104話
◇◆◇ 客室
シヒロが獣人に案内され部屋を出た。
それと入れ替えに白い蛇のような生き物が客室に入ってきた。
「おぅおぅ。これはこれはー」
白い蛇のようなものが部屋の中央で止まると、ぐるりと部屋を見渡して大きな欠伸をする。
「いる事は知ってたがー、実際に目にするのは初めてだー」
そして、ふわふわと浮いたまま眠たげな目をしているが、特に何をするわけでも無く事の顛末を伺っている。
「まぁ、何をするわけでも無いか―。さっさと終わらせよー」
半透明な手で収納袋をペタペタと触る。
クルクルと回したり軽く叩いていると、収納袋から声が響く。
「僕のに勝手に触らないでくれるか」
「おー、繋がったかー」
収納袋から男とも女とも判別が難しい声が響く。
「触りたくて触ってないー。お前の【翻訳】がクソなだけだなー。余計な手間を増やしやがってー」
「これぐらいが丁度いいんだよ。そもそもが君を想定していない。ていうかなんで出て来てるの」
「助けてくれたんだよー。お前の使徒にー。そこだけが不満だなー」
その言葉に鼻を鳴らす。
「彼は使徒じゃない。友人だよ。だから使命じゃなくてお願いしているんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「朗報だなー。不満が無くなったー。しかもフリーかー。特殊ではあるがスカウトしてみるかー」
「相変わらず傲慢だね。先の結果から何も学んでいないのかい?」
「見捨てたやつに言われてもなー」
「僕の子らは未熟ではあるが軟弱じゃない。どんな環境でも生き抜ける対応力がある。だからこその信頼だ。その間に僕は打てる手の準備が出来る。信頼もせず、挙句に封じられて何も出来なかった君とは違う」
「うぇー。後付けくさー」
部屋に緊張感が走る。
それに対しハクシが軽くクシャミをする。
「ぎっぷしぃ。ぎぃ」
尻尾で軽く鼻を擦る。
一挙に緊張感が霧散する。
「アレもお前の打った手かー?」
視線を空中に浮く白い蛇へと向けられる。
「そんな事できるわけないだろう」
分かりきったことを聞くなと、冷めた口調で答える。
利用しようと思ってできるはずもなく、理解しようと思ってできるものでもない。
空中を漂う白い蛇を見る。
「今回はそんな見た目なんだね」
それは特定の見た目をしていない。
その場、その時、そして観測者によって変化する。
「ずっと見た目が変わらないのは彼のせいかな。変なものに魅せられてるね」
しかし共通している事もある。
それは白い色をしている事。
何にでも染まり、塗りつぶす色。
「厄介な奴に好かれたなー」
それは神の加護や祝福と本質は似ているが全くの別である。
祝福され、進むべき道を示し、幸福を結びつける糸を運命と呼ぶのなら、コレは真逆だ。
暗闇の中でもがき、疑念を抱えながらも抗い、己が至らなさを理解しながらも進む者だけに、その一端を触れる事が出来る。
それは結果の良い悪いの区別なく、異端と奇遇を引き寄せ、他者の運命を断ち切るモノ。
運命とは別の概念。
奇縁の白い糸。
「君が彼を引き寄せたのか、それとも君も彼に引き寄せられたのかどっちなんだろうね」
「どっちにしてもアイツの業は深いなー」
ハクシはつまらないモノを見るかのように目を細め、大きな欠伸をする。
◇◆◇
準備が整ったとの事で案内してくれる獣人の後を付いて行く。
廊下を歩いていると、窓から街の風景が見て取れる。
それを横目で見ていると不思議な気持ちになってくる。
それはどこか見慣れたような風景で、良く言えば和風な街並みだ。
正確に言えば、海外映画で見られる混沌とした日本の街並みに近い。
ようするに色々とごちゃまぜである。
ところどころ漢字のようなものが散見されるほどだ。
「気になりますか?」
「え、えぇ。いや、まぁ。はい」
見ていた事に気付かれたようだ。
「先代勇者様の支援のお礼にと故郷の再現を試みてみました。完璧とは言えませんが生前に話された内容に近い出来だと思っています」
「なるほど」
どうりで。
「他と比べると少し異様に感じますが住めば都。飽きない所ですよ」
「そうみたいですね」
飽きはしないのだろうが落ち着かない。
「どうぞこちらへ」
どうやら目的の場所へ着いたようだ。
扉を開いてもらうと少し奥に襖があった。
急に本格的な和に少し驚く。
振り向いて確認するが、軽く会釈をされ開けるように促される。
襖を恐る恐る開ける。
そこは4畳半ほどの大きさであり床は畳となっていた。
全体的に薄暗くいが部屋の奥に座っている人物が巨漢である事は分かる。
部屋の中央に設置されている鉄瓶から湧いている熱湯の音だけが部屋に響いている。
茶の間のようだ。
「おう、まぁ座れ」
奥に座っている大男に声を掛けられる。
招かれるまま、目の前に敷かれていた座布団へ正座で腰を下ろす。
畳の足触りが心地よかった。懐かしすら感じる。
イグサの匂いはしないが少しだけ感動的である。
座ったことを確認すると、大男が器を手に取り茶葉のようなものを何種類か入れる。そして湧いたお湯を数回に分けて注いでいく。
茶道のように見えるが所作が独特だ。
先代勇者という人からから聞いて独自に発展させたのだろうか。
フワリと良い香りが漂ってくる。
少し癖があるが嫌いではない。
