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109話


火山弾か雹を連想するかのようなそれは地面を抉り、周囲を嚙み砕くかのように破壊して、臓物と血の雨が体を舐める。


「最悪」


辺り一面に濃い鉄の匂いが充満する。

しばしの静寂の後、視線を上げて周囲を確認する。

先程まで楽しく試食会をしていた場所とは思えないほど悲惨な状況となっている。

腕の中で小さく丸まっているわらび餅の背を軽くゆすり、声を掛ける。


「無事か?」

「おー? んー。まーなー。こういうのは初めてだから照れるなー。そっちはー?」

「服が大惨事。周りも大惨事。飯も大惨事なら泣くかもしれない」

「泣き顔は見て見たくはあるな―」

「悪趣味め」


冗談が言えるなら無事だろう。

獣人の人達は大丈夫だろうか。


「おーい。そっちは大丈夫か? 怪我人は?」

「こちらは大丈夫です。掛け声に助けられました」

「こちらは少し怪我をしましたが動けます」


怪我人が何人かいるようだが死者や重傷者はいなさそうだ。

被害は軽微。運が良い。


ひとまずわらび餅に離れて貰い、壊れたテーブルを除ける。

鍋は無事のようだ。

土鍋ではなく金属製にしていて良かった。

しかし、こんな状況で試食会は再開出来ない。

収納袋に流し込んでおく。


「なにか分かる人います?」


現状の確認とパニックになっている人がいないかの確認のため聞いてみる。


「何故肉塊が飛んだのか理由は分かりませんが、肉塊だったものは大森林に住んでいるストロングゴブリンですね。肉塊の量から見て10体分以上はあるかと思います」


ストロングゴブリン.......あぁ、最初にフレアと会った時に居たやつか。

死なないように蹴飛ばしたのを思い出す。


「傷口には切り傷のような傷はなく、強い力で爆ぜたといった感じでしょうか」

「魔力痕跡の匂いが薄いので魔法によってではないと思います。鈍器かそれに類似するものだと思います」

「散らばった肉塊の飛散状況から見ると方角はあちらです」


おおよその位置を指さし教えてくれる。


パニックになっている人はいないのは良い事だが、優秀過ぎない?

そこまで言ってくれるとは思ってなかった。


「早々の離脱が好ましいかと思いますが、如何しますか」

「すぐに離脱しましょ」

「鳥はどうする―?」


わらび餅の問いに振り返ると、ガポッと蓋を取り良い色に焼けている鳥を持ち上げていた。

美味しそう。

それにしても、おまえ見た目に反して結構力あるのね。

あと、熱くない?


