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121話


巨大な箱が大口を開け、丸飲みするかのように男を閉じ込めた。

そして数多の錠が頑丈に施錠され、完全に封じ込める事に成功した。


ただ全てのリソースを封じ込める事だけに費やしたので攻撃や移動といった事は出来ない。

なのでこちらが出来る事といえば、精々が餓死するまで待つぐらいしかないだろう。

それほどまでに全力で封じている。

しかし、事ここに至っては長く待つ必要はなさそうだ。

直接何度も攻撃を食らったから分かる。

せいぜいが時間稼ぎぐらいにしかならない。

だが今はそれが良い。何よりも時間が欲しい。

さらに時間を稼ぐために男を補足するのに使っていたモヤと吹き飛ばされた部品を回収し封じ込めるリソースへと回す。


「悪ィが説明は後でスる。頼んでたもン先に渡してくれや」


その言葉に何を言うまでもなく対応してくれる。

背負っていた荷物から布で巻かれたものを取り出す。

そしてシュルシュルと布を取っていくと出てきたのは一本の腕だった。


「これは本当に必要でしたか?」

「予定デハ保険の一つだッたガ、今は最重要ダ」


渡された腕を受け取り重傷を負う腕ムカデへと手渡す。


「回復を後回しにシてこッちを優先してクれ。どれぐラいかかる」

「..........すこし」

「頼ンだぞ」


そう言うと、ガシャリと腰を下ろす。


「少し時間ガ出来たかラ現状を軽ク説明する」


元々が機械音声だったのだが所々にひどいノイズが走っている。

余程の事があったのは想像に難くない。

軽口を挟まず耳を傾けた。


これまでの戦闘からの経緯と推察。

件の男が地球出身である事。

『集積』が探しているであろう異物。

そして、これから行う作戦。


「とても信じられない話しですが、今の惨状を見れば信憑性はありそうですね」


言葉を遮るように箱の方からドン!!と大きな音がする。

そちらを見れば内側から爆発したのかと思うほど大きく歪み膨張している。

それが何度も断続的に続いている。

破られるのは時間の問題だろう。

早く腕を繋いでもらわねば。


「なるほど。訂正しましょう。信じるに値しますね」

「ダロ?」

「確認のためにもう一度伺います。あの男が『集積』が伝えていた人物であることで間違いなく。そして、こちらの『理』である魔法やスキルなど魔力に関するものは一律効果はない。ただし共通する『理』である物理に関しては一定の効果があり、現状は私以外に効果的な攻撃手段がないと言う事ですね」

「そうダ。付け加えルとこっちにも手段はあるガ、もうココでは使えなイ。想定以上に動き過ぎタ。これ以上ハ歪が出ル」

「期待は出来ないと言う事ですね」


その問いにため息交じりに答える。


「.....まァな」


フフッ。と笑って話を続ける。


「ただ例外として勇者に関するスキルについては一定の効果が見込めるという話でしたね」

「あぁ。こねくり回サれた上に全く別の器にされタとはいえ、根本は同族の地球人ダ。転生じゃナく召喚な所も大きく関係してルかもな。目立った効果は無かッたが一定の反応は見らレた。ソノどれもが勇者の血族由来だった。ソうだろう?」

