116話
アゥリスをマッサージしてこの手段で稼げる光明を見た。
賠償金返済へのスタートラインが見えたような気がする。
マッサージで小銭を稼ぎ、次の稼ぎのための費用に充てる。
お客も紹介してくれるようなので宣伝費もいらないし、最低限アゥリスは来てくれる。
頼めば他の軍人も連れて来てくれるかもしれない。
繁盛させるのは無理だとは思うが、客単価を上げれば最低限は稼げると思いたい。
さて、そうなると次は何処でするかという事になるが、そのあたりをもう一度アゥリスに頼むのはさすがに図々しいか。
他をあたるとするなら冒険者ギルドとなるのだが......うーむ。
行きたくはないのだが.......一度は行かないといけないようだ。
一番の懸念である蒼花の人達がいたら引き返そう。
ダラダラと歩いて、ギルドに到着。
正面から入って出会うのは避けたいので、窓辺からこっそり様子を伺ってみる。
何やら楽し気に乱痴気騒ぎをしている。
まぁ、大変な事を乗り越えたのだから羽目を外す気持ちはわかる。
ただ中にいるのは獣人ではなく人間だけだ。それも男ばっかりである。
蒼花の人達がいないのは良い事なのだが、少し探ってみるか。
開いている窓からお邪魔して陽気に飲んでいる何人かにお酌をしながら聞いてみる。
どうやら活躍した人達は事後処理も終わり褒賞を貰って夜の街へと繰り出しているようだ。
獣人の方がいないのはギルドでの一番の功労者であった蒼花の人達を気に入って全員がお酒と共に夜の街へと駆けだしたからだ。「強い奴はモテるねェ」とのこと。
そしてここで騒いでいる人達は、応援で駆け付けたものの何もせずに終わってしまった人たちだ。
特別な活躍は出来なかったが最低限の報奨金はもらえたようで、そのお金でヤケクソ気味に騒いでいるとのこと。
蒼花の人たちがいないのは運がいい。さっさと用事を済ませておこう。
騒いでいる酔っ払いたちの間を縫うように歩き、迷惑そうにしている受付嬢らしき人に声を掛ける。
「何か御用ですか」
受付嬢にタヌキを呼んでもらおうとしたが、肝心の名前を忘れた。
タヌキといっても伝わるだろうか。
いや、そもそもマッサージをするための場所が聞きたいだけだ。タヌキである必要は無い。
事情を軽く説明して、マッサージ屋を始めるのに良い場所がないか聞いてみる。
「はぁ、まぁ、そうですか。この国でするのですか。需要は広いので大丈夫とは思いますが」
こちらをジロジロと見ながら何か奥歯に物が挟まる様な言い方である。
それにしても口振りからしてマッサージ屋は他にも結構ある感じか。
アゥリスの反応から、無いか少ないイメージだったんだが予想は外れたか。
想像よりも競争は激しそうだ。
まぁ、固定客がつく分アドバンテージはあるだろう。
「通常は、マッサージを始めるなら......そうですね。期間を定めて労働契約を交わして働かせてもらう。賃料を払って一室借りる。居抜きを利用する。この3つがオーソドックスですかね」
んー、マッサージ屋が珍しくないなら安定している労働契約が一番無難そうではる......でも面接とかあるよな。劣人種だから受かる気がしない。
そうなると残り2つだが居抜きは論外。絶対に高い。
1人でするものではない。
お金のことを考えれば部屋を借りるのが現実的か。
今持ってるお金で何とかなるかな。
「部屋を借りる際の平均的な値段を教えて貰えますか?」
その疑問に対して、少し困ったような顔をする。
「申し訳ないのですが、私もここへはヘルプとして来たばかりで詳しくないのです。そもそもここはギルド自体が出来たばかりなので」
「あ、そうなんですか」
「はい。本来の職員の方たちは何やら重要な情報の共有とかで現在は外しています。戻られてから直接確認するのが確実かと思います」
いつもなら待つんだけど、でも待ってたら遭遇しそうなんだよな。
