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122話


酷く興奮したような口調で叫ぶ姿は先程の男とは大きく乖離した印象を与えた。

胸に突き刺した短刀を引き抜き、何処か誇らしげな表情で名乗りを上げた。


「私は白墨 静留。この子の父親だ」


父親と名乗る男は、再び嬉しそうに微笑みながら何かを確かめるべく辺りを軽く見渡した。

そして何かを納得し、少し困った表情を浮かべながらゆっくりと歩を進める。

殺し合いをしていた場には似つかわしくない軽い足取りだ。

先程、足に重傷を負っていた事を感じさせないような歩調........いや、もうすでにそんな傷はなかった。


「参ったな。この状況は褒めるべきか叱るべきか.......迷ってしまうな」


歩みを止めて少し考えると、優しく自分の頭を撫でた。

悩んで末に褒める事にしたようだ。


「それで、父さんを呼び出すほどだからてっきり興奮してる母さんかお爺ちゃんかだと思っていたんだが.........まぁ、それほど父さんに自慢したかってことだな」


引き抜いた短刀を鞘へ納めて、落ちていた調子で切り落とされた自分の腕を拾い上げる。


「うん。参った。凄い。こんな所へ来るだなんて想像だにしなかった。向こうにいる私はさぞや肝を冷やして度肝を抜かれてるだろうね」


もしかしたら悪態ぐらいはついているかもと口ずさむ。


「さて、呼ばれはしたものの正直に言えばもう父さんは何もすることが無いんだよね。だから史宏に自慢されてお役御免なのだけど、ちゃんと見せ場は残してくれているは偉いね。気遣いの達人だ。お爺ちゃんやお母さんではできない事だよ。自信もってね」


先程拾った腕をペン回しの様にクルクルと回転させる。


「んふふ。危機演出の一環なのだろうけど、そのついでに自分の体で実験したのかな。同じ所への『不動』の2度打ち。難しくはあるが父としては二度も白旗は降りたくないからね」


回していた腕を軽く叩いてキャッチする。

すると金属のように固まっていた腕がふにゃりと力が抜けたように弛緩した。

そして壊れたオモチャの腕を取り付けるかのように無理矢理傷口に合わせて、幾度となく捩じって嵌め合わせる。

すると力なくしな垂れていた指先が跳ね上がり、陸に打ち上げられた魚のように大きく暴れ出した。

そしてラジオのチューニングを合わせる様にゆっくり慎重に捩じっていくと指はピタリと動きを止めて、ゆっくりと手を開閉させる。


「どうだ? 父さんは凄いだろう。すぐにお風呂や運動しても平気だからね」


ただお爺ちゃんとお母さんはダメだからね、と続ける。

斬られていた傷口さえもほとんど目立たなくなっていた。

元通りである。

父親の尊厳を守れたことに胸を張り、朗らかに笑っていた表情がスンと無表情へと変化する。

億劫ではあるがケジメは付けなくてはならない。


「一応息子と会うきっかけとはなったんだ。サービスで1人1つ。何か言いたい事はあるかな?」

「ナニヲ.......!」


潜水服は必死に地面へとしがみ付いていた。

今のいままで目の前の男の独り言をただ黙って聞いていたわけではない。

己が身に尋常ならざる何かが起きていて、それらに対して必死に身を守っていた。

それが起きたのは男が自身の胸に刃を突き刺した瞬間。

そして誰もあの男の口を閉ざせていない所を見るに、各々が三者三様に起きている。

何も出来ない。今はとにかく全力で地面へとしがみ付いて機を待つしかない。


「何とも曖昧で悠長な質問だ。言わんとしたい事を理解できるように説明しても良いが、息子でもないのにそれほどの労力を割きたくない。君にも残り時間はないしね。なので色々省いて伝えよう。君の慣性を弱めたと言えば分かるかな。君自身が世界の自転に対して急ブレーキをかけているような感じだ。伝わったかな?」


