114話
鬼神・戦鬼という生ける災厄を退けた快挙の日。
歴史に名を遺す偉業を成し遂げた日は、誰もが痛みを忘れて浮かれてもいいだろう。
そのうえ被害は軽微であったのなら、国が主導してお祭り騒ぎにするのは至極当然である。
自分もその中には入れれば良かったのだけど
ゆっくりと息を吐く。
今は空を見れないけれどきっと快晴だろう。
ゴンっと鈍い木づちを叩く音が響く。
今日は実に裁判日和だ。
「それでは時間になりましたので、これより賓客であるシヒロ=シラズミによる国家転覆罪の嫌疑について答弁をおこなう」
傍聴人はいない。必要最低限の人数のみ。
日本で言うなら、裁判長、検察官、弁護人、そして被告人の自分と参考人のわらび餅だけである。
秘匿の意味もあるかもしれない。
目の前には裁判長のような人がおり、こちらを挟むように検察官と弁護人の獣人がいる。
「今回の罪状である国家転覆罪ですが....」
左の方がつらつらと事の顛末を読み上げる。
難しい用語や条約のような事を言っているが、ようは国家を揺るがすような会話をしていました。と言う事だ。
平時で冗談として言っても眉をしかめるような会話ではあったのだが、状況が最悪過ぎた。
「以上のように、鬼神・戦鬼という災害に見舞われている最中に、あろうことか彼等はこの国を滅ぼし、国の財宝奪う算段を付けていました」
悲しいが事実だ。
心の内だが言い訳をさせて欲しい。
オーガを倒すのを確認した後に、避難所へ侵入しようとすると、オーガが通ってきた道を散歩でもしているかのようにわらび餅が目の前を横切った。
慌てて引き留めて事情を聞いてみると、どうやら知り合いがいたので挨拶に行っていたようだ。
そして挨拶が終わって、その連れと一緒にここまで来たはいいが、道が分からなくなったようだ。
見つかってホッとはしたが、軽く注意はしておいた。
こちらも悪いので強くは言えなかったが、理解はしてくれたようだ。
「お詫びと言ってはなんだけどやー、凄くいい考えがあるんだけど聞くかー?」
これが不味かった。
ここで何の気なしにわらび餅の話しを聞いてしまった。そして一理あるなと思って相槌を打ってしてしまった。まだここで止まれたのならばよかったが、それならばとより良くするための改善点を上げたのが致命的となった。
よりにもよって警戒していた『蒼花』の人に聞かれてしまったのだ。
言い訳の出来ないドンピシャな状況での指摘。
信じて貰えるとは思えはないが、改善点を上げただけで実際に行動に移す気はなかった。
検察側の意見に横の弁護人がスッと手を挙げ答える。
現状、この人だけが今の自分の命綱である。
「それは正しくありません。言葉の前後が切り抜くれ誤解を生む発言です。彼はこのままでは戦鬼によって国が滅ぼされるのではないという可能性の定期と、それを防ぎたいという気持ちの表れを話したまでです。国宝を奪うというのも正しくはありません。賓客として出過ぎた真似ではあるはある事は承知しつつも、許可を得て微力を尽くせば賜れるのではないか? という意味での発言です。なので発言自体に問題は無いと思います」
堂々とした発言が安心感を与えてくれる。
とても頼りになる。
ちなみに内容は嘘だ。
「内容に間違いはありませんか?」
弁護人が軽く手を握る。
肯定してくれとの合図だ。
「はい」
裏で有利に進めるための合図を決めていた。
この弁護人は魔王がいる洞窟内で興奮して襲ってきた人であり、湖沼の時に叩き付けた人でもある。
優秀な人なんだなぁ。
ごめんなさい。
「なー、まだ終わらないのか―」
今回の元凶が小声で呟く。
まだ終わらないよ。
「そっかー」
難しい単語が飛び交う。
何を言っているのかはあまり理解できないが、口調や勢いから察するにこちらに分がありそうだ。
上手くいけば減刑。もしくは無罪放免。
「こちらの主張の信頼性を疑っているようですが、今回の偉業の決定打をシヒロさんは行いました。国家転覆とは真逆の行いであり、こちらの主張の裏付けでもあります」
「やましい事をしたがゆえの後ろめたさからきた行動では?」
痛いところをつく。
こちらの心でも読んでいるかのようだ。
「それに追い払うにしても国宝である必要性はありますか?」
無いとは思う。
それに関しては渡した奴が悪い。
国宝なんてどこから持ってきたんだ。
現状そいつが一番の犯罪者だ。
是非とも調べて欲しいが証拠であるモノは持っていかれているので無理であろう。
「当然ですね。国宝だからこそ退いてくれた。ただの槍であるなら挑発だと受け取られ被害は甚大だと予想されます」
「直撃させた行為そのものがそう捉えられると思いますが?」
「力を見せたからこそ認められたと捉えています」
当てるつもりはなかった。
リュコスちゃんとの間に割って入るように投げるつもりだった。
驚いて足を止めてくれれば話をして時間を稼ぎ助けることも出来たし、国家転覆など考えてないですよアピールも出来た。
残念な事に左腕が動かない事で狙いがそれた。
やってしまったと思ったが、すでに後の祭り。
いっそ直撃してくれれば良かったが、ガッチリと受け止められた。
もう争いは避けられないと覚悟したが、何故か思いとどまってくれた。
理由は分からないが正直助かった。
ガンガンと木槌を叩く音で話が終わる。
「それでは規定の時間になりましたので、本日の討論と資料を持って後日判決を言い渡します。それでは閉廷」
判決は後日のようだ。
ひとまず安心できるところまで移動し、手応えの程を聞いてみる。
「心象も悪くなく、背景もキッチリと伝えました。資料も不足が無いので最悪である死刑の回避は間違いないですね。投獄もほぼ確実にありません。ただ、向こうもやり手です。最低限のペナルティは付いてしまうでしょうね」
こちらにその気はないとはいえ、国家転覆に加えて国宝喪失でそれは助かる。
「ちなみにどんなペナルティが付きそうですか?」
これは大事だ。
今度の活動に響いてくる。
少なくとも本命のモノは欲しいのでほとぼりが冷めるまで離れないといけなくなる。
「単純な奉仕活動ですね。ある程度裁量はあると思いますが清掃活動が主かと思います。シヒロ様なら軍関係の特別コーチという手もあります。これだと心づけとしていくらか貰えるでしょうね」
「なるほど」
その程度であるなら大丈夫か。
監視は付くと思うが屋根があるところで寝れるのは有り難い。
「結構な事をしでかしたと思ったのですが助かりました」
「今回は功績も大きかったので相殺という形になれたのが大きかったです。余計な疑惑が無ければ勲章に国宝の2つか3つは承れましたよ。家も土地と家具付きで貰えるはずです」
え? 国宝貰えるの?
