幕間 そこへ至る道
◇◆◇狭間の古城
異常事態が起きている。
これまで幾度となく問題は起きていた。
だがその都度事前の準備と情報の収集をもって万全に対処で来ていた。
促し、阻害し、援助し、狙いを変えさせ、時には切り落とすなど調整は上手く出来ていた。
問題が起きる事が異常事態なのではない。
問題が起きているのに原因が分からない事が異常事態なのだ。
こんなことは今まで無かった。
「集積の姉御。今戻りました」
「お疲れ」
「なんか周りがヒリついてる感じがするんですが何かあったんですか」
「3番の楔ごと要が破壊されたんだよ」
「っな! 一番安定してたとこじゃないですか。何があったんですか」
「それが分からないから、困っているんだ」
コップに入れた山盛りの砂糖に紅茶を注ぎジャリジャリと噛みしめながら飲み込んでいく。
「......それは、大問題ですね。4番の楔の代わりもまだだし......せめて魔石だけでもあれば違ったんでしょうが......姉御。良ければもっかい行ってきますよ。現場に行けば多少は役に立つかもしれません」
「そうしてもらいたいのは山々だが人形遣いが何か企んでいる。狙いが何か分かるまでは暫くは動くな」
「うっす」
「可能ならアイツに行ってもらいたかったが」
「剪定の旦那は戻ってきたばっかりですから、難しいかもしれません」
「早計だったか」
慨嘆の大森林が攻略されてから見えない力で世界がかき乱されている。
初めはアレが余計な事をしていると踏んでいたのだが、剪定に処されても続いているところを見ると原因ではなかったかようだ。
どうとでもなる問題だと思っていたが、このままでは取り返しがつかなくなる予感がする。
何とかしなくてはならない。
「一応すぐにでも動ける準備はしておきます」
「頼もしいよ。用があったら声を掛ける」
「うっす。よろしくお願いします」
そういい部屋を後にする。
「面倒な事になった」
これ程の問題が起きているのに関わらず、何も分からないのはこちらの知覚をすり抜けているからだ。
今回ほどではないが似たようなことは過去にもあった。
スキルによって誤魔化す、隠す、存在を希釈するなど様々だ。
だが、どれも痕跡が残る。
己が自身から漏れ出る魔力。
生きているだけで無意識化に発散され、意図して抑えるのは非常に難しく長期間ともなれば不可能である。
ずっと息を止めるのに等しい。
それが無いとなれば。
ガシガシと乱暴に頭を掻く。
今は、どんなに突拍子が無くてもあり得る可能性を探ろう。
そうだな。例えば、私以上の力を持っていた場合はどうだろうか。
......それは.....ない、か。
世界がまだ存在しているからそれはない。
もしそんな存在がいた場合は世界が大きく歪んで、理が変化してしまうほどだ。
我々でさえ表立って動く事が出来ないほどである。
それに調停者が動いていない事を考えれば尚のことないだろう。
では認識はどうだろうか。
感知はしているが、魔力ごと存在を認識できていない場合はどうだろうか。
それも難しい。それをされればどうしようもないが、そうなる前に芽を切り落とす専門家がいる。
私とは違う視点でモノを見て、いち早く感知する事が出来る。
無茶をしてでも彼が動いていない所を見ると、それもないだろう。
少し唸り、他の可能性を探る。
例えば、感知される魔力がない場合はどうだろうか。
金属探知機が金属を持っていない者に反応ができないように、スキルも魔力も持っていない生物が存在していたのならば。
あり得るだろう。生きていられたらの話だ。
先に挙げた例よりも可能性はあるが、そんな生き物はこの世界には存在しない。
劣人種と呼ばれる人間でさえ微かに持っており、これまでもそれは知覚できていた。
突然変異で生まれたとしても、陸上生物が深海で生活をするようなものである。
生まれて間もなく死ぬであろう。
やはりどれもが荒唐無稽か。
