11話
もう空はどっぷりと暮れている。
ギルドに教えてもらった直営の宿屋に向かう。
宿屋のご主人に、Cクラスのプレートを見せると無料で部屋のグレードを上げてくれ、朝食無料という高待遇をしてもらった。
早速部屋を確認するとベットと机、シャワーにトイレ付というリッチな作りである。
想像してたよりも贅沢なので二の足を踏んでしまうが、早く体を綺麗にしたいという誘惑にあらがえず、急いで服を脱ぎ早速シャワーを浴びようとしたが問題が発生した。
部屋のシャワーが使えなかった。
というより、そもそもホースがなかった。
店のご主人に尋ねると、どうやらシャワーについている魔石に魔力を流してお湯が出る仕掛けの様だ。
悲しいかな自分では使えないことを説明すると、「後で、湯とタオル持っていくから待ってろ」と、宿屋の親父が気を使ってくれた。
ありがたいです。
が、一番の問題はこの目の前にあるベットだ。
別に不潔すぎるとかそういう事ではない。
我が家は、基本布団なのでベッドは嫌だなんてことでもない。
ベッドであることに文句があるわけではないのだ、野宿経験豊富な自分にとっては贅沢極まりない事なのだが......
軽くベットを押してみる。
ッグギィィィイィイ......ピシッ
これだ。
たとえひび割れた卵の上を歩いたとしても割らずに歩く自信はあるが、お金を払って寝るならリラックスした状態で眠りたい。
「仕方ない。床で寝るしかないか」
ベットが壊れて迷惑をかけるのは忍びなかった。
すると部屋からノックする音がする。
「はい、どうぞ」
「邪魔するぞ。お湯とタオルを持って来た。拭き終わったら湯を捨てて部屋に置いとくか、下まで持って来てくれ」
そういうと入り口付近に置いて出ていく。
「取り敢えず体拭くか」
着ている服を全部脱ぐ。
机の上に畳んで置き、入り口にあるお湯を取りに行く。
すると、ドアがバン!! と勢いよく開きフレアが登場する。
「シヒロ!! ここに居たのね。探......し......て......」
目を大きく見開き、金縛りにあったかのように動かない。
しかし、目線だけが動く。
ゆっくりと下がり、そしてまたゆっくりと上がり視線が合う。
髪の色と同じぐらいに真っ赤になる。
言葉が出ないのか口をパクパクとさせる。
「閉めてくれ、さすがに恥ずかしいんだが」
そういうとまた目線がまた下がり股間のあたりに止まると、変な声とともに倒れそうになる。
危ないので、そっと受け止める。
「何し来たんだよ」
その後気絶したフレアをベッドに移し、何しに来たのか目が覚めるまで待つことにした。
ただ待つのもあれなので、さっさと体を拭いてしまおうとタオルを手に取り体を拭いている最中に、フレアが起き上がりこちらを見ると、また変な奇声をあげて気絶した。
人の体を見て気絶するとは失礼な奴である。
こうなったら無理やり起こしてやろうか
体を拭き終わると、服を着て、袋を手に持つ。
「おら、起きろフレア」
軽く頬を手の甲ではたく。
「うぅ、......」
軽く呻いただけで起きる気配がない。
仕方ない例の方法で覚醒させてやろうと袋を鼻の下にセッティングする。
.......やめとくか、夜も遅いし、別に何かに急いでいるわけじゃない。
話は明日でもいいだろう。
フレアを寝かしたまま部屋を出る。
「さてと、今日はあんまり動けなかったし、ほぐす程度にするか」
宿屋の受付場にいたご主人に許可をもらって裏手を借してもらう。
シャツを近くの木に引っ掛け、グッと伸びをして、目を閉じ深呼吸をする。
寝る前なのでそこまで激しい運動をするつもりはない。
軽いシャドーボクシングの様なものだ。
ふぅー、とゆっくり吐き出す。
今回のテーマは「父さんお手製の出汁巻き卵を狙う妹と弟」でいくか。
......やっぱりケーキにしよう。本気になってしまう。
