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99話


嫌な予感と言うのはよく当たるもので、嬉しくない事に裏切られたことは一度もない。

周りを確かめる。

どうやら怯懦の湖沼に来てしまったようだ。というより、勇者に飛ばされた。

先程の浮かれていたような雰囲気に文字通り水を差される形となった。

濡れネズミである。


「怪我はしてない。荷物はある。湖沼で間違いなさそうだけど詳しい場所は不明。現状1人」


現状確認が出来る分には冷静ではあるようだ。

怪我もしてないし幾分かマシか。


ペシペシと肩を叩かれる。


「ぎぃ」


ハクシは居たようだ。

お前は居るのか居ないのか分からんな。

取り敢えず首下の髭部分を撫でておく。

気持ちいのか目を細めされるがままである。


「ん?」


ふと下を見ると、水面にアーシェの仮面が浮いていた。

そう言えばここに飛ばされる直前に、咄嗟に引っぺがしていたような気がする。

最悪は死ぬ事ではあるが、生きていた場合の次点はアーシェを見失い、見つける方法が無くなる事である。

そういう意味ではいい仕事をした。

何の気なしに仮面を拾い上げてしまう。


「ッ!」


感情の洪水が脳内に直接流れ込んでくる。

言葉にすれば、悲しい、寂しい、苦しいである。


「アーシェ?」

「ジイ゛ロ゛様!!?」


反応があったので無事ではあるようだ。

ビックリするぐらい汚い泣き声をあげている。

状況を聞こうと思ったが、言葉にならない悲鳴のような言葉で何を言っているのかさっぱり分からない。

取り敢えず、落ち着くまで適当に相槌を打ちながら待つことにした。


「見当たらなくて! ......見当たらなくて」


ようやく人語を思い出してくれたようだ。

よかった、よかった。会話が出来る。

何よりである。


「そうか、こっちは何か一人だけ別に飛ばされたみたいでな」

「何処ですか! すぐに向かいます! 今走ってます!」


何処に向かってだ。


「まてまて、教えても行き違いになるかもしれないだろう」

「すぐ向かいます。すぐです!」


ダメだ。今度は興奮しすぎて会話にならない。


「アーシェ。いったん止まって話を聞け」

「はい! 拝聴します!」


お、おぉ、素直である。

ちょっと戸惑ってしまう。


「あー、そうだな。アーシェはどの辺にいるんだ?」

「分かりません! 魔族領にいる事は確かです。先程までデッカイお城に居ました。勇者もいたと思いますが、パニックになって出てきました。前世の記憶でも分からないので魔族領の相当奥の方なのは間違いないです!」

「そうか」


魔族領に、デッカイ城ね。事前の説明は嘘だったか。

それなら勇者達は何処へ行く予定だったんだ。

そしてフレアはどうなったのか。

まぁ、強いと噂の勇者がいれば大丈夫だろ。望んで向かっているのだから何かしらの理由があるのだろう。

フレア自身も強くなっているだろうし。

仮に駆け付けようにも場所どころか、方角すら分からない。

悩んだところでどうすることも出来ないな。

そうなると。


「アーシェ、頼みたい事があるんだが」

「はい! 何なりと!」

『お待たせ!! ルテルだよ! もう、事前に待っといてって言ったのに、変なとこに行って。落ち着きがないな』


収納袋から声がする。

ルテルだ。

またもや、なんて間の悪いタイミングで繋がるんだ。


「アーシェ。ちょっと待っててくれるか」

「可能です。ですが正気度は擦りきり一杯の表面張力です。あと少しどうにかなってしまいます!」


ギリギリだってことは伝わった。

まぁ、そんな感じなのは直に感じている。


「5分我慢しろ。出来たら可能な範囲で一回だけ、我が儘を聞いてもいい」

「シヒロ様の良い所を叫んで時間を潰します!!」


優しい所! 料理が上手な所! と血管が切れるんじゃないかと錯覚するほどの感情と声が仮面から伝わってくる。

なんか気恥ずかしい。


『お! だれだれ? 別の人とお話し中? 僕も参加させて!』

「こっちの話だ。どうせ、今回も大して時間がないんだろ。用件と場所を手短に話せ」

『寂しいこと言わないでよ、君のおかげでこんなに早く探しものが戻ってくるとは思わなかったんだ。感謝を伝える時間は欲しいよね。ありがとう』

「どういたしまして」

『次の場所の事何だけど、場所を移動してくれたのは丁度いいかな。最初にここへ来る時に行ってもらう予定だった場所に行って欲しいんだよね。慨嘆の大森林の奥。魔族領方面だね。吹っ飛んじゃったから当初とは予定が狂っちゃったやつ。いやぁ、参ったよね』