そんな気配を察知したのか受付嬢が別の提案をする。
「もしご興味があるならそちら関係の大手から別枠での依頼が出ていますよ。ご要望とは違った形になりますが、こちらならすぐにご紹介出来ます」
「どういった物ですか?」
「基本的に雑用や従業員のサポートですね。特に人手不足な分野ではあるようですが、今回の襲撃もあって需要が高まっており人手が求められています。平時よりも賃金も上がっていますのでおススメ出来ますね。働いている雰囲気も感じられるので実際に営業する前の勉強にもなるのではないでしょうか。今なら期間を短期か長期で選べます」
鬼神の襲撃で怪我人が増えたのだろう。
魔法やポーションでは追い付かいないアフターケアやリハビリとかで、マッサージや整体についての需要が高まっているのかもしれない。
それに、受付嬢の言う通り実際に働く前に雰囲気を感じるための勉強というのは一理ある。
想定外のミスを減らすための社会勉強。
どうせ長く居る予定なのだ。早めに触れておくのは良い事だろう。
うむ、悪く無いか。
「そうですね。勉強という事で短期の方で受けてみようかと思います」
「それでは依頼を受注しますね」
カタカタと端末を操作して手続きを進め、依頼の写しを貰う。
驚くほどスムーズでストレスがない。
「それではお気をつけて」
気分がいいと感謝の言葉を伝えたくなるもんだ。
「ありがとうございます。おねえさん」
「おにいさんです」
「え?」
「私は男です」
「すみません」
・・・
・・
・
「うへぇ」
依頼された場所へ行くと予想よりも大きな建物だった。
大手とは言っていたがここまでとは思わなかった。
『女神の指』
ここが働く場所である。
何度も写しを確認するがここで間違いではないようだ。
「なんか、眩しい」
ここの建物もそうだが周りの建物全体がギラギラしている。
こういうところはリラックスできるように落ち着いた雰囲気の外装にするものだと思っていたが、種族間のギャップと言うものなのだろうか。
ひとまず裏口を探して従業員と思わしき人に声を掛ける。
事情を説明すると中へと案内された。
話しを通すために少し待てという事で、廊下で少し待っているとすぐに部屋へ入るよう声を掛けられる。
扉を軽くノックして「入んな」という声と共にドアノブを捻り、部屋に入ると年老いたヒョウのような女性が眉間に皺を寄せながらこちらを見ている。
「来たかい。座んな」
視線で椅子に座る様に促される。
圧力がある。
仕事のプロだな。風格がある。
「時間が惜しいから簡単に説明するよ。やってもらう仕事は簡単だ。部屋の掃除とベッドメイキングだ。真面目に仕事をやって愛想よくしてりゃ部屋の持ち主からチップが貰える。稼ぎたいならしっかりやんな。詳しいのは別の奴が説明するからそいつらから詳しく聞くように」
「はい」
「ぁあ? あんた要望もあるのか。将来マッサージがしたいんだって? 物好きだねぇ。まぁ、変わり者も多いから需要はあるかもだ」
「? はい」
「まぁ、私の方で雇う気はないけど信用できる奴なら部屋を貸してやるよ。期間内はこっちの仕事をキッチリとするんだよ」
「ありがとうございます」
良く分からないが、頑張れば部屋を貸してもらえるようだ。
「それじゃ、今日からやってもらうよ。挨拶も込めてこの部屋の所に行ってきな。あんたの先輩がいる。詳しくはそいつらに聞きな」
「了解しました」
「あと、ここでは私の事をボスと呼びな」
「了解です。ボス」
「良い返事ださっさと仕事に取り掛かりな!」
「はい、ボス!」
踵を返して素早く移動する。
しかし、指示された部屋が分からなかったので従業員らしき人に聞いて素早く移動。
中へ入ると言われた通り同僚らしき人が居た。
軽い挨拶から仕事の流れを説明され、実際の仕事をするための現場へと向かう。
何か色々と引っかかるけど、頑張りますか!
