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115話


判決を言い渡されて数日。

賓客ではなくなったので当面の生活費は自分で工面しなくてはならなく、国宝喪失の賠償金も払わなくてはならない。

一応期日は決まっていないが、国外へは出る事は出来ない。

例外として許可を得られればダンジョンへ向かう事は出来る。

大きく稼ぐためにもダンジョンへ行くのは一つの手ではあるのだが、大きな初期費用が掛かる。

そのためには小さい依頼から始めてコツコツ溜めるか、借金をするかである。

借金は最終手段としておこう。

何か深みに嵌まっていく予感がする。


そうなると、どうしたものか。


ダンジョン以外の方法も模索するが、大金を稼ごうとするとどうしても初期費用が掛かる。

そうなると.......堂々巡りか。選べる方法は少ない。

コツコツ溜めるにしても魔力の無い劣人種としては後ろ盾が無いのなら、方法は冒険者ギルドぐらいしかない.....か。

あんまりあそこには出入りしたくない。

良い思い出が無いのもあるが、いまは『蒼花』の人達が居ると思う。

騒ぎが起こりそうだ。


そうは言ってもか。


見つからないようにさりげなくタヌキに合図を送れる方法があればいいのだが。

この場にいないわらび餅の協力は期待しない方が良いな。

わらび餅はこの国をウロウロしていた時に、稼ぐ方法を思い浮かんだと1人突っ走って行った。

お腹が空いたら晩御飯時にはいつも帰ってくるので放任している。

あれでも自称神の宇宙人的な生き物だ。

ルテルとも知った仲のようだし何かあればこちらへ逃げかえるぐらいの事は出来るだろう。


まずは自分の事を何とかせねばと思案しながら歩いていると、見覚えのある人が居た。

ホノロゥことリュコスちゃんである。


優雅にお茶を飲んで......いや、呆けてる?


顔には出ていないが少し雰囲気が暗い。

こういう時は近寄らないのが吉ではあるのだが、お偉いさんだ。

人脈は広いだろうし、顔を売っておくのも悪くない。

現状、コネは欲しい。

選べる選択肢は多い方が良い。


軽く挨拶をして同席させてもらい、たわいのない言葉を軽く交わす。

さりげなく、本題である短期での仕事がないか聞いてみる。


「私はもう、ホノロゥではない。悪いな」

「なるほど」


どういうことだ。


より詳しく聞いてみると、『ホノロゥ』とはリュコスちゃんの父親の功績によって死後作られた特別な役職のようなものなのらしい。

本来であるなら永久役職として残される予定だったが、リュコスちゃんの実力と娘と言う事で特別に就任していたようだ。

しかし、短期間のうちの激しい戦闘で体に後遺症が残り、その状態で先程の戦闘をしたのでさらに悪化したようだ。

就任維持は難しいと判断され、ホノロゥという名と共に役職を解かれたのが現在の流れのようだ。


それはなんとも。


「それでは今はリュコスですか?」


ピクリと耳が反応する。


「......それは幼名だ。今は旧名だったアゥリスにもどる。ただのアゥリスだ」


リュコスちゃんからアゥリスへと名前が変わった。


「ホ......リ......アゥリス、さん」

「アゥリスだ。アゥリスでいい」


頑張って矯正しないと間違えそうである。


「王命を受けた時は当然だと納得できたんだがな。間があくとな......少し悔しいものだな」


心なしか耳もしょんぼりしている。

どうしようかね。

参ったね。

思ったより重かった。

慰めの言葉が浮かんでこない。


「えっと、体調はどれぐらい悪い感じですか」


聞いてどうこう出来るとは思っていないが、話題を変えるためのワンクッションが欲しかった。

上手い事話題を変えたい。

するとリュコスちゃんはこちらに向き直り、拳をこちらへ真っすぐと伸ばす。

その拳は微かに震えていた。


「これ以上あがらないんだ」


そして痛みに耐えかねたのか、ゆっくりと下ろす。


「珍しい事じゃない。大きな怪我をすると稀になる。こうなると少しづつ動きが制限されて体が硬くなっていく。回復魔法やポーションでは治療できない。もう、こうなるとな.......」


おそらく、今回気落ちしていたのはそれが原因だろう。

一時的であるなら何度挑戦してでも、もう一度ホノロゥを名乗るようにしていただろう。

だがそれが出来ないと判断したから悔しいのだ。


ただ、んー。


その症状にちょっと心当たりがある。

だてに何度も大きな怪我はしていないので、怪我に関しては少し詳しい。

なんなら致命傷すら負った事がある。それも数えきれないほど。

だからこそ何とかできるかもしれない。


上手くいけば、恩を売れるが......