人とは違う生き物のようだから平気なのかもしれないが。


「貰うわ。後で食べよ」

「うぃー」


受け取ろうとわらび餅に近づいたタイミングで巨大な何かが地面にぶつかり大きく地面を揺らす。


「んあー」


わらび餅がその揺れによろめき手を離した。


あ。


その時、自分でも驚くほど滑らかに動けた。

どれだけ食い意地が張っているのだろうか。

鳥を地面に落とさぬように体を滑り込ませるかのように頭から突っ込む。


器用に受け取る必要はない。地面に落とさないようにすることを最優先。


ビリビリと服が悲鳴を上げて破け、先ほどの事で辛うじて形を保っていた服がボロ切れへと変貌した。

しかし尊い犠牲のおかげで無事受け止める事が出来た。


「おぉー」


わらび餅が拍手してくれる。


「危なぁ。セーフ」

「気持ち悪いぐらいぬるっと動いたなー」

「頑張った」


鳥が無事なのは良かったが、今は非常に良くない感じだ。

悪い方へと転換している気がする。

鳥を素早く収納袋に収め、今回の諸悪の権化へと睨みつける。


舞い上がっていた砂煙が落ち着くと、その中から巨体が現れた。


マジか。


その姿に驚愕する。

それは日本では知らぬものはない。

おとぎ話や絵本にのっている悪役にして力の象徴。

絵巻からそのまま出て来たかのような存在が目の前に現れている。


鬼。


ゆうに2メートルを超えており、特徴的な角まである。

少し感動してしまう。


「オーガ」

「こんな所に居るはずが」

「死体でしか見たことないのに」


オーガ? そういえばアーシェがそんなことを言ってた気がする。


「シヒロ様。我々で時間を稼ぎます。全力で逃げてこの事を王へ報告してください」


犬歯をむき出しにし、人から獣の姿に変貌し臨戦態勢に入る。

威圧するかのように深く唸る。


それは助かる。お言葉に甘えよう。

いつでも逃げるためにわらび餅を背負う。

しかし。


「......ダメそうかな」


こちらに気が付いたオーガが、呆けた顔をしながらも自分だけを異様に注視している。

バレないように上手く逃げる事は出来なさそうだ。


それにしても何でこっちを注視してるんだ。

お互い半裸だから仲間だと驚いているのか......そんなわけないな。

こっちみるな。


呆けていた顔が少しずつ正気が戻り、獣人にも負けない犬歯をむき出しにしてこちらを凝視する。


それを隙アリと判断したのか獣人達が一斉に飛び掛かる。

急所だと思われるところに噛みつき爪を立てるが、まるで気にも留めない。

振り払う隙さえ惜しむかのような警戒ぶりであるが、その目からは喜びの色が感じられる。


このまま走って逃げ切れるならいいが、ここは障害物が少ない平野だ。

向こうの方が速い場合、追われる方が不利である。

一か八かでは動きたくない。

それならこちらが確実に逃げられように、むこうには走れない程度には怪我をしてもらおう。


決まれば行動は早い。

鳥を吊るすのに使っていた金属の棒を握りしめて投擲する。

オーガの眼球に向かってまっすぐ飛来するが、鬼はそれを難なく腕で防ぐ。

金属の棒は突き刺さることなく大きくひしゃげて地面に落ちる。


うわぉ。

刺さりすらしないのか。


防いだその手をゆっくり下すと鬼は快活に笑っていた。


「オオォーーー!!」


喜色に混じる雄たけびを上げる。


嫌な予感。


雄たけびを上げている最中に地面に落ちていた鉄板を拾い、円盤投げの要領で顔面目掛けて放り投げる。

オーガはすぐさま雄たけびを中断して、今度は両手で防ぐ。

先ほどと同じく鉄板は大きくひしゃげて地面に落ちる。

だが、それを待っていた。

鉄板を投げる際に回収していたガミガミの歯を握りしめ、先程よりもコンパクトに力を込めて鬼の足を目がけて投げつける。


小さな破裂音と共に、呻き声を上げながらオーガは膝から崩れ落ちた。

そして散弾を食らったかのように足から血しぶきが吹き上がる。


よし!


上へ意識させた後の本命の一投。

腕が目隠しになったことと、予想以上に頑丈なガミガミの歯によって防ぐことも避ける事さえできなかったようだ。


上手くいった。走って逃げれそうである。


ピーッ、と軽く口笛を鳴らして全力で走る。

獣人に向けて逃げろの意味で吹いたが伝わっているかは分からない。

逃げるタイミングは作った。

あとは知らん。

振り返らず走っていると、いくつかの影が横を通り抜ける。

杞憂だったようだ。


軽く見渡すと全員がついて来ていた。

なんだ伝わってたのか。

まぁ、よかった。


「助かりました。シヒロ様。良ければ私の背に乗りますか?」

「んー、断るわなー」

「何でお前が言うんだよ」


まぁ、乗ったら潰れると思うので遠慮しておく。

後方から追ってくる気配はない。

上手く逃げれそうだ。


◇◆◇鬼神・戦鬼


慨嘆の大森林内に拠点をつくり、事前に報告を受けていた人属領の情報を目にして思案する。


「んーむ」


指示にあった3つの人族の街と国。

はたしてどこへ向かうべきか。

途中で追加の指示が来たせいで予定が狂ってしまった。


指示には、受けた指令が3つの場所をかき乱せ、されど被害は軽微にといわれている。


「滅ぼし、蹂躙せずという縛りはストレスが溜まるな」


これでは予定していた全てを順繰り出向いて攻めるというのは難しい。

いずれ歯止めが効かず、止まれる自信がないからだ。

理性が効くであろう1戦目で堪能しなくてはならない。

厳選は重要である。


「どうするか」


そうなると1番の候補地だったガロンド砦には、興味がわかない。

2度の大暴走と魔王軍を退けた実績には垂涎モノではあったのだが、如何せん消耗が激しいようで食指は動かない。

もう少し与力があればと思うだけに残念ではある。


アズガルド学園も悪くはなかった。

立地条件や魔法重視である事を鑑みれば向こうに有利があるのには疑いはない。

人族の才能達が集う場所であるところもそそりはするのだが、戦としての経験の無さと兵としての熟練度の低さを考えるとつまらない消耗戦で終わるだろう。

嫌いではないのだが、結果の見えている戦に魅力は薄い。

出向くほどではない。


そうなると消去法的にシトゥン国というところになる。

初めの印象ではダンジョンに挟まれた所に建国するというセンスには高評価をしつつも、されど新興国。

成長性に期待は出来るが、出向くほどの戦力を有しているだろうか。

良くも悪くも未知数ではある。


そこにかけてみるのも悪くはないのか。


たった一代で建国したにしては規模は大きい。よほどのカリスマがあるのだろう。

こういう国は早熟であるのだが、代を跨ぐたびに劣化していくのが常である。

ならばこそ、今こそが一番脂がのっているときでもある。


攻める所を厳選をしていると、斥候 兼 息抜きに出していたオーガ達が戻ってくる。


「どうだ?」

「はい。最高のご報告があります」


そう言い頭を垂れ報告するオーガの足は負傷していた。

事細かにこれまでの事を報告する。

聞き流していた表情が徐々に変化し気が付けば聞き入っていた。


息抜きのために淫鬼の眷属を追い立て、ついでに行う予定だったシトゥン国の偵察。

そこであった練度の高い獣人の兵達。

それを率いている強者。

裏付ける傷。


その報告を聞いた後は、心はシトゥン国を攻める事しか頭になかった。


「期待させるではないか」


これであるなら、多少は前に出て小突く分には大丈夫だろう。


「矛先は決まった! すぐに準備に取り掛かるぞ!」



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