◇◆◇女神の指 執務室
突如として需要が増したことでフル回転で業務をこなしている。
追われる書類仕事が終わらない。
だが、それに見合う売り上げが出ているのも事実。
苦を感じさせない労働である。
そこへ乱暴に執務室の扉が叩かれる。
返事をする間もなく扉は開かれた。
「おばば。代理から戻ったよー」
「返事する前に開けんじゃないよ!」
「いいじゃん。客取ってるわけじゃないんだから。それに、おばばの代わりに行ったんだから感謝してよ」
「ふん、あんたがこの仕事できたなら行ってたさ。それにボスだっつってんだろ! 張り倒すよ!」
ワザとらしく身を縮め、煽る様に怖がる振りをする。
「ッチ。んで、内容は何だったのさ。くだらない事だったら抗議してやる」
視線を書類へ戻し、事務仕事を進める。
「んー、なんつったか。向こうもあんまりハッキリとしたことは言わなかったんだよ。たしかー、気を付けてって感じ」
「なんだそりゃ。ここで気を付けなくていい事なんてないよ」
「そうなんだけど、そういうレベルじゃない感じ?」
要領を得ない答えに、軽く溜息をついて目頭を押さえる。
するとドアから覗き込むように別の人物が姿を現す。
「それじゃ伝わらないって」
開いた扉をノックして改めて部屋へと入る。
「はぁ、二人で行かせててよかったと心底思うよ」
「そう? まぁ、私から言ってもさっきのと内容はあんまり変わらないよ。ギルドから相当ヤバい人が居るから気を付けてってこと」
「あぁ? 何がどれほどヤバいって?」
「それはボカされてた。つまりは相当ヤバい」
獣人相手に過剰な実力がある事を伝えると、それが本当に言葉通りなのか試さずにはいられない。
従えるほどの実力か、従いたくなるほどなのか。
獣人の性である。
それを言わないと言う事は、確実に被害が出る事を暗に示している。本物であるという証明である。
「権力か財力か。その辺ならまだいいが、単純な力なら血が流れるね」
「だからこそ伝えなかったかもね。配慮よ」
隣の阿保がそうだったのかと感心している。
「ふん、なら気を付けるかね。そいつの特徴は?」
「勇者のようだけど、勇者じゃないって」
特徴すらぼかされている。
言葉が分からない阿保すら手を出さないようにしているのだろう。
相当な案件である。
勇者の名が出るならそれ相応の実力があると言う事。
魔力が尋常じゃないか。特殊なスキルか。
嗅げばすぐにわかるだろうが、何か誤魔化す方法を持っている奴と見ていい。
「んで、とにかくそれらしき奴を見ても敵に回すな。でも味方だとは思うな。普通にしていろだって。そして、それは余所者らしいから変に絡まないようにしましょうだってさ。無茶だよね」
よっぽど警戒している。厄種だ。
客としても来ないで欲しいものだ。
「あぁ、そういえば壇上で説明してたやつが面白い言い回しをしてたな」
「ねぇ。凄い矛盾したような言い方だったね」
「なんて言ってたんだい?」
思い出し笑いをするように、その時の言葉をそのまま伝える。
「そいつは、自分をネズミだと思っているドラゴンが人間の形をしてるんだってさ」
「種族は人間かな? それともそう見える感じかも。そんな奴に気を付けましょうてことだね。例えの意味がわからないけど」
人間か。
そういえば、つい先程も短期で雇った奴がそうだったか。
見た目は勇者に似てなくもないが、勇者と言うには魔力が無さすぎる。
意図して隠すにはランクもBクラスで高いわけではない。そもそもこんなところでこんな仕事をするわけない。
さすがに別人か。
「まぁいい。代理の出張お疲れさん。今日はこれで上がりにするかい?」
「んにゃ。帰りにカワイ子ちゃん釣れたから部屋で遊んでくるわ」
「わたしもー」
「部屋の賃料さえ払えばプライベートで何しても文句は言わないけど、支払うにしても受け取るにしてもキチンと金の問題で収まるようにしな」
「はいボース」
「了解ボス―」
雑に扉を閉めて部屋から出ていった。
ただ、少し懸念が湧く。
タイミングがタイミングだ。少し探ってみるか。