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100話


怯懦の湖沼


怯懦の湖沼の成り立ちは、魔族によって殺された者やその家族たちの涙によってできた場所と言われている。

全体は広大ではあるが水深は浅く1番深くても膝下ぐらいの深さしかない。

しかし、その水の下は底なし沼のようになっており、一度足を取られると何をしても抜け出す事は出来ず生きて戻った者はいない。

「してはならない」「禁忌」という意味で「湖沼に手を突っ込む」という言葉があるほどであり、災害の対象とされるほど畏怖されている。


また攻略された記録も他の3つと比べても信憑性は低く、奥の情報すらも少ない事から一度も攻略されていないのではないかと論じられるほどである。

攻略難易度は非常に高く危険であり、知者ほど攻略しようと思う者はいない。

せいぜいが監視か危険性がまだ低い端の方を精鋭による調査のみとなっているほどである。


そんな難攻不落とも思える怯懦の湖沼が......攻略された。

慨嘆の大森林を超える偉業である。


何も知らない者からすれば勇者が攻略したと考え喜び騒ぎ始めるだろう。

勇者を知っている者からすれば、一体だれが。と慌ただしく情報の収集と精査を進めていくだろう。

そして、ある男のことを知っており直前まで何処に居たかを知っていた者は疑念に近い確信を得る。

あの男が何かをしたのでは、と。


情報は交錯し、様々な憶測が飛び交い、荒唐無稽なものにまでなってしまう。

情報整理する時間は膨大になり、時間が真実を埋もれさすのには充分だった。



◇◆◇



金属を思わせるほどの硬度を持った鱗。

肉食獣を想起させるような歯列。

細く長い全長はクジラと同程度でありながら悠々と泥の中を泳ぎ、飛び跳ねれば空に舞うかのような高さにまで昇る。

そのうえ特有の魔法やスキルを持ち合わせ、今までその姿を見て帰った者はほとんどおらず、僅かな資料が存在する程度である。

信憑性の低さも会いまり伝説上の生き物とさえ思われていた。

そんな生物の腹から突如として人の腕が生える。

何かを探すように動く腕が突き破った腹のふちを握りしめ、薄絹を裂くかのように大きく裂けた。

溢れ出る血と共に人が這い出る。

大きく息を乱しながらも怪我はなく、大きく息を吐き出して深呼吸をする。


「あぁ、死ぬかと思った」


ペッと吐き出す唾には血と泥が混じっている。

収納袋から水を出し頭からかぶって汚れを落とす。

外傷はなさそうだ。

だが服が散々な状態である。


「またか」


びしょ濡れだった服が泥塗れへとなり、今は血と泥のブレンド状態だ。

最近服をダメになっている事が多い。

オシャレでも衣装持ちがいいわけでもないのに服の費用が馬鹿にならない。


「まぁ、無事でよかったと思うか」


後ろを振り向くと巨大なウナギが奇妙なオブジェのように固まって動かない。


「危うく死にかけたな」


丸飲みされた後、すぐさま体の内側から不動を打ち込み、動かなくなったところを血肉を掻き分け掘り進め、運よく外へ出ることができた。

息が続く間に出られてよかった。

もし、こいつが丸飲みした後すぐに湖沼の奥底へと潜っていたら窒息して死んでいたかもしれない。

服だけですんだと前向きに考えよう。

問題は他にもにもあるのだから。


「んー、うーん」


体を入念に動かしながら確かめる。

最近ようやくガタが来ている体にも慣れてきたと思っていたが、さらに悪化しているようだ。

関節は軋んでおり、筋肉が張って痛みがあり熱を持っているところまである。

何かしらの対処法があると期待して早く父さんから貰った巻物を手に入れたいのだが、そのためには持っていった魔王様の元へと行かないといけない。


何処にいるのやら。


とてもではないが見つかる気がしない。

ずっとこのままかもしれないと思うと悲観したい所だが、1人でしたところで虚しいだけだ。それに誰かが居た所で助けては貰えないだろう。もしかしたら理解や同情ぐらいはしてくれるかもしれないが、結局は状況の悪化意外の変化はない。