目を開き........ゆっくりと、コマ送りのようにゆっくりと動く。
『やあやあ、皆の心の友ルテルだよ。元気にしているかい?』
こいつは本当に、本当にタイミングが悪いな。
「なんだ、ルテル。必要な時には出てこないのに、いらない時には来るんだな」
少し動揺したが、シャドーを続ける。
『冷たいなぁ、まあでもいいや。実はね、僕は今とっても感動しているんだよ』
シクシク、とワザとらしい感じですすり泣く。
『僕の落とし物がダンジョンにあるといったけど、まさかいきなりデカいダンジョンを落とすとは、正直言って信じられなかったよ。まあ正確には違うんだけど』
「何のことだ? ってか後にできないのか?」
シャドーとはいえ、襲い掛かってくる妹と弟を相手にするのは骨が折れる。
『それにしても君もなかなか危ない橋を渡るね。危うく生き人形にされるところだったよ』
「何の話だよ」
『結果としたら大丈夫だったけど、心臓に悪いからあまり大胆なことはしないでよね』
こいつ、こっちの話を聞いてないな。
『君の事を色々見て、一つ分かったことがあるんだけど聞きたい?』
「こっちも一つ分かったよ。お前話を聞く気ないな」
『何を言ってるんだい? ちゃんと聞いてるよ。僕は何よりお話が好きだからね。そして君の事はもっと好きだよ。言わせないでよ恥ずかしい』
嘘だな。顔は見えないが、絶対に笑ってやがる。
最後の方声が上ずって笑いかけてたし。
『それでさっきの続きだけど、どうやら君にはある一定の魔法やスキルが効かないようだね』
勝手に説明し始めやがった。
まぁいいけど。
「どういう事だ?」
『説明を受けたから分かると思うけど、君には【魔炉】、【魔蔵】、【回路】がないんだ』
「それで」
『本来ならそれは異常なんだ。魔力が無い人は【魔炉】や【魔蔵】もしくは、その両方がない人を指すんだけど、この3つがないってのは君だけだ』
「あってもなくてもあんまり変わらないんじゃないか?」
『確かにそう思われてるけど、【回路】がないのはこの世界だと結構致命的なんだよ』
「どうして」
『詳しく説明するとどうしても専門的な話になってしまうから端折るけど、要約すると回復魔法や身体強化系の効果が効かなくなる。回復魔法はあのアイデンやタラタクトって人が使ってたやつね』
あー、あれね。
「【回路】がないから身体強化が使えないのは分かるけど、回復魔法が効かなくなるのはなんでだ?」
『そもそも回復魔法は、回復する側が、回復される側の【回路】に魔力を流して、切れたり潰れたりした血管や神経、細胞なんかを正しい位置でくっつける事を言うんだ。だから【回路】があることが前提なんだよ』
「へぇー」
『でも、無い事でのメリットもある。洗脳や魔法毒とか【回路】を利用するものは君には効かないだろうね。事実効いていなかったし』
「そうなんだ。っと」
ふぅ、と息を吐く。
妹弟の無力化に成功。
予想被害は、打撲と亀裂骨折数か所ってところか。
『お見事!』
「なんだ、今の分かったのか。ていうか、声だけかと思ったがどこかで見てるのか?」
『まあね、君の広背筋と腹斜筋の魅力によだれを垂らしながら見ているよ』
「気持ち悪いからやめろ」
『やだよ。眼福です」
本当にこいつは
『そろそろ時間だね。また僕と会えなくて寂しい思いをすると思うけど必ず声をかけるから安心してね』
「出来ても、しばらく声をかけないでくれ」
ストレスが溜まりそうだ。
『何か聞いておきたい事とかある?』
ある、ダンジョンの事、落とし物の事、聞きたいことはたくさんあるが、どうしても聞きたいことがある。
「ルテル」
『なに?』
「おまえ、男なのか女なのかどっちなんだ?」
『ん? んフフフフ。知りたい? ならば簡単だよ。抵抗し嫌がる僕を無理やり押さえつけ、纏っているローブを君のその暴力的な力で無理やり引っぺがし、溢れるような.......」