「ん? いや、なくはないのか」
この世界ではありえない。
だが別の世界から来たならどうだ。
転生に召喚。
慣らすための掻き混ぜ棒ぐらいにしか見ていなかったが、そういった人物が今回で現れたとしたら。
.......これまではなかった。だが、これからもとは言えない。
可能性は低いがありえる。
前者2つは私の裁量を超えてどうしようもないが、後者であるなら探る方法はある。
コップに大量の砂糖を入れながら準備に取り掛かる。
「まずは事の始まりである4番から探るか」
慨嘆の大森林。
そして、その近くにある大きな都市。アズガルド学園へ。
「......一応、確認しておくか」
もう一つ。
念には念を入れておこう。
◇◆◇ たった1人の友人と白墨家
「いらっしゃい。ここまで大変だったでしょう。中に入って」
壮年の男性に促されて家へと入る。
外観と同じく内装も普通だ。一般よりも広い一軒家ではあるがそれだけだ。
至って普通である。
部屋へと通されソファーに座る。
「聞きたい事もあるだろうからゆっくりしていってね」
そういい、お菓子と紅茶を出してくれる。
若く見えるがこの人が史宏の父親であろう。
聞いていた通りあまり似ていない。
「我が家はちょっと変わっててね。道中疲れなかったかな」
軽く会釈するが、少し乾いた笑みが出る。
アレを変わっていると言っていいのか。
招かれなければ辿り着ける自信はなかった。
私も大概ではあると自覚はしているが、ここまでではない。
史宏が普通に接してくれる理由が分かった気がする。
紅茶をいただきお菓子を食べる。
つくづく事前に連絡方法を事聞いていてよかったとしみじみと感じる。
「んで、息子と遊んでるときはどんな感じ? 粗相とかしてない?」
いつの間にか男性の隣に女性が座っている。
スキップした映像のように突然に現れた。
こちらも若く見えるが史宏が話していた特徴と話し方からして母親だろう。
本当に一升瓶を持ち歩いている。
視線が合うと一瞬にして血が凍ったのではないかと錯覚するほどの寒気と鳥肌が止まらない。
何だこの人は。
乾いた笑みが出る。
呼吸の仕方を忘れてしまった。
今までどうやって呼吸してたっけ。
「あちゃ。そういうタイプか。んじゃちょっと席外す」
スタスタと歩いて部屋から出ていく。
姿が見えなくなってようやく息を吐き出せた。
止まっていた時間が動き出したかのようだ。
息が上がり汗が噴き出す。
「びっくりさせてごめんね。ダメだって言ったんだけど、興味津々で我慢できなかったみたいだ。ほら、ゆっくり深呼吸して、落ち着くから」
その言葉に、波が引くように落ち着きが戻ってくる。
まるで夢から覚めるかのような切り替わりに別の恐怖を感じる。
先程の凍るような恐怖ではない。血のような温さを感じる恐怖。
あぁ、この人も異常の類だ。全く別方向でおかしい。
アイツが家族の事について話すときは、随分と誇張して話していると思っていたが、あれでもオブラートに包んでいたのか。
「お詫びとして、君が気になっている事だけでも先に話しておこうかな」
コクコクと全力で頷く。
予想外の連続で心の摩耗が凄まじいが、ここに来たのはこれを聞くためだ。
苦労して、手間暇をかけて、ここまで来た。
無意識に鼻息が荒くなる。
そもそも何なんだ。あのバカは! 何処へ行ったんだ。あのバカ。
一緒に行こうとか抜かしていたクセに。
挨拶には来ると言ってたクセに。
なんか、だんだんと腹が立ってきた。
無駄な時間を使わせて、無駄に期待をさせておいて。
イライラは加速度的に増していくが、男性の優しげな眼差しに気が付き冷静になる。
少し恥ずかしい。
「それでは端的に言うよ。史宏はこの世界にはいない。はるか遠くの別世界にいる」
唐突に発せられる荒唐無稽な言葉。
質の悪い冗談だと思いたい。
だが、真実なのだろう。
そう思わせる説得力をこの短時間で感じ取っている。
