118話
短期で仕事を受けてから今日で満了日となった。
仕事を覚えるのに重心を置いていたので雰囲気はあまり学べなかったが、ある程度顔を覚えて貰えることができた。
見かければ挨拶してくれるようになり聞けば答えてくれるほどである。
そして仕事での信頼も得られたのかわざわざ指名してくれる人までおり評判も上々である。
以下、立ち聞きでの評価抜粋。
「仕事が早いから回転率上がっていいよね。綺麗にしてくれるし」
「愛想が良いよね。頼みやすい」
「劣人種だろ? 部屋にあんまり入って欲しくないけど.....まぁ、でも魔力の匂いがしないのは有難いかな」
「魅力は感じないかな。好きなタイプじゃないし。えー、仕事? 良いんじゃない? 悪い評判聞かないし」
有難い事である。
満期で更新終了するのに惜しく感じるほどだ。
「どうすんだい?」
満了日にボスから部屋を借りるか更新をするかの打診を受けた。
ボスとしては契約更新を望んでいたようだが、マッサージがダメなら再度よろしくと言う事で希望の部屋を借りる事に納得してもらえた。
これで当初の予定通りに進められる。
鍵を受け取り、いざ入室。
「おーいえー。部屋ー?」
「安い部屋だからな。贅沢は言わないのが優しさだぞ」
広さはアゥリスの部屋の半分ほどだが、大人5人寝ころんでも狭くは感じない広さ。部屋にあるのはベッドのみ。
小さくしたアゥリスの部屋のようだ。
「んー? あれー、このベッド魔道具かー?」
「オプションで借りた。高かったけど」
魔力を籠めればサイズと強度が変わる。
サイズはキングサイズから一人用サイズまで。
強度は自分が寝転がっても大丈夫な程だ。
「殺風景だけど部屋はきれいだなー」
「前から目をつけてたからな。空いた時間で綺麗にしてた」
「かしこいー」
「さて今日からお客さんのアゥリスが来るからな。向かえられるように準備しないと」
「鴨ネギかー」
「言い方」
でもまぁ、ちょっと強気な値段設定にしようとおもう。
「んじゃ、頑張っていくか」
「おー。私何したらいいー?」
「魔道具の起動とか出来ないことと、今後この部屋で生活するからその準備だな」
「おっけー」
◇◆◇女神の指・館内
書類仕事を片付けながら少し思い悩む。
早まっただろうか。
部屋を借りる事は事前に聞いていたことだし、提案として持ちかけたのも私だが迷うことなく部屋を借りたのは予想外だった。
多少の色を付けたから迷わず更新を選ぶものだと思っていただけに残念でならない。
それにしても、あそこまで仕事が出来るとは。
忙しいときのフォロー要員のつもりだったが、ここまで評判良く仕事が出来るとは予想外だった。
変な事をしないか目を光らせたが肩透かしに終わり、裏取りのため内密に仕事を紹介したギルドの受付に確認したが本当に裏が無かった。
下手な交渉事をせずに条件と金額にもっと色を付けるべきだったか。
次回の動きを考えていると力強く扉が開かれる。
「おーい。ボスー。アイツ知らね? 掃除頼みたいんだけど」
「ノックしな!! あと契約切れだよ。他の奴に頼みな」
「え!? マジ! なんでだよ。他の奴とかも結構評判良かったのに辞めさせたのかよ」
「違うよ。ここで部屋借りてるんだよ」
「うわー、噂はマジだったのか。無理だろ。誰が利用するんだよ」
「さぁね。だけど賃料が払えなくなったら再度契約するからその時に頼みな」
「あぁ、まぁ、そういう事なら」
多少は納得したようだ。
「んあー、こんなことなら昨日頼んだらよかったー」
そう言って部屋を出る。
邪魔されて中断された書類に目を落としたすぐ後に、扉を殴る音と共に再び扉が開かれる。
「返事をする前に開けるな!!」
「婆ちゃん! アイツに客が来てる!」
「はぁ!?」
言っては悪いが、客なんてつくとは思っていなかった。
それがすぐに来るとは。
「ちょっと見てくる!!」
「おい! 邪魔してやんなよ」
「分かってるって!」
嵐のように部屋から出ていく。
あぁ、それにしても。
「物好きはどこにでもいるもんだね」
◇◆◇
仕事中は邪魔をしない。
様々な失敗と痴情のもつれの果てに出来た女神の指でのルールだ。
だが、扉の前を通ってたまたま聞こえてしまう分には仕方ない。聞かなかった振りをするのが暗黙のルールである。
なぜか今日に限ってはその部屋の前を通る人物が異常に多かった。
そして通っていった人物達は一様に共同部屋へと移動し、世間話という情報交換を行っていた。
口喧嘩をしている?