途中で声が遠くなり聞こえなくなった。
結局わからなかったが、尻に蹴りを一発追加しようと心に誓う。
ガチャリ、と裏手のドアが開く。
「おう、兄ちゃん何1人でブツブツ言いながら半裸で遊んでるんだ?」
宿屋のご主人である。
「仕事でここ使うから部屋に戻りな」
「はい」
ご主人に促され、部屋に戻るとフレアが布団の上で、まるで悟りの境地を開いているかのように遠い目をして座っていた。
「やっと起きたのか。.......起きてるのか?」
声を掛けるとハッとしたように気が付く。
「し、シヒロ!! あ、......あの、.....その......」
ベッドの隅に素早く移動し、また赤くなる。
「今度から、部屋に入るならノックしろよ」
「そ、そうね。気を付けるわ」
何か妙にソワソワしている。
目線はキョロキョロと動き、髪をいじっている。
「ところで、こんな遅くに来てどうしたんだ」
「シヒロって意外と鍛えてるのね、ビックリしたわ.....」
と髪を撫でながらソワソワしながら答える
人の話を聞けよ。
「体質だ。それで、何しに来たんだ?」
「えっと、その、ビックリして...........触りたい.........そうよ!! 肩凝ってない? 揉むわよ」
なんだこの隠そうともしない下心は。
フレアに近づきガシッとフレアの後頭部を掴む
「待って!! まだ、心が! 心の準備が!!」
「いいか、目をよく見て、しっかりと聞け。いいな。お前は何しに、ここに来たんだ」
そう詰め寄ると、奇声を上げ気絶する。
.........もういい、寝る。
ベッドはフレアに明け渡し、こちらは床で寝ることにした。
・・・
・・
・
翌朝、食堂で朝食を食べていた。
「話はつけてきたわよ! 決闘は5日後の昼よ」
どうやら昨晩の事は無かった事になっているようだ。
別に構わないんだが、明後日の方向を向いて説明するのはやめてほしいものだ。
ちょっと痛い人になっている。
「正式に決まってよかったが、説明するならこっち向いて話してくれないか」
「あ、あんな......な、なんでもないわ。窓から見える景色がいいだけよ」
少し意地悪だっただろうか。
まぁ、昨夜に話を聞かなかった仕返しはこのぐらいでいいだろう。
「今日にでも言ってくれればよかったんじゃないか」
「情報は早ければ早いほどいいのよ。相手の傾向や対策にあてられる時間が増えるわ」
まぁ、その意見には御尤もなんだが。
何度も気絶して話ができないかったら意味ないと思うのだが
「.......取り敢えず、情報の整理をすると、こっちが勝てばフレアは六席の座が手に入って、向こうが勝てば魔石をプレゼントってことでいいのか?」
「違うわ。魔石は引き受けてくれるなら結果は関係なくプレゼントよ。だから向こうが勝った場合の交渉に時間が掛かったけど、結構譲歩したわね」
「あれは貸したんだが」
「もちろん返すわよ。倍にして、少し待って頂戴」
「分かった。それで? どんな譲歩をしたんだ」
「私が卒業するまで、私を好きにしていいと言ったわ」
額に手をのせ天を仰ぐ。
馬鹿だ、バカがいる。
だが、........自分も似たような事をしたことを思い出す。
妹達の誕生日プレゼントに『何でも言う事を聞く券』をプレゼントしたことを。
今でも後悔する、プレゼントが面倒くさいからとなぜあれを渡したのかと。
仮にあれを一言で例えるなら、度し難い地獄だった。
「おまえ.........」
「次は、決闘の事ね。ルールは向こうに決められちゃったわ。4対4のチーム戦よ。かわりに場所と日時はこっちが決めたわ。場所は昨日行った所よ」
一番肝心の所を相手に決めさせるなよ。
これは、一緒についていかなかった自分が悪いのか?