それになにより、アイツはそういうのに巻き込まれていてもおかしくない。
そう思える出来事を何度も見た事がある。
直接的にも間接的にもアイツが知らないところで色々と。
だから、こちらが知らない所で理解が出来ない色々が起こっていても不思議ではない。
溜息が出る。
最近、急激に老け込んできたのはそのせいではないだろうか。
そうだとするなら、アイツは随分と濃い人生を送っているのだな。
岩塩の方がまだ薄いんじゃないか。
「んふふ。失礼」
軽く咳払いをする。
何かの思い出し笑いだろうか。
「君はきっと何を言っても追いかけてしまうんだろうね。だから具体的な場所はあとで教えるよ。そこから先は君の力でもできるだろうから頑張りなさい」
小さく頷く。
会いに来れないと言うのなら、文句を言いに行ってやる。
「さて、そろそろこちらも史宏の事について聞きたいな。普段はどんな感じなのかな?」
優しい声で語りかけてくる。
それを話す条件で招いてくれたのだ。
先程の事もあり出し渋る気はない。
覚えている限りを口下手なリに頑張って話す。
最近したゲームの話。
お菓子を作った話。
色々な内緒話。
家族の話。
夢の話。
雑話。
・・・
・・
・
思いのほか話してしまった。
喋るのは苦手なのだが、喉が擦れてしまうほど夢中で話してしまった。
喉を潤すために紅茶を飲んでいると、人が増えている事に気が付いた。
というより史宏の家族が総出で聞いている。
まるでホラーである。
......まぁ、アイツの家族だからな。
動揺を隠すために紅茶をもう一口飲む。
男性の隣にいるのは史宏の妹と弟か。アイツと全然似ていないな。
美形な妹と弟である。
その奥にいるのは先程いた母親と祖父だろうか。
こちらは似ている。
母方の祖父なのだろうか。
何故か2人ともオシャレなメガネをしている。
理由は分からないが先程のような圧迫感と緊張感がない。
逃げるように紅茶へ、もう一杯飲む。
うん、深く聞かない方が良いと直感が告げている。
話しが一区切りをつくと今度は沢山の質問が飛んでくる。
喉が枯れそうだが、なるほど。アイツは愛されている事が良く分かる。
羨ましい限りだ。
しかし、話す言葉の節々に冗談であって欲しい言葉が飛び交っている。
......いや、うん。この家族の一員になるのは遠慮したい。
多分一日も持たずに絶命しそうだ。
ケホケホと咳き込む。
いよいよ声が出なくなってきた。
だが、何故か喉は痛くない。不思議な感覚に戸惑っていると声を掛けられる。
「少し無茶をさせてしまったね。場所の件もある。今日は泊っていくと良い。空き部屋は沢山あるからね」
断ろうとするが声が出ない。
気が付けば両脇に史宏の妹と弟がガッチリと抑えている。
「「ごあんなーい」」
声が出ないのは紅茶のせいか。
「違う違う。紅茶は喉を治すためのモノ。喉痛くないでしょ? しばらくしたら声が出るようになるから大丈夫」
「あはは、僕たちはまだ心は読めないよ。体の反応で何となくわかるだけ。それに兄ちゃんの友達にそんな事しないし」
この2人もそっち側か。
「あはは。さてさて、まだまだ話したい事も聞きたい事もある。パジャマパーティーでもする? しようか。衣装持ちはいいんだよね」
「お風呂もでっかいから気持ちいいよ。姉ちゃんと入るのが恥ずかしいなら僕と一緒に入ってもいいからね」
イヤイヤ、と頭を振る。
「我が家はそういうのは気にしないから大丈夫。どっちだってかまわないって感じ」
「郷に入れば郷に従え、だよ。どっちでもないかもだけど、裸の付き合いと行こう」
謎の力できびきびと歩かされる。
「嫌ならいってね。兄ちゃんの友達に無理はさせられないからね」
「言えればだけどね」
全て手の平の上か。
強制的に風呂場へと連行された。
いつも読んでいただきありがとうございます。
遅筆ではありますが応援いただけると嬉しいです。