開き直って気楽に行こう。


ひとまず装備品がダメになっていないかのチェックだ。

そのあとは食糧の確保と行こう。すぐ後ろに不動で活〆にした鮮度抜群の食料がある。

問題があるとするなら泥臭そうなことぐらいか。

酒につけ込むか、燻すか、それともスパイスで誤魔化すか、腕の見せ所だな。


よしよし、死にかけた割には冷静だ。


キョロキョロと辺りを見渡し荷物を見つけた。

大分流されていて泥だらけだではあるが中身は運よく無事なようだ。


「よし、それじゃあ、どこから捌こうかな」


食材確保に専念しよう。

全長はかなり長くクジラぐらいはありそうだ。

効率よく道具を使いたいが、硬そうな鱗の前では生半可な物では負けてしまうだろう。

しかし運が良い。

前回のクマ同様に頭に生えている刃物の様な角が使えそうだ。

全く別の生態なのにこの角だけは異様にそっくりである。遠い親戚なのだろうか。

まさかな。


手慣れた感じで頭から角を毟り取り、景気よく鱗を取ろうとしたときに気が付いた。


「あ、忘れてた」


下処理の前にすべき事があった。

ドロドロになった服と服の間かからアーシェの仮面を取り出す。

すると突き刺さりそうな感情と声が脳内に響いてくる。


「アーシェって呼んでくれる声が好き!」


こっちの良い所をまだ叫んでいたようだ。


「アーシェ。聞こえるか」

「はい! 一言一句聞いております。ですが5分までは8秒ほど時間があります。続行しててもいいでしょうか」


不安を感じるほど高揚している。


「続行しなくていいぞ。頑張ったから我が儘一つ聞いてやる」

「やったー!!」


喜びの感情が爆発している。

心底嬉しそうな声のあとに聞こえてくる奇声がなければ微笑ましく感じたのだが、最近別の意味で怖くなってきた。

まぁ、本当に聞くだけで、叶えるかどうかは別問題だ。

落ち着くまでルテルの方を確かめる。


「ルテル」


返事はない。

流石に切れてしまったか。向かうべき場所は聞けたから良しとしよう。


「シヒロ様! そういえば不肖なこの私に何かご拝命があると承っていますが」


一通り叫んで落ち着いたのかアーシェが語りかける。

そう言えばそんなこと言ってたな。

落ち着かせるために言っていたことだったが、まぁ何か言っとくか。


「あー、よく覚えてたな。それじゃ......言うぞ」

「はい!」

「こっちも魔族領側に用が出来てな、どうせならそこらあたりで合流したいと思ってる」

「なるほど」

「慨嘆の大森林方面だ。そこが合流地点だ」

「承知しました!」

「たどり着けそうか?」

「問題ありません。慨嘆の大森林については知識は豊富です。方角も大体わかりますので時間はかかるかもしれませんがたどり着けます!」

「分かった。それなら話は早いな。やって欲しいのは、その道中で......なんだ。面白そうな話や食材やお酒があったら教えて欲しい。つまり魔族領側の情報だな」

「拝命しました! 万難を排し必ず手に入れます! あの、差し出がましい事なのですが、我が儘の件について......よろしいでしょうか」

「なんだ」

「あの......少し、少しだけでいいので、毎日お声を聞かせてくれませんか」


......。


その不安で縋るような声と感情が、今は亡き友人の言葉を想起させた。

忘れられない最後の声。



目が......怖い......声を、聞かせ



無意識に眉間に力が入り、頭を振る。

呪いだな。ひどいものだ。

少し深呼吸をする。


「......手が空いてたらな」

「ありがとうございます!」

「それじゃ頼んだぞ......またな」

「--ッ。はい! また!!」


素早く厳重にアーシェの仮面を汚れた服で巻き上げ荷物に詰め込んでおく。

はぁ、と大きなため息をつく。


何なんだ。アイツは。


あまりにも純粋な一喜一憂に心が抉られそうである。

軽く眉間を叩いて思考を元に戻す。

アーシェの件は一先ず保留にして切り替えよう。

まずは中断していたことから始めるか。

さっさとこのウナギを.....よく見ればワニの方が近いか。

ウナギワニを捌いて収納袋へと詰めていこう。


鱗取りを再開。

子気味良く取っていき、ある程度取れた段階で腹の方から切り込んでいく。

切り開いた肉の断面は綺麗な薄桃色をしている。

淡水魚とは思えない重量感のある肉質。普通に美味しそうである。

ウナギみたいだからかば焼きのようにしようかとおもったが、ステーキとしてシンプルに焼くのもありだ。

さらに切り進め、まろび出る内臓をざっくばらんに切り分け収納袋へと入れていく。