「駆け付け一杯といきたいところだが、酔うわけにはいかんよな。まぁ、飲んでくれ」
ズズイと渡される。
薄暗くて分かりづらいが色や香りに問題はなさそうだ。
小さな一口で味も確かめる。
甘苦い味ではあるが、毒は入ってなさそうである。
入っていたとしても問題ない程度だろう。
全て飲み干し器を返却する。
「結構なお点前でした」
「おう。そりゃよかった」
粗野な口調ではあるが卑しさは感じない。
どちらかと言えば豪胆な部類だろう。
「では改めて、俺がこの国の王であるシトゥンだ。よろしくな」
「ッ......はい」
吹き出しそうになった。
思いとどまれた自分を褒めたい。
「このような場にお招きいただきありがとうございます」
頭を下げる。
上手く立て直せたと思う。
何でいきなり王様が出て来る。予想の5段階ぐらい上の人が出て来た。
普通は代理とかを立てるだろう。
心の中で愚痴るがよく考えれば影武者的な感じの人かもと考えを改める。
試されているのかもしれない。
「畏まるな。友の遺品を回収してくれたのだ。顔を上げてくれ」
そう言われたので顔を上げる。
目が慣れて来たので姿が見える。
巨漢にて武骨。
見た目は人とキツネを足した感じであるが、それよりも尻尾が9本ある事が気になる。
傾国の九尾のことを連想するが、ここでは国が興ったようだ。
没後は祀られそうである。
それにしても声の豪胆さにそぐわない容姿をしている。
一代にして国を興した人物はかくありきといった感じだ。
会った事は無いのだが、この人は本物であるとそう感じる。
「うむ、やはり良い面構えだ。さぞ武勇を振るっただろう。名は何と言うのだ」
「家名はシラズミ。名前はシヒロです。武勇と呼べるほどの事はしていません。むしろ避けて通るようにしています」
その答えに暫しの沈黙が流れる。
答え方を間違えたかと内心焦り始め、よく考えれば最近は避けれていないので訂正すべきかと考えた辺りで返事が返ってきた。
「......んむ、なるほど。少しわかった気がするな」
良く分からないが、理解してもらったようだ。
「不精ではあるが、いくつか聞きたい事がある」
「はい」
「わが友について聞きたい。知ってることを教えてくれ」
事前に聞いていた。ホノロゥさんの事だろう。
覚えている事を可能な限り伝える。
何処で出会ったのか、その時何をしたのか、どういった話をしたのかを必死に記憶から絞り出しながら話した。
「なるほど、友を騙る全くの痴れ者というわけではないか。筋は通っているうえにイメージとも重なる。それにしても死んで蘇ったか」
軽く顎に触れながら小さく唸る。
まぁ、生き返ったと言われてもそうなるだろう。
それに生前のご本人に会ったことがないので本物なのかどうかはこちらでは判断できない。
こちらは見たこと聞いたことを素直に話す以外の方法がない。判断は向こうに任せる。
「他にはあるか?」
「あとは、娘が」
「ほう、娘か。何と言っていた」
言葉を遮ってまで食いついて聞いてきた。
これは予想外。
不敬が無いように、より一層言葉に気を付けなければ。
さらに記憶を探り、一滴を絞り出すように巡らせる。
「任せる.......と。あと.....」
名前が思い出せない。何かの果物か花のような名前だ。
メジャーなものではないから思い出せない。
頭から湯気が出るんじゃないかと思うほど思い悩み、一条の光が差した。
「リュコス......と」
その時、パンッと大きく膝を叩く音が響いた。
ビックリした。
「あい分かった! 客人。ゆっくりとこの国で羽を広げて休んでくれ」
そう言うと立ち上がり、反対の襖を開いて奥へと進んでいった。
「あぁ、はい。お時間いただきありがとうございます」
誰もいない空間に虚しく言葉が残る。
置いていかれたが、どうしたらいいんだ。
すると、入ってきた方の襖も開く。
「お疲れさまでした。どうぞこちらへ」
少しホッとする。
その後、もとの客室へと案内してもらった。
◇◆◇ 某所にて
暗闇でのっそりと体を起こす。
どうやら目が覚めてしまったようだ。
つまりはアイツらが求めていると言う事だ。
「んで? 今回は何のようだ」
誰もいない空間に言葉だけがこだまする。だがそこに誰かがいるかのよう言葉が続く。
「あぁ、はいはい。わかった」
しばしの沈黙の後、1人愚痴る。
「.......ほどほどに、か。それが一番ストレスが溜まるんだがな」
その場で大きく伸びをして、一息で起き上がる。
そして無造作に壁を蹴飛ばし巨大な穴を開けた。
外は日が出ているようだで久方振りの光に目を細める。
「戦日和だな」
巨大な破壊音にワラワラとオーガたちが寄ってくる。
「さて、寝てる間に変わったことあったか?」
その問いに一際大きなオーガが語る。
「あぁ、淫鬼のやつ死んだのか。そいつは残念だ。あとは血鬼と酒鬼と俺だけか。減ったもんだ」
さして気にしていないかのような軽い口調で語る。
「さて、暇潰し程度ではあるがお楽しみの時間だ。いざ行こうか!!」
大地が揺れんばかりの声が号令に答える。
日の光の下へと出てきた姿はその場にいたどのオーガよりもデカかった。
何よりもその頭にそって生えている角がその場の誰よりも強い事を証明するように大きく鉱石を思わせるほどの光沢を持っている。
人類種にとっての災害の一つ。
鬼神・戦鬼が動きだした。