102話
話すと言われたので聞いてみる事にした。
いや、正直に言うと内心では不味い事になったと焦っている。
なんと言えばいいのか申し訳ない気持ちでいっぱいであり、やってしまった感がある。
よりにもよって子供を任せた相手に手を出してしまった。
ゆっくりと手を離す。
解放された指揮官は軽く服の皺を伸ばしながら服に着いたホコリを払っている。
そしてこちらを真っすぐ見る。
今から話すから聞き逃すなよ、と言っている気がする。
後ろめたい事この上ない。
「事前に言ったと思うが我々は敵ではない。危害を加える気は一切ない。現在は本国へ帰投中だ」
そうですね。知っています。
しかしですね、こちらにも事情があり......多少気が高ぶっていた事もあり......今回は悲しい誤解が起きてしまった訳で。
心中で言い訳を並べるが、両者痛み分けという形にはどうやっても持って行けそうにない。
一方的に被害を被ったのは向こうだけであり、こちらは被害がないどころかに害を加えただけである。
自然と口調が弱くなっていく。
「そちらにとって、我々は敵か」
「いいえ。そんなことは」
「そうか。それなら良かった。お互い誤解し合って反目しあう事が無くてよかった」
「はい。そうですね」
「だからこそ、互いのためになる提案が出来る」
「何でしょうか」
指揮官が丁寧に説明してくれる。
要約すると提案の内容は賓客として付いて来いと言う事だ。
この帰投している最中は重大な機密扱いであり、方法や道筋さえ知られる事は大変に不味い事であり、偶然だったとしても見られたならばそれ相応の処分を下さなくてはならないそうだ。
だが今回は運が良く向こうに貸しを作っていた事と、ホノロゥさんの鍔を直接所持しておりなおかつ返却したことが実績となり「本国で感謝の意を伝えるための賓客として同行している」という事にしてもらえるようだ。
「同意してもらえるならそれなりの厚遇も約束しよう。ただ、道中は目隠しなどをさせて貰う」
本国への説明も事前のゴタゴタに巻き込まれてしまったことで連絡が遅くなったということにするようだ。
割と無茶な事を平気で出来る位には権限を持っているようだ。
ありがたいですね。
だが裏を返せば断った場合は相応の態度をもって行動に移すと言う事でもある。
あまり言いたくはないがルテルの事がある。
早めに行って欲しい感じだったので、あまり時間は掛けたくない。
日を改めてくれるのが一番望ましいのだが、そのように誘導するのは難しそうである。
少し悩んで素直に言ってみる。
「ちょっと相談があるのですが」
「なんだ」
「急ぎの用事がありまして慨嘆の大森林に向かわないといけないのですが」
ピクリとその場にいる全員が微かに反応した。
何かあるのか。
「......そうか。まだ確約がされてないので詳しくは言えないが、この提案は受けた方が良い。損はさせない」
こちらの言葉に対する反応と返答から見るに、その国は何処にあるのかは答えられないが慨嘆の大森林に近い所にあるとみていい。
ううむ。渡りに船か。
敵対しないうえに護衛と案内が付いてきた。
一番理想な展開である。
ただ、あまりにもこちらに都合が良いので裏があるのではと疑ってしまう。
提案を飲ませるための嘘か、油断させて後ろから刺してくるか。
指揮官の顔色からはそういった意図は伺えない。
それなら、と周りの部下たちの反応を伺ってみる事にする。
.......ッ!
予想外の表情に面食らってしまい、咄嗟に視線を外してしまった。
見間違いだろうか。
確認のためにもう一度見てみる。
指揮官の後ろで待機している一番被害が少ない獣人は、まるで星空に心を奪われている少年のような顔をしている。
こちらの視線に気が付くと、すぐに服を捲り上げて小さく手を上げる。
フサフサのお腹がみえる。
これに何の意味があるのか分からないが、敵意が無いことは伝えたわってくる。
ただ視線は一切揺らぐことなく綺麗な目でこちらを見ている。
ハハッ......と少し笑顔を引きつらせて視線を移す。
今度はその隣にいる大声で忠告していた獣人を見る。
こちらは目がバキバキにキマっており、口と鼻から勢いよく血が垂れている。
今回で一番被害を受けた獣人だ。
指揮官を狙っていた時に邪魔な位置にいたので、地面に叩き付け、首を踏みつけ、蹴り飛ばしてしまった人だ。
よく見れば洞窟探索中に興奮して噛みついてきた人物でもある。
こちらに向かって何か話そうとしているが喉が潰れて声が出ず、咳き込んでいる。
だが、目だけは異様にギラついて興奮している。
神様に会った、と本気で言っている人と同じ目をしている。
後ろの2人が特に怖いのだが、敵愾心は感じない。
今すぐに騙し打ちをすると言う事はなさそうではあるが......。
少し逡巡して答える。
「その提案お受けします」
「話が早くて助かる」
受ける事にした。
話の内容や現状から考えても信じる信じないは別として引き受ける事はメリットがあり、断れば余計な労力を消費するデメリットになる。
間違ってはいない選択。
いない、と思うが。
はぁ。
心の中で大きく溜息をつく。
自分に対して嫌になる。
この選択の本質がそういった打算であるならここまで自己嫌悪にはならなかった。
経験から学ばず、変わろうとせず、死にかけても繰り返す。