下処理をしなくても収納袋が勝手に食べれる部位だけが入っていき、それ以外を弾いてくれるので手間が省けて楽である。

意外だったのは鱗まで入った事だ。

本当に食べられるのか試しに齧ってみる。


ボリボリ、ガリガリ、ジャリジャリ。


食べれはするのだろうが舌触りが最悪だ。

所詮は鱗か。

揚げればギリギリ食べれるかもしれない。

それよりもまな板に使えそうな大きさだ。火に強いならフライパン代わりもいいかもしれない。

鱗は別の機会で試すとして、枝肉を切り分けていく。

テンションが上がる。

部位による様々な調理法に胸を躍らせながら収納袋へと突っ込んでいくと、何やら硬い部分に当たった。

骨のような感触ではなくもっと硬い金属のような感触。

刃が通りそうにないので腕を突っ込んで元凶を取り除いてみる。


「そういえばこんなものもあったな」


大きな魔石である。

綺麗な黄金色をしている。


「使えないし、食べれないんだよな」


高値で売れはするのだろうが劣人種の扱いが悪いから良い結果にはならないだろう。

どこで手に入れただのと尋問され、盗品と言われて捕まってしまう流れまで容易に想像がつく。

この場で捨ててもいいのだが前回はどうしたんだっけ。

クマの魔石はフレアにあげたんだっけか?


「ぎぃ?」


腕に絡みつくように這い出しながらハクシは覗き込んでくる。

あぁ、こいつになったんだっけか。


「魔王様みたいに食べてみるか?」

「ぎぃ」


おうよ。という言うような感じで丸飲みにする。

冗談のつもりだったがこいつも食えたのか。

ポッコリしたお腹が重そうだ。必死に空中を泳いで高度を保っている。


「食べられると美味しい物なのかね」

「ぎぅ」


ちょっと苦しそうである。

まぁいいか。

作業を続けよう。

肉の切り分けに戻ろうとすると妙な違和感に気が付いた。


「? こんなに短かったっけ?」


尻尾あたりが無い気がする。

鱗取りをしている最中に何かの拍子で取れたのだろうか。


「んー、勿体ない事したな」


近くに無い所を見ると沈んでしまったのかもしれない。

可食部位が減ってしまった。

残念に思いながら振り向くと、今度は確実にあったはずの頭がごっそりと無くなっていた。


「えー」


明らかに何かの仕業である。

無くなるその瞬間まで音もなく気が付つことができなかった。

肉は惜しいが逃げた方がよさそうである。


ゆっくりとその場を離れようとした時、目の前にあった肉塊が消えた。

正確には突然大きな穴が開き、吸い込まれるように落ちて何事も無かったかのように閉じた。

まるで大口を開けて丸飲みにしたかのようである。

とてもではないが自然現象では起こりえない。

態勢を変えて逃げようとした時、ガクリと重心が振れバランスを崩す。

何かに足を取られている。

引っこ抜けない。まるで湖沼全体が足を引っ張っているかのようだ。


「こうなったら」


勢いよく背中から倒れ込み、受け身を取る要領で無理矢理足を引っこ抜く。

そのまま横へ転がるように進むが、狙い澄ましたかのように右腕と右足が湖沼へと埋没する。

先程とは比べ物にならない程の力で引っ張られる。

体が埋まっていく。

これは明らかな意思を持ったナニかがこちらを攻撃している。


「何だか分からないけど、意思があって生きてるなら!」


不確かではある。だがこの状態で出来る事は限られる。

それなら最も効率のいい方法を、あらん限りで。


不動。


湖沼全体に衝撃が伝播する。

手応えから効果はある。

だが効果はあるが薄い。あまりにも対象がデカい事と体の不調もあって失敗したのかもしれない。

今日2度目の不動で体全体が軋んで痺れている。

体も埋没していて時間がない。


「どっちが音を上げるか勝負と行くか」


今度は足を使っての、不動。

2度、3度と繰り返すと湖沼全体が大きく身震いするかのように動いた。

途中で引っ張られる力が弱まり、無くなったと感じたが、念には念を入れて何度も何度も打ち付ける。

微かに残っていた手応えも感じられなくなった所で、不動を止める。

とても静かだ。

慨嘆の大森林にもあった纏わりつく様な変な感じが無くなった気がする。

今なら逃げても大丈夫そうだ。


埋没していた手足が驚くほど抵抗なく引っこ抜ける。


「疲れた。本当に疲れた」


痛みを伴う右足を引きずりながらその場から急いで離れる。



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