106話
軽いノックの後、客間の扉が開く。
「王命によりお前たちの案内と世話を任される事になった。知っているとは思うがホノロゥだ」
ホッと胸をなでおろす。
上手くいったようだ。
わらび餅の凶行を隠すための偽装工作として一度扉の前に立たせた状態で放置した。
先程の事がなかったことになれと、部屋の中でヒヤヒヤしていたが反応を見るに大丈夫そうだ。
「なんだ?」
「いえ、なんでもないです」
彼女はホノロゥと名乗っているが幼名はリュコスである。
先代であるホノロゥさんから名前を引き継いでいるようだ。
以前魔王に圧死されそうになりながらそんなことを言っていたので襲名性なのかもしれない。
今はキリッとした顔をしているが、先程まで脱力して白目をむいていた人物である。
同一人物とはとても思えない。
「笑うわー」
「こら」
「?」
リュコスちゃんが首を傾げる。
ホノロゥさんの言う事には17歳らしい。
こちらよりかは年下であるがフレアと同年代である。
ちゃん付けは失礼だと思うが、知っている人の娘となるとどうしてもそう感じる。
本人の前で言う気はないので大丈夫だろう。
「........」
それにしても、この年齢でその地位にいるのは凄く感心してしまう。
恵まれた才能と弛まぬ努力の結果だろう。
頑張ったのだろうな。
少し遠い目をしてしまう。
「さっきからなんだ」
「なんでもありません」
リュコスちゃんの説明ではこちらの世話と案内をすると言っているが、本当の仕事は監視と報告である。
わらび餅の謎の力によって自白させられている。
「なぁなぁー。あんた偉い人だろー。なんでこんなことしてるんだー」
このわらび餅は......いい性格をしている。
自身で聞いた内容をこのタイミングで聞くのか。
一応記憶をいじれているかの確認でもあるかもしれないが。
リュコスちゃんがチラリとこちらを見て大きく溜息をつく。
「王よりの拝命だ。それ以上もそれ以下もない。客人とはいえ口は慎め」
「気を付けさせます」
「しゃーなしだなー」
わらび餅が邪悪な顔で微笑んでいる。
「ちなみに好きな奴はいるか―?」
「いない」
答えてくれるのか。優しい人だな。
ちなみに先程同様に気になる人はいると自白させられている。
最近、色恋にちょっと興味があるので気になっている。
「もう質問は良いな。軽い案内と宿泊先を教えておく」
それはありがたい。
どういう行動を取るにしても準備をするための場所は必要だ。
「お願いします」
「くるしゅうないー」
「その前にこれを渡しておく」
そういい大きな刺繍が施されたブローチを渡された。
「身に着けておけ。客人の証明みたいなものだ。余計ないざこざは防げる」
「ありがとうございます」
「悪くはないなー」
本当に助かる物だ。
これから起きる事を想像すると罪悪感さえ湧いてくる。
可能な限り穏便にすませる方法がないか模索しないといけないな。
「では、行くぞ」
リュコスちゃんの案内についてく。
生活に必要な場所や知っていると便利な場所から、治安の関係上近寄らない方が良いところまで軽くというには入念に案内してもらい、この国の何となくの雰囲気は分かってきた。
非常に丁寧で有難い案内なのだが、その分好奇な視線も集めてしまっている。
特に人の視線。
貿易を生業としているので獣人以外にも人はいる。
獣人側は通った後の匂いを嗅ぐようなしぐさをするだけで害意は感じないが、問題なのは人だ。
【鑑定】を平気で使ってくる。
久々に気持ち悪い感覚に嫌気が差しそうだ。
賓客の証明であるブローチとリュコスちゃんがいるので絡まれる心配がないのが救いである。
「結構人が居るんですね。どうやって来てるんですか」
「オオトリからダンジョンへ向かうのと同じだ。貿易専用の出入り口がある。一度通ると次に通るのにはだいぶ時間が掛かるがな」
「なるほど」
「そういえば最近では我が国でも冒険者ギルドの経営許可がおりていたな。一応更新と挨拶とかを済ませておいたほうがいいだろう」
そういってギルドのほうへと進んでいく。
そこは別に気にかけて貰わなくても良かったのだが、無下にする理由もないのでついて行く。
ユラユラと動く尻尾を眺めていると、リュコスちゃんの歩き方が気になった。