「本当にな、ロケットみたいに飛んでいったな」

『ねー。あそこの発射地点近くに安全地帯への入り口があったんだよ。でも、ラッキー。その機会がやってきた』

「慨嘆の大森林に向かえばいいのか?」

『そうそう。でもちょっと早めに行った方が良いかな。まだ余裕はあるけど場所が変わっちゃう。近場に行ってくれれば僕が頑張って案内するよ』


余裕はあるのか。そうなると、うーん。どっちの道筋から行けば良いだろうか。

一度、元の場所へ戻って迂回する形で向かうべきか。それともこのまま突っ切っていって魔族領側から行った方が良いか。

ルテル的には突っ切っていって欲しいようだが。


「僧帽筋! 鎖骨乳頭筋! 咬筋!」


アーシェは、筋肉の部位を言い始めた。そこは良い所なのか。

ダメだ。ちょっと思考がズレた。


まぁ、未知という危険を冒す必要な無いな。

ルテルには悪いが、引き返す方が良いか。急いで行けば大丈夫だろう。

方角はどっちへ行けば良いのだろう、ルテルに聞こうと考えていた時に湖沼の中央から巨大な影が空へと昇った。


「嘘だろ」

「嘘じゃありません。シヒロ様の大胸筋は素敵です!」

『本当だよ。嘘なんてつかないって』

「お前等じゃない!!」


鉄の様な鱗をギラつかせ、抜身の刀を思わせる様な角が生えた巨大なウナギのような生き物。

重力を無視して宙に舞い、自由落下に身を貸せながら大口を開けてこちらへと落ちてくる。

口から見える歯列は、肉食動物のそれとよく似ており、刃物を連想させるほど鋭い。


「何なんだよ!」



◇◆◇泡爆魔王の城址内



語りも語った一日であった。

互いに再会を約束して、赤髪の宿敵を元の場所へと見送った。


ツヤツヤである。

体の毒素的なナニかが全て抜けきった感じがする。

その代わり喉がひりひりする。

ちょっと語らい過ぎたかもしれない。


「はぁ、それにしても、あの勇者らは役に立たずじゃな。まさか本当にシヒロが来る予定じゃったとは」


甘い果実酒を呑み、喉を潤す。


「良い情報もきけたし余韻はここまでにしておくのじゃ。早速準備に取り掛かるぞ」


最優先で用意するべきは酒。

希少な物から珍しいモノまで糸目は付けない。

そうなると、それらを彩るための酒器にも拘りたくなる。

いっそ部屋の外装や装飾にも力を注ぐべきか。

いや、悩んだなら全部してしまおう。


「よしよし」


外装や装飾品は絢爛過ぎるのはアイツの好みではないだろう。

実体験と信頼のおける話から考えるともう少し落ち着いた方が良い。

新しく作るか、仕入れるか、それとも趣味と実用も兼ねて何処からか奪ってくるか。


「ふむ」


そういえば近々に魔王連合の連中が集まると言っていたな。

どうせ取り寄せるなら纏めたほうが効率がいい。

だが奪うだけでは逆に効率が悪い、となると交渉の方が早いか。


「あはっ」


血を流す戦は当然好きだが舌戦もどうして嫌いではない。

やる機会がないのでしなかったが、久々で心が躍る。

それに勝算も大いにある。

アイツらが拒否できないであろう情報は勇者共のおかげで掴む事が出来た。

打てる手は多い。


思考を遮るように、リーンと鈴の音のような音が響く。


「勇者? ああ、いいんじゃ。放って置け。追いかけて行って絶望に歪んだ顔を笑ってやるのも一興じゃが、やるべき事が一気に増えた。そこまで暇はないのじゃ。準備をしておけ。ここに残る奴等も死ぬ気で稼働させるぞ。忙しくなるのじゃ」


フワリと漂っていた泡が弾けた。


泡の中から、ボタボタと鈍い音を立てて、肉塊が落ちる。

大きさの異なる2本の腕と2本の足。

勇者達の手足であったものだ。


「タダで帰れるわけがないじゃろう。土産はキッチリもらっておいた」


小さく笑う。

魔人の従者はそれを拾いながら大きく溜息をつく。


「都合が良い事に、人属領から持ってきた魔道具があったじゃろ? こちらのモノと併用して使えば、劣化とはいえ勇者が作れると思うのじゃ。上手くいけば増産もできるかもしれんぞ。これを魔王の連合の連中に見せてやれば大喜びじゃろうな。交渉材料に使える。準備しておけ」


深く小さく笑う。


「楽しみじゃ」


シヒロよ。お前のためにここまで骨を折っているのだ。

逃げられると思うなよ。

今度は離しはしない。



◇◆◇勇者の治療施設



「落ち着きましたね」

「手酷い傷を負っての敗走。錯乱して大暴れ。一般民衆には見せられない醜態だ」


目の疲労を取るために軽く目頭を揉む。


「【生贄】を強制的に使って無事に四肢を戻せたのは良いのですが、心が折れるとは予想外でしたね」

「あぁ、余計な事をしないで大人しくこちらの指示にだけ従ってくれればいいのものを。木偶人形の方がまだ話を聞く」

「ですが、木偶だと成長はしません。勇者には成長が必要です。現状ではまだ尚早でしょうね。それに中身はまだ子供。今回の暴走で生還してくれただけ儲けものですよ。また、用意するのは骨が折れます」

「分かってはいるが中身が幼すぎる。目を離せば魔族領に行っていただなんて、10を過ぎた子でさえも自制できるぞ」

「それだけ住んでいる世界が違うのでしょう。それよりも今回はやむなしでしたが、今後は使用を控えないと人格に影響が出ます。程々にしないといけませんね」

「そのためにも多少の教育は必要か。敵対しないための措置とはいえ、少し自由にさせ過ぎたかもしれん」

「目が覚めたらそちらの方へシフトしていきましょう」


眠気覚まし用の飲み物を手渡す。


「それにしても何故勇者に着けていた鈴が鳴らなかった?」

「何よりも急で会った事と、そもそもが彼女らの使命は違います。エルフは護衛も兼ねていますが、両者とも本来の仕事は反旗やその意思があった場合のブレーキと排除です。最悪を想定しての最後の保険です」


ッチと舌打ちをする。


「だとしても分かるだろう。死ねば大損失だぞ」

「大事に長く持つように調整していかないといけませんね。可能な限り戦果を挙げて遥か遠くで消耗して何もかもを巻き込んで消えてくれるのが理想ですね」

「兵器としては最上の誉だろうな」


受け取った飲み物を一息で飲み干し、次の仕事へと取り掛かる。

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