ただ、結果が出せなかった場合、余計な希望を持たせて落胆させるだけになる。

それはいくら何でもだろう。


うーむ。


「なんだ? 別にお前が気にする事じゃないだろう」


強気な言葉が虚勢を張っている様に見えてしまう。

少し悩んで、余計なお節介をする事にした。


「ちょっとマッサージ受けてみません?」

「はぁ?」



◇◆◇アゥリス



突然の提案に聞き間違えかを疑い、もう一度確認するが確かにマッサージといった。

多少の戸惑いはあったが.......了承した。

そもそも断る理由が無い。

突然の誘いに驚いただけだ。


いや、突然すぎる。

準備する時間ぐらいは欲しかった。


では、行こうかと席を立つアイツに制止を呼びかける。

知らない所は怖いので、せめて私の部屋で。


少し遠回りをしながて、この後のシミュレーションをする時間を稼ぐ。

何度か確認したがマッサージで間違っていない。

つまりはこの国の建国を助けた勇者由来のアレの事だろう。

勇者が愛して広めたことで有名でもあるし、この国の色街で一番ポピュラーでもある。

それに、母上からも事前知識として教えても頂いている。

何の因果か父上を虜にした方法もマッサージだった。


それをするという事は、そういう事なのだろう。

そして私は受け手側だということか。

初めてだから受け手側なのは助かるが、オーソドックスにして欲しい。

それとなく普通にして欲しいと伝えると、「それはもちろん。変な事はしない」と答えた。


あまりにも当然という態度に遊び慣れている雰囲気を感じるが、それと同時に頼もしすら感じる。

良いのか悪いのかモヤモヤしていると部屋へと到着してしまった。

少しの緊張と共に部屋の中へと案内する。

自分の部屋だというのにいつもと違って感じる。


「どうぞ」

「おじゃましまー......す」


部屋の中を見て視線を泳がしている。


「随分とサッパリというか、綺麗にしてますね」


まぁ、掃除はしやすい。

何せこの部屋には散らかるようなものがほとんどない。

部屋は基本的に寝ること以外に使っていないので物自体が少ない。

なので突然の来訪者があっても困らない。

今回は別の意味で少し困るが。


「ベッドにでも座っててくれ。その.....身綺麗にしてくる」


シャワー室に入り、魔道具を起動して冷水を浴びる。

身が引き締まるようだ。

一応念入りに体を洗い、魔道具を使って水気を吹き飛ばす。


脱衣所に用意した大きめのバスタオルを体に巻いて、予備のバスタオルを一応持っていき、いざ決戦へと向かう心境で扉を開く。


視線が吸い寄せられる。

彼は腕をまくり二の腕を露出してベッド横で待機していた。

普段は手や首ぐらいしか露出していないからこそ、その腕の筋肉に戦慄する。

特段太いわけではない。ただ、一目で異質である事を分からされる。

量ではない質が違うのだ。

大きく生唾を飲み込んだ音が聞こえた。


こいつは半裸で外を歩くだけで男女関係なく、獣人達がすり寄ってくるだろう。


「それじゃあ、横になってくれ」


そう言いベッドの端を軽く叩く。

その言葉に抗えない。獣人の本能が従いたがっている。


静かにベッドに腰かけ、仰向けになる。

タオルはせめてもの抵抗だ。自分からは取らない。


「りゅ......アゥリス。最初はうつ伏せからするから下向いててくれ」


名前を言われて、喜びが背骨を舐める。

言われたとおりに従う事に達成感すら感じる。


体を捩じりうつ伏せにひっくり返る。


背中越しから視線を感じる。

頭の先から足のつま先まで、見えない指先でなぞられているようだ。

焦らしているのだろうか。嫌いじゃない。


もどかしく感じていると肩に手が乗る。

大きな手だ。

そして、肩越しから伝わる重さ、強さ、温もり。

傷がつかないように丁重に扱われているのがハッキリと分かる。

その指先が肩から背中、首筋へとゆっくりと移動する。

声が漏れ出そうである。


あぁ、このまま首に手をかけてゆっくりと絞めてくれないだろうか。

力づくで押さえつけて、抵抗すら意に介さずに。