少しぎこちない。
魔王での戦いで後遺症が残ったと言っていたがそのせいだろうか。
力になってあげたいが、魔法もポーションもある世界で治らないというのなら出来る事は少なそうだ。
出来そうなことは痛みを散らすマッサージ程度か。
そんな事をボンヤリと考えていると家族の事を思い出す。
......最後に家族へマッサージをしたのは何時だろうか。
全員健康そのものだからな。必要はないが喜んでくれたものだ。
そうこうしていると、冒険者ギルドへと到着した。
「なんだーここー」
「身元保証してくれるとこ」
ギルドにあんまりいい思い出がないので、サッサと終わらせよう。
リュコスちゃんの後に続き、中へ入ると見慣れた人物がいた。
「おや、ここで出会えるとは奇遇ですね。シヒロ様」
見知った受付嬢がいた。
この受付嬢とはアズガルド学園、オオトリで会っている。
奇遇ではあるのだが、行く先々で会っているので久しぶりという気はしない。
一番礼儀をもって接してくれている珍しい受付嬢ではあるのだが苦手意識がある。
「知り合いか?」
「えぇ、まぁ。見知った受付嬢です」
「シヒロ様にはご贔屓にしていただいています。ホノロゥ様は初めましてですね。噂はかねがね伺っています。私はここのギルド長の補佐をさせて頂いていま」
露骨に受付嬢の言葉が詰まった。
視線がわらび餅へと固定されている。
「なんだー。何見てんだこらー」
「失礼しました」
わらび餅が受付嬢を怒鳴りつける。
傍から見れば、小さな子が威嚇しているようで微笑ましく見えるのだが、何をそんなに怒っているのか。
沸点が低い。見ただけで怒るなよ。
先ほどの視線に比べれば大分マシだろに。
「落ち着けって」
「無礼な奴だなー」
「も、申し訳ありませんでした。以後気を付けます」
「おうー、気を付けろー」
気持ちを切り替えるかのように受付嬢が軽く咳払いをする。
ここまで動揺しているのを見るのは初かもしれない。
「失礼いたしました。ホノロゥ様にはギルドから改めて謝辞したい事がありますのでご一緒いただいてもよろしいですか? すぐに済みますので」
「分かった。悪いが少し待っててくれ」
「はい」
「はやめになー」
受付嬢がリュコスちゃんと共に奥の部屋へと進んでいった。
乗り気ではなとはいえ、一応は挨拶とか更新に来たんだが取り残されてしまった。
すぐに戻るらしいからいいのだが、少し手持無沙汰である。
新しく出来たギルド内を散策でもしようかと考えていると、カウンター越しに大きな尻尾が見えた。
なんだ?
どっかで見たような尻尾だ。
それがゆっくりと目の前を通り過ぎ、カウンターの出口を通ると何やら見覚えのある姿が現れた。
限界まで身を小さくし土下座の姿のまま手と足を器用に動かし、こちらへと近づいてくる。
「すみませんっした!」
タヌキであった。
土下座のまま微速で近づいてくる姿はどことなく虫を連想させる。
「きっしょー」
否定はしない。
「こんどはなんだー。なんだこいつー」
「顔見知りの受付嬢だ」
「変な奴しかいないんだなー」
そうじゃないと否定したかったが、今まで出会ったギルドの受付を思い返せば否定できない。
「そうだな」
なので肯定することにした。
「本当に! 今日に至るまで! 謝罪が遅れたこと申し訳なく! 生皮を剥ぎ、砂を擦りこみ死なない程度に肉を削ぎたいほどのお気持ち! 察し余りますが!」
拷問じゃないか。腹は立ったがそこまでではない。
「この場を借りて謝罪する事をお許しください!! ......すみませんでした」
絞り出しながらも消え入りそうな謝罪である。
「.......」
これまでの芝居がかった感じはせず、
小刻みに震え、尋常じゃない汗が本気の謝罪である事が伝わってくる。
まぁ、腹は立ったがそもそもがタヌキの責任は極めて薄い。
進行役として、ただ決められた通りの司会をしただけだろう。
それにこちらの感情を無視すれば、ここでは褒賞として子供の奴隷というのは普通の事なのかもしれない。
子供が無事と言う事も含めれば、今はそこまで腹が立っているわけではない。
「次からはああいうのは無しにして欲しい」
「はい! 今後は無きよう最大限に頑張ります! はい!」
そう答えると、顔を伏せ土下座をしたままで微速後退していく。