服を脱ぐ音が聞こえた。
部屋からはくぐもったような苦悶の声がしている。
相手は妙齢であり性別は男。
声が一定間隔で途切れない。
長時間している。
情報はどんどんと集まっていくが、そもそもが何故そんなことをしているのか。
理由は様々。
仕事の出来る掃除夫が商売を始めたための興味本位、暇潰し、ただ単純に心配している。
そう、様々ではあるが根っこの方には弱味を握ろうだの悪評を広めようなどの悪感情はなかった。
真面目な仕事ぶりと丁寧な挨拶と適度な距離間でのコミュニケーションのおかげである。
そんな彼はと言うと、変わらず真面目に仕事をしていた。
「ふぅう」
「ぬうぅ」
「ッン! ....... ンンッ!!」
半裸の妙齢な獣人男性の苦悶の声が部屋に響く。
何をしているのかといわれればマッサージである。
より正確に言えば整体。
状態はアゥリスよりもひどく、可能な限り回復を実感できるようにと言う注文を受けていたので限界のギリギリを見極めながら強く繊細に整体を行っていた。
「痛かったら言ってくださいね」
「い゛ッたくはない」
「はい」
苦悶の声を出すこの人物はアゥリスの紹介で連れてきた人物だ。
妙齢ではあるが体が引き締まっている。
ただ、体のバランスが良くないのを目で見て分かるほどに体を痛めている。
アゥリスと同じ理由だろう。
強めの施術が必要だと判断した。
しかし、軽い質疑応答をしている途中でこちらが劣人種ということが分かると一悶着起きる。
控えめに言っても感情的である。
余計な言葉は油を注ぐ。
激化しないためにもどう対処すべきか困っていると、アゥリスが解決のためのアドバイスを耳打ちで教えてくれた。
とてもシンプルだった。
「服を脱げ。それで解決する」
なぜ? と思いつつもこちらに妙案はない。
アドバイスを受け入れて、服を脱いで肌着だけになる。
「.............おぉ」
本当に静かになった。
一瞬で沈静化された。
「こういう事です。よければそのままお試しください。保証はします」
どういうことか分からないが落ち着いたのは良い事だ。
その言葉に妙齢な男性は緩んでいた口を横一文字に締め直し、ベッドへと横になる。
「無礼をした。よろしく頼む」
「はい」
これがあってからはとても素直に指示に従ってくれる。
「次は首をします。可能な限り力を抜いてくださいね」
「わかった........ッ!」
・・・
・・
・
施術終わり。
ほぐす事に重点を置いての施術だが、さすがにこれ以上はやりすぎると怪我になる。
多少の揉み返しはあるかもしれないが獣人だ。回復も早いはず。
それにこの世界ならポーションや魔法もあるから気にする事も無いかもしれない。
だが今回は初仕事と言う事で慎重に期す。
「ここまで違うのか」
関節の可動域の確認作業。
痛みがない事に感心しているようであり、初仕事が上手くいったことの証左でもある。
確かな満足感。
「軽い。全身の血が入れ替わったかのようだ。お前の話には聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった」
「嘘偽りを述べた覚えはありません」
アゥリスは知り合いにもきつい態度なんだな。
「えー、ご希望に添えれて良かったです。それでは次回の来ていただける日の相談とご精算を」
次回の予定日を決め、反応を見て大分多めに請求してみる。
金額については特に反応はない。
もう少し行けたか。
妙齢の男性は服を着直し、持っていた荷物から何かを取り出す。
それは小さめの壺だった。
どこか既視感を感じる壺だ。
中身に何が入っているか分からないが、ぎっしりと梅干しが入っていそうな壺だ。
不思議と唾が溢れてくる。
「これは料金とは別だ。感謝の気持ちだと思って受け取ってくれ」
手渡されたので受け取る。
何だこれ。中を見るが何も入っていない。
「これは王から拝領した一品だ。名を『酒蔵』という。指定の材料を入れて蓋をすると中身が酒になる魔道具だ。魔石があれば使用できる。あなたでも使えるだろう」
酒かぁ。いいのかな。いいよね。感謝の気持ちだし。
拒絶するのは失礼だ。
だが、ワンクッション確認を入れてもいいだろう。
「よろしいですか?」
「あぁ。痛みを酒で誤魔化す必要もなくなった。大切にしてくれ」
そう言われたなら仕方ない。
大切にしよう。
どんな酒か分からないが道具を集めて蒸留酒も作れるかも。
いや、消毒用にね。
心の笑顔が漏れないようにお客様を見送る。
ホクホクしながら部屋に戻るとアゥリスがベッドの上にスタンバイしていた。
「何見てる。本来の予約は私だろう。今回はお前が言った通り紹介しただけだ」
まぁ、そうか。
「経過はどうでした?」
「好調だ。何の問題もない」
「では、今回は前回よりも少し強めで」
耳が大いに反応している。
まぁ、ちょっと痛いよね。
「構わない。あと、気になっているであろう社会奉仕についての話しも持ってきた。受けるか検討してみてくれ」
「承知しました」
おぉ、有難い。
一気に話が進むねぇ。忙しくなりそうである。
「では、始めますね」
「あぁ、お手柔らかに」
部屋に苦悶の声が響く。
たまたま通りかかる獣人達の噂話がさらに加速する。