生まれてすぐに捨てられて、親に救われた身としては危険だと分かっていても見捨てる事が出来ないでいる。
だから今回も、今回こそ後悔しないように、獣人の子供達を見届けたいと思った。
最後まで面倒を見る事は出来ないが......見届けたいと。
「はぁ」
今度は本当にため息がでる。
その場の空気に緊張が走った。
おっと危ない。
流石に失礼過ぎた。
「失礼しました。えっと同行する前に服を貸してもらえると助かるのですが。ズタボロで予備もなく」
扱いが賓客なら部隊に合流した時に予備を貸してもらえるだろうと思って言った言葉だったが、3人が凄い勢いで服を脱いで渡してくれた。
そういう意味ではなかったのだが、善意を断るわけにもいかず、迷いながらも指揮官のを借りる事にした。
他の2人は泥だらけだったので遠慮する。
綺麗な状態なので選んだが思っていたよりも小さい。
着てみるが前が閉じれず破けそうである。
しかし受け取ったからには返すわけにもいかず、一先ず礼を言う。
「服、ありがとうございます。ちょっと置いてきた荷物を取りに行ってもいいですか」
「構わない。用心のために私もついて行こう。2人は戻って行進を開始。代理で指揮を執っておいてくれ。後で合流する」
同意するかのように軽く頷くと、矢のように動き姿が見えなくなる。
「はやいなぁ」
「優秀な奴等だ」
指揮官と一緒に荷物を取りに行く。
元来た道を戻るだけなので迷いはしないのだが、後ろからの視線が凄く気になる。
気づいていないと思っているのか、穴が開くんじゃないかと思うぐらい凝視されている。
何時ぞやのフレアを思い出す。
気になりながらも焚火の所まではすぐに辿り着くことができた。
ただ、そこには変なのが立っていた。
「付き人か?」
「いえ」
月明かり下に全裸の男の子が立っていた。
一見すれば人の子のように見えるが、髪と指先、足先が半透明である。
腰ほどの長い髪を丁度後ろで纏めていたタイミングで視線が合う。
「だれ、ですか?」
「んー? 神ー」
返事したが神様らしい。
自称して神と言ってる奴にまともな奴はいない。
つまりはヤバい奴だ。
「そこで何してるんですか?」
「荷物番ー。かなー?」
荷物を見てくれていたらしい。
それなら神様ではない。
役立っているからな。
「人族の子供。名前は?」
「ーーーーーー」
話しが変わった。
キナ臭ささでむせ返りそうだ。
人では発声できないような言葉で何か言っている。
人間ではない。得体のしれない何かである。
部分的に半透明な所を見るに宇宙人かもしれない。
「んー。だめかー」
「あ、えっと」
先程の声に戸惑い、困ったように指揮官がこちらを見る。
「初めまして。なぜ神様がこんな場所で荷物番を?」
「んー? 初めてー?」
大きく首を傾ける。
そして何かに納得したような顔をすると、クルリと体を回転させる。
すると人の姿から一瞬にして小さくなり半透明でプルプルとしたわらび餅になった。
「スライム!」
「あぁ、わらび餅」
すぐさま先程の人の形に戻るとピッとこちらを指さした。
「んー、わらび餅! そう呼んで」
「......知り合いか?」
「知り合いってほどでもないですけど」
「一つのコップで飲み物を分け合った仲ー」
間違ってはいないが、誤解されそうである。
「そうか。ならいい。目を光らせておけよ。さっさと荷物を持っていくぞ」
「あぁ、はい。っえ?」
「ごーごー」
神様こと、わらび餅が同行する事になった。
◇◆◇ 慨嘆の大森林・調査報告
勇者によって攻略された慨嘆の大森林は人族により順調に拠点化が進んでいます。
前回攻略した拠点跡を再利用しているので予想よりも早く魔族領への到達が可能であると思われます。
もし、人属領へのお戻りを考えているのならこちら側から通るのが安全ではないかと提案いたします。
ただ一つ気になる事が起きています。
ある日を境にゴブリン種の姿が劇的に減っていき、代わりにオーガ種を見かけるようになりました。
人族が襲われていない事と、何やら統率をもって動いているように見えるのが気になるところです。
鬼神・淫鬼の死去が関係している可能性はありますが、亡くなった時期から考えても低いと判断します。
また、オーガが増えている事から察するに、鬼神・戦鬼が動き出した可能性があります。
こちらの方は随時、私の方で探っていきます。
そして、気づかれているとは思いますが、湖沼の要が破壊されました。
原因は不明。
向こうも動き出すと思いますので調査には時間が掛かると思います。
しかし、アイツらが予期せぬことで慌てふためいてるであろうと思うと胸がスッとします。
最近魔族領の方でも水面下で魔王達が動いているとの報告があります。
御身が無事である事に疑いはありませんが、人族の子供と遊びに耽るのもそろそろお止めになった方がよろしいかと思います。
最後の同種である龍神・フィラリエル様との顔合わせが近づいています。
可能な限り早く戻ってきてください。
カルルモーラル様。
以上。
書き上げた報告書がクルクルと一人でに巻かれると、一本の蛇になった。
ソレが地面に飛び降りるとまるで水面のように沈み込み土中を泳ぐ。
「はぁ、勇者に討たれていなければこんな苦労はなかったのに」
そういうと、一匹のワイバーンが慨嘆の大森林へと飛び立った。