器用だな。
そしてカウンターへと戻ると、ゆっくりと顔を出す。
「本日のご用件は何でしょうか? はい」
酷い顔をしている。
顔面は蒼白。顔からは尋常じゃない程の脂汗。
目は直視できないのか泳ぎまくっている。
流石にわらび餅もこの光景には言葉が出ないようだ。
「挨拶と更新に来ました」
「任せてください。はい」
「その前に一つ聞いていい?」
「なんなりと!」
「なんでここにいるの?」
タヌキがゴクリと大きく唾をのむ。
「......後輩のもとで......補佐として頑張る事になりました」
「あぁ」
降格したのか。
ちょっとだけ可哀そうだと思ってしまった。
◇◆◇アーシェ=カーメィナ
こんにちは。ご機嫌麗しゅう。アーシェです。
悲劇のヒロインのごとくシヒロ様と別れてしまい、激しく落ち込んでいましたが元気です。
今は慨嘆の大森林を目指しつつ魔族領の珍味珍酒の情報を探っています。
使命に燃えています。
誰も気が付かれないということは心が壊れそうなほど孤独で寂しいですが、シヒロ様がいるので余裕ですね。
脳内にビビッとお声を受信。
早速お約束を守って頂けたようで天にも昇るようです。
「はい! アーシェです!」
「元気一杯だな。そっちはどんな感じだ?」
「はい、現状怪我無く慨嘆の大森林を目標に情報収集に励んでいます」
「それは良いな。変わったことはあったか」
「はい! まずは良い情報から。中々美味しいお酒を見つけました! 少し甘めのお酒ですが炭酸が入っててスッキリ飲めます! イメージするなら大吟醸のシャンパン! シヒロ様好みのお酒かと」
「へぇ!」
「さらに! 癖はありますが、ここの発酵させたお肉はお酒にマッチすること請け合いです!」
「いいじゃん」
んふふ。中々の好反応です。
仕入れてて良かったです。
そのあとにも様々な珍味や珍しい食材の情報を伝えます。
お褒めの言葉をいただき、脳みそからヤバめの汁が出てヒタヒタ状態です。
「それで、悪い方は何だ?」
「はい。それらのお酒と食糧が何者かに買い占めされているようです。どこかの魔王が率先して収集しているようで、こちらに来ても入手は困難かもしれません。いくつかは確保していますが少量と言わざるを得ません」
「こちらのためとはいえ、盗むのはあまりよろしくないぞ」
「その辺は大丈夫です。ぶつかってきた賠償として貰ったのでセーフです」
「なるほど。セーフだな」
シヒロ様の感情が流れる。
悪くない感じだ。
良いぞー。えへへー。
「それぐらいか?」
「あとは、裏取りはまだですが少し怪しい噂を聞きました」
「なんだ」
「どうやら慨嘆の大森林に向けてオーガの一団が向かっているようです。規模はそこまで大きくないようなので民族大移動みたいな感じでかもしれません」
「オーガってなんだ?」
「分かりやすく言いますと、2メートル越えの力士って感じですね。好戦的ではありますが何もしないなら特に害意はありません。鬼神・戦鬼の眷属です」
「......なんか、どっかで聞いたような」
「まぁ、それが軍として率いていない限りは危険性は低いかと思います。それに大昔にパッタリと目撃証言が無くなったので死んだと噂もされていますね」
「そうか。まぁ、心に留めておくよ。引き続き調査を頼む」
「お任せあれ!!」
幸せタイムが終了しました。あっという間です。
次はもっと褒めて貰えるように諸々準備をしないといけませんね。
そう画策していると、ドンと後ろからぶつけられてよろけてしまします。
「何さらしとんじゃワレェ!!」
何やら重そうなものを持ったメイドが居ました。
前髪で隠れていて目元が見えませんがきっとかわいいです。
バランスを崩しかけた荷物を慌てて確保しているすがたに嗜虐心がくすぐられます。
周りをキョロキョロと見渡し、リーンと鈴のような音をして首を傾げています。
まぁ、見た目がエッチなので許す事にします。
特別です。
それに荷物からしてこの人物の元締めが、ここいらの酒と珍味を収集している元凶でしょう。
少し探る必要があります。
ちなみに隠された目元を探る気はありません。
目隠れメイドの目は見ないのが礼儀です。
ワシッと豊満なお尻を鷲掴みにします。
詫びとしてこれ位にしておきます。