのか知りたくて、直にシヒロの強さを測ろう挑んだが軽くあしらわれ、自分よりずっと高みにいることだけが分かった。
次に宿屋だ。シヒロの部屋を訪ねると裸だった。
その均整の取れた筋肉はまるで彫刻の様であったが、とても異質であった。
はち切れそうな程の筋肉を無理矢理あの体系に圧縮したような密度が感じられた。
どういう鍛え方をすればあのような肉体になるのか。
恐らくだが、シヒロの強さの核となる部分ではないかと思う。
「ーーーッ!!!」
ついでに初めて、男性の裸を見てしまった。
目に焼き付いていてしまい、色も形もはっきりと覚えてしまっている。
その後の記憶はないがどうやら気を失っていたようでベッドの上で目を覚ます。
落ち着くため夜風にあたろうと窓を開けるとシヒロが上半身裸でゆっくりと動いていた。
淀みなく動くその動きは踊りというよりも舞に近かったかもしれない。
だがすぐにそれは違うと感じた。
恐らくだが何かを想像して戦っているのではないかと思案するが、その考えもすぐに消えてしまう。
その動きの流麗さに魅了され、目が離せず見惚れてしまう。
ただあまりにも引き込まれてしまい、少し酔った状態になってしまう。
頭がクラクラする。
その後、宿屋のご主人と軽い会話をして宿に戻るまで、時間を忘れて見入ってしまった。
その次は..............ポォン
軽い音が耳に入る。
内ポケットに入れてある学生証が鳴ったようだ。
取り出してみると、全学生に向けたメッセージの様だった。
「とうとう来たわね」
メッセージ内容は
『正午過ぎに、勇者が来校』とのことだった。