「........うん」


勇者の腕。

それも何世代も掛けて薄まったモノではない。今代のモノ。それ相応の効果は期待で来るだろう。

わざわざ魔族領にまで取りに行った甲斐があったというものだ。

ただの保険が最重要のキーアイテムになるとはな。


「この勇者が持っていたのは移動系のスキルですか。攻撃系やサポート系なら良かったんですけどね」

「ソノ辺は運ダ。まぁ工夫シテ使える分マシだナ」


その時に腕の接続が終わったのか声が掛かる。


「.......おわり」


通常よりも時間が掛かっていて心配したが、これで憂いは無くなった。

結果から見ればいいタイミングである。そろそろ封じ込めるのも限界だった。

箱から指が見え抉じ開けた隙間から鋭い眼光が見える。


「では予定通り、銷魂の聖域へ」


湖沼の次に安定しており、こちらが本気を出しても最も影響が小さい場所へ飛ばす。


「........うで」


繋げた腕が正常に動くか確認したのち、勇者の腕でパチンと指を鳴らす。

すると目論み通り箱ごと男を移動することに成功した。


「それでは私達も」



◇◆◇


閉じ込められた。

色々と後手に回らされて何もできずに貴重な時間が減っていく。

今は何よりも出血を抑えなくては死が一層早く迫ってしまう。

傷口を縛る時間さえ惜しい。

すぐに出血部位に『不動』を打ち込んだ。

上手く止血することできたが、肘から徐々に固く動かなくなってきている。

同じ個所への2度の不動。どうなるってしまうか予想がつかない。

取り返しがつかなくなるかもしれないな。

まぁどうなるにせよ、さっさとここから出るに越した事は無い。

切断された腕を掴んで箱を破壊するための道具として振るう。


大きくへこませる事は出来た。

強靭ではあるが壊せない程ではない。

壊せるまで何度でも叩きつければいい。

そして幾度か振り下ろしたタイミングで小さくはあるが光を感じる程度までには穴を開ける事が出来た。

手を突っ込んでさらに穴を広げようとするが、突然視界やが大きく歪んで眩暈のような症状に襲われる。そして、一瞬落ちるような浮遊感。


まさか。


急いで箱を抉じ開けて外へ出ると、先程までの世界とは一変していた。

勇者によって湖沼に送られた時と同じ感覚だったので、そんな気はしていた。


ここはどこだろうか........何にもないな。


殺風景である。見渡す限り何もない。

動物も虫も植物も土すらない異様な光景。

地面は切り取られた大理石のように滑らかで、それが地平線まで続いている。

空と地面の境目がハッキリと見て取れる。

まるで横一文字に切り取って貼り付けたかのようだ。

あらゆる生物の存在は否定するかのような光景に、いっそ幻想的な印象すら覚えた。


見通しが良いよなぁ......