赤黒い感情が泥のように綯交(ないま)ぜになり、溺れる様に耽溺する。

そんな蕩ける脳髄に鈍色の何かが突き刺さった。


「ァい゛ッ!!」


神経を直接抉られたかのようだ。


「やっぱり癒着してるな。痛いけど我慢してくれ」


首筋辺りに彼の指が埋没していく。

筋肉と筋肉の間に、切れ味の悪いナイフで刺されているかのようだ。


「どうしてもの時は叩いて教えてくれ」


つまりは、叩かなければこの痛みは続くと言う事か。


「ぅッ!!」


嫌いではない。



◇◆◇


視線を落とす。


月の光を溶かしたかのような白い髪が白い肌へ絡みついている。

赤いバスタオルがその白さが良く映えさせている。

しかしその滑らかな背中を凝視しているわけではない。

見ているのはもっと深部。

皮膚の下。筋肉の奥。

体を作る土台の骨。

頭蓋の形を予想し、背骨を辿り、骨盤へと降りていく。

骨格が分かれば、関節とそれを繋ぐ腱が分かり筋肉の付き方が把握できる。


うん。人間の骨格に似ていてよかった。おおよそは把握は出来た。


最終確認として触れて確かめる。

骨の形や骨格は普通の人間とほぼ同じだが、多少違うところが見受けられる。

この辺りは気を付けないといけないか。


そして、当初の予想通り腕が上がらない理由がわかった。

大怪我をしたことが原因での筋肉同士が癒着している。


獣人は回復が早い。

ポーションなど使えばさらに早い。

多少の怪我ならすぐに治るのだろう。

しかし、早すぎるがゆえに捻じれたまま歪んだままに回復してしまい、歪みやズレ、癒着として痛みを発生させている。


そのまま指を這わせて首筋へと移行する。

骨にまで癒着しているところもあり、骨の位置も微妙にズレている。

マッサージというより整体レベルでの矯正が必要だろう。

よくこんな状態で平気な顔をしているものだ。

痛みに鈍感なのか、マゾ気でもあるのだろうか。


まぁ、想像よりも重症だったのは確認できた。

こちらも片腕が動かない事だし、時間と回数を分けてやっていこう。

今回は手始めと言う事もあり、腕が上がる程度にはしておきたい。

少し痛いかもだが、加減の調整は叩いて教えてくれるだろう。


施術を開始する。


短く汚い悲鳴のような声が断続して続く。

しかし、タップはしなかった。

それほどでもないのだろうか。

気にし過ぎだったか。


ならもう少し踏み込んでやってみるか。


指に力を籠める。


「ッん゛!!」



・・・

・・



ふぅ。

良い仕事をした。

片手だから手間もかかったが、今回はこれぐらいでいいだろう。


「終わりましたよー」


軽く肩を叩くと、のっそりと起き上がる。


「お加減はどうですか?」


天井をボンヤリと見ていた視線を手元に戻し軽く手を開閉させる。


「握っただけでも痛みがあったがそれが無い。あぁ、全身で深呼吸してるみたいだ。血が全身を駆け巡ってるのが良く分かる。ありがとう」

「いえいえ、体のことも考えて数回に分けるのでまた日を開けて行いましょう」

「.......あと数回。か」

「一度にすると逆に体を悪くするので」


痛そうだったしね。良くは思はないか。


肩をぐるぐると回し体の動きを確かめている。


「軽いな」


効果を実感できて何よりだ。

感謝してもらえたことだし、こちらも満足である。このまま帰れば良い夢を見れそうだが、明日にはつながらない。

ここで恩を売っておきたい。


「それで、少し相談なのですけど」

「ん? なんだ」

「少し仕事について口利きをして欲しいな、と」

「あぁ、これを商売にするのか。良いと思うぞ。私みたいなのに何人か心当たりがある。紹介しよう。向こうも喜ぶだろう」


ん? そいう意味で言ったつもりはなかったが。

だが、なるほど。需要がありそうなのか。

口を利いて貰えるならば宣伝費とかは安くて済む。競争相手が少ないなら尚いい。

治療と言う事で値段設定も高めにすれば、料理より稼げそうか。


「はい! よろしくお願いいたします!」



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