「んー、えっと、つまりそれは」
・・・
・・
・
後日。
言い渡された判決内容は功績として宝物一点が貰えることになり、罪科として半年以上の社会奉仕と賠償金300万グランの返済である。
弁護人に頼んで功罪を相殺する形で収めてもらった。
ちなみに、300万グランはシトゥン国の貨幣であり値段にすれば約5億円とのことだ。
聞いたときは驚いたが国宝と考えれば妥当かもしれない。
また、主題であった国家転覆に関しては疑いはありつつも確固たる証拠はないのでその場での厳重注意で終わった。
今後の扱いも賓客ではなくなったが、罪人というわけではなく気楽な観光客ぐらいにはなったので不満はない。
思っていたよりもだいぶ軽く収まった。
それどころか狙っていた物すら手に入るので万々歳である。
強硬手段はとらなくて良くなったのも有難い。
結果は喜ぶべき裁定だ。しかし、罰則を受けた後に功績としての宝物を貰えるという点だけが少し不満だ。
最低でも半年は居なくてはならない。
まぁ当然と言えば当然の処置なのでやむなし。
慌てずじっくりやっていこう。
不満としてはそれだけだが、問題は金だ。
どうしようかね。
「アレが売れればよかったのになー」
「それ込みの結果だからな」
鬼神・戦鬼が投げた謎の物体は向こうに譲渡する事で罪科を相殺してもらった。
「飯でも作って売ったら何とかなるかな?」
「いいなー。どれぐらい売れればいいんだー?」
「......沢山だな」
ないな。
軌道に乗っても10年単位はかかりそうだ。
いっそハクシが食べた魔石があればなんとかなったのにな。
「どうしようかね」
◇◆◇シトゥン
得られた結果にほくそ笑む。
最後の対応こそが最大の賭けではあったが、丁寧に積み上げた結果が功を奏したようだ。
「無理した甲斐はあったな」
前代未聞の無茶をした。
本来、裁判という勇者由来の面倒な制度はこの国にはなく、そもそもが彼を裁く法律などありはしない。
なので、この日のためだけに制定し、彼だけに施行させる特法を強行させた。
嘘から始めて真実にしたのだ。
真実味を出すために今は亡き勇者の話を参考にした茶番ではあったが、向こうには馴染みがあったのか思いのほか疑問は抱かれなかった。
おかげで彼を最低半年はこの国に縛り付ける事が出来た。
あとはゆっくりと懐柔していけばいい。
あれほどの人材は外へと逃がしたくない。
「いつぞやのホノロゥのようだな」
懐かしいものだ。
強くなるために、とフラフラとしていた友人を手元に置くために骨を折った経験が生きている。
金も名誉も勲章も興味のない男だった。
あの時は修行という名目で仕事をさせて、女で縛り、子供で楔を打った。
では今回はどうすべきか。
これまでの調査と報告により罪悪感へ訴えるのが有効と判断した。
留める期間が短い中でどのように進めていくか悩んでいるときの戦鬼の襲来。
国家存亡の危機。
だがそれは一つの好機でもあった。
迎え撃つ準備を整えているときに、報告を受けた国家転覆の話。
これ以上ないタイミングだった。
上手くすれば一度に問題が解決する。
この咄嗟の出来事に対する素早い思考と行動力こそがシトゥンの最大の武器である。
賭けは成功した。
わざわざあの時に宝槍を準備して渡したのが活きた。
そして罪悪感を持って貰うための茶番。
ここが一番ハラハラしたものだ。
バレれば信用が地に落ち二度と会う事は無かっただろう。
だが、それにも勝利した。
あとはホノロゥと同じく女で縛りたいところ。
「さて、あてがうのは誰が一番いいか」
候補は多い。
老若男女。人材も豊富だが与えるのはダメだ。
それはホノロゥの時の失敗と同じだ。
本気で惚れている相手の橋渡し程度の干渉にしなくてはいけない。
そして、番う相手はこちらと関係が深い者でなくては.......
「......流石に怒られるか。いや、生きているなら怒りに来い、か」
友の娘を差し出すのは気は進まないが、本人も悪い感情は抱いていないだろう。
それに1人目として選ぶのにも素質は十分だ。
しかし一つの懸念がある。
ホノロゥと同じく根は真面目で頑固ということ。
命じれば頷くが、その時の感情が向こうに伝わる恐れがある。
これは本人にも内密にせねばならない。
「そうなると、少し酷な事をせねばならないか」