「.....ッ向こうのメンバーは大体想像がつくとして、こっちはあと2人誰が入るんだ」
「私こう見えて友達がいないの。あなたもいないなら私とあなたの2人なるわね」
「わかった。おまえ馬鹿だ」
もうすでに人員でハンデがついている。
「確かに私は自慢できる程、賢くはないわ。でも勝てるとわかっている勝負を捨てる程愚かでもないつもりよ」
「どこから湧いてくるんだ。その自信は。負けた時のリスクを考えているのか」
「戦う前に負けを考えるのは愚かな事よ。勝つための準備を整えるべきね」
「昨日は、この世の終わりの様に三角座りで泣いてたくせに」
「な、泣いてないわよ。ちょっと暑くて汗をかいていただけ、あなたの見間違いよ」
ようやくこっちを見たと思ったら、赤くなり、髪を撫で始める。
「それに何の根拠もなく言ってるわけではないわ。不意を突いたのに魔法すら使えずに無力化されたのよ。勝てると思うのには十分.......」
今度はこちらをジッと見て、ボーっとしている。
「......ンッン、勝敗の方法だけどリーダーが負けを認めるか、行動不能。半分以上を戦闘不能にさせれば決闘終了よ。リーダーは私で、向こうは六席のアベル」
「あいつアベルって名前なのか。そういや知らなかった」
「忘れていいわよ。決闘が終わればもう会うこともないんだから」
本当に勝つことしか頭にないんだな。
勝つ以外の道がないと考えているのかもしれないが。
まぁ、乗り掛かった舟だから勝たせたいと思うし、日数にも余裕があるから、フレアから情報を得たら早速調査しに行くか。
「フレア、対戦相手の情報が知りたいんだが」
「それは追い追い話すわ」
「今は無理なのか?」
ていうかそのために来たんじゃないのかよ
「私の話は、ここからが本題よ」
「まだ何かあるのか」
「貴方に頼みたいことがあるのよ」
「暗殺して来いとかだったら聞かないぞ」
「成程、そんな手もあるのね。最終手段として使わせてもらうわ」
冗談ではなく、本当に感心したような顔をしている。
いざとなったら、力尽くでも止めるか。
「頼みたい事というのは、私に修行を付けてほしいのよ!」
「はぁ?」
「分かるわ。何言ってるんだって思ってるんでしょ。でもこのままだと決闘の時、私があなたの足を引っ張る恐れがあると思っているの。何もしない事が一番良いんじゃないのかと思ってもいるわ」
それは言い過ぎだと、否定できないのが辛いな。
「でもそれは嫌。あなたの力は確かに必要だけど私自身が強くならなくちゃ意味がないのよ。主席の座を捥ぎ取るためにね。だから私に修行を付けてください。お願いします。それともやっぱり短期間じゃ無理かしら」
「......出来ないこともない」
「本当!!?」
「相当厳しいと思うんだが」
「問題ないわ! 楽して強くなれるとは思ってないわよ」
仕方がない、こちらの計画を捨ててフレアにあてるか。
本人が強く望んでいるしな。
いざとなれば、一人でもあの坊ちゃんを有無を言わせず倒せば終わりらしいしな。
仮に負けたとしても......いや、愚かなんだっけか。
「それじゃあ早速修行が出来そうなところに行くか」
「どこに行くの?」
「慨嘆の大森林」
「成る程ね」
「死なず、壊れず、心を強く持てよ」
「えっ!?」
◆◇◆ ルテル
次元の狭間で身をくねらせる人物が一人いる。
「そして君は、涙ぐんだ僕を......ってあれ? なんだ切れてる」
いつの間にか、一人語りをしていたみたいだ。
ガシガシと頭を搔く。
それにしても、凄いものを見ちゃったな。
彼の舞の様なゆっくりとした動きを思い出す。
他者が見れば、ゆっくりと動いて何を遊んでいるんだろうと思うに違いない。
しかし、見る者が見れば、ゾッとする光景であろう。
一体どんな化け物を想定して戦っていたのか。そしてそれをねじ伏せる彼は......
背筋が凍るような錯覚を起こす。
彼自身が恐ろしいのではない。彼を育てたであろう人物、環境に恐怖する。
マトモではない。
どうすればあんな人間が作れるのやら。
ため息をつき、映像として見える彼から視線を切る。
「期待しているよ。シヒロ君!」
彼自身は知っているであろうか。
君の力は、地球の生物の力を凌駕していることを。
この世界においても彼と拮抗する力を持つものは数える程度しかいないことを。
「彼だけは敵にしたくないな」
そういい、ルテルを中心に展開される莫大な量の魔法陣に意識を向ける。
「彼の頑張りに応えるためにも、多少の無茶はしないとね」