そんな事が分かった所でどうすることも出来ない。

足が地面へと離れて空に向かって宙吊りのような状態になる。


理解した。

機は訪れない。このままではジリ貧で終わる。それならせめて道連れにしてやる。

そう覚悟を決めて片手を地面から離して男を封じていた箱と己が身の半分を犠牲にして空いたか片手に小さな箱を作成する。

小さな箱は徐々に光を発して、やがて眩しさを感じるほどの強い光となった。

まるで小さな太陽のような存在感。

しかし目を背けるほどの光が突如として輝きを失っていく。

驚いたのは潜水服だろう。

言葉を発するまでもなく動揺していることが感じられるほどである。


「自殺は良くないな。息子の教育によろしくない。命は大事にした方が良い。死ぬその瞬間までね」


没収だ。といって潜水服の手からこともなげもなく箱を奪う。


「ナニモンダ!」

「一人一つだよ。それにもう時間切れ」


地面にスパイクを打ち込んで耐えていたが、地面ごと引き抜かれ空へと吸い込まれるように飛んでいった。

そして赤熱の尾を引くように、やがて目視で確認できなくなる。


「さて、次だ早く終わらせよう」


没収していた箱を持ちながら腕ムカデの方へと向く。

腕ムカデの体全体の輪郭が煙のように不安定であり、身動き一つで崩れてしまいそうなほどである。


「君はどうかな」

「.........ここ」

「うん、無理だよ。ここでも君の願いは叶わない。同情はするがね」

「..........いや」

「そして同情はするが残念ながら敵同士だ。せめて息子の教材として役立ってくれ」


フッと腕ムカデに向かって息を吹きかける。

すると辛うじて保っていた体の形がコーヒーに入れたフレッシュの様に歪になり、何処までも際限なく伸びて広がり、風にあおられ空にまで広がっていった。

まるで宙に浮かぶ巨大なアメーバのようである。


その光景をみて男は独白の様に呟く。


「うちの息子は発想が良くてね。小さい時に気圧について説明していた時だった。圧って? と聞き返した事があってね。驚いたよ。ようするに形を定めている輪郭というものは力以外にも形成されている要素が他にもあるのではないか? と言葉足らずながらも暗に聞いていることを読み取る事が出来た。その歳でそこまで深い知見を得ていたをの知って感動で震えたよ」


フフッと笑顔が戻る。

親バカであった。


「息子の質問に対して一番理解しやすい要素の一つを説明したんだ。存在濃度というんだけどね。当時はそれを理解できるように説明するのが上手くなかったうえに、息子は感覚派でね。理解を深めるための実物の教材が常々欲しいと思っていたんだ。しかしその教材には慎重に吟味しなくてはいけなくてね。そうしないと息子に嫌われる恐れがあるから。どうやって角を立てずに確保するか悩んでいたんだが丁度良かった。人に近くて遠い、敵である君が現れてくれて本当に良かったよ」


軽く眉間を叩く。


「よく見ておきなさい。後で補足の説明もちゃんとするけど存在濃度を希釈するとこういった結果になるんだ。そしてこの状態で元に戻すとこうなる」


その言葉の後、まだら模様のように空一杯にまで拡がっていた腕ムカデが突如として消失した。

持っていた箱を大きなパラソルへと変化させ地面に突き刺す。

その後パラソルにパラパラと空から微細な肉片や体液のようなものが霧状となって降ってくる。


息子に上手く説明できたことにご満悦である。


そして、まるで図ったかのように突風が吹き霧状のそれらは遥か彼方へと吹き飛ばされた。


「さて君だが......」


声を掛けた薙刀女は呆けているかのように動かず、最低限の生命活動はあったが目に光が無かった。


なんで! 体が!!


感覚はあった。

見えているし、音も聞こえる。肌を撫でる風も感じる。

ただ体だけが動かせなかった。

まるで魂と体を引きはがされたかのようだ。


「その身が朽ちるまで立ち枯れてなさい。うちの息子の腕を切り落としたんだ。それぐらいは覚悟のうえだろう?」


突き刺したパラソルを引き抜き、小さな通信機へと変形させる。


「さて君で最後だ。聞きたい事はあるかな?」


暫しの沈黙の後、小さな電子音のような音が響いた。


「ふむ、口頭では時間が掛かるな。面倒なので手っ取り早く済ませるよ」


鞘に納めた短刀を改めて抜き、なぞるように通信機を刃で軽く引っかいた。

通信機の向こうで発狂のように近い静寂が響いた。


「      」


続けて男は白く塗りつぶすような言葉に近いナニかを発した。

いや、分かる者にしか聞こえない音に近い。

そしてその意味を理解できるモノは稀であり、それを理解した時には手遅れだ。


何か軽いモノが倒れるような音がしてそこからは何の音もしなくなった。


役目を果たした通信機を放り投げ、先程までの事を忘れたかのようにその場を後にする。


「さて、本来ならこのまま史宏の好物の一つでも作って終わりでいいんだが......少し勿体ないないか。折角だし、少しだけ手伝いながら自慢したこの世界を見て回るとするかな」


興味は自分の息子しかなかった。


「いやぁ、それにしても一人暮らしをするのには良いところを選んだじゃないか。どうやって見つけたんだ? いや、記憶を見るのは不味いな。この前も似たような事をして嫌われたしなぁ。でも母さんとは会っているようだし、その時に話した内容なら多少は良いかな。うん、史宏の心情は見ないようにすれば良いか」


感嘆の声が出る。


「好きな子が出来たのか! いやぁ、そうか。歳も歳だしな。それもそうか。んー、どんな子か気になるけどさすがにこれ以上はダメだな........ははっ、母さんも楽しそうだ。あぁーしまった。今年出す予定だった隠し芸を見てしまった。水を放流するのか。だけど大丈夫だ!父さんなら満点のリアクションを取れるぞ」


満面の笑みを浮かべ、リアクションを取る練習をする。


「それにしても変わらずお人好しだな。そこがいいとこなんだけど、ちょっとお父さんは心配だよ。色々教えて手助けしたくなる。ダメだと分かっているけどもどかしいね」


色々あるのだろうけど、変わらず元気でいる事を知れて非常に満足気である。


さてさて、息子の今後には興味深く最後まで見るのは叶わないけど。

どうするのかな。

落ちてやってきたこの世界で.......何をするのかな?


軽く微笑み、独り言に近い会話は途切れることなく歩を進める。



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