逃げるのもそうだが隠れる事すらできそうにない。

奇襲は不可能として.........持久戦も無理そうだな。


大きく深呼吸をする。


先程までうるさく感じていた心臓の鼓動が随分と静かになっている。

こちらの限界は近いようだ

この後の事を色々と考えてみるが良い案が出ない。

心拍数が落ちているので頭への血が巡っていないのかもしれない。

頭がボンヤリとしている。

その間にもどんどん貴重な時間が過ぎていく。


どうしようか。


仮に応戦しても良くて相打ちで最低でも1人位は道連れに出来るぐらいか。

どちらにしても命は助からないと言う事だ。自力でどうこう出来る範囲を超えてしまった。

参ったなぁ。と思っていると早速やってきた。

突如、何も無い空間に色が付き輪郭を帯びて姿を現した。

臨戦態勢での登場。

命乞いも聞いてもらえそうにないようだ。

案の定、すぐに襲い掛かってきた。

行き詰まりだと分かっているが応戦する。


仕方がない.......仕方がない。

方法が無いのだから。


現状何もできない状況ではあるが時間を稼ぐ。

あぁ、今はなによりも時間が欲しい。


動きが鈍い。悪あがきのような動き。

先程までと違って精彩を欠いているのが分かる。


有り余るほどでなくていい。今少しだけの時間が欲しい。


腕ムカデの攻撃により体が硬直する。

その隙を逃す訳もなく剣戟が襲う。

辛うじて躱せたが、こちら側が一方的に削られていっている。


欲しいのは時間だ。


潜水服による腕を撃ち抜いた一撃が今度は太腿を撃ち抜いた。

動きが止まった所に鋭い剣戟が袈裟懸けに走った。

今度は躱しきれなかった。

傷は深くはないが浅くもない。

血があふれ出す。

出血のせいなのか心拍数が落ちているのか、それとも両方合わさっているのか、視野が狭まってきている。


致命的な状況。

だが、間に合った。


欲しかったのは時間だった。

間に合った。ようやく、だ。

ようやく覚悟を決める事が出来た。


腰に携えていた短刀を勢いよく抜く。

その刀身は真っ黒であった。

底なしの穴のように見えるし、眼前に迫っているかのようにも見える黒い短刀。

それを目にしたものは誰もが異様と感じ異端であると述べるだろう。

だからこそ猛攻の手が止まった。


この一瞬は確定している。

誰だったこれを見ればギョッとするだろう。

だからこそこの一手は誰も止められない。


短刀を全力で握る。

そしてその刃を.........全力で己が胸へと突き立てた。


刃先から柔らかい内臓の感触が伝わり、視野が一気に狭まっていく。

崩れ落ちるパズルのピースのように、様々な記憶が頭から抜け落ちていく。

意識が無くなる0コンマ数秒の濃厚な時間。

己が取った行動を反芻する。


ずっと考えていた。

この短刀を餞別として貰った時からずっと。

何よりも正しく、何よりも信頼している人からの言葉を。

その言葉は何よりも正しく、己が目で見るよりも、耳で聞くよりも、肌で触れるよりも確かであり、真実でさえ嘘っぱちに感じるほどだ。


『この守り刀は、己が誇りではなく命を守ることに使いなさい』


そんな父親からの言葉。

命を守る? 誇りとは? ずっと考えていた。


そもそも本当にこの短刀だけで命が守れるのだろうか。

例えば、怒ったジジイや母さん相手に何が出来るのだろうか。

この短刀が何でも切れて、かすり傷でさえ絶命しうる毒が塗ってあったとしても、使い手が自分であるなら無いに等しいものだ。

母さん以外にも、地割れ、津波、竜巻、ましてや巨大隕石などに対してどうすればいいというのか。


そして誇り。

何よりも縁遠いものだ。

自分は力も弱く、意志は揺らぐし、心も脆い。

誇りを持って行動する人に憧れや嫉妬を抱くほどだ。自分とは無縁である。


酷く矛盾している様に感じる。


だが、ずっと考えてようやく最近答えらしいものが出た。

誇りとは言えずとも、もし自分に対して胸を張れるものがあるとするのなら、それは一度たりとも選択に自死を選ばなかったこと。

命を懸ける選択をしたとしてもそれは生きる上での選択。

逃げるためだけに死を選んだことは一度もない。


それが誇りだとするのなら。

そして父さんの言葉通りにするとするのなら。


自分の命を守るためにこの短刀を使って自死をしろと言うことになるだろう。


何よりも信じられる言葉だ。

ただ、それでもだ。

優柔不断なゆえに即断即決が出来ないでいた。

頭も良くないから履き違えて解釈している可能性もある。

それを含めて.......覚悟を決める時間が欲しかった。


ただ、もし、これで、本当に死んだだけだとしたら


ちょっとだけ残念だ。


胸に深々と突き刺さった短刀を握ったまま膝から崩れ落ち、その表情から力が抜け落ちた。













力なく落ちていた口角が突如として吊り上がる。


「っふふ.........くふ。あはははははは!!! はっははははは!!!!!!」


大きく快活な笑い声と共に突き刺した短刀を引き抜く。


「やられた!! してやられた!!! まんまと出し抜かれた!!! やってくれる!!! 想像以上に最高だ!! 堪らないな!!!!」


笑いも笑い。

ようやく目の前にいる3体の存在に気が付くと挨拶を始めた。


「あぁ、申し遅れたね。気分がいいから簡単な自己紹介だけでもしようか」


トントンと突き刺した胸を軽く指で叩く。


「私は白墨(しらずみ) 静留(しずる)。この子の父親だ」



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